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作品タイトル不明

【書籍版6巻電子刊行記念】EX18 キリルとフラムがデートするだけの話

馬車に揺られるフラムとキリル。

窓から見える光景は見渡す限り畑が広がっている。

風景自体はのどかなのだが、人の往来が激しいコンシリア周辺の街道は混み合っており、途切れることなく馬車や人とすれ違う。

馬車に乗る二人が目指すのは、コンシリアから一時間ほど離れたアリィオという町だった。

「このへんって相変わらずにぎやかだよね」

フラムが窓の外を横目で見ながら言った。

キリルも同じ窓を見つめる。

「落ち着くどころか、人はどんどん増えてるらしい」

「キリルちゃんのお店も繁盛しちゃうね」

「これ以上増えられても困るかもしれない」

「勇者ケーキ、すっかりコンシリア名物として定着してるらしいじゃん」

「あれで潤うのは師匠の財布だけだから」

「特別手当みたいなのもらえないの?」

「師匠の機嫌がいいとボーナスが出る」

「そんな気まぐれな……そういやティーシェさん、大丈夫なの?」

今日はフラムにとっては何てことない休日。

だがキリルにとっては、思いがけない休みであった。

ケーキ屋で働く彼女は、暇な――もといミルキットといつもいちゃいちゃしているフラムよりも多忙であるため、なかなか遊ぶ時間が取れずにいた。

そんな中、店主であるティーシェが果てしなく飲みすぎて、二日酔いを通り越して三日酔いに突入するという事件が発生。

要は普通に体調不良になったらしく、店が臨時休業になったのである。

急に暇になったキリルは、前々から計画していたフラムとのデートを実行することにした、というのが今日の流れであった。

「いつもよりいっぱい飲んだだけらしいから。別に先日の一件が影響してるとかじゃないから安心して」

「ならいいんだけど。ティーシェさん、レシピの再現に気合い入れて立って話だったから根を詰めすぎたのかな、と」

「あの師匠に限ってそんなことはない」

「悪い方向で信用している……」

「お菓子作りの腕以外は終わってるからね。まあ、あんな飲んだくれの話はどうだっていいよ。それより――」

「なになに?」

「待ち合わせのときから思ってたけど、フラムの今日の服、かわいいね」

キリルがそう言うと、フラムは「にひ」と上機嫌に笑った。

「いいでしょー。昨日、ミルキットとお買い物に行ったときに買った服なんだぁ」

平和になってからのフラムは、以前のように手足が吹き飛ぶことを考えなくてよくなったため、色んな服を着るようになった。

今日は上着にクリーム色の少しふんわりとしたシルエットのブラウスを、下には膝下丈のブラウンのフレアスカートを履いている。

どちらにも花の刺繍が施されており、女の子らしい可愛らしさと、ちょっとした田舎っぽさも感じられ、いかにもフラムのチョイスらしい服装であった。

「フラムが選んだんだ」

「そう、わかる?」

「そういうかわいい感じの好きそうだなって思った」

「反動って言うのかな。前にも増してこういうの着たくなっちゃうんだよね」

「あと、ミルキットが選ぶともっとフリフリになりそう」

「あはは……最近のミルキット、かわいい私にハマってるらしいから」

実際にキリルの言う通りだったらしく、フラムは恥ずかしそうに頬を軽く赤く染めた。

「そういうキリルちゃんは、今日はかっこいい系だよね」

「かっこいい……かな。ラフすぎるかなとは思ったけど、準備する時間がなくて」

「かっこいいよぉ。さっきだって待ち合わせ場所できゃーきゃー言われてたじゃん」

「あれはからかわれてただけだって」

今度はキリルが照れる番だった。

今日の彼女は、襟元が大きく開いた白いシャツに、紺色のスキニーパンツを身にまとっている。

ボーイッシュさを感じるコーディネートながら、元々手足の細いキリルのスタイルの良さがはっきりと見て取れた。

実際、待ち合わせ場所で歓声をあげていたのも女性が多かったらしい。

