軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 第三王女レイラ 空から落下する少年

エリノラ姉さんとジェンガをした次の日。

俺はいつものように自室で魔力の増量訓練をする中、ふと思った。

「ちょっと王都まで転移してみようかな」

王都に港町エスポート、カグラと転移でいつでも行けるようにそれなりに遠い所まで行ったのであるが、今まで一度も転移で行ったことはない。

前回は、スライム探しがてらにキッカまで転移したのだがエリノラ姉さんと遭遇するという不運に見舞われた。それに予想以上にスライムが見つからなかった。

そんな事もあってか、王都までの転移をしてみようとは思いつつも行動に移せていなかったのだ。

今日は稽古もないし、何かと察知してやってくるエリノラ姉さんも自警団の稽古に行っている。

転移の練習をするのにもってこいだ。

転移は普通に魔法を使ったり、魔力を放出したりするよりも魔力の消耗が激しいからな。日課である魔力増量訓練も同時に果たせて一石二鳥だ。

そう考えた俺は、早速外靴を履いて屋敷を出ると草原へと向かう。

うん、周囲に人影はまったくない。ここでなら転移しても大丈夫そうだな。

周囲を用心深く確認した俺は、転移するために体内にある魔力を練り上げて脳裏に王都の光景を浮かべる。

王都では色々と濃い事件があったからな。色々な景色が浮かんでしまう。

中でも一際印象に残っているのは、腐女子に追いかけられてエリックと空中へと逃げたことだろうか。

恐ろしい数の腐女子が路地裏で追いかけてきて――じゃなく、王都の街並みを見下ろせる空中の光景はとても綺麗で壮観だったな。

結構な日にちが経っているというのに今でも鮮明に思い出せる。

あの時の光景を思い出していると、不意に全身の魔力が俺を包み込んだ。

「あっ、ヤバい」

そう思った瞬間に転移が発動。俺の身体が突然ふわりと浮くような感覚に見舞われた。

そして、次の瞬間。

俺の視界はコリアット村の草原ではなく王都の遥か上空へと切り替わっていた。

目の前には荘厳なミスフィリト城の上階部分があり、辺りには青く澄み渡る空がどこまでも広がっている。そこにはいつもよりも近くに白い雲が悠々と浮いており、暖かな日光が俺へと降り注いだ。

そんな景色を楽しむのを束の間。空中に転移してしまった今の俺には足場がない。

よって、俺は王都の遥か上空から真っ逆さまに落ちていくというわけだ。

視界が澄み渡る青空から、王都の街並みへと変わっていく。

そしてそれはグングンと速度を増して近付いていく。

「うわあああああああああああああああああっ!?」

予想もしていなかった王都の上空からバンジージャンプ。しかも、命綱も下にクッションも何もない。というかこんな高さから落ちたらクッションなど用意しても無駄だ。

かつてない命の危機に直面した俺は、思わず情けない悲鳴を上げてしまう。

ヤバいヤバいヤバい! このままじゃ、俺絶対に死んじゃう!

そんな焦りの言葉を浮かべる間にも、下に広がる街並みはドンドンと近付いていく。刻一刻と自らの命のタイムリミットが縮まる。

辺りにある大気を切り裂いて、俺という物体が空から降り注ぐ。

というか身体に当たる風圧が凄い。きっと今の俺の顔は大変なことになっているであろう。涙やら鼻水やらが出て大変なことになっているに違いない。

「というかそんな事を考えている場合じゃない!」

半ば現実逃避気味にそんな事を思ったが、それどころではない。

こうしている間にも俺と地上までの距離は近付いているのだ。このままじゃ建物や地面にぶち当たって、死んでしまうのは確実。

魔法でもなんでも使って生き延びる可能性を探さないと……っ!

