軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.ローザは萌え画を守りたい(2)

「燃やしてはいけ、な――……ああ……っ!」

もちろん、ローザは身体強化のできる戦闘民族でもないので、抱きしめた祈祷画、というか炎はめちゃめちゃ熱かった。

抱えた傍から「ぅおぁっちい!」と叫びそうになったが、気力で堪えて、祈祷画を強く胸に押し当てる。

(あああああ 熱(あつ) 、熱、熱い……っ、熱いけれど、くっ、なんのっ、わたくしの 薔薇愛(ハート) のほうが絶対熱いわ……っ)

心頭腐敗すれば火もまた涼しという。

腐りきった生ごみが、たかだか羊皮紙一枚分の炎で燃えるはずがない。

ローザは己に言い聞かせ、祈祷画をぎゅうっと抱きしめた。

酸素の供給さえ止めれば火は自然に消えるはずだ。

ただ、惜しむらくは、ぎゅうぎゅうと祈祷画を抱きしめすぎていたことか。

貪欲な炎は、新たな獲物を前にした蛇のように、すでにちろりとその舌をローザの手や、ドレスに伸ばしていたのである。

(あっ、これまずいやつ!)

「ローザ!」

周囲では火を放ったレオンが青褪めている。

魔力の性質上、一度放った術は取り消すことができないのだ。つまり、彼自身ではこの火を消せない。

ならばと、レオンが水を召喚しようとするのを見て取り、ローザは咄嗟に叫んだ。

「だめです! 貴重な書物を濡らさないで……!」

この世で濡れていいのは、「受け」の美しい瞳だけだ。

叫びを受けて、魔力を紡いでいたレオンが驚いたように動きを止める。

「姉様! ――風よ、失せろ!」

その代わりに、ベルナルドが叫んだ。

――ふ……っ。

まるで飽きたとでもいうように、ローザの周囲から突然火が消える。

同じタイミングで、言いようのない息苦しさに襲われ、ローザはその場に崩れ落ちた。

「げほ……っ! ごほっ!」

「すみません、姉様! 風を操り、姉様の周囲の空気を一瞬『なくし』ました」

駆け寄ったベルナルドが、背中をさすりながら申し訳なさそうに告げる。

ローザは、乱した髪の下から、涙目のまま驚いてベルナルドを見上げた。

(うちの子、やはり天才……!?)

いや、間違いなく天才だ。

風と言えば火を助長するものだが、それを「なくす」ことによって火を消すなんて。

これぞ、書物を濡らすことなく燃焼を止める、世界にたった一つのエレガントな方法。

しかもこんなに短い詠唱で。

ローザは姉ばかを大いに発揮して頷きかけたが、すぐに我に返り、よろりと立ち上がった。

『お、おい、ちょっと、あんた――』

そこで、はっとしたラドゥが慌てたような声を上げる。

『大丈夫なわけ!? ちょっと傷を見せて! 気管も!』

皮肉っぽさをかなぐり捨てて、彼は珍しく――いや、初めて、心底心配そうな表情を浮かべた。

ベルク語で話す余裕もないようである。

彼は、焦げたドレスの胸元を剥がさんばかりの勢いで腕を伸ばしたが、ローザはよろめきを利用してそれを避け、レオンのもとへと歩みを進めた。

「お、うじ、殿下……っ、ごほっ!」

激しく噎せた影響で、全然滑らかに話せないが、それでも、ローザにはどうしても、この王子に物申したいことがあったのである。

「ローザ――」

「ど、どんな、理由が、あろうとも……っ、こ……、れらの、祈祷画を、燃やしては、……りません……っ」

レオンは整った顔に焦りの表情を浮かべ、手を差し出してくる。

が、ローザはそれを押し退け、真っすぐに彼の瞳を見つめた。

「おまえ、そんなことより、体は大丈夫――」

「殿下。よく、ご覧に、なってください……! これは、あなた様にこそ、そして……国王陛下や、王妃陛下にこそ、見ていただきたい絵画です」

大胆にも、王子の言葉を遮って、ローザは燃え残った祈祷画を彼に突きつける。

瞳に力を込めると、彼がはっと息を呑んだのがわかった。

腐ォースにやられたのかもしれない。

ローザの瞳は今や深い紫色に輝き、その全身からは、神々しい迫力――もとい、「この萌え画をなんとしてでも伝導する」という使命感が溢れていた。

呑まれたようにこちらを見返す王子に、ローザはかすれ声のまま囁きかけた。

「偏見を、振り払って、よくご覧になってください。……わかりませんか?」

聞こえますか、わかりますか。

喉の状態さえ万全なら、ローザは滔々と語って聞かせたかった。

素晴らしくありませんか、この慟哭するファズ・アプたんの美青年ぶり。

心震えませんか、皮肉屋で飄々としていた(※補完)青年神が、突如として愛に狂った病みキャラにジョブチェンジするこのギャップ。

燃え盛る業火、怯える 周囲(モブ) 、それらの演出まですべてひっくるめて、とにかく尊いこの一幕。

ぜひとも国の頂点たる人々の心に刻み付け、なんなら貨幣裏面に導入したいくらいの、この素晴らしさが、わかりませんか――?

