軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

087 魔王様は思春期

そのまま一気に、魔王城のあるセレイドまで向かうかと思われたが、その前にネイガスの魔力が限界を迎えた。

道半ばで地上に降り立った一行は、使われなくなった魔族の集落に立ち寄る。

そこはフラムたちが、旅の途中で訪れた場所でもあった。

「今日はここで一泊しましょう。しばらく使ってないから少し片付けが必要でしょうけど、人数分はベッドもあるはずよ」

ネイガス曰く、そこは元々、二十人ほどの魔族が暮らしていた場所なのだという。

数件の民家と、奥には集会所らしき立派な建物があった。

周囲には放置された畑もあり、ここに暮らしていた魔族たちは、自給自足の生活を送っていたらしい。

ひとまず集会所に向かうと、中には広い空間があった。

床や、置いてあった椅子にそれぞれ腰を下ろす。

フラムは長椅子にキリルを寝かせ、そのそばに、ミルキットと並んで座った。

「やけに綺麗な建物」

インクと隣り合って座るエターナが言った。

外は曇天だが、雲が薄いおかげかそこまで暗くはない。

ほどよい光がステンドグラスから差し込み、美しい女性の絵が床に投射されていた。

「外の住居にしてもそうだが、集落の規模の割には、随分と立派な建物だな」

どこか教会を思わせる立派な内装を見ながら、ガディオが言う。

これだけの建築物を作るためには、相当な人数と材料が必要となるだろう。

「人数がいなくても、だいたい魔法でどうにかなっちゃうのよ」

「魔族は魔法が得意な種族、なんですよね」

「ええ、だから人間以上に魔法が生活に浸透してるわ」

「だとしても、小さな集落に、こんな大きな建物を作る理由って?」

フラムが尋ねると、ネイガスは顎に手を当て「うーん」と考え込む。

彼女は魔族領地で最大の規模を誇る街、セレイドの出身だ。

集落で暮らしてきた魔族たちが普段どういう風に過ごしていたのか、実はあまり詳しくないらしい。

「聞いた話によると、主に歌ったり踊ったり、騒ぐのに使ってたみたい」

「儀式とかじゃないんだな」

少し元気を取り戻したライナスが、冗談っぽく茶化す。

「儀式って……魔族を何だと思ってるのよ、人間よりよっぽど平和で温厚な種族なのよ?」

「ジョークだよ。だがそうなると、集会所ってより宴会場って感じだな」

「確かにそれが近いわね。でも、集会所ってどこの集落にも建ってるんだけど、その名前が“宴会場”じゃ締まりがないじゃない」

「それが事実なら仕方ねえだろ」

「しかも、内装もやたら豪華」

「他の集落と競い合ってるんじゃないかしら。この建物も当然、魔法で作られたものだから。その実力を示す手段として」

「魔法の腕を競うために建物を作る……やり方がまわりくどい」

「決闘とかじゃないんだねえ」

ケレイナは感心している。

手っ取り早く戦って優劣を決めてしまえばいいのに、と思ってしまうのは彼女が元冒険者だからだろう。

一方でハロムは会話内容に興味がないようで、じっと黙ってステンドグラスを見つめていた。

「そういうのも含めて、魔族にはあんまり欲ってのが無いのよ。だから人口もあまり増えない。オリジンの封印の管理を任された大昔から今に至るまで、数はほぼ横ばいらしいわ」

「具体的には、魔族って何人ぐらいいるの?」

「それは私も気になります」

フラムとミルキットがそう問いかける。

「ここみたいな集落が数百あって、それぞれに平均して二十から三十人ぐらい住んでるから……セレイドの人口も加味すると、一万人ぐらいかしら」

ちなみにセレイドの人口は2000人ほど。

ただし、現在は集落のうちの何割かが、勇者パーティの侵攻から逃げるためにセレイドに避難しているため、かなり増えている。

「一万って聞くと多い気もするけど、土地の広さを考えると少ないような……」

「だからこそ、人間の偉い人たちは“せっかくの広い土地がもったいない”とか思ってるんじゃない?」

侵略の理由の一つとして、それは間違いなくあるだろう。

魔族より自分たちの方がうまく土地を活用できるはずだ――歴代の王たちは誰もがそう考えたに違いない。

「でも、実際はそう甘い場所でもないのよ。王国よりモンスターは強いし、土地も痩せてて土属性の魔法がないと作物もあまり育たないし、なにより北に行けば行くほど凍え死ぬほど寒くなるんだもの」

