軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX20-7 ネクスト・ジェネレーション! その7

コンシリア東区には、古風な作りの剣術道場がある。

かつては元冒険者の女性が 騎士剣術(キャバリエアーツ) を教えていたが、現在は現役Sランク冒険者でもある二人の女性が跡を継いでいる。

それがハロム・ヤンドーラとアリューズ・ヤンドーラである。

門下生の多くは冒険者を志す未成年であり、そうなったのはハロムの『ある程度まで成長したら実戦で覚えた方が早いって英雄フラムも言ってた』という考えがあるからである。

もっとも、実際のところはあんまり門下生が増えすぎると冒険者として身動きが取れなくなるので、成長したらとっとと独り立ちしてほしいという考えがあってのことなのだが。

そんなわけで道場は子供だらけで、本格的な騎士剣術の訓練を行う道場にしては、雰囲気が明るいアットホームな場所でもあった。

しかし、そんな道場に異変が起きる。

道場破りが現れたのだ。

野外に作られた広々とした稽古場で、ハロムと道場破りの戦いが繰り広げられる。

「はっ、動きがトロいんだよっ!」

細身の若い男は、槍を手に己の素早さを武器に、ヒットアンドアウェイの戦法でハロムを追い詰める。

対するハロムは、最低限の動きでその攻撃を弾くが、動きについていけないのか反撃に出ずに相手の動きをじっと見極めている。

「前から言ってるだろ、体格に合わないデカい剣を使ってたんじゃ、いずれ頭打ちになるってッ!」

門下生の子供たちは稽古場の端っこに集まり、そのハイレベルな戦いを熱心に観察していた。

一方で、魔族のアリューズは子供が巻き込まれないように前に立ち、険しい表情を浮かべる。

「ハロム、大丈夫よね……」

彼女は祈るように呟いた。

しかしハロムはまだ動かない。

「それにな姉貴、最近は道場ばっかに籠もってるだろ。そのせいで動きが鈍ってるんだってのッ!」

道場破り――もといハロムの弟であるティオ・ヤンドーラは、さらに動きを早めていく。

嵐のような怒涛の連撃を前に、受け身のハロムは徐々に傷を負っていく。

「これだけ速さの差があれば――今日こそ、僕の勝ちだッ!」

トドメを刺すべく、ティオは大きく予備動作を取って、渾身の一撃を放とうとした。

瞬間、落ち着いていたハロムから闘気が溢れ出す。

「なっ!?」

それはティオどころか、見ていた子供たちも肌で感じられるほどの迫力だった。

ハロムは大剣を片手で持ち上げると、右腕にプラーナを集中させる。

闘気飽和状態になった腕からは、周囲の景色が歪むオーラのようなものが溢れ出した。

「いかに相手を速さで上回ろうとも――」

あの腕から放たれるのは文字通り必殺の一撃。

「決め手がそれじゃあ、勝てないよ」

すでに攻撃動作に入ったティオは、それに立ち向かうしかない。

(もう止まれない、やってみるさッ! 今日こそ姉貴に勝ってみせるッ!)

地面を蹴り、突進するティオ。

「おおぉぉおおおおおッ!」

力の満ちた右腕を振り下ろすハロム。

「 気越(プラーナル) 滅砕(デストラクション) !」

ティオと接触するより早く、大剣は空を裂き、大地を割った。

ズドオォンッ! と爆砕音が鳴り響き、土や小石が銃弾のように射出される。

(直撃すら――必要ないだと!?)