「それにフラムが来てからの方が騒がしかった」

「それは…今日のキリルちゃんが珍しくかっこいい系の服を着てるから、私がエスコートされてるように見えたんじゃない?」

フラムがニヤニヤしながら言うと、キリルは困った様子で眉をひそめる。

そもそも、同じ家で暮らしている二人がなぜ待ち合わせをしたのか。

それは同居しているからこそ、たまには新鮮な気持ちで遊びたいというキリルの提案によるものだった。

勇者パーティ時代から親しく、王都に戻ってきた際にはよく遊んでいた二人だが、当時は王城で寝泊まりしていた。

つまり今と同様に待ち合わせの必要がなかったのである。

そう、要するにキリルは――待ち合わせというイベントに憧れていたのだ。

「私は、ああいうのも楽しいなって思ったけどな」

「あれだけ人に囲まれると大変だよ。フラムはすっかり慣れてる」

「キリルちゃんだって、お店では勇者様って慕われてるんでしょ?」

「それは接客だから。外を出歩いて囲まれるのとは少し違うかな」

「むー、それじゃあまるで私が普段から暇してほっつき歩いてる人みたいじゃーん」

「……違う?」

「あ、あれはミルキットとのデートなのー! 会えなかった分を埋めてるのー!」

「もうフラムが戻ってきて結構経つと思うけど」

「一生かけても埋まらない予定だから」

「やっぱり暇してほっつき歩いてるんじゃ」

「ほっつき歩いてはいるけど、暇じゃなくてそれで忙しいのっ」

「ふふっ、ついに認めた」

「むぅー!」

頬を膨らますフラムを見て、思わず口角が上がるキリル。

なおもフラムは不満げであった。

「あーあ、コンシリアでいいお店を見つけたからキリルちゃんに教えてあげたいなと思ってたのになー、キリルちゃんがほっつき歩くの嫌なら仕方ないなー」

「ふふ、嫌とは言ってないよ。教えてほしいな」

「じゃあ今度のお休みに連れてく、強制ね」

「空けとく」

「とか言っときながらなんだけど、場所だけ教えてショコラさんと一緒に行ってもらったほうがいいのかな……」

「ショコラが嫉妬してるって?」

「だって今日も出てくるとき、ちょっと睨まれてた気がしたよ?」

「あれはああいうキャラがかわいいと思ってやってるだけだから気にしないで」

「ああいうキャラ!?」

「仕事場で余裕なくなってくると、ぜんぜんあんなのじゃなくて真面目な子になるよ」

「意外だ……あ、でも疲れてる日とかはそんな感じかも」

「ああなると素直でかわいいと思う」

「ああなると……普段は……?」

「冗談。普段もかわいい後輩だと思ってるよ、たまにウザいけど」

「ふふっ、そんな容赦なく言えるってことはやっぱり仲いいんだね」

「まあ、戦友って感じ」

キリルは当たり前のように店を戦場扱いしていた。

「そういうフラムの方こそ気をつけてね」

「何が?」

「エスコートとかデートって言うと、私がミルキットに怒られるから」

「ミルキットはそんなことしないんじゃない? 今日もニコニコ送り出してくれたよ」

「直に怒られることはないと思うけど」

「……静かに怒る?」

「デートとか愛人とかって言いだすと警戒しちゃうよ。特に最近のミルキットはそう見える」

「あぁー……それは……」

フラムは引きつった顔でキリルの隣を見た。

当然、そこには誰も座っていない。

これはフラムが手配した馬車だからだ。

「何かあるの?」

「黒いミルキットの話、したよね」

最近起きている、魂喰いの破片にまつわる事件――その頃からフラムの視界には、黒髪でゴスロリ服を着たミルキットそっくりの少女が映り込むようになった。

しかも会話も可能である。

その正体はフラムの持つ剣である神喰らいそのものだったのだが――

「今もここにいる?」

キリルがそう尋ねると、フラムはこくりと頷いた。

黒いミルキットはフラムとキリルの会話を聞きながら、何やらニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていたのである。