「確かにあそこは寒かったっすね、おらは中に着込んでるっすけど、それでもかなり堪えたっす」

それを聞いて、フラムは不安そうに自分の服装を確認する。

袖はないし、ズボンも短い。

健康的な太ももがむき出しになっている。

「フラムちゃんはそのままだと間違いなく死ぬわね」

「でもネイガスさんの服は胸元開いてるし……」

「私は魔族よ? 体は丈夫なの。でもフラムちゃんはただの人間だからそうはいかないじゃない」

「うぅ、どうしよう……」

「いざとなったら、私の服をご主人様に着ていただきます!」

「いや、ミルキットは自分の体を大事にして?」

「ま、魔王城につくまでは私が魔法でガードしてあげる。あとはそこで、シートゥムか先代様のお下がりでも借りるといいわ」

「シートゥム?」

初めて聞く名だった。

それはフラムだけでなく、セーラを除く全員も同じだ。

「あなたたちには魔王様って呼んだほうが馴染みがあるかしら」

「魔王シートゥムか……想像よりも優しい名前をしているのだな」

「あんまり威厳は感じねえな」

「確かにギャップはある」

魔王という言葉から連想するイメージはだいたい、角が生えていて、マントでも羽織って、おっかない顔をした、巨大な人型の化け物である。

なぜそうなってしまったかと言うと、王国内に流通している書物などで描かれている魔王の姿が、決まってそういう姿をしているからだ。

つまり、魔族に対して悪い印象を抱かせるための、オリジンに洗脳された王や教皇の謀略である。

「言葉の印象って大きいわよねえ」

「たぶん、実物を見たら驚くと思うっすよ」

魔族の王、だから魔王。

そんな単純なネーミングである。

本来それは、恐ろしい化物を意味する単語などではない。

実際のシートゥムはセーラとそう変わらない背丈の、可愛らしい女の子なのだから。

「それにしても、こんな形で魔王と対面することになるとはな」

「私だって、まさか勇者たちを自分で魔王城に連れてくことになるとは思ってなかったわよ」

「魔王の許可は取っているのか?」

「一応、声はかけてる。あの子なら大丈夫よ、他の魔族以上に輪をかけて平和主義者だから。今だって人間と和平したいとか言ってるのよ?」

「わたしの中で、魔王のイメージが崩れていく」

正義の勇者と悪の魔王の戦い、という構図で旅は始まったわけだが、これではまるっきり人間側の方が悪だ。

「魔王はともかくとして、他の魔族は黙ってないんじゃないのかい?」

「たしかに、勇者たちに攻め込まれて、家とか奪われちゃった人もいるんだよね」

ケレイナとインクの言っていることはもっともで、だからこそツァイオンは王国の村をいくつか焼かなければならなかった。

だが、それだけで憤っていた若い魔族たちが溜飲を下げたかというと、微妙なところだ。

「もちろん、みんながみんな快く受け入れるわけじゃないわ。でも、手は出させない。これでも私って、魔族の中でも上から何番目の強さなんだから」

「神様は力を与える相手を間違えたっすね」

「……私、セーラちゃんにそこまで言われることしてきた?」

「今まさに、おらの太ももを撫でてる変態が言えるセリフじゃないっす」

話に集中していたため誰も気づかなかったが、確かにネイガスはローブの上からセーラの内太ももを触っていた。

まごうことなきセクハラである。

無事、場の空気が白けたところで、疲れ果てた一行は休憩を始める。

ただし食料が無いので、ライナスは「食えるもんを探してくる」と言って外に繰り出した。

彼も疲労しているはずなのだが、体を動かしていないと落ち着かないらしい。

「ところで、ちょっと確認しておきたいんだけど」

彼の姿が消えたところで、ネイガスがこの場にいる全員に問いかける。

「あのマリアって女、本当に信用できるのかしら?」

沈黙が流れる。

ネイガスからしてみれば、コアを使っている彼女は明確に“敵”である。

そして――ライナスを除く全員にとっても、信用できる相手かと言われれば答えは“ノー”だ。

「チルドレンとの戦いや、今回の脱走を手助けしてくれたのは事実だ」

「……でも、ジーンやキリルにコアを押し付けたのも事実」

「彼女は、勇者たちの旅の目的が、最初からオリジンの封印を解くためだって知ってたわけよね。そして人数が減って旅が続けられなくなったあとも、その目的を果たすために仲間を犠牲にしようとした」