砂礫より先に、風圧が壁のようにティオに叩きつけられた。

ただそれだけでティオの渾身の突進の勢いは打ち消され、前に向けていた腕がぶれ、槍が弾き飛ばされる。

そして少し遅れて砂礫がティオを襲い、全身を後ろへと吹き飛ばした。

「また地面に穴が……もう、ハロムは弟相手だと容赦ないんだから」

アリューズは勝ったことに安堵しつつも、ため息をついた。

その間にティオは地面にぶつかると、何度か転がり仰向けで寝そべる。

「ちくしょう……まだ足りないのか」

「まだまだだね」

ハロムは弟に近づくと、手を差し伸べた。

「立てる?」

「いらねえよ、一人で立てる……づぅ……っ」

痛そうに顔を歪めながらも、ゆっくりと立ち上がるティオ。

彼の体は傷だらけだが、手を抜けばより不機嫌になって怒る。

全力でのぶつかり合いは、ヤンドーラ姉弟なりのコミュニケーションだった。

「帰りにちゃんと治療を受けていきなよ」

「言われなくてもやるって」

「お金あげよっか?」

「何歳だと思ってんだよ……」

「いつまで経っても弟は弟だもん」

「はいはい。そうやって舐めてろよ、いつか必ず勝ってみせるからな」

「そうだね、私もティオに看板を渡す日を楽しみにしてるよ」

「だから道場破りじゃねえって!」

実は道場破りはハロムが勝手に言っているだけである。

しかし子供たちもすっかりそれを信じてしまい、この道場においてティオは〝そういう人〟扱いを受けていた。

もっとも危ない人とは思われていないようで、戦いが終わると普通に子供たちは駆け寄ってくる。

「道場破りさん、やっぱりパワー不足だよ」

「うっさい。姉貴とは違う方向性でやってくって決めたんだ」

「けど道場破りのあんちゃん、今のままじゃいくらやっても勝てないぞ?」

「いつか必ず勝つ! 差は縮まってる」

「そうやってプライドが高すぎるのがよくないんですよ、道場破りのお兄さん」

「こっ、こいつら……! 姉貴、どういう教育してんだ!」

「懐かれてるんだよ、ティオは」

「クソッ、舐められてるとしか思えねえ」

そういう子供相手に本気で反応する部分が、余計に子供たちを引き付けるのである。

ティオとハロムの戦いはいい刺激にもなっているので、アリューズとしてもありがたくはあった。

一方で、剣士としてティオの進む道には懸念もある。

「でも実際、この子たちの言ってることも間違いじゃないと思うわよ。スピードにこだわりすぎなのよ、あなた」

「アリューズか。さんざん言ってるだろ、親父の背中を追うつもりはないって」

父、ガディオの存在はあまりに大きい。

同じ騎士剣術を使うハロムは事あるごとに比べられるし、彼の実の子供であるティオは余計にそうなるだろう。

「それに負けた原因ははっきりわかってる、単純に実力不足だってことだろ。せっかくの槍も折られちまったし」

「安物でしょ」

「姉貴が毎回へし折るから安物を持ってきてんだよ。このゴリラめ」

「なっ、ゴリラってあんたねぇ……!」

憤るハロムだが、それ以上に怒っている人間がいた。

アリューズである。

「ティオくんは武術を磨く前に――」

彼女はティオの耳をつまむと、思いっきり引っ張った。

「いててて……耳っ、引っ張るなって! もうガキじゃねえんだから!」

「恋人でも作って愛情を理解したほうがいいかもしれないわねぇ」

「ゴリラはゴリラだろ!」

「いい? ハロムの筋肉は至宝なの! 私が何よりも愛するものなんだから、ゴリラ呼ばわりなんて許さないわ!」

アリューズの怒るポイントは少しズレていた。

ハロムは苦笑する。

「あはは……アリューズって私の筋肉好きだよねぇ」

「ええ、ハロムの腹筋に頬ずりするのは私の癒しなのっ!」

「わかった、わかったから惚気に僕を巻き込むなって! ガキどもも笑うんじゃねーっ!」

稽古場に笑い声が響く中、青い肌の少女が道場の門をくぐる。

「ただいま帰りました」

年齢はメルクより少し下ぐらいだろうか。

声も口調も落ち着いており、礼儀正しい――というより、テンションの低い女の子だった。

少女の姿を見るやいなや、ハロムとアリューズは彼女に近づいてぎゅっとハグする。