「特にミルキットが怒る話のときすっごい笑ってた」

「悪いやつだね……」

「悪いよお、こいつは。だって呪いだもん」

「せっかく私とフラムのデートなのに、フラムからは三人に見えてるわけだ」

そう言って、キリルは誰もいない自らの隣の席を睨みつけた。

すると黒いミルキットは「くすくす」と笑ってしてすっと姿を消す。

「おぉー、消えた。さすがのあの子も勇者に睨まれるのは怖いのかな。いや笑ってたけど」

「また出てきたら言って、追い払うから」

「野犬みたいな扱い……っていうか怒られるって言いながら、自分でデートって言っちゃうんだ」

「それは……追い払うためというか」

「いいよ、私もデートだと思ってるし」

そう言って爛漫と笑うフラム。

キリルはそんな真っ直ぐな言葉に、ほんのり頬を染めながら微笑むのだった。

◇◇◇

こうして、二人はアリィオの中心地に降り立った。

コンシリア周辺には、その人口の増加に比例するように、多くの農村が存在し、麦畑や野菜畑、果樹園、さらには牧場なども点在している。

今回訪れた町は、その中でも畜産を主に行っている場所であった。

と言っても主要産業はそれだけでなく、コンシリアに繋がる最も大きな街道に面しており、かつ距離もさほど離れていないからか、宿場町や観光地としても発展しつつあった。

どうやらコンシリアの宿はどこも満員で宿泊費が上がっているらしく、わざわざ外に泊まる人も増えてきたようだ。

これに対応すべく、魔導列車の運行範囲をコンシリアの外にまで延長することなどが検討されているらしいが、様々なしがらみがあり思うように進んでいない――というのが現状だった。

ちなみに基本的にフラムはこういった話題とは無縁のはずなのだが、彼女は定期的に王城に呼び出され、イーラからお茶会という名目で王妃の愚痴を聞かされるため、それなりに詳しかったりする。

