軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【書籍版完結記念】EX20-1 ネクスト・ジェネレーション! その1

新王国歴二十四年。

オリジンが倒されてから二十四年が経過した今でも、王国は平和だった。

オリジン教の残党はほとんど消え、あの戦いすらも人々の記憶から消えて、歴史の一部となりつつある。

教会があっさり消えたのは、元より歴史の浅い宗教だったというのも原因の一つだろう。

人類と魔族の融和も徐々に進行し、種族間でのわだかまりはすっかり消えた。

コンシリアはなおも発展を続け、個人用の魔導車が一般的に普及したこともあって街はさらに広がった。

この街だけで一つの国だと言われるほどに。

しかし、光あれば闇もある。

そして闇はだいたい、一部の人に押し付けられる。

例えば、英雄の娘とかに。

「ねーえー、出してよー」

どこぞとも知れぬ地下牢に閉じ込められた少女が一人。

肩に触れない程度の髪は、神秘性を感じさせる銀色をしている。

だが一方で、その顔だちからは神秘とは真逆の生命力が感じられる。

服装は、王立の学園で着られている制服だ。

学校帰りにここに連れてこられたのだろう。

彼女は鉄格子にしがみつくと、がしゃがしゃと音を立てながら前後させた。

「今さらアタシなんか捕まえたって何もおいしくないよ? 確かにママは英雄って呼ばれてるけど、家でいっつもぐーたらしてお母さんといちゃいちゃしてるだけなんだからさあ。用事があるから部屋をノックしたら、中からコスプレした母親が出てきたときの娘がどういう感情になるかわかる?」