「ハーリャおかえりー!」

「おかえりなさい、私たちの可愛い娘」

ハーリャは二人の母に抱きしめられ、気持ちよさそうに目を細めた。

「わ、みんなもいっしょだったんだ」

ハーリャの後ろには、メルクやシエラ、フェリシア、アンネリーゼの姿もあった。

「ハーリャとはそこで会ったんだ」

「偶然いっしょになったであります!」

メルクとアンネリーゼがそう言って前に出る。

二人はこの道場の門下生であるため、これから稽古だ。

一方でフェリシアとシエラは、ただついてきただけだった。

「それじゃ、私とフェリちゃんはもう行くね」

シエラが言うと、ハロムが問いかける。

「シエラちゃん、今日は見ていかないの?」

シエラはたまに、メルクの稽古を見学する。

騎士剣術に興味があるわけではなく、ただメルクを見るためだけに。

しかし今日はそのつもりはないようだ。

「会えない時間も気持ちを深めるものですから。それでは」

どこか余裕を感じさせる表情で微笑むと、シエラは去っていく。

フェリシアも「じゃーな」と手を振って彼女と共に遠ざかっていった。

「ふふっ、相変わらずメルクちゃんのところは仲いいね。うちとは大違いだよ」

ティオとシエラを比較して肩をすくめるハロム。

「あははー……シエラってば甘えん坊なもので」

メルクは苦笑いして、言葉を濁すことしかできなかった。

すると、ハロムとアリューズに抱きしめられていたハーリャが、稽古場に大穴があいていることに気づく。

「……お母さん、叔父さんと戦ってたの?」

「そだよ」

ハーリャは「ふぅん」と相槌を打つだけだった。

すると彼女の心情を代弁するように、アンネリーゼとメルクが口を開く。

「見たかったであります!」

「師匠もティオさんもSランク冒険者だもんね。戦いの次元が違うから、見てるだけで勉強になるし」

するとティオは不敵に笑い、メルクに向けて言い放つ。

「だったら、メルクと俺とで勝負してみるか?」

「えぇっ!? いいですいいです遠慮しますっ、アタシなんかぜんぜんなので!」

「興味がある。技は未熟だとしても、その暴力的なステータスがどれほどのものなのか」

「これはママからもらったもので、アタシは嬉しいと思ってるけど――ただ、この道場ではそれ抜きで技を高めたいって思ってるんで」

そんなメルクの返事がお気に召したのか、ティオはニィっと笑う。

「ふっ、そうかい」

「ごめんなさい」

「いや、いい心意気だと思うよ。これからも頑張りな」

「はいっ!」

メルクの元気いっぱいの返事を聞いて「ふっ」と微笑んだティオは、やりきった顔をして道場から去っていく。

一同が見送る中、彼の姿が見えなくなったタイミングでアリューズが言った。

「帰してよかったの? まだ片付け終わってないわよ」

「あーっ! ティオのやつめいい話風のこと言いながら逃げたな!? 今度ママに言いつけてやるんだからーっ!」

吠えるハロム。

別々に暮らすようになっても、ケレイナはまだ子供たちにとって畏怖すべき存在であった。

しかしいくら文句を言っても、稽古場を修繕しないことには稽古は始められない。

アリューズは申し訳なさそうにメルクとアンネリーゼに告げた。

「そういうわけだから、来て早々申し訳ないけど、まずはあの穴を埋めるところからよ」

「お手入れも訓練の一部であります、本官も全力を尽くすでありますーっ!」

ずだだだっ、と勢いよく駆け出し、道具を取りに向かうアンネリーゼ。

メルクはその有り余る元気さに思わず笑いながら、ハーリャに声をかけた。

「よーし、がんばろう! ハーリャ、どっちがたくさん片付けられるか勝負ね」

「くだらない……」

ハーリャはメルクと目も合わせずそう返す。

だがいつものことだからか、メルクはめげずに顔を近づけ会話を続けた。

「じゃあアタシの勝ちってことでいい?」

負けず嫌いのハーリャは、メルクの思惑通りむっとしている。

「……そこまで言うなら付き合うけど」

「道具を揃えるところから勝負は始まってるからね。ヨーイドンっ!」

メルクが走り出すと、ハーリャも負けじとその後を追う。