「なにを、わかれと……?」

だが、レオンは困惑顔である。

ローザは物分かりの悪さにもどかしさを覚えながら、「もしかしたらこれはタイプではないのかも」と思い至り、手近なもう一枚を拾い上げた。

こちらは、日頃陽気なガル・アプたんが、前線で散り、黄色い花畑と化した一幕を描いた祈祷画だ。

ローザのお薦めツートップの一である。

薔薇的な意味を抜いても実にムネアツなワンシーンで、これに萌えなきゃ人ではない。

「これは、ガル・アプタス――守り人が、命と引き換えに敵を倒し、その骸が黄色い花畑と化した一幕を現した祈祷画です。……これならばきっと、殿下も、おわかりになるでしょう……?」

もはや淡い笑みすら浮かべはじめたローザに、横で聞いていたラドゥが、息を呑んだ。

レオンは、珍しく素直な驚きを浮かべたラドゥを視界に入れ、眉を寄せる。

どうも、この祈祷画には重要な意味があるようだ。

彼は改めて、目の前の二枚、そのうち、ローザが「守り人」と称した絵のほうをじっくりと見つめた。

絵の中心では、体を引き裂かれた男が虚ろな目で天を見上げている。

おぞましいことに、傷口から流れる血や臓腑は、それでも貪欲に魔物を飲み込み、満腹そうに膨らんだ赤い球体は、画面下部に近付くにつれ、黄色い花へと姿を転じているのだった。

花も決して美しくはなく、むしろぐずぐずと溶けた輪郭は、膿のような醜悪さを思わせる。

そのとき、レオンの脳裏でなにかが繋がって、彼は弾かれたように顔を上げた。

――守り人? むしろ、あんたらはその成れの果て、膿のほうじゃないか。

守り人の成れの果てが、膿。

「まさか……」

明晰な頭脳は、瞬時にある仮説を導き出していた。

突飛に思える。

だが、医術を奇跡として崇めるアプトの民、そんな彼らをまとめる宗教の逸話としては、十分にありえる気もする。

「これは……膿の成り立ちを、示しているのか?」

(んっ?)

真顔で問うたレオンに、ローザは微笑を浮かべたまま固まった。

今、なんて?

だが、レオンの問いを受けたラドゥは、しばし無言で彼を見返した後、わずかに口元を歪めてみせた。

「――そうだよ」

「…………!」

「正確には、 好中球(ガル) ――血液中の、病原菌を殺す作用を持つ細胞の貪食性を示したものだけど」

絶句するレオン。

その隣では、ローザも違う意味で絶句していた。

なんだか……思ってたんと違う、と。

硬直する二人をよそに、ラドゥは淡々と説明した。

「外科手術にも内科診療にも、血液や免疫の構造は必須の知識だ。俺たちアプトの民は、それを神話の形で、子どもの頃から叩き込まれる。外部に簡単に流出しないよう、祈祷画と口承のセットでね」

もっとも、そこの彼女はあっさり見破ってくれたみたいだけど。

ラドゥに真剣な眼差しを向けられ、ローザは、ほんのりと冷や汗を浮かべた。

そんなもの、見破ったつもりはまったくない。

「では……」

沈黙するローザを残して、レオンはふと顔を上げ、もう一枚の祈祷画に視線を移した。

中央で青年神が慟哭する絵だ。

周囲には炎が渦巻き、それに触れた動植物が焼け苦しんでいる。

ひび割れた大地、毛皮を爛れさせた動物、腐った実をこぼし、ぐったりと地を這う草花。

――荒れ果てた肌、抜け毛、止まらない嘔吐と脱力症状。

レオンは、ぞくりと背筋が粟立つのを感じた。

ローザは先ほどなんと言っていたか。

そう。

王子にこそ、そして王や王妃にこそ、見てもらいたい絵画だと言った。

「これはまさか、……母上の……?」

「そ」

掠れた声での問いに、ラドゥはやはり平坦な口調で応じた。

「これのタイトルはね、 自己免疫(ファズ) の異常。過剰に力を得た免疫構造が、外敵を倒すための力を暴走させて、体中に炎症を起こしたり、異常を引き起こす、そういう症状を表した一幕だ」

(えええええーっ!?)

いよいよローザは驚愕に息を止めた。

まさか、萌え萌えしい祈祷画に、そんな意味があっただなんて。

言葉も出ないが、そんなローザを完全に取り残し、レオンは真剣な表情でラドゥと話し込んでいた。

「ではおまえは、最初に突きつけた祈祷画で、診察結果を暗示していたということか!?」

「暗示もなにも、解説したはずだよ。『この通りだから、よく見ておくように』って」

「説明不足にも程があるだろう。だいたい、おまえは初日に『癒術師の手に負えない』と匙を投げて……」

「違う、『癒術師の領域ではない』と言ったんだ。それに、説明なら詳細にしたさ。それでわからない、あんたらの頭が悪すぎるんじゃないの?」

「説明をした……? だが――」

議論は噛み合ったかに見えて、平行線のようだ。

険しい顔つきのまま、互いに食って掛かかろうとした二人の間に、そのとき凛とした声が割って入った。

「侍女を連れてきた!」

年嵩の侍女を連れて戻ってきた、クリスである。