軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX17-2 血統(後)

翌日、ハロムは学校帰りにアリューズの家を訪れた。

道場に一緒に向かうため、最近はいつもこうしている。

しかしアリューズが出てくることはなかった。

昨日の出来事で避けられているのか――と思いきや、家には誰もいない。

ハロムは『しつこいかも……』と思いつつ、アリューズの通う学校に様子を見に行ったりもしてみた。

だが、成果は無かった。

彼女はひとまず諦め、肩を落として道場へと向かう。

もちろんそこにもアリューズの姿はなかった。

◇◇◇

その夜、ちょうどハロムが食事を終えた頃に、家のチャイムが鳴った。

「ごめんハロム、手が放せないから行ってもらえる?」

「ごはんたべてる」

「食べてる、じゃないのよ。遊んでばっかりで食べてないじゃない。ほら、大人しく食べる」

ティムの食事はまだ終わっていないため、ケレイナはここを離れられない。

ハロムは立ち上がると、玄関へ向かった。

「どちらさまですかー?」

と扉を開くと、そこにはアリューズの父が立っていた。

「わ、ヴィントさんだ。どうかしたんですか?」

昨日、初めて顔を合わせたばかりだが、そのときより少し疲れた印象を受ける。

呼吸も荒く肩を上下させており、〝よくないことが起きた〟とハロムは察した。

ヴィントは軽く服を整えると、あくまで丁寧な口調で問いかける。

「ハロム君だね」

「そうですけど……もしかしてアリューズに何か?」

「娘が家に帰らないんだ。居場所に心当たりはないか」

ハロムが目を見開き驚いていると、後ろからティムを抱えたケレイナが様子を見に来た。

「ハロム、ひとまず入ってもらいな」

「うん、わかった……お茶を出しますから、中へどうぞ」

「私は居場所さえ知れればそれで」

「私も知らないんです。詳しい話を聞かせてください、そうすれば思い当たる場所が出てくるかもしれません」

ハロムの言葉にヴィントは少し考え込み、こくりと頷いた。

「では言葉に甘えさせてもらおう」

彼自身も、頭を冷やす必要があると感じたのだろう。

ケレイナはお茶の準備に向かい、ハロムとヴィントは応接室でソファに腰掛け向かい合う。

「それで、アリューズがいなくなったのはいつなんですか? 昨晩は家にいましたよね」

「今朝、学校に行くと言って出ていったきりだ」

もう外はとうに暗くなっている。

いくら高い魔力を持つ魔族とはいえ、この時間に出歩くのは危険だ。

「学校には行ったんですか?」

「いいや……確認したが、朝の時点で無断欠席していた。その様子だと、道場にも来ていないんだな」

ハロムがこくりと頷くと、ヴィントは眉間に皺を寄せ考え込む。

「いつもの場所にも、あの公園にもいなかった。一体どこに……」

「昨日、私と喧嘩したせいなのかな……」

「聞きそびれていたが、喧嘩の内容というのは母親に関することか?」

「へっ? 違いますけど。なんと言ったらいいのか……私が無神経すぎたのかもしれません」

「よければ、詳しい内容を聞かせてほしい」

彼から聞き出すはずだったが、逆にハロムが語る側となる。

そのとき、ちょうどケレイナが扉を開いてお茶とお菓子を置いていった。

ハロムは母の目を気にしてか、なかなか話し出さない。

ケレイナはそれを察して、娘に軽く微笑みかけると部屋を出ていった。

ぱたん、とドアが閉まるとハロムは口を開く。

「いつも通りの道場の帰り道でした。稽古を終えて二人で話しながら帰ってたら、少しずつアリューズがネガティブなことを言い出して。自分は醜いとか穢れてるとか、そんなことないよって言ったんですけど逆効果だったみたいで」

「……そうか」

「私が言うと変な感じに聞こえるかもしれませんけど、私が綺麗だから、近くにいると余計に苦しい、みたいな。そんなこと私は思ってないんですけど! でも、アリューズはそう見えてたみたいで……」

「君の問題ではない」

「でもっ!」

「あの子は……そうか、だから騎士剣術を……」

「アリューズには何か秘密があるんですか?」

ヴィントはうつむくと、しばし考え込んだ後に、重苦しい声で告げた。

「……あの子は、私の子供ではない」

ハロムは目を見開き「えっ……」と静かに驚愕する。

驚愕の度合いが小さいのではなく、大きすぎて言葉を失ったのだ。

「わかったのはちょうど一年前のことだ、それまでは私も自分の子供だと思っていたんだ。いや、それが真実なのかもわからない。ただ、妻が突如としてそんなことを言い出した……そういう話なんだ」

「奥さんはどうしてそんなことを……」

「わからない。何の前触れもなかった」

ヴィントの話を聞いて、ハロムは少しだけアリューズと似たところがあると感じた。

おそらく彼女も、ハロムと二人で過ごす中で何か表に出せない感情を溜め込んでいたのだろう。

「しかも、私に対しては最後まで何も言わなかった。幸せな日々だったはずだ。間違いなく、私も、彼女も。なのに突然、なぜあんなことを……」

頭を抱えるヴィント。

この一年、彼はずっとその理由を考えてきたのだろう。

だが結局、何もわからないまま――突如として、成すすべもなく幸せな家族は歪み、壊れた。

「いや、幸せだったからこそなのか? 隠すことに耐えきれなくなったのか? それとも――幸福を壊すことがあの男の望みだったのか」

「今、奥さんは……」

「死んだよ。アリューズに真実を告げた数日後に、自ら命を絶った」

再び言葉を失うハロム。

ヴィントは、そのせいで余計にわからなくなった。

遺書も残されていない。

だから、今後二度とわかることもない。

真実も真意も闇に閉ざされたままだ、永遠に。

「騎士剣術には、澄んだ心が求められると聞いている」

「それは誤解だと思います。澄んだ心というのは、言ってしまえば集中力の話だと思うので」

「それでも縋りたかったんだろう。たとえ自分の本当の親がどんな人間でも、心さえ綺麗でいられれば……そう、思いたかったんだ。だというのに、私はそんな娘の気持ちも理解せずに、道場に通うのを反対していた……」