それは否定しようのない、紛れもない事実。

マリアとどういう関係だったのかを思い出せないフラムでも、コアが危険なものであることはわかる。

まだ断片的ではあるが、顔が渦巻いた異形のオーガに、大量の眼球、甦った死者、そしてチルドレンやマザーと戦った記憶が、彼女の脳には確かに刻まれていた。

それは敵だ。

いかなる理由があろうとも、頼った時点で過ちが確定する、危険な力なのだ。

「でも、マリアって人はライナスが好きなんだよね」

「惚れてるからあたしたちに協力してくれた、そういう単純な話だと思うけどねえ」

「それならいいわ。でも彼女は――ライナスが伸ばした手を拒んでまで、王都に残った」

「それは、潜入して工作するためじゃないんですか?」

「だったら、そういうのが得意なライナスを連れていけばいいわ。惚れているんなら、なおさらにね。危険だから拒絶したって言っても、魔族領に行ってもそれは一緒じゃない」

つまりネイガスはこう言いたいらしい。

マリアには、ライナスについてこられると都合が悪かったのではないか――と。

「……ネイガスの言う通り、たぶん、ねーさまは隠し事してると思うっす」

俯き黙り込んでいたセーラが、控えめの声で言った。

他の誰よりマリアとの付き合いが長い彼女の発言は、説得力のあるものだ。

フラムもセーラの言葉に頷く。

記憶の無いフラムは、何の先入観もない部外者として、マリアの言葉を聞いていた。

そのとき、“この人は嘘をついている”と、似たようなことを思ったのだ。

「ライナスさんと別れる直前のねーさまには、“迷い”みたいなのがあるように思えたっす。本当は一緒にいたいけど、できない理由がある、みたいな感じだと思うっすけど……」

