軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壁を洗って心も綺麗に

昼食を食べ終わった後、俺はリビングのソファーでだらりと寝転がる。

それから最近ソファーの上に置かれるようになった、スライムクッションを抱きかかえる。

ああ、この布越しに感じられる抱き心地が最高だ。

ぷにぷにとしていながら程よく弾き返してくる弾力。

ああ、スライムとは一体どうしてこのような魅力的な体に生まれてしまったのだろうか。まったく罪な生き物である。

「決めた。今日はこうやってスライムを抱きしめながら寝ることにしよう」

いつもなら枕として、頭の下に敷いて寝ているのだが、今日はこのまま抱きしめて眠ることとしよう。

このような魅惑ボディを抱きしめているのだ。さぞ、いい夢を見られるであろう。

スライムを両腕で抱きしめながら、瞼をゆっくりと閉じる。

そして意識を底へと沈めていこうとしたところで、タイミング悪くエルナ母さんがやってくる。

「アル、ちょっといい?」

「……すー、すー」

何やら面倒事の予感がしたので、俺は寝息を漏らして眠っているフリをする。

ふふふ、自分の子供が気持ち良さそうに眠っているのだ。それを妨害してまで頼み事をするはずが……。

「屋敷の壁に汚れが目立ってきたから掃除しているのだけれど中々落ちなくて困っているのよ。水魔法で流しても全然落ちないし。それで困っていたらルンバが――」

この人は眠っている息子相手に何を語り掛けているのだろうか? 相手は意識がないってこともわかっているよね? それでも話しかけるって結構ヤバいと思うんだけど。

「で、できそうなの?」

「……すー、すー」

俺が考えている間に何か言っていたようだがほとんど聞いていなかった。とりあえず、面倒臭そうなので、このまま寝たフリをしておこう。

起きていないと悟ればエルナ母さんもどこかに行って……。

「いい加減下手な狸寝入りはやめなさい。こっちはずっとアルが起きてるってわかって話しかけているのよ?」

「いたたたたい! わかった。起きるから頬を引っ張らないで!」

どこかに行くこともなく俺の頬を引っ張ってくるエルナ母さん。

とりあえず上体を起こすと指の力を抜いてくれるが離してはくれない。親子の絆を感じるな。

「もう、気持ちよく寝てたっていうのに……」

「嘘おっしゃい。目を瞑っていただけで眠ってはいないでしょ?」

「そんなことないよ。大体何でそんなことがわかるの?」

「それは私がアルの母親だからに決まっているでしょう?」

胸を張りながら自信満々に答えるエルナ母さん。

根拠はないのだが妙に納得してしまいそうになる言葉だ。

「というか昼寝をしていたら、そっとしておこうとか思わない?」

可愛い息子がソファーの上で眠ろうとしているのだ。そこは大人として察してあげて、見守るとかいう選択肢はなかったのだろうか?

