軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法で雑草抜き

昼食後の麗らかな一時。俺とエルナ母さんは何をするでもなく、ただ食後の紅茶を飲んでソファーでまったりとしていた。

「……ふわぁ」

ソファーに埋もれるように座っている俺は食後の満腹感からくる眠気のせいか欠伸を漏らしてしまう。

対面に座るエルナ母さんや室内の端で控えるサーラも、俺の欠伸を見てもらい欠伸をしてしまったのだろうか。

慎ましやかに手で口を隠しながら欠伸を漏らしていた。

昼食の後はどうしてもこうも眠くなってしまうのだろうか。

学生や社会人であれば、この満腹感と迫りくる眠気に抗って勉学や仕事に励むのであろう。

人間としての本能が睡眠を求めているというのに、それを無理矢理ねじ伏せるだなんて間違っていると思う。身体が寝たいと言っているのだから、ここは素直に眠っておくべきだろう。

そんな訳で俺は、身体の本能に従って眠ることにする。

紅茶をテーブルに置いた俺は、傍に置いてあるスライムクッションを手繰り寄せる。

今の俺はやるべきことも義務もない。堂々と真っ昼間から眠ることができるのだ。

皆が汗水垂らして働いているであろう最中に、こうして自分が心地よい環境で眠っていると考えているとより深く眠れるというものだ。

「……アル、午後からはトール君とアスモ君と遊ぶ約束があるんじゃなかったの?」

俺が身を横にして目を瞑っていると、エルナ母さんが言ってくる。

「大丈夫大丈夫。遊ぶのはトールとアスモの家の手伝いが終わってからだから、昼食後すぐに行っても無駄だよ。少し昼寝をして遅れて行くくらいで十分だよ」

「今昼寝をしたら夕方まで起きないでしょ?」

「そうならないようにエルナ母さんが起こしてー」

俺が会話を切り上げて頼んだという風に、ソファーの背もたれの方を向くとエルナ母さんがため息を吐いた。

「もう、お昼から寝るなんてだらしないわね」

今日はエルナ母さんに何も用事はないからね。というか、エルナ母さんも昼寝していますよね?

心の中でそんな事を思いつつ、俺の意識は眠りの中へと落ちていった。

「……アルフリート様……アルフリート様」

俺は身体を揺さぶられたことによって、ふと目を覚ます。

俺の視界にはメイドであるサーラの綺麗な顔が映っていた。

「……なに? サーラ?」

「午後からのお約束の時間のために、私がアルフリート様を起こさせて頂きました」

頭がボーっとしているせいか、サーラの言葉を理解するのに五秒ほど時間がかかってしまった。

ああ、そうか。俺はトールとアスモと遊ぶ前に昼寝をして、起こしてもらうように頼んだんだっけ。

「あれ? 俺ってばエルナ母さんに頼んだ気がする……エルナ母さんってば、何か用事ができたのかな?」

「いえ、エルナ様は目の間にいますよ」

思い出しながら呟くと、サーラが俺の言葉に答えてくれる。

……うん? 俺の母は、ついに目の前にいる息子を起こすことすら手間と感じるほど堕落してしまったのだろうか?

