軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

いざ海の旅へ~船上鬼ごっこ

「よし、野郎共! 帆を張るぞー!」

「「へい!」」

ダグラスの威勢のいい声が響き、船員達が一斉にマストにかけられた帆を目指してシュラウドを駆け上がっていく。

大勢の船員達がきびきびと動く様は見ていて気持ちがいいものだ。

「しっかしロープが架けられているだけなのに、よくあんなスピードで登れるよね」

「あいつらも慣れているしな。あれくらい何でもねえよ」

俺の感嘆の声に近くにいるダグラスが答えた。何でもないと言い張る割に、その表情はどこか誇らしげである。

俺は空間魔法やらシールドやらがあるので落ちても大丈夫だろうけど、船員はそうはいかないだろう。登れば登るほど地面と離れてしまい恐怖を掻き立てられる。

さらに不安定な足場のロープ。風や他の船員達が駆け上がる事により揺れる事であろう。

俺がシールドで空中を散歩するのも、絶対的な保険ともいえる転移があるお陰だ。あれがなければ精々上空数メートルしか登らないだろう。

次々とマストへと登っていく船員の姿を眺めていると、あっという間にそれぞれの帆へと船員達がたどり着いた。

メインマストにもなると海上から三十メートルはありそうな高さだ。あそこから眺める海の景色は相当綺麗だろうな。

けれどマストの近くには足場がロープしかない。それは怖いので一番上にある物見台に入らせてもらおう。

あそこなら足場もしっかりしているし、俺の身体の大きさなら十分に座ることができるな。

「お前ら準備はできたか!?」

「「へいっ!」」

それぞれのヤードに取り付いた船員達が返事をする。

海の船員といえば冒険者なみに荒くれ者というイメージがあったのだが、意外としっかりしている。船は一人では動かす事ができない乗り物なので、協調性のないいい加減な者では務まらないのであろう。

