軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX9-5 井の中の蛙

千草からお土産を受け取ったフラムは、一旦家に戻った。

インクとエターナはドレスのデザインについての話し合いに、キリルとショコラは店に出ているので誰もいないはず――なのだが。

「あ、フラム。おかえり」

「うん、ただいま……?」

「ただいまです。キリルさん、帰ってこられてたんですね」

いないはずのキリルが、パンをかじりながらくつろいでいる。

フラムは部屋を探すが、ショコラの姿はない。

「配達ついでに昼休み。ちょうど家に近かったから、戻ってきて昼食を取ってたの」

「なるほど……あ、そうだ。これ食べる? おみやげだってお菓子を貰ってきたんだけど」

「興味ある」

ケーキ屋で働いているだけあって、キリルはお菓子に目がない。

それは単純に好きだから、という理由でもあるし、自分のケーキ作りに役立てたいという想いもあるのだろう。

袋から取り出すと、包装紙には『東京に行ってきました』と書いてあった。

「東京……?」

「古代に存在した大きな都市ですね」

「ちょうどコンシリアと同じ場所にあったって話を聞いたことあるけど。じゃあコンシリア産のお菓子なのかな。その割には、私も知らないけど」

キリルは箱を凝視しながら考え込む。

ケーキ職人として、コンシリアに存在するお菓子は全て網羅したつもりだったのだが――

「ああ、これたぶん、コンシリアで扱ってるものじゃないと思う。違う世界のお菓子なんじゃないかな」

「……違う世界?」

「これを私に渡した千草って人がね、そう言ってたの。いわゆる異世界ってやつ」

「え、何それ。いきなりすぎてちょっと理解できてない」

「実は、私も聞いていたとき、全然わかりませんでした……」

「私がオリジンの中身を倒したのも異世界だったから、まあ、そういう場所が存在してるのは間違いないと思う。とりあえず、珍しいお菓子って認識でいいんじゃないかな」

適当だが、フラム自身、“感覚”でそれを理解しているだけなので、事情を知らないキリルたちがわかるように説明するのは難しいのだ。

異世界のもの、と聞くと急に貴重なものに思えたのか、キリルは箱を手に取り、包装紙を破らないよう、慎重にはがした。

そして箱の蓋を開くと、ふんわりと特徴的な果物の匂いが漂う。

「透明の袋で個包装……大量生産品なの? サイズは一口大。縦長で、少し曲がってて……果物の形を模してるのか。表面はスポンジだけど、重さからして中に何か入ってる……」

キリルはお菓子を手に取ると、まじまじと眺めて分析する。

そのあまりの真剣さに、フラムとミルキットは顔を見合わせて微笑んだ。

「ん……見た目よりずっとしっとりしてる。クリームもくだものの風味が思ったより強い。これは……何だろう。果物そのものにも粘り気があるような気がするけど、とにかくおいしい……」