彼女の視線の先には、イカつい鎧を身にまとった兵士のような男の姿があった。

だが現在の王国軍はあんなダサい鎧を使っていないので、彼は兵士ではない。

おそらくテロリストの類である。

「黙れ」

男の返事には殺気がこもっていた。

だが少女は意に介さず、変わらずふてくされた態度で抗議を続ける。

「そのくせ今でもめちゃくちゃ強いんだから、もしこのことがバレたら全員殺されちゃうかもよ? ママって悪人に対しては容赦ないからさ」

「黙れと言っているッ!」

瞬間、男は腰から銃を抜いて少女に向けた。

銃口付近に緑の魔法陣が発生する。

放たれるのは、風の銃弾である。

鉄格子をすり抜け、銃弾は武器も防具も持たない少女の腹部に直撃した。

「がふ……ッ!」

少女の体が浮かび、飛ばされ、後方の壁に背中から叩きつけられる。

彼女がそのままどさりと床に倒れ込むと、男は「はっ」と鼻で笑った。

「メルク・アプリコット、貴様は我々にとって道具に過ぎない。本命ではないのだ。その気になればいつでも殺せることを忘れるな」

「っ……鼻につく、態度だなあ……」

高圧的な態度に苛立ちながら、体を起こすメルク。

「ちぇっ、武器さえあれば鉄格子も壊せるのに」

「ここに連れてくる間に、貴様のエピック武器は回収させてもらった」

「あれママからの誕生日プレゼントなんだけど。大切なものなんですケド!」

「あの武器がなければ貴様は何もできまい。なにせ――属性〝無し〟、魔法も使えない欠陥品なのだからなあ!」

メルクはギリッと歯を鳴らす。

「英雄フラム・アプリコットもがっかりだろうなあ! 自分の娘が己の才能を引き継がず、こんな無能として生まれてきたのだから!」

「癪なんですけど。これでも人並み以上には戦えるつもりだよ?」

「せいぜいCランク冒険者程度だろう。ただの構成員である私にも劣る雑魚だ。よくそんな有り様で、我々にたてつこうと考えたものだ」

「あんたらシエラを拐うからでしょうが、この変態誘拐犯ッ!」

メルクの罵倒にも男は動じない。

兜の隙間からわずかに目が見えるが、あれは己の正義感に溺れた目だ――とメルクは感じた。

話は通じないだろう。

「シエラをどこにやったの」

「答える義務はない」

「あの子、色っぽい体つきしてるもんね。どうせ服を引っ剥がしていやらしいことしてるんでしょう」

「我々の使命と安っぽい欲望を混同するな」

明らかに男は苛立つ。

するとメルクは笑みを浮かべ、さらに彼を挑発した。

「十四歳の女の子を誘拐する人間なんて例外なく変態でしょ。悪だと罵られる覚悟もなくこんなことしたの?」

「貴様ァッ! もう一度痛めつけられたいか!」

「暴力で押さえつけることしかできないの? あー、やっぱりシエラにやらしーことしてるんだー」

「あの女はオリジン様を再臨させるための生贄だ!」

「オリジン信仰とか古ぅ。てか復活してもママに倒されるだけじゃん」

「どこまで愚弄するつもりだ……まあいい、あのシエラという少女は今頃、祭壇に捧げられているはずだからな」

「そう、祭壇にいるんだね」

メルクの目つきが変わる。

瞬間、危険を察知した男は再び銃を向けた。

放たれる風の魔法。

メルクはくるりと回り軽くそれを避けると、鉄格子に接近、蹴りを放つ。

ガゴォンッ! と重たい鉄の塊がぶつかったような音がした。

ひしゃげる鉄格子。

驚愕に歪む男の表情。

そしてメルクは広がった隙間から外に出て、その勢いのまま敵に肩からぶつかった。

「 震気砕(フェイタルクエイク) 」

「が……ぁ……ッ!?」

瞬間、プラーナが鎧を貫通して男の体内へと注がれる。

骨が砕ける。内臓が揺れる。口から血が溢れ出す。

さらに単純にタックルの威力も高かったため、そのまま彼は吹き飛ばされ、冷たい地面の上を転がった。

メルクは倒れ込んだ男に歩み寄り、見下しながら告げる。

「 騎士剣術(キャバリエアーツ) は剣が無いと使えないと思った? 舐めないでよね、アタシはママの娘だよ」

「馬鹿、な……ステータス、は、そこまで……」

メルクはいたずらっぽく笑うと、胸元から緑の水晶がはめ込まれたブローチを取り出す。

「ステータス偽装は常識。今どきスキャンを使われてプライバシー情報見放題の女学生なんていないよ」

「……では、本当のステータスは」

「見てみたら」

恐る恐る、男はスキャンを発動させる。

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メルク・アプリコット

属性:無

筋力:103722

魔力:97612

体力:110474

敏捷:108938

感覚:101669

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そこに並ぶのは、人間では到底手の届かない数値の数々。

「殺されないだけ運がいいと思いなよ」

実力差を思い知った今では、その幼さの残る笑みすら恐ろしく見える。

男の戦意はすっかり失せ、もはや立ち上がることすらできなかった。

メルクは周囲を軽く探索すると、壁に立てかけられていた白銀の大剣を発見した。

「ドーちゃんいたーっ! 傷とかついてないよね? 変なことされてないよね?」

彼女は大剣を軽く片手で持ち上げ、細部まで状態を確認する。

よほど思い入れのある剣のようだ。

「はあぁ、よかったあ。わざと捕まるとこまではよかったんだけど、まさか〝エピック装備剥がし〟まで用意してるなんて。もしかしてママのこと警戒してたのかなー、神喰らいを剥がしたところでどうにもならないと思うけど」

