軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28.ローザは萌え画を守りたい(3)

クリスは素早く部屋に踏み入り、

「ローザはもう意識を――」

取り戻したのかと尋ねかけたが、ローザが回復するどころかドレスを焦がしているのを見て、ぎょっと目を見開いた。

「どうした! なにがあったんだ!?」

鋭く問われて、男たちはようやく我に返る。

特に、なりゆきでレオンたちのやり取りを見守ってしまっていたベルナルドは、さっと青褪め、慌ててローザに取り縋った。

「そうです! 姉様、早く手当てをしなくては!」

『ごめん、愚鈍な男とくだらない話をしてる場合じゃなかったね。祈祷画を守ってくれた恩人を、早く治療しなくちゃいけなかったのに』

「すまない。治療と謝罪を優先すべきだった。女性の肌を傷付けてしまうなど……」

ラドゥとレオンも次々に詰め寄りながら、詫びてくる。

対するローザは、「いえ……」と顎を引くばかりだった。

祈祷画を守ったのはローザが勝手にしたことだし、ドレスが焦げたのは、レオンに攻撃されたからではなく、ローザが飛び込んでいったからだ。

そもそも、この一連の騒ぎはローザが自爆して昏倒したことが原因で起こっているのだし、ベルナルドが素早く鎮火してくれたおかげで、肌に外傷はない。

それに、

(それよりなにより……わたくし今、ものすごくいたたまれないんですけれど……っ)

叶うなら、ローザは今この場から逃げ出してしまいたかった。

自分こそがこの聖典の尊さを理解できると思い込み、自信満々で布教しかけたにもかかわらず、それとは全然異なる形で 聖典の高尚さ(せいかい) を解説されてしまうなど。

(あ、赤っ恥……っ)

ばつの悪さに、潤んだ瞳を隠すようにして「いえいえいえ」と後ずさっていると、こほんと冷静な咳払いが降ってくる。

「三人とも。いくら気が急いているとはいえ、ご令嬢にそのように接近するのはいかがなものでしょう」

カミルである。

この場で唯一、穏やかさをキープしていた彼は、実に紳士的な言葉遣いで、ローザに救いの手を差し伸べてくれた。

「ひとまず、落ち着いた場所で彼女を診察しなくては。クリス殿下が侍女を連れて来てくれたところ申し訳ないですが、癒術師がいるのだから、専門家の彼に診てもらったほうがよいはず。議論は後にして、今は治療を優先しましょう」

実にスマートに話の流れを変えてくれたカミルに、ローザはぱっと顔を上げた。

(もしかして、わたくしを助けてくださるの……!?)

縋るようにじっとカミルを見つめてみれば、相手は意を迎えるように、静かな微笑を浮かべる。

「ローザ嬢は私が医療室に連れて行きましょう。レオン様が癒術師殿の職務態度に疑問をお持ちなら、癒しの心得のある私も治療まで立ち会います。ただし、ご令嬢の胸部の診察なのですから、ほかの皆さまは付き添いをご遠慮くださいね」

やはり彼はこの場からの逃走に力を貸してくれるのだ、と踏んで、ローザはいよいよ歓喜した。

(カミル様は、女性に恥をかかせない、本当にデキるお方……。さすがは「真面目オカン攻め」。細やかな気遣いが堪らないわ。いえ、この包容力、彼ならばいっそ「包容受け」すらこなせるやも……)

感動のあまり、思考がつい腐方向に逸れてゆく。

性懲りもなく鼓動が高まり、結果、青褪めでもしてしまったのか――ああ、つくづくこの体質が忌まわしい――、ローザの顔を見たベルナルドが心配そうに異議を唱えた。

「ですがカミル様。せめて弟の僕も一緒に――」

「一緒に付いて来て、ローザ嬢の裸を確認したいと? それは姉弟愛の域を超えていますね」

いつになくはっきりと指摘されてしまえば、ベルナルドは引き下がるしかない。

「ならば同性の僕が行こう。着替えもあるなら、女手が必要だろう。侍女も連れて行くべきだ」

「女性としてのご自覚を持たれたのは素晴らしいですが、治療中にぞろぞろ押しかけるのが友情でもないでしょう。ローザ嬢は私がちゃんとお守りしますから、少しお待ちください」