心の中でそんな事を思いながら、身体を起こして対面のソファーに目を向ける。

「……すー……すー……」

すると、そこには俺と同じようにソファーで横になって健やかな寝息をたてるエルナ母さんの姿が。頭の下には丁寧にスライムクッションが敷かれている。

「アルフリート様の寝顔を見ていたら眠くなってしまわれたようで、アルフリート様が眠ってから五分ほどでこのようになりました」

起こしてって言ったのに、自分も寝ているのかよ。

「俺に昼間から寝るなんてだらしないって言っていたのにねー」

俺は少し抗議の思いを乗せながら、エルナ母さんの頬を指で突く。

エルナ母さんの頬は、エリノラ姉さんよりもモチっとしており柔らかい気がした。

俺は幸せそうに眠るエルナ母さんの毛布をかけ直してあげる。

「サーラ、起こしてくれてありがとうね。それと毛布も」

「いえいえ、メイドとして当然のことですから」

俺が振り返って言うと、サーラが表情を柔らかくして言う。

控えめな微笑が綺麗だなぁ。将来結婚するような時があれば、サーラのような控えめで笑顔が綺麗な女性がいいや。

なんてことを思いながら、俺は凝り固まった身体の筋肉をほぐすように背伸びをする。

それからフーッと息を吐いて、身体の筋肉をほぐして意識を覚醒させた。

「それじゃあ、俺は約束があるから出かけてくるよ。エルナ母さんは、いつも通りノルド父さんが来ない限り寝かせておけばいいよ」

「わかりました」

そう、こんなことはよくあることだ。

睡眠欲を十分に満たした俺は、いつもよりも二割増しの快活さで屋敷の外に出たのであった。

そろそろトール達の家の仕事が終わっただろうと思ってトールの家に向かったが、トールは今もなお畑仕事をやっていた。

身体を泥や汗に塗れさせたトールが、俺の姿を見るなり目を輝かせる。

「おお! アル! 遅いじゃねえか! 待ってたぜ!」

「俺は全然待ってない。むしろ、今すぐに帰りたくなった」

トールの輝かんばかりの笑顔を見てから嫌な予感しかしない。

「んなこと言うなよアル。もうちょっとで仕事が終わりそうなんだ!」

「だったら俺はトールの家で待ってるよ。だから早く仕事を終わらせてこい」

俺が回れ右をして畑から民家に向かおうとすると、トールが俺の腕を機敏に掴む。

「バカ言うなよ。一人でやるより二人でやる方が早く終わるだろ? ロイヤルフィードの件とスライム捜索のせいで、ここ最近俺だけ多く仕事を押し付けられてんだよ! 頼むよ!」

理論と感情と罪悪感で相手の心を揺さぶるとは……やるなトール。

「そ、それはトールの仕事だし、ロイヤルフィードについては自業自得だろ?」

スライム捜索については付き合ってもらったけど、あの日トールも仕事をサボることができたので無しのはず……。ちょっと心が痛むけど。

「そうだけどよぉー。俺もいい加減アルと遊びてえんだよ」

そんな純粋な言葉をかけられると、さすがに俺の心も揺れ動くぞ。

まあ、最後にトールの仕業だとバラした罪悪感もあるし、あれから結構な時間も経っているのだ。少しくらい手伝ってやってもいいだろう。

俺も最近はエリノラ姉さんの稽古のせいで、トール達と遊べなかったしな。

なんだかんだと言って遊びたい気持ちは同じだ。

「……しょうがないな。簡単なものだけ手伝ってあげるよ」

「おお! アルなら何だかんだそう言ってくれると思ったぜ! んじゃ、畑に生えている雑草を抜いてくれよな!」

俺がため息を吐きながら言うと、トールは態度を一変させて手際よく手袋を渡してくる。

この野郎。最初にゲスい下心を言って、最後に純粋な言葉をかけて交渉してきやがった。

さては、友情に訴えれば最初から引き受けてくれると思っていたのだな。

心の中で、何とも言えない気分になりながら俺は仕方なく手袋をはめる。

トールは俺に雑用を押し付けられて楽をできるのが嬉しいのか、意気揚々と鍬を持って畑を耕し始めた。

それを横目に見ながら、俺は畑に転々と生えている雑草を丁寧に抜いていく。

草が長い雑草は抜きやすいけど、短くて細い雑草とか抜きにくいな。

これくらい放置してもいいのではないだろうか?

「きちんと短い雑草も抜けよな」

「へいへい」

トールの癖に鋭いな。

俺はトールの言う通り、きちんと短い雑草のひとつひとつを抜いていく。

それでもやはり数が多いと面倒だ。

ちょっと小さな範囲の土を土魔法で掘り起こして雑草ごと盛り上げてしまおう。

俺は身近な雑草の根元から、土魔法を発動させる。

すると、短い雑草は土からミミズが出てくるかのように、ニョキニョキと出てきた。きちんと土の根から掘り起こされているし、根が短いので掘り起こす範囲が広いわけでもない。畑に影響も与えないので、これくらい何の問題もないじゃないか。