ここまでの一連の動きを見ただけで、ここの船員達はしっかり者なのだという事がわかるな。

ダグラスは船員と船の様子を確認するように眺めると大きく息を吸った。

「帆を張れー!」

ダグラスの大声が響き、船員達が速やかにロープを解く。

シュルシュルと布と帆が擦れるような音、金具の音が鳴り、白い帆がスルリスルリと広がっていく……のだが……。

「…………もっとバサッて広がるのを想像していたんだけれど」

「小型の船じゃねえんだ。無茶を言うな」

俺が視線を向けると、ダグラスは口元をへの字にして素っ気なく答えた。

某海賊マンガが有名なせいか、ついバサッと広がる帆を想像してしまうのは仕方がないと思います。

俺達が微妙な面持ちで広がる帆を眺めている中、近くに停泊していた小型船から気持ちのいい帆が広がる音が聞こえた。

ロープを解けば勝手に帆が広がってすぐに出発できるのかと思っていたのだが違った。

ロープを解いても帆は勝手に広がってくれないらしく、ロープで引っ張る作業があったのだ。

ダグラスが男手であるルンバやアーバイン、モルトを連行してロープをひたすら引っ張るとようやく帆が広がった。

そして今俺の目の前には、体よく労働力として使われた三人の姿が。

「ハァッ……ハァッ……もう無理だ……。腕に力が入らねえ」

「布だと思って舐めていた。帆って結構重いんだな」

「そんなに疲れたか? 綱引きみたいで結構楽しかったぞ?」

へたり込むアーバインとモルトだが、ルンバはケロリとしていた。

ルンバが引っ張った帆だけ異様に速く広がっていたものな。力自慢の船員達もビックリしていたぞ。

「やっぱり船は帆が広がっていてこそ船ね」

「白い帆を広げた姿は白鳥みたいですね」

私達はか弱い魔法使いだから力がないと宣言したアリューシャとイリヤは、さも自分達が広げたかのような顔つきをして眺めていた。

そんな様子の女性を見て、アーバインが憎々しげに呻く。

「……おのれ、涼しげな顔つきをしやがって」

「私達は海に出てからが主な出番なんだからいいでしょ? 大体男達に混ざって華奢な女が混ざっても大して力になれないわよ」

アーバインの視線もどこ吹く風。アリューシャは紺色の髪を振り払って悠然としている。

「おい、アーバイン。こいつってば自分で自分の事を華奢とか言ったぞ……」

「まあそう言うな。自分で自分の胸元が慎ましいと認めたんだから別に――ふごっ!?」

華奢という意味を曲解したアーバインが余裕ぶって話すが、アリューシャの蹴りが叩き込まれて沈んだ。

「よーし、出航だ!」

アーバインが沈むと同時に、ダグラスの大声が響き渡る。

停泊のために下ろしていた碇が上がり、ロープが解かれる事で船はゆっくりと進みだした。

広がった大きな白い帆が風をしっかりと受け止めて前へ前へと進む。

ダグラスが風の向きや強さを肌で感じ取り、船員達に指示を出す。

微妙な風向きや強さに合わせて帆の向きを調節しているようだ。船員達がしきりにロープを引き、声を飛ばし合う。

そんな船員達の息の合った動きのお陰か船はますます加速して進んでいく。

波をざーっと掻き分けるような音が聞こえて、船が港から離れていく。

港には俺達の出航する様子を眺めていたのか、多くの人々がこちらへと手を振っていた。

見ず知らずの相手でも旅の安全を祈って送り出す。

これが港町エスポートで暮らす人々の優しさなのだろう。これがエスポートにとっての当たり前の光景。何て暖かい街なんだろうか。

送り出されたとあっては答えないわけにはいかない。

俺達は見送っている人々に感謝を送るように精一杯腕を振る。人々が遠くに……点になるくらいまで。

エスポートを出航して波に揺られることしばらく。

エスポートの白い街並みはとっくに見えなくなってしまい、今となっては視界一面青一色。

穏やかな海と澄んだ空が見えるのみだ。

そんな美しい海の景色を物見台から一望しようとしたところ、退屈をしていたアーバイン、モルト、ルンバに捕まった。

「おい、アルフリート様! 船上だけで鬼ごっこやろうぜ!」

「おお、いいなそれ! これだけロープが入り組んでいるんだ楽しそうだな!」

「船内は無しなんだな?」

おいおい、こんなロープのたくさんある場所で鬼ごっこなんて…………アスレチックみたいで面白いかもしれないな。俺には安全を保障する転移やシールドがあるし悪くない。

そうと決まればさっさと逃げよう。

俺は一目散にシュラウドに足をかけて上を目指す。

「あっ! こいついきなり鬼を放棄したぞ!」

アーバインがそう叫びつつ俺を指さす。

ふっ、甘いな。もう鬼ごっこは始まっているんだ。

現にそんな事をしている間にモルトとルンバまでもが走り出していた。

「最初の鬼はアーバインな!」

「鬼はその場で待機して十秒数えろよ!」

「お前達汚ねぇ!」

こういうのは早い事押し付けたもん勝ちなのである。子供の遊びとはひどく残酷で理不尽なのだ。ルールや常識などは通じず、その場のノリと皆の意思で容易にルールが作られて決定されるのだ。