それはさておき、世界を救った英雄と勇者が現れたとなれば、周囲は大騒ぎである。

大通りに降りた二人だったが、さっそく野次馬に取り囲まれる。

「変装でもしてきたほうがよかったのかな」

「でも変装すると、自分が有名人として調子に乗ってるんじゃないかって気がするよね」

「わかる。キリルちゃんもそうなんだ」

幸い、遠巻きに囲まれてはいるが、フラムたちの進路を邪魔する人はいないようだ。

気にせず目当ての場所へと歩き出す。

「コンシリアから離れたら少し人も減るんじゃないかと思ったけど、むしろ多い気がするね」

「最近のアリィオは人が増えてるから。前に来たときよりお店も増えてる」

「へぇー、前に来たことあるんだ」

「お店の仕入れで用事があったんだ、アリィオ産のミルクを使おうって話になって」

「だからところどころに牛の絵があるの?」

フラムの言う通り、歩いているとところどころで牛の絵が描かれた看板を見かける。

どうやらアリィオ産のミルクは一種のブランドとなっており、それらを使った特産品を様々な店で取り扱ってるようだ。

「うん、最近はアリィオの中での需要が上がったからか値段も上がっちゃって、別の場所のを使うようになったけどね」

「あんまりコンシリア以外の町に来ないから知らなかったけど、そんなことになってるんだ」

「そういえばミルキットと旅行とか行こうって話にはならないの?」

「うーん、ミルキットから誘われることはあんまり無いかな。ほら、あの子って場所はどこでも私がいればいいみたいなとこあるから」

「フラムってさ……隙あらば惚気るよね」

「当たり前じゃーん、世界一かわいいお嫁さんがいるのに惚気けないなんてもったいない!」

恥じらうどころか、胸を張って言い切るフラム。

その勢いに思わずキリルはケラケラと笑う。

「ははっ、敵わないや」

「世界一かわいいお嫁さんには世界一の愛情をあげないとだからね。負けてらんないよ」

「強いね」

「最強を目指してますから」

「真っ直ぐでいいな。あれ、でも……それだとフラムの方からは外に出かけようって誘ったりしないの?」

「ああ――私はあんまりコンシリアから出ない方がいいと言うか。私がコンシリアを離れると、悪さするやつが出てくるでしょ? イーラぐらいには話を通した方がいいのかなーとか思っちゃって」

「英雄っぽい」

「ねー、我ながら面倒だと思うけど、悪いやつっていなくならないしさ。最近も魂喰いの欠片を使ってるやつらがいるしー」

ふてくされるようにフラムは言った。

何であんなものを悪用しようと思うんだか――と、理解できないのが一番の理由だ。

呪いを使う都合上、必ず被害は悪人本人にまで及ぶ。

つまりそれだけの覚悟がある人間か、変人ぐらいしか使わないのだ。

「平和になっても大変だね」

「それでもキリルちゃんほどじゃないけどね。基本はミルキットとゆっくり暮らしてるし」

「ずっとコンシリアで飽きたりはしない?」

「飽きない飽きない。四年分の変化もあるし、そうでなくたってコンシリアは目まぐるしく変わってる。それに、ずっとミルキットの顔を見てるだけでハッピーに一日過ごせるんだよ?」

