軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お返しの言葉

エリックの屋敷にきて五日目の朝。朝食を軽く済ますと、のんびりとした時間が迎えられることはなく、どこか慌ただしい時間となっていた。

そう、今日の正午には俺達はコリアット村に帰る。昨日の夜に準備をしていたが、それでも積み込み作業などは当日になる。

今は庭でエルナ母さんやノルド父さんが荷物をチェックし、ミーナやラルゴ、シルフォード家のメイドが馬車への積み込みをしているところだ。

「ノルド殿、こちらは海産物の干物になる。日持ちは十分なので良かったら持っていってくれ」

「ありがとうございます」

醤油やお米のお返しとでも言うように、海産物の干物らしきものが入った壺が渡される。八個はあるな。お米や醤油が減ったから大分軽くなると思われた馬車であったが、これは行き以上に重くなってそうだ。

うちの馬もこりゃ大変だな。

「ああ、でも、匂いは少し独特なので馬車の中では開けない事をオススメする」

「あはは、わかりました」

ちょっと覗いてみたい気持ちもあったが、馬車の中の匂いが干物で充満しては堪らないので、絶対に開けないようにしておこう。

そんな決意をしながら大部屋の窓から庭を覗いていると、シルヴィオ兄さんがやってきた。

「今日でコリアット村に帰るんだね」

「そうだね。滞在日数では五日とそれほど長くはなかったけど、妙に長く感じたね」

「そう? 僕にとってはあっという間だったな。こうして海をゆっくりと眺められるのも最後だと思うと少し寂しいや」

視線を遠くにやってどこか物憂げな表情を浮かべるシルヴィオ兄さん。

イケメンがやるとそんな光景さえ、一枚の絵として見えてしまうものだからズルいものだ。

俺がやってもただ目が死んでいるだの、ボーっとしているだの言われるだけである。

「でも、コリアット村に広がる豊かな緑や畑、村人の姿も早くみたいよね」

「そうだね。海もいいけど、僕らにはあの村や緑に囲まれている生活の方が合っているからね」

俺が何となく呟くと、シルヴィオ兄さんが表情を柔らかくする。

やっぱり俺達はコリアット村の住民。青い海や砂浜、潮の香りもいいけど、あの緑豊かな場所が一番落ち着くのだ。

王都に行っても、カグラに行っても、海に行っても、その事実は変わらない。今後変わることもなさそうだな。

「あはは、姉さんってば、また稽古してる」

俺が感慨深く思っていると、シルヴィオ兄さんが浜辺の方を指さす。

そこでは木剣を持ったエリノラ姉さんと、ルーナさんが激しく動き回り、木剣をぶつけ合っていた。

遠くて音までは聞こえないが、見ているだけで激しく打ち合う木剣の音が想像できる。

「最後の日まで稽古しなくてもいいのにね」

「二人共剣が大好きだからね」

思わず呆れるような声を出す俺と、仕方がないという風に笑うシルヴィオ兄さん。

別に二か月もしない収穫祭で会えるだろうし、その気になれば馬車で四日だから会えないこともないのにね。

「アルフリート、俺だ。いるか?」

不意に扉がノックされて、エリックの声が響いた。

「いるよー。入っていいよー」

俺が入室を促すと、エリックが室内に入って来る。

「どうしたの?」

「例のドラゴンスレイヤーの本を持ってきてやったぞ」

エリックが差し出したのは一冊の青い本。

「こ、これは……っ!」

「王都で買ったドラゴンスレイヤーの本と違うね。こっちは青色だ」

シルヴィオ兄さんの言う通り、王都で俺が買ったドラゴンスレイヤーとは装丁も異なる。

「あー、赤い方は分かりやすいように編集されたものだからな。こっちの方がもう少し詳しく書かれている」

なるほど、あれは絵本とか童話とか誰もがわかりやすく理解できるように書かれたものなのだろう。それに比べてこちらは、ページ数も多いし重厚感もある。

ページを開くと絵本のようにイラストはほとんどなく、ずらりと文字が並んであった。

「大人向けの小説というような感じだね」

「そうだね」

食い入るようにしてページをめくっていく俺とシルヴィオ兄さん。

時折、見つかるイラストはモノクロでドラゴン以外の魔物と対峙するようなものもあった。

「これってヒュドラって魔物じゃない?」

いくつもの首が分かれている蛇のような魔物。それと対峙するノルド父さんのイラストが描かれている。

「ああ、それは確か湖の――」

「ちょっと待って。ネタバレになると面白くないから」

エリックが答えようとしたが、シルヴィオ兄さんが手で口を塞ぐ。

まあ、気にはなるところであるが、小説に目を通せばわかることだ。

「ノルド父さんの話しって、ドラゴンスレイヤーのことだけじゃなかったんだね」

「まあ、Aランク冒険者に上り詰める程だからな。色々な冒険譚があってもおかしくはないだろう」

ノルド父さんやエルナ母さん程の実力者が、ドラゴンだけしか倒していないとは思えないな。きっと、ドラゴン以外にも凄い魔物を倒しているのだろう。うちの両親は本当に主人公だな。

「ありがとう、エリック。これで帰り道――は厳しいか。帰ってからの楽しみができたよ」

エルナ母さんとノルド父さんの前でドラゴンスレイヤーの本を読んでいると、怒られるか取り上げられるからな。

これは二人がいない時にじっくりと読み込むこととしよう。

「フン、貴様が素直に礼を言うと気持ち悪いな」

「へいへい、じゃあお前にはあんまり礼は言わないことにするよ」

ちょっと素直に言ってやればこれだ。

「そ、それでだな。アルフリート……」

そんなことを再確認していると、エリックが歯切れ悪そうに何かを言ってくる。

エリックがこのようにもじもじされると、少し不気味だ。

でも、こいつが歯切れ悪くするタイミングも、最近一緒にいたお陰かわかってきた。

「醤油がもっと欲しいならトリエラ商会に注文する。マヨネーズなら、ここにレシピ書いてあるから自分で作って」

「お、おお! レシピなどと貴重なものをいいのか?」

俺が渡したレシピを受け取るなり、エリックが驚嘆の表情で尋ねてくる。

レシピというのは財産のようなものだからな。現にスパゲッティだって、結構な売り上げを継続的に出しているし、エリックが大袈裟な反応をするのも当然だ。

「んー、簡単に作れるし。でも、勝手にレシピを公開しないでね? 売り出す時は相談して」

これ以上販売の手を広げると、ノルド父さんに怒られることになり、俺まで働かされるという本末転倒なことになる。レシピが公開されて名前まで広がると面倒この上ないが、エリックが考えたことにして収入が入ってくるというのであれば悪くない。

レシピを売って、働かずに継続的に収入が入ってくるようになれば最高じゃないか。

「いや、これは俺や家族だけが楽しむだけであって、そんなことをするつもりは……」

「もしかしたらスパゲッティみたいに売れるかもよ?」

「…………うちの財政はそこまで切迫しておらん」

俺がエリックの耳元で囁くと、エリックがかなり間を置いてから返事し、レシピのメモをポケットへとしまい込んだ。

一瞬、販売する未来を考えたのだろうな。

別に今はお金に困っていないし、エリックが売り出さなくてもいいや。

俺が思考を切り替えて外を眺めようとすると、エリックが露骨な咳ばらいをしてくる。

今度は何だと思いながら視線をやると、エリックが視線を逸らしながらも礼を言ってきた。

「アルフリート……その……あ、ありがとうな」

「……エリックが素直に礼を言うと気持ち悪いや」

だから、俺はエリックのさっきの言葉と同じように返した。