「だが、仮にマリアがオリジンの復活を目論んでいるとしてもだ、なぜ王都に残った? 封印を解くなら魔族領に来た方がいいはずだ」

「確かにそこは気になるのよねえ」

どちらにしろ、王都から離れてしまえば、彼女の動きを把握することは難しい。

もし何らかの形でコンタクトを取ってきたとしても、安易に受け入れない。

今のネイガスにできることは、それぐらいだ。

◇◇◇

約二時間後、ライナスが何かをずるずると引きずって帰ってきた。

彼の体の二倍ほどの大きさがあるそれは、ホワイトバッファローと呼ばれる種類のBランクモンスターである。

大陸のさらに北に生息するヘルヘイムバッファローに比べると小柄で、肉の脂も少ないが、これも焼いて食うと中々美味なモンスターであった。

もちろん血抜きや解体の手間はあるが、慣れた人間が何人もいる。

フラムたちが建物内で休んでいるうちに、あっという間に作業は終わり――

「フラム、出番」

「へ? 私より料理に向いた人、たくさんいると思うんですが」

床で横になっていたフラムは、上体を起こしてエターナの方を見た。

隣にぴたりとひっついていたミルキットも、目をこすりながら起き上がる。

「違う、火が欲しい」

火をおこすこと自体は簡単だが、着火できる人間がいるならそれを使うに越したことはない。

「あれ……火属性が使える人、誰もいないんですね」

勝手にケレイナあたりが火属性っぽいと思っていたフラムだが、彼女は地属性らしい。

フラムは立ち上がると、ついてこようとするミルキットに「まだ休んでていいよ」と優しく声をかけ、一人で外に出る。

そして集められた枝に手をかざし、エンチャントの力を使い火をつける。

「それも反転属性のおかげなんだ、使い方さえわかれば便利よねえ」

とネイガスは感心しながら言った。

一方で使い方がわからなければ、ずっとステータスゼロのままなわけだが。

肉以外の材料は、ネイガスの許可をもらった上で畑から拝借した。

また、調味料や調理道具も民家から借りて、手分けをして料理を作る。

いつの間にか起きてきたミルキットも参加して、あっという間に料理は完成し――フラムたちは、下手をすると普段より豪華な夕食に舌鼓を打った。

キリルが起きてこないことだけが気がかりだったが、あれだけ体を酷使したのだから仕方ない。

満腹になった彼女らは、ほどなくして集会所の中で眠りにつく。

翌朝、目を覚ますとすぐにそこを発ち、今度こそセレイドへと向かうのだった。

◇◇◇

セレイドが近づくほどに、 外(・) の気温は下がっていく。

幸い、ネイガスが気を利かせて、空に浮かぶ球体内の温度は調整してくれているようだが、それでも薄着のフラムは肌寒さを感じていた。

雪が空から舞い落ち、地表は銀色に染まる。

「私……雪って初めて見たかも」

フラムは幻想的な風景にうっとりとしている。

王国では滅多に雪が降ることはない。

北部の国境付近で、時期によって極稀に降る可能性がある程度だ。

フラムの故郷であるパトリアは、王都の南側。

そんな場所で雪など降るはずもないのである。

「私も初めてです、とても綺麗ですね」

「うん。空の上から見てるから、余計に不思議な感じがするのかも」

当然、王都でずっと暮らしてきたミルキットも見たことはない。

同じく初めて目にするハロムも、目を輝かせてキョロキョロと周囲の景色を眺めていた。

「いいわねえ、そういう感想。ずっとここに暮らしてると、緑だらけの王国の方が珍しくなってくるのよ?」

「お互いにないものねだりっすね」

「どこに行ったってそんなものだ」

「住めば都」

聞きながら、フラムはできればここに定住するような事態にはなって欲しくないと願う。

そんな話をしているうちに、遠くに街が見えてくる。

「あれが噂のセレイドか、つまり奥に建ってるのが魔王城ってわけだな」

「いかにも魔王が住んでそうな佇まいじゃないか」

ケレイナの言葉通り、外観だけはいかにもな禍々しい姿をしている。

「あればっかりは建てた人間の趣味が悪いとしか言いようがないわ」

「あ、魔族でもそう思ってるんだ」

インクがそう言うと、ネイガスは「まあね」と苦笑した。

一行を包んでいた風の球体は、セレイドの入り口付近で高度を下げ、着地する。

そして魔法が解除された瞬間――フラムのむき出しの手足に、寒風が直撃した。

「さ……寒い……っ!」

「大丈夫ですか、ご主人様!」

キリルを抱える両手がぷるぷると震えている。

ミルキットはそんな彼女の体を温めようと後ろから抱き付くが、焼け石に水だ。

「エターナさんとか……寒く、ないんですかっ……?」

ほぼ水着姿な彼女は、しかし平然としている。

「……うん、正直つらい」

だが実際はかなり寒いらしく、すぐさまインクに抱きついた。

とはいえ、当のインクも、エターナに比べれば厚着ではあるが、体が縮こまっている。

「あはは、だから言ったでしょう? さ、みんなが凍え死ぬ前に城に行きましょう」

「と、というか……城の前で降りたらよかったんじゃないの……っ?」

「顔見せぐらいはしておかないとね。てなわけで、しゅっぱーつ」

ネイガスに先導され、セレイドの大通りを歩く一行。

三魔将の一人が帰ってきたかと思えば、ぞろぞろと九人もの人間を引き連れている姿に、注目が集まらないはずもない。

青い肌の魔族たちが、岩で作られた家から顔を出したかと思うと、次々と集まりだし、ざわめきが広がっていく。

「本当に大丈夫なのか、これ」

不安げなライナス。

だがネイガスは、一切の危機感を抱いていないようだった。

「いきなり攻撃を仕掛けてくるやつなんていないわ、魔族は温厚だって言ったでしょ」

しかし彼女がそう言って余裕を見せた直後、一人の女の子が走ってライナスに近づいてくる。

そしておもむろに右手を差し出した。

「う、うおっ!?」

思わず彼はのけぞる。

だが、女の子の表情から敵意は感じられない。

じっと顔を見つめながら、無言で何かを待っている。

「……握手、か?」

そう言うと、女の子はこくこくと二度頭を縦に振る。

いまいち状況が把握できないライナス。

とりあえず手を握ってやると、にこっと笑顔を浮かべ、そのままだーっと走って、離れた場所にいる母親らしき女性の胸に飛び込んだ。

「なんだったんだ……?」

「人間と握手したって喜んでるのよ、顔が良いだけで他は特徴的じゃないから、近づきやすかったんじゃない」

「それ褒めてんのか?」

だが事実として、彼を除く面々は中々に個性的である。

キリルを抱えているフラムや、ハロムと手を繋いでいるケレイナは別として――無表情で水着みたいな服を着ているエターナや、目が縫い合わせられたインク、迫力のある形相をしたガディオ、そして顔が包帯で覆われたミルキットと、かなり近寄りがたいラインナップだ。