後悔に後悔が積み重なる。

おそらくこのヴィントという男性は、強い心を持っている。

奥さんが〝そんなこと〟になっても、冷静な父親でいようと思っている。

そんな彼でも、ハロムには今にも押しつぶされそうなほど弱々しい姿に見えた。

だが背負うのは彼だけではない、ハロムもだ。

「私も、アリューズの気持ち……ぜんぜん理解できてなかったんですね。少し引っ込み思案なところがあるから、こっちから近づけばもっと仲良くなれると思ってたんです」

「それは間違っていない。感謝しているし、アリューズも君のことは好いていたよ」

「本当ですか?」

「ああ。夕食のとき、毎日のように君の話をしていた。あんなにも楽しそうなアリューズを見たのは初めてだった」

その時点で道場通い自体には反対という立場は変わらなかったが、それでも娘に友達ができるのならば――もっと協力してもいいかもしれない、と思ったほどだった。

「だからこそ、なんだろう。君の前では、取り繕うこともできなくなったんだ。娘はずっと強がっていた。これは、見抜けなかった私の責任だ」

高貴な家に生まれた。

ハロムより強い。

自分の方が優れている。

それはまさに、アリューズが強がるための鎧だった。

「あの……もし、今回の一件が私の影響だったら、なんですが」

「心当たりがあるのか?」

「私、冒険者をしてて。コンシリアの外でモンスターと戦ったって話をアリューズにしたことがあるんです」

ハロムがそう言った途端に、勢いよくドアが開かれた。

バタンッ! と大きな音が鳴り響き、驚いた彼女とヴィントはそちらに視線を向けた。

「あんた冒険者をしてるってどういうことよ!?」

それは部屋の外で盗み聞きをしていたケレイナであった。

ハロムは「お母さん!」と声をあげ、思わず立ち上がる。

そんな彼女にケレイナは大股で近づき、ずいっと顔を近づけた。

「ハロムあんた、あたしに内緒で勝手にライセンスを取ったのねっ!」

「うん……だって反対されると思ったから」

「当たり前じゃない、冒険者なんて危ないこと子供にさせたい親なんているわけないでしょ!」

「だから、ある程度の成果が出るまで黙ってようと思ったの」

「あんた、そんなことする子だと思ってなかったのに……」

取り乱すケレイナだった。

ヴィントが彼女に声をかける。

「親として気持ちは察するが、今はアリューズのことを優先させてほしい」

「それは……面目ない」

アリューズの名前を出されると、何も言い返せなかった。

しかしケレイナとしても譲るわけにはいかない。

最後にハロムに釘を刺す。

「帰ってきたらみっちりお説教だから、覚悟しとくのよ」

「わかった。私もお母さんに話したいことあるから」

意外にも立ち向かってくるハロムに若干気圧されながらも、ケレイナはひとまず矛を収めるのだった。

そしてハロムは再び座り、ヴィントと向き合う。

「私が話したのは西区から出たところにある森で、ワーウルフを倒したという内容でした。フラムさんと同じ経験をしたって二人で盛り上がってたんです」

「ではあの子もそこに」

さっそく立ち上がり向かおうとするヴィント。

「私も行きますっ!」

すかさず立ち上がるハロムだったが、ケレイナは「ハロムッ!」と強めに名前を読んで引き止める。

するとハロムは強い眼差しで母と向き合い、言い放つ。

「アリューズが無茶をしたのは私のせいでもあるし、あの子とはちゃんと話し合わないといけないから。止められても、私は行くよ」

「頑固ねえ……誰に似たんだか」

人の話を聞かずに突っ走るあたりは、ガディオの影響も感じさせる。

娘の成長を感じて、ケレイナの口元に笑みが浮かぶ。

「わかった。けど武器もなしじゃモンスターには勝てないわ」

「それは知り合いの家に預けてあって――」

「武器の大きさは? 冒険者としてはまだ稼げてないだろうし、お小遣いじゃ高いのは買えないはずよね」

「お小遣いで買った安売りの片手剣」

「道場でもガディオと同じ大きさの大剣を振り回してるんでしょう。ちょうどいいのがあるからもって行きなさい」

そう言って、ケレイナは部屋を出ていった。

そして別室から剣を運んでくる。

テーブルの上にそれが置かれると、どすんと重たい音がした。

「パパの剣は折れたんじゃ……」

「ガディオが昔は槍使いだったって話は知ってるわよね。これはあいつが槍から大剣に持ち帰るとき、慣れるために使ってた練習用の剣」

「だから少し小さいんだ」

ハロムは武器を持ち上げる。

鍛冶屋でガディオの剣のだいたいの重さは体験したつもりだが、それでも想像より重たく感じられた。

するとふいにケレイナは立ち上がり、その剣を両手で持ち上げる。

「背中」

「う、うん……」

言われるがまま母に背中を向けるハロム。

ケレイナは慣れた手つきで、鞘についたベルトをハロムの体に装着していった。

「これでよしっ」

ぽんっと娘の背中を叩くケレイナ。

まだ幼い体つきだが、手のひらに確かな筋肉の存在を感じ、着実に戦士として成長していることを実感する。

「怪我しないで帰ってくるのよ。外は暗いからカンテラを持っていくように。あと夜の森は迷いやすいからちゃんと目印を付けて移動して……」

「わかってるって!」

「あと、説教を受ける元気も残しておくように」

「うん。ありがとう、お母さんっ!」

母に背中を押され、ハロムはヴィントと共にアリューズ捜索に向かう。

一方で、一人残されたケレイナはリビングで待たせていたティムを両手で抱えた。

「ねーね、どこいったの?」

「お友だちのところ。さて、あたしたちもお散歩しよっか」

そう言って彼女はとある目的のために、家を出るのだった。

◇◇◇

コンシリアの西門までは、最寄りの駅から魔導列車で五分程度。

城門を出ると、大きく発展した都とは打って変わって自然溢れた木々が出迎える。

街に暮らす人間は増える一方で、その人数の食糧を生産するため、こういった森は伐採され畑に変わる傾向にある。

そんな中でも、コンシリア西の森は王都時代の姿が残る数少ない場所だった。

森を貫く街道は人の往来が激しいものの、森に足を踏み入れた途端に人の気配は消える。