「キリルちゃん、よかったらこのお菓子、もっていく?」

「え? いや、でもみんなも食べたいんじゃ――」

「では、私たちは一個ずつもらいますね」

「うんうん、それでもたくさん残るから、キリルちゃんが持ってってよ」

「……なら、ありがたくもらうね。ショコラや師匠もきっと興味あると思うから」

これがお菓子作りのヒントになるのなら、それ以上にフラムにとって嬉しいことはない。

何より、これを渡してきた相手が相手なだけに、フラムとミルキットは、もう素直な気持ちで味を楽しむことはできないだろうから。

――もちろん、中に何も入れられてないことは、フラムが確認済みだが。

それから数十分後、休憩を終えたキリルは店に戻っていった。

家に二人きりになると、ミルキットはフラムに尋ねる。

「キリルさんに、異世界からの脅威について伝えなくてよかったんですか?」

「ひとまずはね。私だってどんなものかわかってないし、それにコンシリア全体にアンテナは張り巡らせてるから、何かがあればすぐにわかる……と思うんだけど……」

「何か問題が?」

「さっき、路地で私たちのキスを見てた三人組、覚えてる?」

「ご主人様が『知ってるかもしれない』と言っていた人たちですよね」

「うん。ひょっとすると、あれ……千草が言ってた、異世界人、かもしれない」

「えぇっ!? そうなんですか?」

驚くミルキットだが、フラムの言葉は歯切れが悪い。

まだ確信は持てていないようだ。

「少なくとも一般人じゃないのは確かだと思う。不自然に“気配”がなかったし」

フラムに察知できない気配――そんなものは理論上、この世に存在しない。

命が在れば、必ずそこに“気配”は生じる。

だがそれが、彼らにはなかったのだ。

「それに、目では見えないけど、私に“発信機”みたいなものを取り付けていったの」

「でもご主人様は、追いかけたりしませんでした」

「どーも、敵じゃなさそうだったから。うん、少なくとも敵意は感じなかった。でも一応、位置ぐらいは把握しておきたいと思って、“反転”を使ってそれは把握してるんだけどね」

「気配はないん、ですよね。それでも探知できるものなんですか?」

「“無”は“有”に変えられる。気配が無いなら、その存在に干渉して、気配を作ってやればいい。あの三人に関しては、それで今も追尾してる」

全ては“感覚”の問題だ。

なのでミルキットは話を聞いてもよくわからなかったし、フラムもまた、『うまく説明できないなあ』と実感していた。

「……とにかく、すごいことしている、ということですね?」

「そんな感じ」

とにかく、曲斎たちの位置は、すでにフラムに捕捉されているということだ。

「では、『どこかで会ったことがある』というのは……」

「実は、私もはっきりとはわからなくて。顔を知ってるわけじゃないし……何なんだろうなあ、このもやもやする感じ」

「ありますよね、そういうこと。すごくわかります。ですが敵でないのなら、問題ないんじゃないでしょうか」

「んー……それはそうだし、何も起きなければいいんだけど……」

フラムの中には、張り付くように不安を煽る“嫌な予感”があった。

杞憂ならそれでいい。

だが困ったことに、今の彼女の感覚は、ほぼ百パーセントあたってしまうのであった。

◇◇◇

今の西区のギルドに、もう酒場はない。

仲間を探すための掲示板だったり、テーブルぐらいは置かれているが、以前の酒臭い建物に比べれば、随分と小綺麗になったものである。

この建物だけではない。

街並みだって、街を歩く人々だって、以前に比べればずっと綺麗になった。

「変わっちまったなあ、この街も」

「なんだよ、藪から棒に」

「いやあ、俺たちがデインさんと一緒にやってた頃って、それはもうひどい有様だっただろ?」

「ああ、治安も段違いだな」

「こうやって綺麗になったギルドを見てると、あの頃が恋しくなることもあるわけよ」

駄弁っているむさ苦しい二人の男は、元デインの部下だ。

とうに悪事からは足を洗い、今は冒険者としてなんでも屋まがいのことをして、真面目に暮らしている。

「あんま戻りたいとか言うなよ。メイアさんの視線が怖い」

受付カウンターで書類の整理をする女性が、軽蔑するような薄目で彼らを見ている。

「そこも含めてさ。ほら、当時はイーラが受付嬢だったしさ? あいつはある程度なら悪ノリも付き合ってくれたじゃないか」

「いや、かなり嫌がってたな」

「そうか?」

「お前、そういうとこだぞ。だからまだ結婚もできないんだよ」

「うるせえ。お前だってついこの間ガキが生まれたばっかじゃないか! 別に、俺も戻りたいって言ってるわけじゃないんだよ。復興にだって協力して、今のコンシリアにも愛着はあるしな。ただ、たまには懐かしんでもいいだろぉ?」