その剣の名はドゥームイーター。

メルクが話していた通り、少し前の誕生日にフラムからプレゼントされたエピック装備だ。

メルクはフラムと違って反転の力は持っていない。

ゆえに呪いの装備は使えないため、これは まっとうな(・・・・・) エピック装備である。

つまり軽く一軒家が買えるほどの超高級装備。

騎士剣術を学び、そして冒険者を目指す娘のためにと、フラムが大枚をはたいて買ってくれたものだ。

初めて見たときは涙を流しながら喜び、フラムに抱きついたものである。

それだけ思い入れのある武器なのだ、取り返して涙目になるのも仕方ないというもの。

「さーてと、あとはシエラを取り戻すだけだね。祭壇とやらを探しますかっ。もしシエラが傷ついてたら、そのときは――」

剣を手にした彼女の眼差しは、素手で戦っていたときよりもさらに鋭く、血に飢えた獣のようだ。

怒りに燃える彼女から湧き出す殺意には、人を殺めることさえためらわないほどの重みがあった。

◇◇◇

一方その頃、同施設内の祭壇では怪しげな儀式が行われていた。

床に魔法陣が描かれ、中央に置かれた台の上には長髪の少女が横たわっている。

髪の色は、英雄フラムより少し暗めのオレンジ――そして顔立ちはどこかミルキットに似ている。

そんな少女を取り囲む、怪しげなローブ姿の男たち。

その中の一人が前に出て、台座で眠る少女を見下ろした。

彼の手には銀色のナイフが握られていた。

「やはり我々を救う存在はオリジン様しかいない」

振り上げられたナイフの刃が、壁に取り付けられたろうそくの炎を反射する。

囲む男たちは、これから降臨するであろう何かに祈りを捧げるようにひれ伏した。

「そしてオリジン様は今、この少女の肉体の中に閉じ込められているのだ。我々は救わねばならない、憎きフラム・アプリコットの手により封じられた神を!」

そして殺意が振り下ろされる――だがその瞬間、刃がぐにゃりと曲がった。

湾曲した刃は男の手の甲に突き刺さり、血が溢れ出す。

「ぐああぁぁああっ! 何だ、何が起きた!?」

困惑する男、混乱する信者たち。

彼らの目の前で、少女は気だるそうに体を起こした。

囲まれているというのに、軽くあくびをする余裕すらある。

「ふぁ……どうして私が命をあげないといけないんです? 新しい世界に馴染めなかったのはあなたたちなのに」

「馬鹿な、魔法で意識を奪っていたはずでは……」

「効きませんよ、そんなもの」

「それは本来、お前の中に封じられた神の力でッ!」

「うるさいです、捻れろ」

瞬間、男の右腕がぐるりと捻れ、メキャッと骨が砕ける音がした。

なおも回転は止まらず、肉も裂けて血が溢れ出す。

「あ、ああぁっ、うわあぁぁああああっ!」

それを見ていた信者たちは恐怖し、逃げ出そうとする者もいれば、少女に立ち向かおうとする者もいた。

彼らは等しく少女にとって排除すべき害悪であった。

「オリジンとか神様とかどうでもいい。私とメルクの愛おしい日々を邪魔するのなら、全員死んでしまえばいい」

無数の魔法が彼女に向けて放たれたが、一発も当たることはなかった。

命中する直前で軌道が歪み、魔法の方から避けてしまうのだ。

さらに彼女は手を頭上にかかげると、目を細めて力を集中させた。

「さようなら、塵芥」

螺旋の力が渦巻き、その場にいる人間全員を繋げるべく動き出す。

しかしその瞬間、何者かが扉を蹴飛ばして破壊し、部屋に飛び込んできた。

「シエラッ!」

メルクの声が響き渡る。

途端に少女――シエラの頬は紅潮し、表情は蕩ける。

「あ、メルクぅ……助けにきてくれたんですかぁ?」

「何で頬を赤らめてくねくねしてるの……?」

「メルクの愛を感じてしまいまして」

「感じないでいいから! とにかく無事みたいでよかった」

メルクはシエラに手を貸し、彼女を台座から降ろす。

そしてドゥームイーターを握り、二人を囲む誘拐犯たちを睨みつけた。

「あとは、こいつらをぶっ飛ばすだけだね」

すると尻もちをついていた男が、腕を折られた痛みに脂汗を浮かべながら、慌てた様子で弁明する。

「ま、待て、待ってくれ、まだ私たちは何もしていない!」

「あぁ? シエラとアタシを拐っといて何もしてない? 誘拐は立派な犯罪ですけど?」

「傷は付けていないっ! 出頭するから、どうか命だけはッ!」

「わかった――じゃあ、命だけ残してあげる」

言葉とは裏腹に、メルクの体から殺気が溢れ出す。

容赦するつもりはない。

そういう返事だと、誰もが瞬間的に悟った。

そして彼女が目を細め意識を集中させると、体から白い粒子が溢れ出す。

体内で生成され、収まりきらなくなったプラーナだ。

身体能力が極限まで引き上げられ、蹂躙の準備が整う。

タンッ、と軽く地面を蹴る。

メルクの姿が消えた。

「ひっ、光が――」

男たちの視界が捉えたのは粒子だけだった。

次の瞬間、無数の打撃が彼らを襲った。