鬼をアーバインに押し付けた俺達は当然の如くロープを登る。

俺が真ん中のメインマストでモルトが後ろにあるミズンマスト。そしてルンバは前にあるフォアマストへと登っている。

俺達がロープをよじ登る姿は、どこからどう見ても猿とゴリラであろう。

どうしたら船員達のように軽やかによじ登れるのか。

ぎこちなくよじ登る俺達の姿を船員達が暖かい眼差しで見ている。

あとでコツとか教えてもらおう。

「……八、九、十! よっしゃ! お前ら待てー!」

そんな事を思いながら登っていると、律儀にもゆっくりとカウントしていたアーバインが駆け出した。

「一番トロいお前を仕留めて交代してやる!」

アーバインが最初に狙ったのはミズンマストにいるモルト。

一番よじ登るのにもたもたしていたからであろう。モルトは未だに一番したのヤードにたどり着く事すらできていなかった。

アーバインが獲物を追いかけるハイエナの如し表情でよじ登る。

「ちょっ! お前来んなって! よじ登ってくんな気持ち悪い!」

アーバインは慣れているのだろうか? 船員ほどではないが軽やかによじ登っていく。

「ふははは! つれねえこと言うなよ? ほら、あんよに手が届きそうだぜ?」

「ヒイッ!」

下から老け顔の男が下卑た表情で迫って来るのは恐怖でしかないだろう。俺じゃなくて良かった。

俺の後ろでは野郎と野郎が追いかけっこをしている一方で、前方のルンバは何故かロープではなく、マストを抱きしめて器用によじ登っていた。

お前はゴリラか。

そんな突っ込みを心で入れている間に、後方から喧しい声が聞こえる。

「はいタッチ! モルト、お前が鬼だぜ!」

「はあっ!? 触れてねえだろうが! 嘘つくな!」

「触れたんだよ。お前の靴の紐にこの指が掠ったもんね」

「嘘つけ! そんなのいくらでも嘘つけるわ。掠るだけじゃ無しだ!」

何だろう。こういうやり取りを小学校で何十回。何百回とやった気がする。

「はいはい分かったよ。ほい、タッチ」

「今は無しだろ!?」

「そんなのはルールにはねえよ。止まったモルトが悪いんだぜ」

……俺の経験からしてこの後に起こりうる行動は……タッチ返しからの喧嘩だと思う。

「んだとぉっ!? ほれアーバイン、タッチ。またお前が鬼だ」

「おいちょっと待て! タッチ返しはなしだろ?」

「そんなルールはねえよバーカ」

モルトは呆然とするアーバインにそう告げると、一気にヤードから飛び降りた。

飛び降りてしまっては手が届かない。タッチ返しができない。

なるほど。モルトも考えたものだな。

「あっ! くそっ! あの野郎! 次はタッチして海に突き落としてやる!」

それは鬼だな。

アーバインが心底悔しそうに呻いているのを見ていたのがイケなかったのか、そんな鬼のような事を考える奴と目が合ってしまった。

「…………」

「…………よし、次はアルフリート様に決めたぞ!」

アーバインはそう決心すると、ヤードから飛び降りて俺の真下へとやってきた。

「ははは! 待てー!」

アーバインが凶悪な笑みを浮かべてシュラウドを駆け上がる。

うわ、速い! 速いんだけれど……なんか気持ち悪い。蜘蛛のような動きでシャカシャカと登ってきている。

「アーバインの体の使い方がキモい! こっち来るな!」

蜘蛛が下から這ってきているみたいで妙なプレッシャーを感じる。そしてアーバインの顔自体が老け顔なせいかよりおぞましいものになっている。

「……あれだな蜘蛛みたいだな」

「たまにいるよな。キモい登り方しているのに登るのが速い奴」

「お前らキモいキモい言うな! 傷つくだろ!?」

ルンバとモルトの声に反応してアーバインが叫ぶ。

キモいという言葉は冗談とわかっていても割と傷つきやすい言葉なんだよね……。

「キモいとかいう言葉を軽々しく使うなよな!」

アーバインはそう言い放つと満足したのか、気を取り直して真上に駆け上がり始めた。

「さっきから妙に騒がしいわね。あいつらってば何をしているのよーーってアーバインの登り方キモいわね……」

そんな時、ちょうど船室からやってきたアリューシャが早速キモいと言い放った。

女性特有の酷く感情のこもった声である。特殊な性癖をお持ちの方が喜びそうなほどの言い方だ。

「またキモいって言いやがったな!?」

「何よ? 気持ちの悪いものをキモいと言って何が悪いのよ?」

「じゃあ、お前の胸が小さいという事実を言うのも俺の自由だろ?」

「何ですって!? それとこれとは話が別よ!」

……別なのか。女性というものは複雑怪奇である。きっと別腹くらい違うのであろう。

「ふんっ、あんなぺったんこは放っておこう。こっちが疲れる」

「聞こえてるわよ! 後で覚えてなさい!」

アリューシャが船室へと戻り、アーバインがやれやれという風にため息を吐いた。

後でどうなるか知らないぞ?