「気持ちはわからんでもないがなあ……」

相変わらずメイアは二人を睨みつけていたが、入り口の扉が開くと、自然とそちらに視線を向けた。

細身の男が、髪の白い、人形を抱いた小さな少女を引き連れてギルドに入ってくる。

少女は無表情で、まるで彼女自身が人形であるかのように、機械的に男の斜め後ろを歩く。

一方で男は自信に満ちた笑みを浮かべ、大股気味に、テーブルでしゃべる冒険者たちに近づいた。

「僕も今の方が好きだなァ」

突然、知らない男に話しかけられた二人は、同時に彼の顔を見上げた。

そして目を見開き、驚愕する。

「な、なんで……デインさんがここに……」

その名を聞いて、デインは白い歯を見せてニィッと笑った。

「嬉しいねェ、僕のことを覚えててくれるなんてさ」

「し、死んだはずじゃ……」

「ああ、死んだよ。だから今の僕は、正確にはデインじゃあない。アバターって言ってわかるか? 上位世界の存在は、下位世界に来たとき、外見を自由に変えることも可能なワケよ」

もちろん、デインは彼らが自分の言葉を理解できないであろうことを知っている。

知った上で、誇示しているのだ。

今の僕は、下位世界の生物であるお前たちより目上の存在だぞ――と。

「でさ、僕も久々で困ってんだ。僕がフラムに殺されてから今日に至るまで、何が起きたのか教えてくれねえか?」

「生き返ったっていうのか……?」

「そうだ。お前らも僕が戻ってきて嬉しいだろ? あんなクソみてえなガキに潰された僕の王国が、復活するときが来たんだよ! また一緒に暴れようぜ、生き残ったやつらを集めてよぉ!」

上機嫌に、元仲間の背中をバンバンと叩くデイン。

しかし冒険者たちの反応は芳しくない。

気まずそうに目をそらすばかりだ。

「何だァ、そのつまんねえ反応は。どうやら見た限り、今の王都はすっかり平和になっちまったらしいが、こんな生ぬるい世界もう飽きたろ? な?」

「デインさん、もしかしてあんた……復讐とか、考えてないよな?」

「あ? は……はははっ、そりゃあ考えてるに決まってんだろ。フラム・アプリコットはもちろん殺す。目の前であいつの大事なもんを全部奪った上で、ズタズタに引き裂いて悲鳴を聞いた上で完全に殺す」

「……じゃあ、協力できねえよ」

「はあぁぁぁ!?」

デインはチンピラ丸出しの歪んだ顔で、かつての仲間に凄んだ。

「んだよてめェ、んなガキにビビッてんのか?」

「違うんだよデインさん。フラム・アプリコットは邪神オリジンを倒して英雄になった。この街の……いや、この世界の人間にとって、彼女は“恩人”だ。誰も死ぬことなんか求めちゃいな――」

「どぉぉぉおでもいいんだよんなこたぁぁよおおおおッッ!」

男はデインに胸ぐらをつかまれ、体を持ち上げられる。

もう一人の男性は、その迫力に気圧されたのか、尻もちをついて後ずさった。

「英雄? 世界を救ったァ? だから何だよ。何だってんだよぉおおおおおッ! あれは僕を殺したんだよ、この僕を! 知ってんだろうが! 世界がどうだろうが知らねえぇぇぇぇェェッ!」

「ぐ……デインさん……あんた、違う……」

「何がだよぉおおッ!」

「以前は、クソ野郎なりに……プライドが、あった……!」

「下っ端風情が知ったふうな口を叩くんじゃあねえぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!」

拳を振り上げるデイン。

だがそんな彼の背後で、パンッ! と乾いた音が鳴った。

「……」

メイアは護身用の銃を構えている。

射出された銃弾はデインの腕を貫き――

「……あぁ?」

その蚊に刺されたような感覚に気づいた彼は、振り向きメイアを睨みつけた。

「次は頭を貫きます。じきに衛兵も来ます。無駄な抵抗はしないでください」

「く、くはっ、くははははははははははっ! いいぜぇ、撃ってみろよ。そんなおもちゃの銃で僕が死ぬわけねえぇぇぇぇだろうがァ! ほら、ほら、僕の頭は無防備だぜェ? それとも口だけか? わかった、なら今からこいつを殺す。ぶん殴って殺してやるからよォ、オネーサンはそこで指を咥えて見てなあぁぁぁぁぁぁああッ!」