こうして、門下生総出で稽古場の整備が始まる。

「ぬおぉぉおおおおおっ!」

異様なやる気を出すメルク。

「……馬鹿みたい」

そうこぼしながらも、メルクに食らいつくハーリャ。

「とてつもないやる気であります、本官も負けていられないでありますーっ!」

さらに対抗心を燃やすアンネリーゼ。

三人の熱気は他の子供たちも巻き込んで、またたく間に地面の穴は塞がっていく。

ハロムとアリューズも作業をしながら、子供たちの様子を微笑ましく見守っていた。

「ハーリャさ、道場に出るようになってから少しずついい顔をするようになってきたよね」

「……そうねぇ」

「何、アリューズ。気になることでもあるの?」

「いいことだとは思うんだけど……」

どうやらアリューズには何か不安があるようだ。

彼女の視線は、じゃれあうメルクとハーリャに向けられる。

「そらそらハーリャ、そんなもんじゃアタシに勝てないぞぉ!」

「手加減、しているくせに」

「アタシは自分自身の力で得た能力だけを使ってるの!」

「舐めてる。こんなやつに負けてられない」

「そうそう、その調子だよー!」

無邪気に笑うメルク。

嫌そうな顔をしながらも、心から彼女と過ごす時間を楽しむハーリャ。

それは子供同士の無垢な関係なのか、はたまた――

「大人への道は辛く険しいわ。がんばれ、ハーリャ」

アリューズはそうつぶやき、我が子の未来に幸福が訪れることを祈るのだった。

◇◇◇

道場を後にしたシエラとフェリシアは、二人で中央区の通りを歩く。

フェリシアはこのまま行きつけのゲーム屋に向かうらしく、シエラもそれに付き合うことになっていた。

中央通りの賑わいは相変わらずで、油断すると人混みに流されそうになる。

二人ははぐれぬよう手をつなぎ、目的地を目指す。

そんな中、フェリシアは何気なくシエラに問いかけた。

「いいのか、今日は行かなくて」

「道場のことですか。今日はフェリちゃんと約束してましたから」

「でも今までは道場の日は遊びに誘ったって来なかったじゃないか」

「気持ちに余裕が出たんです」

「ああ……なるほど、手応えか」

「実感、というんでしょうか。ちゃんとメルクのことを縛れているなと、この手で確かめられたので。ええ、まさに〝手応え〟なのかもしれませんね」

「前から思っていたが、シエラは怖い女だな」

「そんな私に優しくしてくれるフェリちゃんはいい女です」

「妹みたいなものだからな。どういう形であれ、幸せであってほしいと思っているよ」

フェリシアは親と同じぐらい長い時間を、アプリコット姉妹と過ごしてきた。

つまり大切な家族で、唯一無二の理解者だ。

そんなフェリシアが、メルクとシエラの関係性に気づかないはずがなかった。

「しかしその様子だと気づいていそうだな」

「何がですか?」

フェリシアの言葉の意図が理解できず、こてんと首を傾げるシエラ。

するとフェリシアは、さも当然のことのように言い放つ。

「ハーリャだよ。あの子、メルクのこと好きだろう」

対するシエラは、

「……」

足を止め、沈黙した。

「……ん?」

手を繋いでいるので、自動的にフェリシアの足も止まる。

彼女は状況を理解すると、徐々に頬が引きつっていった。

「もしかして、気づいていなかったのか……?」

シエラの瞳から光が消える。

代わりに闇の炎が灯り、くるりと踵を返す。

「道場に戻ります。今すぐに、火急速やかに光よりも早く戻りますッ!」

フェリシアはそんなシエラの手を強く握り、必死に止める。

「落ち着け、今から戻ったら不自然だぞ!」

「忘れ物を取りに来たとでも言えばいいんです」

「何を忘れたと言うつもりだ」

「今にも寝取られそうなメルクです!」

「寝取られるかっ! 安心しろ、メルクだってシエラのことが好きだと思うぞ、見てたらわかる!」

「ですがわずかでもその可能性があると思うと、私不安で不安で……そうだ、血を見せましょう! 手を切って同じ血が流れていると見せつけます! 姉妹マウントを取って勝利宣言です、血縁者でなければ私のこのカードに勝利することはできません!」