と、焦りながら考えたところで思い出す。

「……おお、転移を使えばいいじゃないか」

そう、転移魔法で自分の部屋に戻るなり着地すればいいのだ。俺には空間魔法による転移という絶対的な安全を誇る魔法がある。それを使えばこの程度の状況は何とでもなるな。

そう思えば、命無しのバンジージャンプも怖くない。いや、実際にやってみるとかなり怖いけど。

転移のことを思い出すと、先程まで焦りは見事になくなり急に頭が冷静になった。

王都の上空から落ちるというのはすごく怖い。気絶とかしないうちにさっさと転移を使うべきだろう。

せっかく王都に来たのだ。ぶらりと散策くらいはしたい。

そう思った俺は自室ではなく、エリックと共に降り立った建物を視界で確認し、

「転移!」

今日も今日とて私は寝室の窓から空を見上げます。

王都の上空で二人の少年を見た日から、私はこうして窓から空を見上げるのを日課としているのです。

こうしていれば、またあの時の少年二人が空に現れてくれるんじゃないかって。そんな淡い期待を思いながら。

「今日もいい天気ですね」

「そうですね」

私がのんびりと空を眺めていると、傍らに控えているサリヤが微笑みながら言います。

私が空を見るようになってからは、こうしてサリヤも空を見上げる日が多くなりました。

それはサリヤも少年を気にしているわけはありません。多分、滅多に部屋から出ない私の世話をするだけでは暇なのでしょうね。

でも、お陰でこうして空を見上げて語ったり、街の様子を二人で見ながらお喋りすることができます。

それはとても楽しい事なので、私はサリヤと一緒に窓の外の景色を見るのが気に入っています。

私が上機嫌に外の景色を眺めていると、ふわりと外の風が入ってきます。

肌を撫でるような風が心地よくて、私は思わず目を細めます。

「気持ちのいい風です」

「だけど、ずっと風に当たっていては身体が冷えませんか? 夏とはいえ、この部屋はレイラの氷魔法で気温が下がっていますし……」

私は氷魔法が使えるので、気温が高くなる夏の季節には氷魔法による冷気で部屋の気温を下げています。

ですから私のいるこの部屋は、夏とは思えないくらいに涼しくて過ごしやすいのです。

だからこそ、サリヤは風に当たって私が体調を崩さないか心配しているのでしょう。

「大丈夫です。氷魔法は得意なので体調を崩さないように気温の調節もできますよ」

心配そうな声を出すサリヤに、私は自信のある笑みを浮かべながら答えます。

小さい頃から歩くことができなかった私は、物心ついた頃から魔法に触れていました。というよりも王城を移動することすら困難な私には、魔法以外することがなかったのです。

ですから、魔法のコントロールにおいてはそれなりに自信があります。

「とか言って、去年は自分の冷気で身体を冷やして風邪を引きましたよね?」

サリヤのじっとりとした視線から逃れるように私は身を捻ります。

しかし、狭い車椅子の中ではまともに逃げることができずに回り込まれてしまいました。

うぅ、この車椅子がもっと広ければ……。

「ま、魔法のコントロールは完璧だったんですよ? その日もいつも通り過ごしやすい気温に調節していたはずです!」

「魔法のコントロールができて気温の調整ができても、自分の体調を把握できなければ意味ないでしょう。ただでさえ、レイラは身体があまり強くないのですから」

うぐっ、まったくもってサリヤの言う通りです。

いくら気温が調整できたとしても、その時の自分の体調にあった気温にしていないと意味がありません。

真夏に自分の氷魔法で風邪を引いてしまう私は間抜けです。

「今日はまだ空を見るのでしょう?」

「……はい」

「でしたら毛布を持ってきますので羽織ってください。暑ければ足の上に乗せているだけでもいいので」

「……はい」

こくりと私が素直に頷くと、サリヤは満足げに頷いて離れていきます。

「サリヤ、いつもありがとうございます」

「いえいえ、レイラの体調を管理するのも私の務めですから」

サリヤはにこりとした笑顔を浮かべると、別の部屋に毛布を取りにいったのか部屋から出ていきました。

室内は途端に静かになり、私は再び視線を空へと向けます。

今日は気持ちがいいくらいに青い空が広がっていますね。これだけ天気がいいと自然と元気が出ます。

今日みたいないい天気だと、またひょっこりとあの二人組の少年が現れるんじゃないかって思ってしまいます。

とは言っても、あの日からもはや二か月。

毎日欠かさずに空を見上げていますが、あの少年達は一度も姿を見せていません。

これだけ長い期間現れていないとなると、やはりあの時の光景は私の見間違いだったのではないか。最近ではそう思う事も少なくありません。

あの日見た光景は、私が外の世界に憧れるあまりに作り出した幻影だったのでしょうか?