「くっ……」

メイアは顔をしかめると、止むなし――と引き金を引いた。

再び、乾いた発砲音が鳴る。

それは間違いなく、デインの眉間を貫いた。

皮膚を突き破り、骨を貫通し、脳にまで届いた……はずだった。

「当然、そんなもんじゃあ僕は死なないけどな。ざーんねーんでしたー! さよぉぉぉおおならぁぁぁああッ!」

デインは 軽く(・・) 体に力を入れた。

たったそれだけで、その肉体から発せられる、強烈な“エネルギー波”。

彼を中心に光速で広がっていくそれは、瞬時にメイアと冒険者二人に叩きつけられ、触れた皮膚を焼き、冒した肉を溶かし、そしてむき出しになった骨を打ち砕いた。

さらに同時に強い衝撃を三人に与え、吹き飛ばす。

「――ッ!?」

無論、声を出す暇などなかった。

痛みを認識する余裕も。

気づけば体は壁に叩きつけられ、めり込み、磔にされている。

体の前面は完全に焼け落ちているため、もはやその外見から性別を判断するのは難しい。

いや、それどころか、それが“人間”なのか判別できるかも怪しいものだ。

むき出しの臓器は不規則に蠢き、手足の末端がわずかに痙攣していることから、かろうじて 生きて(・・・) はいるようだが――

「僕ってば、ちょっとリスペクトしすぎたかもなァ……」

デインは茶色の髪をかきあげ、自分に酔いながらそう言った。

思い出すのは、フラムに“反転”させられ、心臓をむき出しにされた自分の末路。

痛かった。

苦しかった。

いっそ殺してほしかった。

それを―― 再現する(リスペクト) 。

「さーて、次はどこに挨拶しにいくかねェ」

引き連れた少女は無傷だ。

それどころか、家具の類に一切の破損はない。

「……ん?」

ギルドから出ようとしたデインは、壁際にかけられた新聞の記事を見て立ち止まった。

そこに掲載された写真には、“王妃”イーラと書かれている。

とたんにデインは上機嫌になり、終いには腹を抱え、床に転がって笑いはじめてしまった。

「うっひひひひひひひあはははははははははっ! イーラがっ! あのイーラが王妃ぃ!? うひゃははははははっ! あるかよ! んなことあんのかよぉっ! あっははははははははははは!」