「ごちそうさま」

「困るよキリルちゃん、今から食べるのに」

そして二人は、とある店の前で立ち止まった。

馬車を降りた場所からはそこそこ歩いたため大通りからは外れていたが、それでもその飲食店の中は人で賑わっている。

「キリルちゃんが行きたいって言ってたお店、ここだよね」

「そうだよ」

「……ヤギなの?」

店の看板には牛ではなく、ヤギのイラストが描かれていた。

「そう、ヤギミルクを使ってるカフェ。さ、入ろ」

ヤギのミルクは田舎出身のフラムもあまり聞いたことのないものだったが、キリルが誘ってくれたのだから味は間違いないのだろう。

二人は店内へと入っていった。

◇◇◇

木造の建物の中は燃料式のランプで照らされており、どこか懐かしい雰囲気だった。

壁にかけられた絵や、棚に置かれた装飾品もヤギで統一されており、こだわりが感じられる。

ヤギのフードを被った店員に案内され席についたフラムとキリル。

フラムはテーブルに置かれた手のひらサイズのヤギの置物に手を伸ばした。

「ねえねえ、これかわいくない?」

「んふふっ、かわいいね。頭が大きすぎるけど」

「顎を支えにしないと立たないんだよ。ふふっ、かわいー! 買って帰ろうかな」

「売ってたの?」

「うん、会計のところにいっぱい吊るしてあった」

キリルが目を向けると、そこには天井からぶら下げられた、色とりどりのヤギのオブジェの姿があった。

「うわ、ほんとだ。迫力あるね」

「しかも見てよこれ、裏側に魔力込めると何か動くらしいよ」

「フラムやってみて」

「わかった!」

フラムは装置が壊れないよう慎重に、微量の魔力を注ぎ込む。

するとオブジェの口が開き、目が光る。

鳴き声がするのかな? と思い二人が期待していると、音が鳴った。

『ゔえぇぇぇぇぇ』

可愛げのない重低音が響き渡る。

「ぶふっ」

キリルは思わず噴き出し笑った。

慌てて口を手で押さえ、肩を震わせる。

「んっ、ふふ……ちょっと声がぶさいくっ、すぎるね……ふふっ」

フラムも予想外の鳴き声がツボに入ったのか、目に軽く涙を浮かべながら笑っていた。

「あー……んふっ、余計にかわいく見てきたなぁ」

「私も少しほしくなったかも」

「やっぱ買って帰ろう」

「どこに置くの?」

「私たちの部屋かな」

「ムードが壊れない?」

「それは確かに……インクとか喜びそうだけどなー」

「あっちも惚気てるから似合わないよ。私の部屋に置く」

「いいの? ショコラさん嫌がらない?」

「むしろゲラゲラ笑って気にいると思う、たぶんこういうの好きだから。元々ぬいぐるみとかいっぱい置いてるし違和感もないよ」

「じゃあお願いしよっかな」

「うん、私が買っておく」

「そこは私に出させて。言い出しっぺなんだから」

「それを言ったら連れてきたの私なんだけどな」

「それはそれ、これはこれ」

「出た、変なとこで頑固なフラムだ」

「お金絡みはきっちりしておきたいの。じゃなきゃ感覚が狂いそうだから」

フラムは王国の最終兵器である。

彼女がそこにいるというだけで治安は劇的に良くなったし、並の冒険者では解決不可能な依頼も一人でこなしてみせる。

そんな彼女には依頼を解決するたびに国から相応の報酬が出るのだ。

その額があまりに多い。

イーラにも『何でまだあの古い家で暮らしてるのよ、豪邸でもお城でも建てられるでしょうに』と言われる程度には貯まっている。

「しっかりしてるね」

「私はあくまでのんびりミルキットと過ごしたいだけだから、派手な暮らしとかはいいかなーって」

そんなちょっぴり生々しい話をしていると、店員が注文を聞きに来た。

「しまった、まだメニュー見てなかった。キリルちゃんは決めてる?」

「来る前に何を食べようかは決めてた」

「じゃあそれと同じのでいいかな」

「ん、わかった。じゃあヤギケーキ二個と」

「ヤギケーキ……?」

「ヤギオレ二個……あ、ヤギホットミルクも頼みたいんだけど、半分ことかでもいい?」

「いいけど、ホットヤギミルクじゃなくてヤギホットミルクなんだ……というかヤギオレって何?」

「ヤギって頭につけるのがルールみたい。じゃあこれでお願いします」

店員はフラムとキリルだと気づいたのか、緊張した様子で小走りで厨房の方へと去っていった。

「並々ならぬヤギへのこだわりを感じる……」

「それが繁盛の秘訣なのかもね。噂だと、ヤギケーキは勇者ケーキからパクったらしいよ」

「キリルちゃんの方が先なの!? ちなみに、ヤギケーキって何味?」

「ヤギのミルクを使ったチーズケーキだって。ヤギオレはカフェオレね」

「そう聞くとおいしそうな……でもヤギのミルクってどんな味なの? キリルちゃんは飲んだことある?」

「基本は後味がさっぱりしたミルクみたいな感じかな。ちょっと香りが違うし、物によっては癖が強いのもあるけど、ここのお店のはそうでもないって聞いてる。ヤギのミルクについては、故郷にいた頃によく飲んでたかな」