クリスも続いて付き添いを申し出たが、カミルは呆れたように嘆息する。

すると、クリスはぱっと顔を上げ、まじまじとカミルを見つめ返した。

「おまえ……」

ぐ、と眉間に皺を寄せた様子から、彼女の不快さが伝わってくる。

恐らくは、家臣からぴしゃりと命令されたのが気に食わなかったのだろうとローザは思った。

なにしろぷんデレだから、すぐ怒る。

だが、ローザはそんなクリスたちに向かって、頭を下げてみせた。

「わたくしからも、お願いです。一人で行かせてくださいませ」

実際のところ、火が肌に触れたのは一瞬だったので火傷はしていないのだが、とにかくこの場からずらかって、事態をうやむやにしてしまいたかったのだ。

腐活動を推しに目撃され、暴走のせいで方々に迷惑を掛け、挙げ句見当はずれな解説をして、と羞恥で焼け死にそうなので、一度心を落ち着ける必要がある。

正直なところ、ラドゥやカミルにも付いて来てほしくないくらいであった。

医療室に着いたらさっさと火傷がないことをアピールして、初夏の爽やかな風のように走り去ろう。

もうそれしかない。

「でも、姉様……。僕は、男二人と姉様を行かせるのが不安で」

ベルナルドはまだ渋っている。

もしかして、男が二人いると見るや、ローザが性懲りもなくカップリング妄想を楽しむのではと警戒しているだろうか。

(なんて疑い深いの!? でも否定できない! ベルたんったら慧眼!)

ラドゥもカミルも、それぞれ属性の異なるイケメンだ。

反りは合わないようだが、対立する二人がやがて、というのも実にオイシイ。

それぞれ、「S系ひねくれ攻め」と、「真面目オカン攻め」と踏んでいるが、もし仮に二人をカップリングするとしたらどうなるだろう。

(どちらが「受け」に回るかは、大きな分岐点ね……体格的にはラドゥ様だけど、精神的にはカミル様という可能性も……あ、だめだめだめだめ)

気を抜くとすぐに妄想に走ろうとする自分の腐敗具合に、ローザはふと遠い目になった。

しょせん自分に、自制なんてできるはずがないのだ。

ローザは力なく笑うと、弟を見つめた。

「ねえ、ベルナルド。こんな姉様でごめんなさい。どうか……許してね」

「姉様……?」

ベルナルドは怪訝そうだ。

だが、これ以上この場に留まっては墓穴を掘るだけと踏んだローザは、ぱっと踵を返し、ラドゥやカミルとともに医療室へと向かった。

『先に行って準備をしてくる』

図書室を出るや、ラドゥはそう告げて、廊下を走り去ってゆく。

ローザとカミルは、しばらく無言で廊下を歩いていたが、やがて人気のないところまで来ると、ローザは小声で礼を述べた。

「あの、カミル様。わたくしをあの場から連れ出してくださり、ありがとうございました」

「……『ありがとうございました』?」

なぜだか、不思議そうに聞き返される。

少し違和感を抱きながらも、ローザは極力にこやかに相手を褒め上げた。

「だって、わたくしの合図に気付いてくださったのでしょう? わたくし、あなた様ならば、きっとあの場からわたくしを連れ出そうとするのではないかと思っていました」

本当はそんな予想などしていなかったが、よいしょする意味も込めてそう告げると、カミルはなぜか、ぴたりと足を止めた。

「――……へえ」

あれ、と思う間もなく、彼は再び歩きだす。

「大胆な方ですね」

そう言って、一歩先に進まれてしまったので、その表情を窺うことはできなかった。

「ローザ嬢。私になにか、聞きたいことはありますか?」

しかもなぜか、ここに来て突然の質問タイムである。

二人きりの気づまりな空間を解そうとでもしているのだろうか。

ローザは困惑して眉を寄せた。