ただでさえ暗い夜だ、この時間にモンスターも少なくない漆黒の森に足を踏み入れる愚か者はそうそういない。

加えて、今は空には雲がかかっているため、貴重な月明かりさえも照らしてくれなかった。

「ヴィントさん、手分けして探しましょう」

「さすがに夜の森に子供を一人で行かせるわけには」

「ヴィントさんこそ平気なんですか」

「私は魔族だ、魔法を使えばこのあたりのモンスターは問題ない」

「あ、そうでした……アリューズが魔法を使わないんで、麻痺しちゃうんですよね」

「さすがに命の危険があればあの子も使うとは思うが……」

考え込むヴィント。

そのうちアリューズのことが余計に心配になったのか、顔を上げてハロムに告げる。

「やはり手分けした方が効率的かもしれない」

「そうしましょう! こう見えて、私も結構強いんで安心してください。じゃあ私は右に行きます」

「私は左の方か」

「何かあったら西門前で合流しましょう」

「承知した。では」

ヴィントは左側に向かうと、手にしたカンテラの光すらも暗闇に飲まれ、すぐに見えなくなった。

見届けたハロムも前へと進む。

このあたりの森には何度も来ているが、さすがに夜となると事情が違う。

木々の隙間から城壁が見えるため、他の森に比べれば方向感覚を失う危険性は薄いものの、それでも気を抜くとすぐに自分がどちらへ向かっているのかわからなくなる。

しばらく進むと、小川が見えてきた。

何者かの気配を感じてそちらを照らすと、水を飲んでいた小型動物が逃げていく。

「そこそこ歩いたけど、アリューズの痕跡は残ってないな……」

心配なのと同時に、血痕などが見つからず安堵する気持ちもあった。

ハロムはさらに森の深い場所へと足を踏み入れる。

すると――

「何かが焼け焦げた匂いがする」

これまでの自然溢れた森とは明らかに違う香りが漂ってくる。

その匂いを追っていくと、今度は死臭も混ざってきた。

「ちょっと獣臭いな……モンスターが倒れてる?」

思わず駆け足になるハロム。

そして匂いの源へとたどり着いた。

そこには、2~3メートルほどの大きさはある獣が倒れていた。

「アンズーの死体だ!」

アンズーはCランクモンスターで、数は少ないがこの森にも以前から生息している。

現在、コンシリアでは小型のアンズーがペットとして流行しているが、それも元は王都西の森に生息していたものの中から、小柄な個体同士をかけ合わせて生まれたものと言われている。

そしてこのアンズーは、頭蓋骨の骨が露出するほど徹底的に焼き尽くされて絶命していた。

「確かアリューズって火属性だったよね……おーい! 近くにいるなら返事をして、アリューズ!」

ハロムはそう呼びかけながら、アンズーの死体の周辺を捜索した。

そして徐々に範囲を広げつつ三十分ほどそれを続けたところで、他よりも立派な樹木を発見する。

その幹には、まるで家の入口のように穴が空いており、人一人ぐらいならすっぽり入れそうなスペースもあった。

ハロムは気配を感じて、その中をカンテラで照らす。

「アリューズっ!」

そこには、膝を抱えてうつむくアリューズの姿があった。

ハロムはカンテラを投げるように地面に置いて、彼女に抱きつく。

「よかったあぁぁ、無事だったんだあぁ……」

「ハロム……」

「みんなで心配したんだよぉ? アリューズの身に何かあったらどうしよう、って。ヴィントさんも手分けして探してるから、すぐに戻ろ!」

彼女はアリューズの手を引いて立ち上がらせようとした。

だが、アリューズは動こうとしない。

「どうしたの? どこか怪我してるの?」

「なんで……」

「なんで助けに来たのかなんて、聞かないでよ。アリューズがどう思おうと、私はあなたのこと友達だって思ってるから」

「……そういうところが、嫌いなのよ」

「ごめんね、でもそういう人間だから」

アリューズは別にハロムを嫌っているわけではない。

ヴィントからすでにそう聞かされている以上、ハロムが引くはずもなかった。

すっかり開き直った様子の彼女に、アリューズも拒絶を諦める。

「ハロムが冒険者として戦ったって話を聞いて、私にもできるはず、私もできなくちゃと思って……初めてモンスターと戦ったの」

「そんな無茶しなくても、アリューズは強いのに」

「明確な形がほしかったの。私が何かを成したっていう形が! けど、アンズーぐらいなら倒せるはずだって思ったのに……いざ目の前にすると、怖くて、うまく剣も振れなくて」

アリューズの腰には、柄に入った剣がある。

おそらくあの鍛冶屋で購入したものだろう。

「気づいたら、魔法で倒しちゃってた」

嫌悪すべき魔法で。

そうならないために、 騎士剣術(キャバリエアーツ) を学んだはずだったのに。

「こんなもので……こんな、穢らわしいものでしか、私は自分の価値を証明できない……」

俯いて、今にも泣きそうなアリューズ。

ハロムはその真横に腰掛けた。

木の中は非常に狭いため、自然と体がくっつく形になる。

「ヴィントさんから聞いたよ、お母さんのこと」

「っ……お父様が……」

「血の繋がらない父親がいるから、私と比べようとしてた。そういうことだよね」

「……誰が父親かも聞いたの?」

「そこまでは」

「ディーザよ」

ハロムは絶句する。

魔族の裏切り者、ディーザ。

王国に広まった英雄譚においては、ジーンですら善人であったと脚色されている。

だがディーザは、アリューズのような〝被害者〟が多かったため、そうはならなかった。

純粋な悪人として、今も多くの魔族から憎まれる存在である。

そしてあの男が、生前に多くの子供を残したことも有名な話であった。

ディーザが開いていた塾を隠れ蓑に子を成していたのだが、被害を隠したがる人が多いため、その実態はまだ完全には解明されていない。

多くの人が口を閉ざしているだけで、見つかっていない傷痕はまだ無数にあるということだ。

「こんなにもおぞましい血が、自分に流れている……そう思うと、私、消えたくなるの。死にたくなるの。でもね、私は消えたくなんてない。もちろん死にたいとも思わない! じゃあ、どうやったら私は自分で自分の価値を認められるのかな、って……答えなんて見つからないまま、むしろどんどん泥沼にはまっていって……」