「ヤギ飼ってたの?」

「うん、飼ってた。よく一緒に遊んだりしてたな……」

「もしかして今日って、それで?」

「そういうこと。なかなかコンシリアだと触れ合う暇がないから」

そう言って、キリルは窓の外を見つめた。

そこには数匹のヤギがいて、まるで羨むようにこちらを見ていた。

◇◇◇

ケーキを堪能した二人は、店を出ると別料金を払って裏手に出た。

こちらには広い庭があって、そこでヤギが放し飼いにされているのだ。

カップに入ったニンジンスティックを手に二人が庭に立つと、ヤギたちはジリジリと距離を詰めてくる。

「狙われてるねー」

「怖いことはしてこないから大丈夫。ほらおいで」

キリルはしゃがみ込んでヤギに呼びかける。

いつもより優しい声色で、フラムにも彼女がリラックスしていることが伝わってきた。

すると先頭にいた茶色いヤギが駆け足でキリルに近寄ってくる。

「よしよし、人懐っこい子みたいだね。フラムも撫でてあげたら?」

両手でわしゃわしゃと首のあたりを撫でるキリル。

フラムは言われるがままに横に周り、ヤギの体を撫でた。

ヤギはされるがまま、二人にもみくちゃにされている。

「ほんと大人しいね。ヤギってこんな感じなの?」

「個体によるかな。あ、フラム後ろに来てるよ」

「えっ? うわほんと――あいたっ、お尻に頭突きっ、頭突きされてるっ!」

「あはは、餌をよこせだってさ」

フラムは涙目になりながら、背後に迫る乱暴なヤギにニンジンスティックを差し出した。

すると満足げに頬張りだす。

「くそう、食べてるとこ見るとかわいく見えてくるんだから卑怯だよねえ」

「生意気なのも可愛げなんだよ、許してあげて」

「ショコラさんみたいに?」

「ショコラのことは……まあ、可愛げではあるけど」

「ふーん、ふぅーん」

「何その反応」

「何でもなーい」

「私がいじわるしたからお返し?」

「の、つもり」

「じゃあ今度は私がお返しをしようかな」

「なっ、一回ずつでおあいこになったはずでは……!?」

キリルはおもむろに立ち上がると、少し離れた場所で様子を見るヤギたちの方を向く。

そして――

「めえぇぇぇー」

と物真似をするように高めの声で鳴いた。

するとヤギたちも『メエェェ』と声を揃えて、こちらに駆け寄ってくる。

「何それ? 何なのその特技!? 勇者の魔法!?」

「ヤギに囲まれて育ったからこれぐらいはね」

「ひゃあぁ、呼んだのはキリルちゃんなのに私の方にも来てるぅーっ! あっ、尻っ! また尻に頭突きっ……ってさっきのやつじゃん! あんたには餌あげたでしょーっ!」

「あはははっ、頑張ってフラム」

「何でキリルちゃんには優しいのー!」

またしても涙目になりながら、周囲のヤギに餌を配るフラム。

それを眺めながら、のんびりと餌やりを楽しむキリル。

するとひときわのんびりとした黒いヤギが、のっしのっしと彼女に近づいてくる。

マイペースな子だな――と思ってキリルがニンジンを差し出すと、ゆっくりと食べ始めた。

そして一本食べ終えたところで、催促するように鳴く。

「ゔぇえぇぇぇぇ」

他より明らかに低い独特の鳴き声。

そしてよく見てみれば、他よりも確かに頭が大きい。

フラムとキリルは顔を見合わせ、声を揃えて言った。

『この子だーっ!』

そして声をあげて、その場で大笑いするのだった。

◇◇◇

その後もアリィオを観光したフラムとキリルは、夕方前に帰りの馬車に乗り込んだ。

夕食には帰ると伝えてあるため、もうタイムリミットだ。

二人の表情には笑顔が浮かび、座席には両手で持ちきれないほどのおみやげが置かれていた。

「はあぁー、楽しかったぁー」

「また来たいね」

「うんうん、まだ回れてないとこもあるしね」

当然、おみやげの中にはあの変な声で鳴くヤギのオブジェも入っている。

他はお菓子が大半を占めていて、ショコラやティーシェに向けたものや、フラムがイーラとのお茶会に持っていこうと思い買ったものも含まれていた。