「さて、さっさとアルフリート様をタッチして鬼を交代してもらうか。追いかけるのは疲れたんだ」

そう呟くとアーバインは再び行動を開始した。

手と足が別の生き物ように蠢く。

その姿を一言で表すならばやはり……。

「キモい!」

「もう許さねーぞお前ら! 俺の事を揃いも揃ってキモいって言いやがって!」

見ていた人全員にキモいと言われたアーバインがついにキレた。

アーバインが憤怒の表情で駆け上がってくる。だってキモいんだもん!

「ヒイッ!」

「無駄だ!」

アーバインのキモさにビビり、シュラウドを掴んで精一杯揺らすが余り効果はない。

もとよりピンと張られたロープなのだ。大きく揺れるようでは登りづらいせいだろう。

蜘蛛の動きをするアーバインのせいか、シュラウドが張り巡らされた蜘蛛の糸に見える。

ここは奴の領域。このまま俺もシュラウドを登れば確実に仕留められる。

そんな確信を抱いたので、俺はシュラウドを駆け上るの止めてヤードへと乗り移る。

「フハハ! ヤードへと逃げたな!? お子様のアルフリート様ではその高さは飛び降りれまい。下手したら捻挫、骨折だぞ?」

アーバインが本当に大人げない。

確かに一番したのヤードでも結構な高さがある。これを七歳の子供が飛び降りるのは中々危ないことだろう。

こいつ、それを見越して俺にターゲットをつけたな。

「怪我をしたくなければジッとしてろよ? キモいと言って俺は傷つけた罪。海へと突き落とすだけで勘弁してやる」

それも十分に危ないじゃないか。

いかん奴に近付かれると本当に何をやられるかわからない。ここはシールドでも使って空中へと逃げるか……?

ヤードの上でそんな事を考えていると、ふと目の前に一本のロープが垂れ下がっていることに気が付いた。

そのロープを視線でたどると、しっかりとマストに固定されている滑車式だとわかった。

これってもしかして、ターザン的なやつができるロープなのではないだろうか。

「へへへ、待ってろ。今そっちに行ってやるからな」

シュラウドからヤードへと乗り移ってきたアーバイン。

もう、やるしかない。

俺は垂れ下がったロープまで移動し、ロープをしっかり掴んで飛び降りた。

「なぬっ!?」

ロープにつかまった俺の体が宙へと浮く。

そして俺の体重がロープへとかかることで、ロープがシュルシュルと重さで降りてくる音がする。

「あー! あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!」

ターザンの掛け声を上げて、全身で空気を切り裂く。

風を全身で突っ切る感覚、空中に体を投げ出すという程よいスリル、そして雄たけびを上げる行為はとても楽しい。

俺の視界が一瞬で斜め下へとずれていく。そして俺は程よい高さまで降りたところでロープを離して着地。

決まったな。

「「おおおおおおおおおっ! 何じゃそれ! 面白そう!」」

俺のターザンロープを見たモルトとルンバが、はしゃぎ声を上げる。

あの感覚。癖になりそうだ。

「よし、俺らもやるぞ!」

「あっ、でもルンバさん! ここには滑車式ロープがないぞ!」

「何いっ!? あるのは真ん中だけか!? しょうがない、アーバインがこっちに登ってきたら皆で飛び降りて真ん中に……」

「ロープを巻き上げないとだめだから、アーバインが追い付いてくる」

「なら、鬼ごっこは止めだ。今はロープで飛び降りる奴をして遊ぼう」

「なっ!?」

子供じみた遊びというものは常に変動するものである。