「落ち着け今のお前はヤバいやつだ! 頼むから本当に落ち着いてくれーっ!」

通行人たちの視線が突き刺さる。

しかし、恥を忍んでも止めなければならない理由がフェリシアにはあった。

こういう暴走モードに入ったシエラは、何をしでかすかわからなくて危険なのだ。

そしてしばらくもみ合った末に、ようやくシエラが落ち着く。

「はぁ……はぁ……まさか気づいていないとは思わなかったぞ……」

「私、メルクのことばかり見てしまって、周囲が見えなくなることがあるんです」

「ああ、今まさにここで見せつけられたからわかっているぞ」

「しかし……本当に大丈夫なんでしょうか」

「まあ、メルクの方からはなんとも思っていないだろうからな」

「思わぬライバル出現ですね……」

確かにシエラの暴走は収まった。

しかし瞳に宿る闇の炎はそのまま――いや、むしろ勢いを増している。

「もっとしっかりとメルクのことを捕まえておかないと」

そしてその感情は、ハーリャではなく帰宅後のメルクに向けられるだろう。

「……わたしから言えるのは、〝静かにな〟というアドバイスだけだぞ」

フェリシアはそう言って、未来のメルクの冥福を祈った。

◇◇◇

道場の稽古が終わり、後片付けの時間。

稽古でまたしても穴だらけになった地面を道具でならしながら、メルクはハーリャに声をかける。

「いやぁ、やっぱハーリャは強いね」

「気に食わない」

相変わらず、楽しそうに声をかけるメルクとは裏腹に、ハーリャは不機嫌そうである。

「あれで私は負けたとは思わない。メルクは自分の力をセーブして戦っていた」

先ほど、ハーリャはメルクと模擬戦を行ったのだ。

単純なステータスで言えば、ハーリャに勝ち目はない。

だが結果は彼女の勝利だった。

それが納得できないようである。

だがメルクは本心から、ハーリャにはまだ敵わないと感じていた。

「アタシの人生において、アタシはママから受け継いだこの体を使うことは厭わない。けどね、こういう勝負の場だとズルかなって思っちゃうんだよね」

「舐められている気分」

「ごめんね、それでもこの道場でのスタンスを変えるつもりはないから。悪人を倒すときとかは別だけど」

「本当に気に食わない……!」

一方でメルクはハーリャの気持ちもわかるため、申し訳なさそうに目を細めた。

そして「んー……」と考え込んだ末に、何かを思いつく。

「つまりハーリャはアタシに勝ちたいわけじゃなくて、真剣勝負がしたいわけだ」

「前からそう言っているつもりだけど」

「じゃあ今度、うちに遊びに来る? フェリが作ったゲームがたくさんあるよ」

「なんでそうなるの」

「剣術以外での、身体能力抜きの勝負ならイーブンでしょ」

ハーリャの作業の手が止まる。

彼女は地面を見たままじっと思考する。

そのうち、なぜか頬がほんのりと赤く染まった。

そして不安そうに、ごく小さな声で聞き返す。

「……私が行って、迷惑じゃない?」

メルクはそれに、太陽みたいな笑顔で返事をした。

「友達が来て迷惑なわけないじゃんっ!」

ハーリャからその笑顔は、キラキラと輝いて見えたに違いない。

「暇な日があったら教えてね、空けとくから」

「わかった……そのときも、絶対に私が勝つ」

「剣術みたいに行くとは思わないでよね、アタシだって手加減しないから」

その後、ハーリャは急に言葉数が少なくなり、顔をあげずうつむいたまま作業を続けた。

だがわずかに見えたその口元には、笑みが浮かんでいたという。

◇◇◇

道場からの帰り道、メルクは年下のアンネリーゼを自宅まで送っていくのが習慣になっていた。

二人ならんで歩いていると、アンネリーゼから〝少なくともメルクにとっては〟、突拍子のない疑問が飛んでくる。