しかしいくら楽しかったとはいえ、さすがに疲れた。

ステータスでいうと化物じみた体力を持つ二人で、実際体力としては余裕があるのだが、それはそうと遊び疲れるという概念は残っている。

フラムはぐでっと背もたれに体を預け、窓ごしに茜色に染まりつつある空を見つめながら言った。

「キリルちゃんはさ、将来的に故郷に戻ろうかとか考えてる?」

「急だね」

「今日の様子を見てて何となく思ったの。たまーに、真面目な顔をしてお店を観察してることあったでしょ」

「見られてたか。でも違うよ、故郷とかは考えてない。もちろん定期的に帰って親に顔を見せたいとは思ってるけど」

「そうなんだ……」

「もしかして、ヤギと触れ合いたいって言ったの、ホームシックだと思われたのかな」

「それもあるのかな、とは思った」

「安心して、そういうのはあんまり無いよ。ゼロって言ったら嘘になるけど、普段は店は忙しいし、家は賑やか出しでそんなこと考える暇もないよ」

「今の生活に満足してる、ってこと?」

「してる。すっごく幸せ」

「……よかった」

「そうだよ、良いんだよ」

「ふふっ、ごめんね勝手に杞憂しちゃって」

「心配してくれるのは嬉しい。お店を真剣に見てたのはさ、いずれ師匠の店からも独立するだろうって考えてるから、そのときどうするかとか考えてたんだ」

「独立するの?」

「今はまだね。独立できるだけのお金が貯まったら」

「でも、お金なんて持ってるんじゃないの」

「勇者として受け取ったお金は生活にだけ使ってる。お菓子関連は自分の力で貯めたいなって」

「勇者も自分の力だと思うけど……要はお菓子屋さんするお金は、お菓子屋さんで稼ぎたいと」

「そんな感じ。でも、きっとまだ何年も後のことだと思うし、その頃にはコンシリアって今より土地とか高くなってると思ってさ」

「ああ、だからコンシリアじゃなくて、近くの町に出そうって考えてたんだ」

「うん……ただ、今日のでそれも難しいかもって思うようになったけど」

「何で?」

「だって十年もしたら、たぶんコンシリアの影響はもっと広まって、このあたりも都会になってると思う」

「はええ……そんなことになるんだ」

「一周回って、今のうちからそんなこと考えたって仕方ないかなって思うようになった。こっちこそごめんね、せっかく遊びに来てるのに違うこと考えちゃってた」

「いいよいいよ。むしろすごいなーって思った。キリルちゃん、将来のことしっかり考えてるんだもん」

「フラムだって考えてるんじゃない」

「なーにも。ミルキットと一緒に幸せになる、としか考えてないよ」

「それが全てだと思うけど」

「……」

キリルにそう言われ、しばし考え込むフラム。

熟考の後、彼女は答えた。

「そうかもしれない……」

「ふふっ、わかりきってるのに悩んでたの?」

「キリルちゃんすごいなー、大人だなー、置いてかれたくないなーって思ってたから」

「私からしてみたら、結婚してるフラムの方が置いてけぼりにしてるよ」

「そうだったんだ」

「そうだったのだ」

キリルのおちゃらけた答えに、フラムは笑顔になる。

笑い声をあげると、途端に真面目な雰囲気は吹き飛んで、今度は今日起きた愉快な出来事を語り合う流れになった。

コンシリアに戻るまでの一時間の道程は、一瞬で過ぎ去っていった。

◇◇◇

『ただいまぁー』

フラムとキリルがそう声を揃えると、家の中からドタバタと走ってくる足音が三つ聞こえた。

「ご主人様、おかえりなさいっ!」

真っ先に顔を見せたのはミルキットだ。

彼女はフラムの胸に飛び込み、フラムも両手で受け止めて固く抱き合う。

「ただいまミルキット、んーっ」

そして慣れた様子でキスをした。

続いてショコラとインクが顔を出す。

「先輩、ショコラちゃんたちも負けじと――」

両手を広げて待ち受けるショコラ。

「はいただいまただいま」

その横を通り過ぎていくキリル。

「ミルキット……」

「ご主人、様……っ」