「アリューズは、私と似た境遇だから比べてたんだよね。でも、それは全然違うよ。比べてどうにかなるものじゃないし、心がぐちゃぐちゃになって当然だと思う」

「思ってしまうのよ、それでも。ハロムみたいに綺麗な人なら、私みたいな苦難も乗り越えてしまうんじゃないかって」

「私だってそんなに強くない。アリューズはもっと、自分のことかわいそうだって思っていいんだよ。自分で抱え込まなくて、誰かのせいにしちゃっていいんじゃないかな」

「無責任じゃないかしら」

「アリューズの心は綺麗なんだね」

「そんなことはっ!」

「誰かのせいにしようとしないから、自分で自分を傷つけてる。こんなに優しい人の心が綺麗じゃないはずないよ」

「……そんな、ことは」

「そんなことあるよ。私は近くで見てきたからよーく知ってる。アリューズの心は、ずっと綺麗だよ。だから近くにいて心地いいの」

ハロムはアリューズの方に体を預け、肩に頭を乗せた。

アリューズの気持ちに少し余裕が出来てたのか、頬がわずかに赤らむ。

「あなたって……何に対しても一生懸命なのね」

「だって友達になりたいんだもん」

「まったく……でもね、もしあなたの言う通り、私が自分を被害者だと思えるようになったとするじゃない。けど今度は、悲しさに押しつぶされそうな気がするわ」

「うん、辛くて苦しいと思う。でもその悲しさは、他人に寄りかかれば軽くなると思うよ」

「……ハロムが支えてくれるの?」

「うん、私がまた色んなところを連れ回すよ。アリューズが笑えるまで、何度だって」

ついにアリューズの頬が緩む。

微笑んだ彼女は、肩に乗った心地よい重みに自らも頬を寄せた。

「ふふ……確かに、あなたに連れ回されている間は、余計なことを考えている余裕なんてなさそうだわ」

そう言いながら、他人に寄りかかる。

もし自分の血が汚れていることの責任を、全て他人のせいにするのなら、悪いのはディーザと母だ。

結局のところ、アリューズは大好きな母親を悪人にしたくなかったのだ。

優しくて、穏やかで、両親も仲がよくて、他人に自慢できるぐらい理想的な二人だったから。

その全てが壊れた挙げ句、その原因が母にあるだなんて、現実がどうであれ認めたくなかった。

しかし、壊れそうなほどの自責の念から逃れるには、そうするしかない。

悲しみはすぐに襲ってくるわけではない。

だがじくじくと、少しずつ心を刺し貫き、深くへ沈み込んでいく。

そんな予感があった。

だから寄りかかるのだ。

そうしてほしいと言ったのはハロムなのだから。

「ごめんなさい、ハロム」

ふいに、謝罪の言葉がこぼれた。

ハロムは突然のことに「えっ?」と困惑する。

「私のわがままや、家族のいざこざにあなたを巻き添えにしてしまったわ。一番醜いのは、そういう八つ当たりよね」

「そのおかげでアリューズと友達になれたと思ってるけど」

「おかげ、なんてことあるのかしら」

「アリューズが私のことを英雄の娘としてちやほやしなかったのって、そのおかげでしょ?」

それを聞いてアリューズは気づく。

言われてみれば、ハロムを取り巻く少年少女たちは彼女をもてはやしていた。

血は繋がっていなくとも、英雄ガディオの娘であるという理由で。

ハロムは優しいから、それを鬱陶しいと振り払うことはしないけれど、多少は重荷になっていたのだろう。

「ハロムにも……そういう苦しみはあったのね」

「うん。だから手加減せずに真っ直ぐに剣を向けてくれるアリューズの存在に、私は救われてた。だから、もっと仲良くなりたいなって思った」

果たしてそれがアリューズをフォローするための言葉なのか、はたまた本音なのかはわからない。

はっきりしてるのは、彼女が救われたということだけだ。

「というわけで、今日こそは認めてもらうよ。私のこと友達だって」

ハロムは首を傾げ、薄暗い中でもまばゆいほどの笑みを浮かべ、そう言った。

もうアリューズには拒む理由もない。

「ええ、ハロムは私の――」

そう宣言しようとしたとき。

「グギャアアァァァアアアッ!」

獣の咆哮が、温かな空気を引き裂いた。

「モンスター!?」

「いいところでっ!」

空気を読めないその叫びには、さすがのハロムもご立腹だ。

二人は木の幹から飛び出すと、声の主と相対する。

そこにいたのは、アリューズが仕留めたのとは別個体のアンズーだった。

「このアンズー、さっきのより大きいわ!」

「さっきのが平均的なアンズーより小柄だったからね、こっちが大人かも」

地上に立つアンズーは、背中から生えた翼を羽ばたかせる。

風が吹きすさぶ中、ハロムが声を荒らげた。

「風の魔法が飛んでくる!」

「でも暗くてアンズーの動きがよく見えないわ……だったら」

アリューズは手を前にかざすと、赤い魔法陣を浮かび上がらせた。

「アリューズ、それは……」

「無事にあなたと帰るためだもの、毛嫌いしてる場合ではないわ。オーガフレイム!」

二人の周囲に、複数の火の玉が浮かび上がる。

それはふわふわとした動きで飛び散り、周囲を橙色の淡い光で照らした。

当然、二人を睨むアンズーも照らされる。

ちょうどそのとき、アンズーの前方にも緑の魔法陣が浮かび上がるところだった。

「来るッ!」

ハロムはアリューズの体を押し倒すように、横に飛んだ。

ビュオォッ! と複数の風の刃が通り過ぎていく。

抱き合うような体勢で腐葉土の上を転がった二人は素早く立ち上がると、互いに剣を抜いた。

すでにアンズーの前方には、次の魔法陣が浮かび上がっている。

「もう次が来るの!?」

「準備できたら連発してくるんだよ。でも、今度は私がッ!」

ハロムは弓を引くように体をひねり、剣を後方に低く構えた。

「グオォォオオオオッ!」

アンズーが吠え、風が放たれる。

「はああぁぁぁああッ!」

負けじとハロムも猛り、剣で空を薙ぎ払った。

気剣斬(プラーナシェーカー) ――大剣から放たれる刃が、空中で風とぶつかり合う。

両者が衝突すると、バヂィッ! と閃光が走り、一瞬だけ森を明るく照らした。

「相殺した……!」

「次が来る、その前にもう一発ぅッ!」

ハロムは魔法の発動準備に入ったアンズーに向け、再び気剣斬を放つ。

飛翔する刃は、無防備なアンズーの顔面に傷を付けた。

「ギャアアァァアオッ!」

苦しげな叫びを響かせて、後ずさるアンズー。

生じた隙を二人は見逃さない。

「今だっ!」

「ええ!」

二人は一気に距離を詰め、飛び上がりながら剣で敵に斬り掛かった。

すると、途端にアンズーの足元で魔法が発動する。

突如として風の爆発が発生し、アンズー含めた全員を吹き飛ばした。

「きゃああぁぁああっ!」

「くっ、アリューズっ!」

ハロムとアリューズは背中から地面に打ち付けられる。

一方でアンズーは翼でうまくバランスを取ると、一足先に体勢を持ち直した。

そして着地すると、即座に地面を蹴り、爪を振り上げハロムに向かって飛びかかってくる。

アリューズは起きあがりながら、その光景を見ていた。

(ハロムが危ないっ!)

いくらハロムが優れた剣士だったとしても、アンズーの数百kgという質量にのしかかられればひとたまりもない。

爪を防げたとしても、押しつぶされて最悪死に至るだろう。

(私が――止めないと)

考える時間はもう残されていない。

たとえ無理だとしても、動くしか無かった。

立ち上がり、剣を構え、敵を見据える。

狙うは脚部。

空中でもバランスを崩せば軌道は逸れる。

私にできるの――とわずかに生じた疑問を、使命感で踏み潰す。

これまで迷いの中にいたアリューズは、うまくプラーナの存在を掴むことができなかった。

故に身体強化に利用するのが精一杯だったのだ。

だが今は違う。

(ハロムを救う)