「メルクお姉さんって、もしかして悪女でありますか?」

「何の話!?」

「もし自覚的にやっているのなら、教えを乞いたいぐらいなのでありますが」

「えっ、本当に何の話なの?」

「色恋沙汰であります」

「なおさら心当たりないよ、そんなの」

「そうでありますか……この場合、無自覚の方が悪い気がするであります」

頭の上にはてなマークを浮かべるメルク。

アンネリーゼは、その無自覚の罪がいずれ大きな騒動を引き起こすのではないか――と、そんな気がしてならなかった。

◇◇◇

しかし無自覚であろうと罪は罪。

知ろうが知るまいが報いは降り注ぐ。

例えばその日の夜、風呂にも入り、後は眠るだけ。

今日は道場での稽古もあったので疲れている、メルクはベッドに入ったらすぐに意識を手放すつもりでいた。

「昨日はさすがにやりすぎたからね、今日はゆっくり寝よう」

しかし同じベッドに入るシエラに、そんな都合は関係なかった。

無言でメルクの上に馬乗りになる。

「シエラ、鼻息荒いよ?」

「メルクが悪いんですよ」

「目が、血走ってるよ?」

「メルクが、寝取られるから……」

「シエラ? アタシ何かしたっけ? 無実の罪を着せられてない!?」

「今日は寝かしませんから」

剥ぎ取られる衣服。

降り注ぐキスの雨。

「ひぎゃーーーっ!」

メルクの悲鳴が響き渡る――

◇◇◇

「今、メルクの声がしたような……」

声はフラムとミルキットの部屋にまで届いていた。

体を起こそうとするフラム。

だが、彼女を押し倒すミルキットがそれを許さない。

「ご主人様、目をそらさないでください」

フラムを見下ろすミルキットの目は据わっている。

その手には通信端末。

表示されているのは、ミルキットとショコラのプライベートな会話だった。

「いや、本当に心当たりがなくって……」

「でも実際に、ショコラさんからこんなメッセージが送ってきたんですよ。『今日もフラムさんとキリルはとてもいい雰囲気でしたよ。これはもう浮気だと思います』と」

本当に思い当たる節がない。

無自覚だ。

だが――ショコラがそういったメッセージを送る理由には心当たりがあった。

「あれの仕返しかぁ……ッ!」

おばあさんになったときの姿が見たい。

そんなありふれた、何気ない会話が、ショコラにアウト判定されたのだ。

「でも言い出したのはキリルちゃんだよ? 私は何もしてないよ?」

「ご主人様、メルクがどうしてあんなことになったのかご存知ですか?」

「どんなことになったのかもご存知じゃないけど!」

「無自覚に他の女性を惹きつけてしまった罪だそうです」

「理不尽だ……」

「ええ、しかし確かにそこに罪は存在します。ならば罰も与えられなければならないのです」

ミルキットはそれっぽいことを言っているし、それっぽい表情もしている。

だが、フラムにはわかる。

ミルキットは本気で浮気だなんて思っておらず、この状況を楽しんでいるだけだ。

「一応、聞いておくけどさ」

「なんでも聞いてください」

「今日はミルキットが上になりたい気分とか……そんな感じ?」

「はいっ!」

満面の笑みだった。

今日もミルキットはかわいい。

それだけは罪ではあるが、同時にすべてが許せてしまう。

ならば罪を背負うのがフラムだけになるのは道理であった。

◇◇◇

昨日も今日も明後日も、フラムたちは変わらずこんな調子である。

結婚して、子供が生まれて、子供たちが大きくなって。

大きな変化はいくつもあって、けれどただ一つ、幸せという事実だけは変わらなくて。

彼女たちが辛く苦しい戦いの末に勝ち取ったものは、いつの時代を切り取ってもそこにある。

この世界は、ハッピーエンドを迎えたのだから。