「アルの場合、いつも昼寝をしているから眠ろうとしているからといって遠慮していたら何もできないわよ」

どこか呆れながら答えるエルナ母さん。

その言葉には思わず当事者である俺が納得してしまった。

「それで私がさっき言った、壁の汚れの件はどうなの?」

「ごめん、屋敷の壁の汚れが水魔法でも取れないってとこまでしか聞いてなかった」

「もう、しょうがないわね」

軽く息を吐くと、エルナ母さんはさっきの続きを言ってくる。

それを簡単に纏めると、屋敷の壁の汚れをカグラで使った高圧洗浄機魔法で取り除けないかということらしい。

岩の汚れをみるみる落としていたのを見たルンバが助言したそうだ。

「まあ、多分落ちると思うよ」

「あらそう。なら、その水魔法で壁の汚れを落としてくれる?」

「わかったから微かに指に力を入れるのをやめて」

俺が引き受ける旨を伝えると、エルナ母さんは満足げな笑顔で指を離してくれた。

戦いとは始まる前にすでに終わっているものなのだな。

玄関の扉を開けて外に出ると、外靴に履き替えたエルナ母さんが後ろからついてきた。

「あれ? エルナ母さんも見にくるの?」

「アルがどんな水魔法で汚れを落とすのか気になってね」

なるほど、魔法ゆえの興味か。

普段は面倒臭がりなエルナ母さんも、魔法が絡むと結構行動的になる。

「アルフリート様、こちらです」

「おう、こっちだ」

玄関を出て左側を見ると、サーラとバルトロが雑巾を手にして立っていた。

一応自分達の力でも汚れを落とすことができないか試していたのだろう。

さすがに壁となると女性だけでは危ないから、バルトロも手伝っているのだろうな。

サーラとバルトロに付いていって屋敷の側面に回ると、そこには長年のせいか黒ずみ、藻のようなものが付着した壁があった。

屋敷も壁が白塗りなせいか余計にそれらが目立ってしまう。

「あー、汚れているなとは思っていたけど、近くで見ると思っていたよりも汚れているね」

「はい、最近では遠くからでも気になるようになったので」

となるとある程度の距離まで、汚れた部分が見えてしまうということか。

ただの民家であれば別に気にならないが、うちは一応領地を治める貴族である。威厳を示すためにも汚れたままの屋敷では格好が悪いな。

うちの屋敷は建っている場所が高いから、場所によっては村からでも見えるし。

「梯子を使って拭いてみたが結構頑固でな。でも、坊主なら魔法で簡単に汚れをとれるってルンバから聞いてよぉ」

「多分、できるよ」

「おお、さすがは坊主だな! 痒いところに手が届くような魔法を持ってるぜ」

その台詞、トールとアスモにも言われたような気がする。

「申し訳ありませんが、それではお願いします」

「わかったよ」

サーラに頼まれて壁の方へ近づいた俺は、汚れを確認するように見上げる。

何十年、何百年と放置していた汚れでもなさそうだし、これなら余裕で水魔法で落とすことができそうだな。

問題はカグラでやったように壊れてしまわないようにすることだ。

前回は何てことのない岩だったので問題なかったが、今回は屋敷の壁だ。ヒビが入ってしまったテヘペロでは済まない。もしそうなると、修理は勿論のこと風や雨が入り込むようになるかもしれないからね。慎重にやっていかないと。

とりあえずは練習だ。

俺は少し離れた場所で土魔法を発動して、分厚い土壁を用意する。

「お? ルンバからは水魔法を使うって聞いたが?」

「その前の練習だから気にしないで」

俺がそう言うも、バルトロをはじめとする皆は怪訝そうな表情。

しかし、仕方がない。威力調節の感覚を思い出しておかないと、うっかりヒビを入れかねないから。

怪しむような視線に見守られながらも、俺は作り出した土壁に水魔法による水を発射。

指先からドバドバと水が放出されるのを見て、俺はさらに魔力を込めて水の圧力を上げる。

すると噴射されていた水圧が上がり、シャーという空気を切り裂くような音に変わった。

勢いよく噴射された水が土壁に当たって弾ける。

この土壁と屋敷の壁の厚さが同じってわけではないが、大体感覚は思い出した。

弱すぎれば段々と出力を上げればいいだけだし大丈夫だろう。

俺は土壁に当てていた水を、そのまま屋敷の壁へと向けた。

シャーッと音を立てて水が弾ける。

俺は壁の様子を見ながらゆっくりと出力を上げていく。すると、壁に付着していた汚れがみるみる落ちていく。

「「おおおおおー!」」

後方で見ているバルトロ達の歓声が上がる。

水が勢いよく発射されて、汚れが吹き飛ぶ光景は爽快の一言に尽きる。

俺が水を放射すると、まるで新築だと思えるくらいに綺麗な壁が露出してくる。

「なるほど、水刃の威力を弱めて、継続的に射出することで付着した汚れを弾き飛ばしているのね」

顎に手を当てながら俺の魔法を凝視してくるエルナ母さん。

きっと俺がどのように魔力を使って使用しているかもお見通しなんだろう。

ちなみに水刃というのは、水の魔力を極限まで圧縮させて飛ばす、風の刃と同じような切断性に特化した危険な魔法だ。

そんな物騒な魔法よりも、こっちのほうがよっぽど使い道がある気がするよ。

俺は壁の上部から下へと向かってゆっくりと水を放射していく。

すると、横合いからドバドバと水が放射された。

隣を見るとエルナ母さんが指から水を発射している。

「加減を間違えると壁が壊れるよ?」

「そんなヘマはしないわよ。ちなみにうちの壁の強度ならもっと強めても大丈夫よ」

注意するもエルナ母さんは自信満々にそう言って、水の圧力を高めて俺と同じ魔法を再現してみせた。

まあ、この程度の魔法だったらエルナ母さんなら一発で再現できるよね。

「壁の強度なんて何でわかるの?」

「建築する前に、どの程度の攻撃魔法なら耐えられるか実験したのよ。こういうのは一度壊すことでわかることもあるわ」

なるほど、確かにな。今まで魔力を込めた障壁魔法の強度実験はしたことがあるが、現存している物質を壊したことはなかったな。

今後のためにも廃材や、取り壊し予定の民家などを壊して、物質の強度を知っておくのもいいかもしれないな。さすがはエルナ母さん、少し物騒だがいいアドバイスをしてくれる。

左から右へ。右から左へと放射しながら下へ降りていくと、エルナ母さんが放射する水が隣り合うようにやってくる。やがては合流してシャーッと壁の汚れを落とす俺達。

「……何とも言えない爽快感ね」

「でしょう?」

「後ろから見ているだけでも気持ちがいいな」

みるみる汚れが落ちていく光景はやはり気持ちがいい。

掃除の醍醐味は綺麗にした時の達成感などだと思うが、苦労せずに達成感を得られるこの魔法は素晴らしいな。

「あっ、虹です」

「ははは、本当だな。綺麗だな」

ふとサーラが指さす方を見ると、俺達が水を放射した辺りに小さな虹が出ていた。

綺麗になった屋敷の壁に、七色の虹。

俺達の心は澄み渡った青い空のように晴れやかだった。