そう判断した俺は、長い雑草を手で抜き、短い雑草を土魔法で掘り起こしていく。

「……おい、お前妙に速くねえか? 俺の母ちゃんより速いんだけど……? ちゃんと抜いてるのか?」

「うん、抜いてるよ」

「嘘つけ。普段から土いじりなんてしない貴族のお坊ちゃまがそんなにテキパキと抜けるかよ!」

どうも俺の雑草取りの速さに納得がいかないのか、トールがこちらにやってくる。

トールは俺の作業していた場所をじーっと観察して、

「……確かに綺麗に抜けてんな。取り残しもまったくねえ……おい、アル。ちょっとこっちの雑草を抜いてみ

ろよ」

「はいよ」

特に何もやましいことをしていない俺は、トールの言われた通りに雑草を抜いていく。

先程と同じように長い雑草を手で、短い雑草を魔法で堀り起こして……。

「んなっ!? なんだそれ!? なんかミミズみたいに雑草が出て来たぞ!? 気持ち悪いっ!」

そうかな? 見慣れたら可愛い生物に見えなくもないけど……。

「おいっ! 何やったらこうなんだよ!? また魔法か!?」

「うん、土魔法で短い雑草の根元から掘り返してるんだ。雑草だけを隆起させているから、無暗に土は掘り返されていないはずだよ」

俺はトールに確かめてもらうために、もう一度雑草だけを隆起させる。

土に押し出されるように緑色の雑草が姿を見せる。

「なあっ!? んだよ、これ! 反則じゃねえか! これさえ、あれば雑草抜きなんてすぐに終わるじゃねえか!?」

「ちょっとトール? さっきから何騒いでんのよ? 今日はこの畑一面を耕すのがあんたの仕事なのよ? サボっていたら夕飯抜きよ?」

トールが押し出される雑草を見て驚きの声を上げていると、家の方からトールの母親ことミュラさんがやってきた。

「ミュラさん、こんにちは」

「え? ああ、アルフリート様こんにちは」

俺が立ち上がって会釈をすると、ミュラさんも慌てたように会釈をする。

どうやら俺がいるとは思っていなかったらしい。

それからミュラさんはトールの方に近付き、

「ちょっとトール。友達とはいえアルフリート様は貴族様なのよ? 土いじりを手伝わせるなんて……」

「土をいじるのに貴族も平民も関係ありませんよ、ミュラさん」

どや、今の俺の発言。かなりの好少年っぷりではないだろうか?

「そ、そうなのかしら?」

「本人がそう言ってんだから、気にすんなって母ちゃん!」

能天気なトールに拳骨を入れるミュラさん。

「あんたはもうちょっと遠慮ってものを知りなさいよ。この仕事はあんたへの罰なんだから!」

「痛えっ! というか紅茶をちょっと飲んだくらいでケチケチしすぎだろ!? もうずっと前のことじゃねえか!」

「あれは私がエルナ様から貰った高級な茶葉なの! 労働の後の楽しみとしてとっておいたのに、あんたがガブガブ飲むから! それに最近だってアルフリート様が! とか理由つけて仕事サボってたでしょ!」

おーおー、完璧に親子のやり取りに入ったな。想像はしていたが、トールとミュラさんはいつもこんな感じなのだろうな。

なんだかとても微笑ましい光景で思わず和んでしますな。

そんな俺の表情に気付いたのか、トールを叱りつけていたミュラさんがハッと我に返る。

「ゴホン……とにかくできるだけ仕事は自分でやりなさい。この畑を耕し終わったら今日はもう好きにしていいから」

「わーったよ」

トールの雑な返事に眉をひそめたミュラさんであるが、また同じことを繰り返すと思ったのか溜飲を下げた。

それから俺の方へとにこやかな笑顔を向けて、

「アルフリート様もこのバカに付き合わず、うちで休憩していて構いませんよ? うちにはロイヤルフィードが…………ありますから、ゆっくりしていって下さい」

言ってしまって後悔といった表情だろうか。ミュラさんの表情がにこやかなものから後悔や絶望といったものに変わる。言葉もドンドン尻すぼみになっていた。

俺を家でもてなしてしまえば、残り少ないロイヤルフィードの消費がさらに進むからな。

ロイヤルフィードは屋敷でいつでも飲めるし、ここで休憩を選ぶほど俺は鬼畜ではない。

「い、いえ、お構いなく。こうしてトールと話しているのも楽しいので」

「そ、そうですか! 私は家にいるので休憩したくなればいつでもいらして下さいね!」

俺の言葉に心からの笑みを浮かべるミュラさん。

それからミュラさんは軽い足取りで家へと戻っていく。

凄いな。表情はすっごい笑顔なのに、心からは絶対に来るなよ? 言質とったからな? というような脅迫の声が聞こえてきたよ。

俺がミュラさんの後姿を見送る中、トールが黒い笑みを浮かべながらこちらに近付き、

「ちょっとアル、今から休憩しに家に戻れよ。母ちゃんがかなり凹むからよ」

「その気持ちもわかるけど、やめてあげろよな」

「冗談だっつーの。これ以上仕事を増やされたら洒落にならねえからな」

俺が嗜めると、トールは鍬を肩に担ぎなおして畑を耕し始めた。