彼女の精神は、ただその目的を果たすためだけに統一されていた。

過去にない、圧倒的な集中力――その中で、アリューズは驚くほどスムーズに体内でプラーナを生成し、そしてその存在を知覚することができていた。

生み出したプラーナを腕へ、そして剣へ。

ありったけの力を刃に注ぎ、離れたアンズーの脚を直に斬りつけるイメージで薙ぎ払う。

「 気(プラーナ) …… 剣斬(シェーカー) ッ!」

飛翔する三日月の刃は、宙を舞うアンズーの左前足の付け根に命中した。

「ギャアアアァァウッ!」

空中でバランスを崩したアンズーは、ハロムの横にあった木に激突し、それをなぎ倒しながら地面に倒れる。

「アリューズ、今のって――すごい、すごいよっ!」

「喜んでる場合じゃないわ、今のうちにっ!」

「わかった、今度は一緒にやろう!」

ハロムは倒れたアンズーから距離を取り、アリューズと並ぶ。

そして彼女と共に、剣を上段に構えた。

「行くよアリューズ」

「あなただけでもトドメは刺せたでしょうに」

「そっちの方がかっこいいでしょ!」

そんな気の抜けたやり取りをしているうちに、互いにプラーナの生成は完了していた。

一度コツを掴んだからか、アリューズは今までのスランプが何だったのかと思えるほど容易に刃にプラーナを満たせている。

アンズーは血を流し、苦しみながらも立ち上がろうとしている。

二人はそこへ向かって、容赦なく気剣斬を放った。

『はあぁぁあッ!』

肩を並べて、声を揃えて、剣を振り下ろす。

飛翔した刃は十字に交わり、アンズーの首を切り落とした。

その威力に吹き飛ばされた敵の首が宙を舞い、そしてごとりと落ちる。

「は、はは……やったね、アリューズ!」

「ええ……よかった、わ……」

緊張の糸が切れたのか、アリューズがふらりと倒れる。

ハロムは慌てて彼女を自らの胸に抱きとめた。

「あわわっ、大丈夫!?」

そのとき、アリューズのお腹がぐぅと鳴った。

「……アンズー肉でも食べる?」

「食べないわよ! けどさすがに朝からご飯も食べずにいるから、体が辛いわ」

「だったら早く帰って、何かおいしいもの食べよ!」

彼女はハロムの肩を借りて、再び立ち上がる。

そのとき、浮遊する火でも照らされていない暗闇の向こうで、ガサガサと何かが動く音がした。

帰還すべく歩き出していたハロムは、その場で足を止める。

「何かが近づいてきてる」

「人ではないの?」

「だったらいいけど……数が多いよ」

そう、それは一つや二つではない。

〝群れ〟と呼べる数で近づいてきていたのだ。

そして先頭の一匹目が現れる。

「ワーウルフだ!」

そう、近づいてきていたのはワーウルフだった。

「アンズーの血の匂いに誘われて来たのね」

「アリューズが最初に倒したアンズーのとこには来てなかったのに」

「焼いた肉より生肉の方が好みなんでしょう」

アリューズは一人で立つと、剣を構える。

相手はワーウルフだ、見えている三体程度ならどうとでもなると考えたのだろう。

だがそれで打ち止めではない。

「まずいよアリューズ、この群れ……すごい数だ!」

「しかも囲まれているようね……」

まだ周囲からはガサガサという音がする。

ハロムは四方から殺気を感じ、思わず後ずさった。

狙いはアンズー。

だがワーウルフたちは、明らかにハロムやアリューズも標的に入れている。

数体なら問題ないが、この数を相手するとなると間違いなく体力が保たないだろう。

「ふぅ……ふぅ……」

何より――アリューズの疲弊が問題だ。

ここは戦うより、逃げる方法を探すべきだ。

そう考え背後に振り返る。

すると、そこには今にも飛びかからんとする、三体のワーウルフの姿があった。

「まずい、後ろから来るっ!」

ハロムはアリューズを抱き寄せ、回避を試みる。

だが次の瞬間。

静かに――かさりと、わずかに落ち葉を踏む音だけを鳴らし、少女が現れた。

ハロムは後ろ姿を見て息を呑んだ。

少女はその場で生み出したプラーナの剣を握ると、軽く宙を一薙ぎ。

気剣斬を放ったのだ。

木々を伐採しないためか、斜め上方へ向かって刃が放たれる。

放たれた斬撃はワーウルフたちの首を落とした。

一緒に近辺にあった樹木をスパッと鋭く切断し、さらには空へ向かって飛んでいき――月を隠す雲を両断した。

降り注ぐ月光が、その横顔を神秘的に照らす。

彼女が奥にいるワーウルフを睨みつけると、群れは前進を止め、怯えたように体を震わせた。

そして、

「まだやる?」

そう一言だけ告げると、ワーウルフたちはまるで泣いているように「きゃううぅぅんっ!」と声をあげ、走って逃げていった。

危機は去った。

少女は表情を緩め、笑顔でハロムたちの方を振り返る。

「二人とも平気?」

爽やかな笑みを向ける彼女を見て、ハロムとアリューズは同時に声をあげた。

「フラムさん!」

「フラム・アプリコット!?」

◇◇◇

フラムに連れられ森を出たハロムとアリューズ。

そしてそのフラムに呼ばれ、ほどなくしてヴィントも西門前に戻ってきた。

「お父様……」

アリューズはさすがに怒られると思ったのか、申し訳無さそうに俯いている。