「ショコラちゃんはラヴに飢えています……ッ!」

いちゃつくフラムとミルキットの隣で、ショコラは悔しさに瞳を濡らしていた。

そして通り過ぎたキリルは、インクにおみやげを差し出す。

「わあーっ、キリルもフラムもいっぱい買ってきたね!」

「素敵な町だったからつい」

「お菓子は?」

「ある」

「開けよ開けよ!」

すると遅れてエターナが現れ、ぽふんとインクの頭の上に手をおいた。

「インク、食べ過ぎ」

「えー、でももうちょっと丸いほうが抱き心地がいいってエターナ言ってたよ?」

「ぐふっ……」

「言ったの、エターナ」

「言ったんですか、エターナさん!」

「し、知らない……たぶん知らない……」

キリルとフラムに問い詰められ、敗走するエターナ。

こうしてフラムたちはダイニングへと場所を移す。

そして広いテーブルの上に、買ってきたおみやげを広げるのだった。

色んな食べ物やお酒が並ぶ中、ミルキットはヤギのオブジェに気づいて手を伸ばす。

彼女は隣のフラムに尋ねた。

「ご主人様、この独特なフォルムをしたヤギは一体……」

「魔力込めてみたらわかるよ」

言われた通りに魔力を込めるとオブジェは、

『ゔぇえぇぇぇ』

と濁った鳴き声を響かせた。

ミルキットは困惑し、視線をじっとフラムに向けた。

「ふふふっ、これね、お店に本当にいるヤギの鳴き声なの。このオブジェの声を聞いたあとにヤギと触れ合ったらこれが聞こえてきてさ」

「フラムと二人でお腹を抱えて笑ったんだよね」

「いいなー、フラムもキリルも楽しそー。ねえねえエターナ、今度あたしたちも行ってみようよっ!」

「近場だし構わない、いつでも行ける」

「やったぁー! デートデートっ」

流れるようにデートの約束を取り付けるインクに、フラムが感心していると――ショコラが神妙な顔でミルキットに尋ねた。

「あの、そのヤギのやつを貸してもらえるでしょうか」

「は、はい、いいですけど……」

ショコラはそれを受け取ると、向きと角度を変えながら観察をする。

そして最後に魔力を込め、目を閉じて鳴き声を堪能し――

「かっ、かわいいいぃぃぃぃぃぃっ!」

そう叫んだ。

「先輩、何ですかこのかわいい物体は! どういうことですか、まさかショコラちゃんへのために買ってきてくれたんですか!?」

「そうだけど」

嘘ではない。

「先輩ラヴですうぅぅぅぅっ!」

がばっとキリルに抱きつくショコラ。

そんな二人のやり取りを、ミルキットはじっと見つめていた。

「ミルキット?」

その様子が気になり、声をかけるフラム。

すると彼女は逆にフラムに対して問いかけた。

「あのオブジェ、話を聞く限りではご主人様もほしがっていたように聞こえました」

「そうだね、二人ともほしがってたかも。キリルちゃんはショコラさんが喜ぶかもって言ってたし、私の方は、ミルキットやインクが楽しんでくれるかなと思って」

「……インクさん」

「んー?」

「ご主人様はこう言ってますが、私にはあの珍妙な形と珍妙な声を発するオブジェには、ご主人様が込めた何かしらのメッセージがあるのではないかと思っています」

「無いよ?」

「そうだねぇ……」

フラムの否定はスルーされ、インクは顎に手を当てて名探偵のように悩みはじめる。

ミルキットは真剣に言ってそうだが、インクは完全に悪ノリだ。

「インクさんは、どんなメッセージが込められていると思いますか?」

「いや、だから無いからね? 純粋な笑いのためだよ?」

「ずばり、今夜あんな感じで鳴かせてほしい、だと思う」

「……それですっ!」

「違うよ? 絶対に違うからね! というか私あんな汚い声出すの? 何されるの!?」

必死に否定するフラムとは裏腹に、なぜかやる気を漲らせ燃えるミルキット。

「ご主人様、私頑張りますッ!」

「違うからぁーっ!」

叫ぶフラムを見つつ、エターナは自分に矛先が向かなかったことに安堵しながら、〝ずぞぞ〟とお茶をすするのだった。