それに比べると、ライナスは確かに特徴がない。

釈然としない彼は、自分の顔に触りながら首を傾げていた。

「ま、握手ぐらいは応じてあげてよ。それだけ人間に好意があるって証拠なんだから」

最初の女の子のおかげか、野次馬たちの距離は最初より少し縮まっている。

そして、ちらほらと握手を求めて近づいてくる大人の魔族まで出てきた。

まるで王都での扱いのようだ。

自分たちの意思でここに立っているという意味では、大きな違いがあるが。

そのせいで城にたどり着くまでに時間がかかり、ようやく到着した頃には、フラムの唇の色は寒さのせいで紫に変わりかけていた。

大きな門をくぐり城内に入ると――広い吹き抜けのエントランスが目の前に現れた。

リーチの屋敷を初めて見たときもフラムは驚いたものだが、それ以上の衝撃だ。

また、外とは違いやけに温かく、おそらく魔法で温度を調整しているのだと思われる。

紫に近い暗い色をした壁に、等間隔で配置されたキャンドル。

吹き抜けの高い位置からは古めかしいシャンデリアがぶら下がっており、階段の手すりや、部屋のドアも重厚な作りで統一されている。

外見と同じく、内装もいかにも“魔王城”と言った雰囲気なのだが――とある扉に貼られた張り紙が、それら全てを台無しにしていた。

『使ったあとは明かりを消すこと!』

そこには、可愛らしい女の子の文字でそう書かれていた。

真っ先にその違和感に気づいたのはガディオである。

「あれは……何だ?」

「ああ、ツァイオンがよく明かりを消し忘れてるのよ。それでシートゥムが怒って……っと、ちょうどツァイオンが来たみたいね」

ツァイオンと言えば、勇者たちと何度もぶつかりあった、最大のライバルとも言える男である。

魔族と手を組んだとは言え、油断はできない。

ガディオとライナスは警戒して身構える。

しかし、当のツァイオンは――

「ちょっと声かけただけじゃねえか、つうかあいつが人の下着を見ながら一人で何かつぶやいてるのが悪いはずだよなぁ……」

洗濯物の入ったカゴを持って、ぶつぶつと文句を言いながら階段を降りてきた。

「お、ネイガス……と……」

そして、彼らの存在に気づく。

「な……なっ、お、おまっ、お前っ!」

「ただいまー、ツァイオン」

戸惑うツァイオンだったが、対するネイガスは能天気にへらへらしている。

「おかえりー……じゃねえよ! ネイガスお前っ! なんてやつ連れてきてんだよっ!」

「言ったじゃない、勇者たちを味方に引き込むって」

「言ってたけど、言ってたけどよお! 本当に連れてくるとは思わねえだろ普通! つうか連れてくるなら前もって言っておけよ!」

「余裕が無かったのよ、ちんたらしてたら間に合わないかもしれなかったし。で、シートゥムはどこにいんの?」

「東の広間だけどよぉ……マジか、マジなのか……!」

頭を抱えたいぐらいだったが、生憎両手がカゴで塞がっているのでそれすらできない。

気まずそうに立ち尽くすツァイオンと、ガディオの目が合った。

ガディオが軽く頭を下げると、ツァイオンも「ども」と会釈する。

生活感の溢れた姿でかつての敵と対面するとは、お互いに気まずいことこの上ない。

「んぅ……ん……フラ、ム……?」

しかも、このタイミングでキリルが目を覚ましてしまった。

「あー……おはよう、キリルちゃん」

「おはよ……ここ、どこ……?」

目をこすりながら周囲を見渡すキリル。

フラムは少し悩んでから、彼女に告げる。

「魔王城」

固まるキリル。

“そりゃそうだよね”と、フラムも苦笑するしかない。

まさか彼女も、王都から脱出してすぐに魔王城に案内されているとは想像できまい。

フラムの腕から降りたキリルは、改めてキョロキョロと周囲を見回して、こう聞き返す。

「魔王城?」

「そう、魔王城」

「魔王城って、あの魔王城?」

「そう、あの魔王城」

二度確認してもまだ信じられないらしく――しばし彼女は固まってしまった。

そして視線を伏せて、頬に手のひらを当て、考え込む。

「本当に、魔王城?」

三度目の確認。

フラムは「うん」とだけ言って頷いた。