するとヴィントは彼女の前に立ち、こつんと頭に軽くげんこつをした。

「もう二度とこんなバカな真似はするんじゃないぞ」

「はい……」

「お前まで失ったら、私には、もう……」

そして涙を流して膝をつくと、アリューズを抱きしめる。

父のそんな姿を見せられるのは、怒られるよりよっぽど効いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

釣られるようにしてアリューズも抱き返し、涙を流す。

ケレイナは、そんな親子の再会を微笑ましく見つめていた。

するとハロムが母に抱きつき、彼女に尋ねる。

「もしかしてフラムさんを呼んでくれたのってお母さん?」

「冒険者っていうのは、想定外のハプニングに巻き込まれるものだからねえ」

本来ならケレイナが付いていくべきだったのだろうが――ティムの面倒を見なければならない。

そこで彼女は、こういう状況で最も信用できる知り合いに頼んだのである。

「フラムにはたっぷりお礼しなきゃねえ」

「報酬は必要ないですよ。ハロムちゃんが危ないんですから、助けるのは当然です」

「……そうかい?」

「でもあんなかっこいい姿を見せられたら、お礼しないと気が済みませんっ! お母さんがよくても、私がします! お金を貯めて必ず何かでお返ししますねっ!」

「だとさ。受け取っておくれよ、ハロムがそうしたいんだから」

「ハロムちゃんがそう言うなら」

興奮したハロムに、フラムは苦笑しつつ首を縦に振った。

そして再び、ケレイナはアリューズたちの方を見る。

二人は抱き合うのをやめて、何やら言葉を交わしている様子だった。

アリューズの表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。

「あの様子だと、ハロムはうまくやったってことだろうね」

「うん、前よりずっと仲良くなれたよ! アリューズの方もちゃんと友達だって言ってくれ……あっ、そういえばまだ言ってない!」

ハロムは友達宣言がアンズーに邪魔されたことを思い出し、アリューズとヴィントの間に割り込んだ。

そしてアリューズに顔をずいっと近づける。

「アリューズ、私たち友達だよね? ねっ?」

「……」

あまりに顔が近すぎるので、彼女は頬を赤くしてそっぽを向いた。

「恥ずかしがらないで言ってよーッ!」

素直になれないアリューズに、幾度なく詰め寄るハロム。

だがその近すぎる距離ゆえに、なかなか彼女の願いは叶わないのであった。

◇◇◇

その後、フラムと分かれたアリューズたちは、一旦ケレイナの家に向かうことになった。

そこで腹を空かしたアリューズにたらふく料理を食べさせる。

満足した彼女は、ヴィントと共に家路についた。

夜の静かなコンシリアを、親子は穏やかな表情で歩く。

「もう帰ってよかったのか」

「ええ、だってハロムは今からお説教ですから」

「ふ……アリューズも残った方がよかったかもしれんな」

そんな冗談を言う父に、アリューズは「むぅ」と頬を膨らませた。

「しかし、さすが英雄と言われるだけはあったな。一瞬でアリューズの居場所も見つけてしまうとは」

「英雄フラムですね。突如として目の前に現れて、とてつもない剣技を見せてくれました。あんなものを見てしまったら、誰だって憧れます」

「ハロムはかなり興奮していたな」

「はい、ハロムは帰り道もずっと鼻息を荒くしてフラムさんを質問攻めにしていました。いつか自分も、あんな風な剣術を使えるようになりたいって本気で思っているんでしょうね」

そう語るアリューズの表情からも、〝憧れ〟が見て取れた。

それは少なくとも、道場に通うようになる前の彼女が見せることのない感情だった。

「ハロムや道場の話をしているときのアリューズは、いつもいい顔をしている……それを独りよがりな理由で奪おうとしていた、私は父親失格だな」

「お父様だって、森に足を踏み入れて私を探してくださったじゃないですか」

「それ以前に追いつめていたことに気づけていなかった」

「それは……お父様が悪いわけではないです。ハロムに言われて気づきました、悪いのはディーザと……母なんだって」

「アリューズ……」

あのアリューズから母を糾弾する言葉が出たことに、ヴィントは驚きを隠せない。

それほどまでにハロムが与えた影響は大きいということだ。

「現実と向き合って、初めて前に進めるんです。ですから、これからはそう思うことにします。その結果として生まれる悲しみとは向き合う必要があるけれど」

「傷ならばいつかは癒える――そうだな、癒やしてくれる友人がいるのなら、それもまた一つの選択だろう」

「お父様は、そうはできないんですか」

「無理だな」

そうヴィントが断言すると、アリューズは思わず足を止めた。

一歩前に進んだところで、ヴィントも止まる。

「割り切るには、長く愛しすぎた」

「……お父様は、本当にお母様から何も知らされてなかったんですね」

「ディーザの塾に通っていたことは知っていたよ、当時から仲はよかったからな。だが一度も……嘆いているところすら見ていない。気付けなかったとは思いたくないな、当時から誰よりも彼女のことを見ているつもりだった」