城から出ることのできない私を少年達が連れ出してくれないかと願って。

だって、少年が空で遊んでいるだなんておかしいですよね。魔法という技能があってもできるはずのない技です。

やはり、あれは私の願望が作り出した幻だったのかもしれませんね……。

「うわあああああああああああああああああっ!?」

私がそんな思いを抱いて俯いていると、不意に悲鳴のような声が聞こえてきました。

突然の悲鳴に驚いた私は、慌てて部屋の周囲を見渡します。

しかし、そこに声の主はいません。というより、聞こえてくる声の方向は明らかに外のものでした。

「ええ? もしかして外ですか?」

声が聞こえてくる方向に辺りをつけた私は、慌てて窓の外へと視線を移します。

すると、そこには。

――あの日見た少年らしき人物が、空から真っ逆さまに落ちていました。

「……人が空から落ちている?」

突然の状況に訳もわからず、私はただただそこにある現象を見つめます。

というよりもあまりに突然な状況すぎて頭がついていきません。

一体何が起こっているのでしょう?

私の頭の中を大量の疑問符が埋め尽くす間にも、少年は上空から真っ逆さまに落ちていきます。

少年は現在の状況が予想外なのでしょうか。よくわからない奇声を上げながら、空中でジタバタともがいています。

少年のそんな状態を見た私は、今更ながらに少年がとても危険な状態になっているのだと理解しました。

「大変! このままじゃ、あの少年が地面に落ちてしまいます!」

あの高さ、あの速さで地面へと叩きつけられればどうなってしまうのか。想像するだけでゾッとしてしまいます。

どうにかして助けないと!

しかし、あのような状態の少年をどうやって助ければいいのかわかりません。

少年を助ける方法はどうにかして落下を止めること。

しかし、私が使える氷魔法と水魔法では落下を止めることができません。

そもそも詠唱をしている間に、少年が地面とぶつかる方が早いです。

どうすればいいんですか!?

「レイラ、毛布を持ってきましたよ」

頭の中が混乱してパニックになっていると、ちょうどいいタイミングでサリヤが戻ってきました。

「サリヤ、大変です! 空から少年が落ちて! このままだと死んでしまいます!」

「は、はい?」

私が必死に助けを求めると、サリヤは理解がおよばないながらも急いでやってきます。

「空に少年が!」

私が指で空を示すとサリヤが窓の外を覗きます。

しかし、サリヤの浮かべた表情は私のような驚愕ではなく、疑問の表情でした。

「……レイラ? 空に少年なんていませんけど?」

「いますよ! ほら、あそこで少年が真っ逆さまに! ……あれ? どこにもいませんね?」

食い入るように空を見ましたが、そこには少年の姿はありません。

……まさか地面に少年が叩きつけられて死んでしまったのでは?

その事実にたどり着いた私はサッと血の気が引いていくのを感じます。

「どうしたのですレイラ? 顔色がすごく悪いですよ? やっぱり、部屋の気温が寒かったのではないですか?」

サリヤが何か的外れな事を言っていますが、それどころではありません。

少年が落下した先には、無残な姿があるのではないでしょうか。

目のそむけたくなるような光景があるのかもしれません。それでも私は瞳に魔力を宿して落下したであろう場所を眺めます。

少年が落下した辺りは、確かドラゴンスレイヤーの劇で有名な劇場があったはずです。

あのような人通りの多い場所で人が落下してきたら悲鳴でパニックに――なっていませんね?

魔力を宿らせた瞳で劇場前を見ていますが、劇場前広場は至って平和な様子。劇場ではちょうど一つの劇が終わったのか、建物内から人々がわっと出てきます。

いつもの王都の平和な光景そのものです。

おかしいですね。

上空から人が落ちてきて地上に叩きつけられれば、そこで生活している人々が気付くはずです。

もしかして人通りの少ない路地裏にでも落ちたのでしょうか?

もしも、という可能性もありますし、ここは調査しておくべきでしょう。

「……サリヤ、劇場前を調査して頂けますか? あの辺りに少年が落ちたはずなのです」

「調査ですか? 建物の上から少年が落ちるのでも見たのですか?」

「違います! あの日、空で見かけた少年が劇場の辺りに落ちたのです! ですので、見てきて欲しいのです!」

「は、はぁ……空から例の少年がですか?」

サリヤが私の言葉に戸惑う。

私だって自分の立場でなければ何を言っているのだろうと思うでしょう。

「はい、あの時見た少年が空から地上に落ちるのを見たのです」

「……わかりました。滅多に頼みごとをしないレイラの頼みです。知人の騎士に劇場の辺りを調査してもらいましょう」

怪訝な表情をしていたサリヤでしたが、真剣な私の表情を見て頷いてくれます。

「ありがとうございます、サリヤ」

あの少年、無事だといいんですけど……。