軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タイミングの悪さ

エリノラ姉さんは俺の顔を見て、何か言いたげな表情をしていたが無言でジェンガへと近付いていった。

「さて、どうするか見物だね」

エリノラ姉さんの後方に移動した俺は、高みの見物とばかりに言う。

「ただでさえ、バランスが悪かったのにアルが全体を突いたから余計にバランスが悪くなったね」

「まあ、その前に散々エリノラ姉さんが荒らしてくれたからね。そのお返しだよ」

ざまあみろとばかりに言うと、エリノラ姉さんの肩が反応しかけたが、ジェンガに集中することにしたのか特に行動はなかった。

これはいい。今のエリノラ姉さんなら、ネチネチと口撃しても大丈夫そうだな。

ジェンガの前に座り込んだエリノラ姉さんは、俺達と同じような全体をくまなく観察しようとする。

そうすると前のめりになるわけだが、当然のようにイリヤのように胸でタワーを倒壊させることはない。

しかし、エリノラ姉さんにはポニーテールという長い髪の毛がある。前のめりになることで、それがタワーへと当たりそうになっていた。

敵である俺とシルヴィオ兄さんからすれば、注意せずにいれば勝手に自滅してくれる好機。

だが、散々タワーを食い散らかしてきたエリノラ姉さんなのだ。もう少しタワーが崩れる恐怖を味わってもらわないと困る。

「エリノラ姉さん、髪の毛がタワーに当たりそうだよ?」

「えっ!」

前屈みになっていたエリノラ姉さんが、俺の言葉を聞いて即座に姿勢を戻す。

「どうしよう、これ邪魔よ!」

「短く結び直したら?」

「……あたし、これしか自分で結べないんだけど……」

何ということだろう。ここでもエリノラ姉さんの女子力の低さが発揮されてしまった。

それだけ長くて綺麗な髪を持っているというのに、ポニーテール以外まともに結うことができないとはどういうことだろうか。

「後ろで留めるだけじゃ前に垂れてくるわよね? ど、どうしよう」

さすがに後ろに纏めるくらいはできるか。しかし、エリノラ姉さんの髪の毛は少し癖があるし、長いしな。普通に纏めただけで前のめりになった際に垂れてくる可能性がある。

「しょうがないな、ちょっと結んであげるからこっちに来て」

「ええっ? ポニーテール以外にも結べるの?」

「アルは女性の髪を結べるのかい?」

俺の言葉に意外そうな表情を浮かべながら、寄ってくるエリノラ姉さん。

隣にいるシルヴィオ兄さんも意外に思ってか目を丸くしている。

「カグラで買った簪って言う髪飾りを使うために教えてもらったからね」

「あー、母さんが髪飾りとか買ってきてって言ってたもんね」

「アルは器用だね」

それらしい理由を言ってみたものの、本当のところは前世における姉達のせいだ。

彼女達は一人でできもしない癖に見栄を張るためにお洒落なファッション雑誌を持ってきて、これの通りに結べと言ってくるのだ。

俺は美容師さんでもないのでできるはずがない。というような言い訳は許してもらえず、できるようになるまで練習をさせられたのだ。

お陰で女性のお洒落な髪型なら一通りは結ぶことができるというわけだ。

部屋にあったお土産箱から簪を取り出し、タワーが倒れないように慎重に椅子を移動させてエリノラ姉さんを座らせる。

「ちょっと失礼するね」

女性の髪に無断で触ると、姉から折檻された記憶があるので声をかけることも忘れない。

エリノラ姉さんが許可を出すかのように頷くと、俺はガラス細工を触るかのような丁寧な手つきで髪を解く。

エリノラ姉さんの少し癖のある赤茶色の髪がふわりと広がり、女性特有の甘い香りが広がった。

俺はエリノラ姉さんの髪を後ろで纏め毛束を作る。右手に持った簪を毛束に巻き付ける。この時のコツは毛束を上に持ち上げ、手前に巻き付けるようにだ。

それから巻きつけられた簪を時計回りにゆっくり一回転させる。その時に左手で支える毛束は頭を支えるようにしつつ、髪の毛を送っていく。

「髪の毛きつくない?」

「どうなってるのかわからないけど、ちょっと引っ張られている気がするわ」

少し髪の毛がキツイようなので、水平にした簪をゆっくりと揺すってやる。これで髪の毛を緩めてやることができる。この時に左手に持った毛束は離さないようにする。ここで油断して離してしまうとバラバラになってしまうのだ。