「……来ちゃったんだ、魔王城」

ようやくそれが現実だと気づいたキリル。

だが、まだ完全には受け入れられていないようだった。

「はぁ……とりあえず、オレはディーザさんに言ってくるわ」

「わかった、じゃあ私はシートゥムに挨拶してくるわね」

「もうちょっと待った方がいいんじゃないのか?」

「いいのよこれで、これからは味方同士なんだもの、変な先入観を無くすためにもね」

「過激なやり方だな」

「私がそういう奴だってとっくに知ってるでしょう?」

「はっ。わーったよ、勝手にしろ。ただしあいつに怒られても知らねえからな」

そう言って、ディーザの元へ向かうツァイオン。

「さて、私たちはシートゥムのところに行きましょう」

与えられる情報量の多さと意外性に困惑するフラムたちだが、ここは魔族のテリトリー。

言いたいことは数多あれど、今はネイガスについていくことしかできない。

エントランスから階段を登り、右折。

中央にある大きな扉ではなく、突き当りの小さめの扉を通り抜ける。

すると先には廊下が広がっており、右の壁側にはいくつもの扉が並んでいた。

先を進むネイガスは、その一番奥にある部屋の前に立ち止まり、コンコンとノックをする。

中からは「ま、待ってください兄さん!」という焦った声が聞こえてきた。

「兄さん?」

首を傾げるフラム。

当然、セーラを除く彼女以外の面々も頭の上に疑問符を浮かべている。

いたずらっぽく笑うネイガスは、特に返事することなく部屋に入り――その先にある広い空間に全員を迎え入れた。

そこは本来、会議などに使われていた場所だった。

しかし最近は全く使われることがなかったため、別の用途に使われるようになったのだ。

奥の壁と手前の壁が紐で繋がれており、真っ直ぐ伸びたそれにはいくつもの洗濯物がぶら下がっている。

小柄な少女は、まだ乾いていない服の前に立つと、小さな魔法の光を生み出す。

乾燥させているのだ。

セレイドでは雪の日が多く、中々外で洗濯物を乾かすことができない。

なので魔王城では、この部屋に服を干して、ツァイオンの火属性魔法か、シートゥムの光属性魔法で乾燥させるのが習慣となっていた。

「ただいま、シートゥム」

「わー! だからいきなり入って来ないでくだ……ってあれ、ネイガスじゃないですか。兄さんじゃなかっ……た……」

振り向き、ツァイオンのように固まるシートゥム。

二人は血の繋がった兄妹ではないが、実に似たリアクションである。

一方でフラムたちも、同じように固まっていた。

ネイガスは確かにその、白いドレスを纏い、何故か男性物のシャツを手に持って顔を赤くしている少女のことを、シートゥムと呼んだ。

つまり、彼女こそが、勇者たちの前に立ちはだかる最後の敵であるはずだった――魔王。

「なっ、ななっ……」

魔王の瞳にじわりと涙が浮かぶ。

ツァイオンのシャツを大事そうに抱きしめている姿を、よほど見られたくなかったらしい。

「私より年下の女の子が、魔王だなんて……」

「魔王って……魔王って一体……」

「なるほど、確かにこれは驚くな」

「俺ら、あんな可愛い女の子と戦わされようとしてたってわけ?」

「わたしの中の魔王のイメージが、完全に崩壊した」

勇者と英雄たちは、ひたすらに驚き、絶句するしかない。

その反応を見てシートゥムの羞恥心はさらに加速する。

“せめて玉座の間で迎えられたら少しはかっこつけられたのに……!”と。

しかし、時すでに遅し。

というより、それこそがネイガスの思惑だった。

魔王という言葉にこびりついたイメージを完全に崩壊させ、警戒心を解かせたのだ。

「ネイガスっ! ど、どうして人間たちが、というか勇者たちがここにいるんです!?」

「私が連れてきたから。ほら言ってたじゃない、仲間にしたいって」

「それにしてもっ、その、連れてくるにしてもっ、なんでいきなりここに連れてくるんですかぁーっ!」

「ツァイオンがここにいるって言うから」

「兄さぁぁぁぁぁんっ!」

少女の叫びが広間に響く。

そんなこんなで、勇者たちと魔王は、あまりに気の抜けた初対面を果たすのだった。