視認もできずに、ただ理不尽な暴力に打ちのめされ、体が浮かび上がる。鈍い痛みが全身を覆う。意識が削り取られる。

およそ一秒後、シエラの隣にメルクが現れる。

それからさらに遅れて一秒、浮かび上がった男たちは一斉に地面に落下した。

彼らの顔は歪み、手足はあらぬ方向へと曲がっていた。

「 気越(プラーナル) 燦然(ブリリアンス) 」

命をも削りかねない奥義、 気越一閃(プラーなるオーバードライヴ) 。

メルクはそれを代償が生じない程度にまで制御した技を放ったのだ。

元より高いステータスを持つ彼女が、さらにプラーナで身体能力を引き上げたのだ。

常人に視認することができないのも当然だろう。

「わあ、キラキラしてきれい」

シエラは舞い散る雪を愛おしむように、粒子に手を伸ばしながら言った。

しかしすぐにメルクの方を向いて、頬を赤らめはにかむ。

「でもメルクの方が綺麗ですよ」

「どんな褒め方なのそれ」

メルクは照れくさそうに頬をかく。

「シエラが無事でよかった」

「心配してくれたんですね」

「当たり前でしょ、下校中に急にいなくなるんだもん。アタシが来なかったらどうするつもり……って、どうにでもなるか。強いもんね、シエラも」

「でも嬉しかったですよ。メルクが助けに来てくれて」

シエラはその嬉しさを隠さず笑顔のままメルクに近づくと、顔を近づける。

「シエラ、近――」

メルクの言葉を遮るように、シエラはキスをした。

「ふむっ!?」

「ぷはっ……お姉ちゃんからご褒美のキスです」

シエラは人差し指で唇に触れながら、いたずらっぽく笑う。

対するメルクは顔を真っ赤にしながら声を荒らげた。

「だっ、だから唇にしないでって言ってるじゃん! 頬ならいくらでもしていいから!」

「いいじゃないですか、ファーストキスでもないんですから」

「ファーストキス奪ったやつがよく言えるなあ!」

「小さい頃は姉妹ならノーカウントって言えばごまかせたのに、成長しましたねメルクも」

「変なところで成長を感じないでよ!」

シエラはいくら怒鳴りつけられても、反省の素振りも見せずニコニコと笑うばかりだった。

メルクはため息をついて諦めると、辛うじて人の形をした状態で気絶する誘拐犯たちを見やる。

「こいつらどうする?」

「生きているんですよね」

「まさかシエラ、アタシが来なかったら殺せてたとか思ってないよね」

「思ってませんよ」

「ママに言われてるでしょ、できるだけそういうことに首を突っ込まないって」

「……ママは甘いんです」

「純粋に心配なんだと思うよ。シエラは狙われやすい力を持ってるから、余計に安全な場所で過ごしてほしいんだと思う」

するとシエラは唇を尖らせ、ふてくされたように自らの手を見つめた。

「こんな力、いらなかったのに……」

「シエラ……」

沈む心に寄り添うように、メルクは目を細める。

が、シエラはすぐに笑顔を見せた。

「……とはまったく思っていないんですが」

「だと思った」

「たまに思うんです。私がこういう人たちに容赦がないのは、この力のせいだと思われているのではないか、と」

今回のような事件は一度ではない。

これまでの十四年の人生で、少なくとも三回は狙われている。

そのうちの一回で、シエラは己の力で誘拐犯たちを捻り潰した。

比喩ではなく、文字通りの意味で。

「大間違いです。私はただ誰かを深く愛して、それ以外の人たちに興味がないだけなのに」

するとシエラは潤む瞳でメルクを見た。

後ずさるメルク。

だがそれを逃がすまいと、シエラはメルクの両頬に手を当てると、頬を紅潮させ湿っぽい吐息を吐き出す。

「本気ですよ、私は」

「ま、待った……そういう流れじゃなかったじゃん、今の……」

「メルクだって本当は、受け入れてもいいと思っているくせに」

そして再び唇を奪おうと、顔を近づける。

思わず目を閉じて受け入れそうになるメルクだが――理性を呼び戻し、力強くシエラの肩を掴み、それ以上の前進を拒んだ。

「ここ家じゃないから、調子に乗りすぎっ! わかってんの、アタシたち血のつながった姉妹なんだよ!?」

「それは愛する理由になっても、愛を諦める理由になりませんから」

「普通はなるのー! とりあえず今は家に帰るのが最優先! いい!?」

「というか、家に帰ったらいいんですか?」

「っ……も、もうちょっと我慢ってものをできないの……?」

「必要ないものはしないようにしています」

「必要だから! 理性! 知性! 人間を人間たらしめるもの!」

「人間だってしょせんは動物ですよ。それにメルクだって、夜になるとケダモノみたいになることが――」

「あーあー! きーこーえーなーいー! アタシは帰るー! おうちかえるー!!」

耳をふさいだまま部屋を出るメルク。

シエラは子供じみた逃げ方をする妹を見てくすりと笑うと、小走りでその後を追いかけた。