ヴィントと妻の関係は、子供の頃から続いているという。

周囲も羨むような仲睦まじい幼馴染だったと。

夫婦になってからもそれは変わらず、誰から見ても幸せの絶頂にあった彼女が自ら命を絶ったことに、驚かなかった人はいない。

「傷ついていなかったのか、それとも演技をしていたのか」

「傷ついていたに決まってます!」

「どうだろうな。アリューズが生まれてから十年以上も騙し通していたぞ」

再び歩き出すヴィント。

アリューズはその背中を追った。

「結局、わからないままなんだ。憎むにしても、許すにしても、もう彼女が死んでしまった以上、どうすることもできない」

「それは……」

「死んだからだ。死というどうにもならない終わりを、あれは自分で望んだんだ。こんなバカなことがあるか?」

「……」

おそらく、アリューズが何を言おうとヴィントの考えは変わらない。

なぜ自ら命を絶つなどと、そんなにも愚かなことをしたのか。

「百歩譲って死ぬことを許容したとしよう。だがな、だったら黙って死ねばいい。全てを明かすのなら憎まれて生きるべきだ! 違うか? もしこれが私の心に存在を刻むための行為ならば、こんなにも悪意に満ちた愛情表現を私は知らない!」

「お父様……」

「愛していたんだ。生涯添い遂げると心に決めて、彼女と共に歩む未来を想像して、共に朽ち果てて行けたらと。本気でそう思うほど愛していた! なのになぜ、こんな裏切りを――私は裏切られなければならなかったのか? そんな間違いを犯していたというのか!?」