毛束を緩めながら簪の先端を頭につけ、それを軸にして簪を持ち上げる。

簪を地肌に添わせながら挿し込んでやると、夜会巻きの完成だ。

女性が結婚式やパーティー、浴衣などを着る時に活用する髪型だ。

「はい、できたよ」

「すごい! まるで魔法みたいだね。簪一本でこんな風に纏まるんだ!」

「えっ? ちょっとどうなってるの?」

間近で見ていたシルヴィオ兄さんが一番に驚きの声を上げた。

しかし、本人であるエリノラ姉さんは訳がわからないらしく、椅子から立ち上がって鏡の前へと移動した。

「短く纏まっていいわね! これなら髪の毛が邪魔にならないわ!」

せっかく綺麗に纏めたのだから、可愛いとか綺麗とかいうコメントが欲しかったかな。

それにしても、うなじが見えるようになったお陰かいつもよりも上品で大人っぽさが漂っているな。

自分の腕もさながら、素材がいいとやはり出来栄えも違うな。

鏡を見ながらちょっと嬉しそうにしているエリノラ姉さんを見て、俺も満足する。

「ところでこれ、どうやって解くの?」

「簪を抜けばいいだけだから簡単だよ」

「それはいいわね!」

エリノラ姉さんはそう言うと、上機嫌の様子でジェンガの前に座る。

これで髪を気にすることなく、ブロックを見定めることができるというわけだ。

「うーん、どこがいいのかしら?」

「下の方とかどう?」

「いや、そこは無理よ」

「じゃあ、中段にある右側とかは?」

「いや、ここも絶対にダメよ」

「触って確かめてみたら?」

「触って確かめるまでもないわよ。絶対にここはダメ」

俺の見立てでは今言った場所はデッドゾーン。今の状態では触っただけで崩壊する危険がある。

触ってくれれば面白いことになったというのに残念だ。

「……エリノラ姉さん」

「……何よ?」

「お腹が空いたね」

「あんた、あたしに話しかけて邪魔したいだけでしょ! ちょっとそういうの止めてくれる? 集中力が途切れるから」

こっちは集中力を途切れさせるために話しかけているのだ。そう言われて引き下がるほど甘くはない。

エリノラ姉さんがタワーの上部へ探るように指を動かす。俺はエリノラ姉さんが指を動かしてブロックに触ろうとする度に「あー」とか「えー」とか「そこいくー?」などとわざとらしい声を上げて妨害――注意喚起する。

「ちょっとアル黙りなさい。次あたしに喋りかけたら引っ叩くから」

「はいはい」

エリノラ姉さんに話しかけなければいいわけだ。

「シルヴィオ兄さん、お腹空いたね。今日のお昼ご飯は何かな?」

「あはは、アル。あんまり邪魔すると本当に姉さんに引っ叩かれるよ」

俺はシルヴィオ兄さんにわざと話を振ってみたのだが、シルヴィオ兄さんは苦笑いしながら窘めた。

いや、俺はシルヴィオ兄さんと雑談をしているだけでエリノラ姉さんの邪魔をするつもりなど毛頭ないのだが。

などと思いながら、エリノラ姉さんの方を見ると本当に苛立っているご様子。

ジェンガがなければ今にも飛びかかってきそうな勢いだ。

集中しているエリノラ姉さんを邪魔するのは非常に楽しいのだが、これ以上やると俺も命もジェンガのように崩壊しかねない。

エリノラ姉さんへの嫌がらせはこれくらいにしておいてあげるか。

俺が口を閉じると、エリノラ姉さんは再びジェンガへと向かい合う。

改めてエリノラ姉さんがブロックを確認していると、不意に廊下から扉に近付いてくる気配を二つ感じ

た。

「皆様、もうすぐ昼食の時間ですよ!」

ノックと共に勢いよく入ってきたのはミーナだ。

ミーナはメイドとしての務めを果たし、昼食の準備が整ったことを教えてくれようとしたのだろう。

しかし、ノックという振動と部屋の扉を開ける風圧が発生すれば、不安定な状態のタワーはどうなるか……。

それはもう、見事に倒壊した。

「あっ、あああああああああああっ!?」

「きゃああああああああああっ!? 何ですか!?」

倒れゆくタワーに悲鳴を上げるエリノラ姉さんと、エリノラ姉さんの悲鳴に驚くミーナ。

二人の甲高い悲鳴は崩れ落ちるジェンガの音すらもかき消してしまうほどであった。

「ちょっとミーナ! 何してくれるのよー!」

「ええ? もしかして私のせいで何かが壊れたのですか!? ごめんなさい! エリノラ様! ど、どうしたらいいですか!?」

崩れたジェンガと怒ったエリノラ姉さんを見て、申し訳なさそうにするミーナ。

「……ミーナ、ノックの返事を待たずに入るからこうなるのですよ」

「うぅ、確かにそうでした」

後ろにいたサーラに注意されて、しゅんとするミーナ。

確かにミーナに落ち度はあったのかもしれないが、タイミングが悪かったのだろうな。

倒壊したジェンガを見て、俺はそう思った。