「お父様は、悪くありません」

「そうだろうとも! だがな、そうもいかないんだ」

愛していたから。

生涯の伴侶にすると心に決めたから。

今さら死なれたところで、その誓いは変わらない。

背負うしかないのだ。

かつては幸福の象徴だったそれを、今は咎として。

「死は静止だよ。死んだ以上、もう、どうしようもないんだ……」

ヴィントの声が震えている。

今度は、嘆きの涙を流しているのか。

しかしアリューズからその雫は見えなかった。

「……すまない、取り乱してしまった」

「いえ、お父様の本音を聞けてよかったです」

「親として見せるべき姿ではなかったな。だが……反面教師にはなったか。アリューズ、くれぐれもこんな人間になるんじゃないぞ」

「私は、お父様のことを尊敬しています」

「それでもだ。私たち家族は、もう止まったままなんだ。〝家〟に心の拠り所を求めたところで、何者にもなれない」

アリューズは、この家の一員であることに誇りを持っていた。

そうあることで、たとえディーザの血が流れていようとも、家族の繋がりは保てると思ったから。

しかし家を心の拠り所にする以上、母を責めることはできない。

すなわち、血の罪科を己で背負わなければならない。

その結果としてアリューズの心は壊れそうになってしまったのだ。

他の道を選ぶしかない。

父がいいたいのは、そういうことなのだろう。

「外に行きなさい。お前が幸せになれる、夢中になれる場所に」

ハロム。道場。学校。

心の拠り所とする選択肢はいくらでもある。

未来も、希望も、アリューズならば――いくらでも選べる。

まだ、今ならば。

「でもそれだと、お父様が一人きりに……」

「背負うのは一人でいい」

たとえいかなる苦痛が伴おうとも、ヴィントは今の孤独を捨てない。

「あれだけのことをされても、愛しているんだ。どれだけ苦しくとも、私はここ以外で生きていける生き物ではないのだろう」

アリューズ以上に――妻の存在を切り離せない。

なぜならそれは、もはやヴィントの心臓と癒着した肉体の一部のようなものだから。

死か、辛苦か。

彼は死を選んだ妻を『バカな女』と呼ぶ。

ならば彼に選べる道は一つだけだ。

寂しげに、儚く、しかしその決意は誰よりも強く――そのあり方を想像するだけで、アリューズは息苦しさすら感じた。

そんな地獄で、どうして生きていけるのだろう、と。

父を気遣おうにも、その言葉すら出てこない。

「すまなかったな、アリューズ。道場通いも反対してしまって」

黙り込んだ彼女を気遣ってか、ヴィントは話題を変えた。

アリューズは小走りで父の隣に並ぶと、言葉を返す。

「お父様が道場を嫌ったのは、剣術が人の死と直結するものだから、ですよね」

「ああ……死を意識すると、嫌でもあの日の景色が蘇る。だが実際は違った。アリューズはあの場でハロムと出会い、生きる道を見出したんだ」

「そうですね。私はハロムと出会って、変われたんだと思います。それが怖くて、反発してしまいますが」

「これからは私もできるだけ協力しよう。アリューズが夢中なものに打ち込めるように」

「ありがとうございます、お父様」

巣立ちを願い背中を押すヴィントに、アリューズは以前より少し晴れやかな表情で微笑み返した。

◇◇◇

その翌日、道場に向かう時間になると、ハロムは当たり前のようにアリューズの家に現れた。

またアリューズと並んで歩けるのが嬉しいのか、ハロムはかなり上機嫌である。

テンションが上がりすぎて、当たり前のように手を繋いでしまうぐらい。

最初は戸惑っていたアリューズだが、じきに慣れてきて、普段通りに言葉を交わせるようになる。

「えっ、ケレイナさんが冒険者になるのを許してくれたの?」

「うん、かなり時間はかかったけどなんとか説得できた」

ハロムは、数時間にわたってレイナからお説教を受けたらしい。

たまにお尻を気にしているのは、おそらくぺんぺんされたからだろう……そこまでは話さなかったが。

一方で、二人の対話は説教だけでは終わらなかった。

ハロム側からも反論し、冒険者をさせてほしいと頼み込んだのだ。

『お母さんも二人のお父さんもみんな冒険者なんだよ? あんな姿を見て育ってきて、憧れるなって方が無理だよ!』

子は親の影響を強く受ける。

当然、ケレイナの知り合いにも冒険者は多く、ハロムが憧れるだけの土壌は十分すぎるほどに整っていた。

ケレイナ自身も反論できないほどに。

『私は、冒険者以外の夢なんて持てない!』

騎士剣術を学ぶための道場通いもそうだ。

ケレイナは、てっきりガディオに憧れて剣士を目指したと思っていたようだ。

それも事実ではあるが――その憧れは、ただの剣術のみに留まらない。

その先にある、Sランク冒険者という高み――

ハロムの瞳は、すでにそこを見つめていたのである。

「母親に対してもその強引さは発揮されるのね」

その話を聞いて、アリューズは苦笑した。

「いつもはお母さんに苦労をかけないようにって思ってるよ。けど、こればっかりは譲れないから」

「やっぱり、あなたは強いわ」

「お母さんからは誰かに似て頑固になったって言われた」

「ふふっ、そうとも言うわね」

「否定してよぉー」

年頃の女の子としては、頑固と呼ばれるのはかわいくないので嬉しくない。

しかし、どうやらハロムの話はそれだけでは終わらないようで――

「それに、冒険者になるのは条件付きなんだ」

「さすがに無条件とはいかないわよね」

「まず最初に、お母さんのサバイバル授業を受けること」

それを聞いたアリューズは意外そうな顔をした。

てっきりしぶしぶ冒険者になるのを許可したのかと思っていたが、想像したより協力的だったからだ。

「確かに、道場じゃそういうのは学べないわね」

彼女は昨晩の森での出来事でそれを痛感した。

迷わず森を探索する方法も、魔物を探す方法も、そして安全に夜の森で過ごす方法だって何も知らない。

その知識があれば、もっとマシな結果にはなっただろうに。

「ブランクがあるとはいえお母さんはAランク冒険者だからね、そういうのは詳しいと思う……お勉強だけど」

「あら、勉強は嫌なの?」

「苦手ぇー……でも大事なのは二個目の条件かも」

「それは何?」

ハロムは足を止めると、アリューズと見つめ合った。

「パーティを組めるパートナーを見つけること」

あまりに真っ直ぐな眼差しで見てくるものだから、アリューズの心臓がどくんと跳ねる。

「パートナー……」

「冒険者は一人でやるのが一番危ないから、誰かと一緒じゃないとダメだって言われた。だから――」

そしてハロムはアリューズの手をぎゅっと両手で包み込んだ。

「アリューズ。私と一緒に冒険者やってくれないかな。その……友達として」

最後の最後に出てきた単語に、アリューズは思わず噴き出し笑いをする。

確かに昨晩はアンズーに遮られてしまったが、そこまでこだわるほどなのか、と。

「ふふっ、そうね……友達、だものね」

そこまで聞きたいのなら聞かせてやろう、という気持ちでアリューズが言うと、ハロムはその場で飛び跳ねながら喜んだ。

「やったぁ、友達だーっ!」

「まったく、ただの言葉遊びでしょうに。そこまで喜ぶことなの?」

「頑なに言ってくれないんだもん!」

「変なところで負けず嫌いなのね」

アリューズは呆れたような口調だが、しかし間違いなく口元は笑っている。

そして心のなかで反芻していた。

(友達……か。私とハロムが、友達……)

表に出さないだけで、ハロムと同じくらい喜んでいるらしい。

「というか本当にいいの? アリューズもお母さんの授業を受けることになるけど」

「一流冒険者から学べる機会なんてなかなかないもの、興味があるわ」

「勉強できる人の発言だ……」

「覚えが悪かったら、道場とは逆の立場になりそうね」

「道場でもアリューズの方が上じゃない……?」

確かに騎士剣術の技術ではハロムの方が上を行っている。

だがそれも昨日までの話。

気剣斬を使えるようになったアリューズは、あっという間に技術面でもハロムに迫るだろう。

「これは必死に頑張らないと!」

「あまり根を詰めすぎないように。私と遊ぶ約束だってあるんだから」

「そうだった! いっぱい連れ回さないと!」

「これから忙しくなりそうね」

「ヴィントさん許してくれるかな」

ケレイナとは話がついているが、ヴィントにはまだ話せていない。

しかし、アリューズは確信めいた笑みを浮かべて言った。

「それは問題ないわ、お父様も応援してくれるって言ってたから」

◇◇◇

昨晩、家に到着する直前のこと――

『道場通いの頻度も上げていいぞ。もう私は反対しない』

ヴィントはそんなことを言い出した。

だが、アリューズはこう訂正する。

『それは嬉しいですが……お父様、私が夢中なのは騎士剣術だけじゃないですよ』

『他に何かあるのか?』

彼女は頬を赤らめ、少し大人っぽい笑みを浮かべて言った。

『ハロムです』

ヴィントは面食らう。

どうにもその表情が、友達に向けるものとは思えなかったから。

『キラキラ輝くあの子を……誰よりも近くで見ていたいんです。そっちの応援もしてくれますよねっ?』

しかし言い出した手前、今さら断るわけにもいかず。

半ば強引に、ヴィントはハロムとアリューズの仲を応援することになったのだった――

◇◇◇

「アリューズ、じっと見つめてるけどどうかしたの?」

アリューズはハロムに負けじと真正面から見つめてみた。

が、ハロムは頬を赤らめたりはしない。

どうやら彼女に今のところそういうつもりはないらしい。

「……なんでもないわ。今日もハロムは綺麗だなって思っただけよ」

歯の浮くような言葉を言ってみても、

「えー、アリューズも綺麗だけどなー」

あまりに純朴なカウンターをお見舞いされてしまう。

アリューズは頬を赤らめながら、呆れたような顔をした。

「簡単に言うわね」

「だって堂々と言い切れるぐらい美人なんだもん」

しかし口元に浮かぶ笑みは、確かに幸福を感じさせるものだ。

二人は再び手を繋いで歩き出す。

アリューズは無邪気なハロムの横顔を見ながら、高鳴る胸に未来への希望を抱くのだった。