その事実に関しては――確かに、事情を知らない人間なら笑ってしまってもしかたない。

だがそうやって笑っている間に、メイアが呼んでいた衛兵が到着してしまった。

鎧を纏った彼らは剣を抜き、杖を構え、

「お前が通報のあった不審者か!」

敵意をむき出しにしてデインに言い放った。

「はははははは……は……はぁ。水さすなよ、つまんねえな」

彼は冷たくそう言い放つと、ゆっくりと立ち上がり、衛兵たちに歩み寄る。

「止まれ……止まれと言っている!」

「止まれと言われてぇ、止まる王様はいませぇぇぇぇぇぇぇんっ! ああそうだ、お前らにもわかりやすいように教えてやろうか?」

「近づくな、魔法を食らいたいのかァッ!」

「今の俺のステータス――」

そのとき、デインの姿が衛兵の前から消えた。

そして次の瞬間、衛兵たちの視界がガクンと下がる。

「オール五十万オーバー。つまり――最強だ」

いつの間にか兵士の背後に移動したデインは、キメ顔でそう言った。

「……え?」

ごとりと、衛兵の 上半身(・・・) が床に落ちた。

切断されている。

だが――切り落とされたはずの下半身は、どこにも存在しない。

「下半身の削除。全身を消さない僕はとても優しい、そう思わないか?」

いつの間にか衛兵の背後に移動していたデインは、ひらひらと手をふると、少女を引き連れギルドから出ていった。

「う……うわっ、うわあぁぁぁあああああああっ!」

ようやく現状を認識した衛兵の叫び声が響き渡る。

切断面からでろりと、真っ二つに切られた内臓が溢れ出し、じわりと血が滲み始める。

少し遅れて、『殺してくれ』と懇願するほどの壮絶な痛みも彼らを襲うだろう。

「いや……だ……死にたくない……いやだぁぁあああああっ!」

「あっははははははははは! 蹂躙するのきンもちいいぃぃぃぃ! 僕ってつえぇぇぇええ! 負ける気がしねえぇぇぇええ!」

極めて高いテンションで、断末魔をBGMにギルドを去るデイン。

そんな彼についていく少女の瞳は、どこか冷やかであった。

……そして、嵐が去ると、嘘のような静寂が訪れる。

元々、昼間のこの時間帯はギルドに訪れる人間が少ない。

それでも前の通りには人が歩いていたし、中には漂う異臭に気づく者もいた。

だが、そういった人間が中を確かめるより先に、ギルドの中に異変が起きる。

「しにたく……ない……しに……た……うああぁ……」

両手の力だけで前に進み、這いずっていた衛兵。

彼の体が、突如として後ろに引き戻された。

しかし誰の姿もない。

見えない何かに、ずるずると引きずられている。

そして、デインに下半身を消し飛ばされた場所まで移動すると、ふわりと浮かび上がった。

「だれか……誰、か……えっ?」

気づけば――下半身は元に戻っていた。

もう一人の衛兵も同様に、まるで最初からそんなことがなかったかのように、ぴたりとくっついている。

「な、何だ……何が起きてるんだっ?」

戻った(・・・) のは彼らだけではない。

先にデインに壁に叩きつけられた冒険者二人、そしてメイアも――まるで時を巻き戻すかのように、ふわりと浮かんで元の場所に戻り、そして傷も癒えていく。

その様を見た衛兵は、呆然とした表情でこう呟いた。

「時が巻き戻る……まさか、これが――」

◇◇◇

デインは西区の街並みを楽しみながら、ゆっくりとフラムを探していた。

今の彼に地形を把握するのは容易いことだ。

ワールドクリエイションというシステムにおいて、“世界の製作者”がその世界で“神”として振る舞えるように、上位世界より下位世界にダイヴしてきたデインもまた、人智を超えた力を操ることができるのだから。

それは炎とか水とか、小さなカテゴライズでくくられた力ではない。

物理現象全てを操る。

物理現象を越えることも全てを操る。

当然、身体能力もこの世界の人間の限界を超える。

座標上、高い位置に存在する魂は、ただそれだけで高いエネルギーを持つ。

それが低い世界に降りてきたのだから、強いのは道理だ。

つまり、今のデインに誰も逆らえやしないのだ。

たとえフラムが世界を救う英雄にまで成長していたとしても。

「なァ、静留……いや、ミュート。今の僕はさ、この世界がやけに愛おしく思えるんだ。どうしてかわかるか?」

「……」

「ちっぽけだからだ。思えば僕は昔からそうだった。愛せるのは、自分に従うものばかりだった。そういう性分なんだろうなァ」

「……」

「だが同時に、僕には人の上に立つ素質がある。つまりそれは、持つべくして持った天賦の才みたいなもんなんだよ。人は僕の下に跪き、僕は人の上に立つ。そういうのが、定められてんだよォ! どうよミュート、すげえだろ?」

デインは自分自身でも、気が大きくなっているのを実感していた。

おそらく、フラムに対する復讐を前に、気分が限界まで高ぶっているのだろう。

そんな彼に向けて、喋らないはずの静留は、小さな声で言い放った。

「……くだらない」

無反応。

従順。

拉致後、度重なる強引な暗示により、記憶に無数の矛盾が生じた静留は、もはやただデインに従うだけの人形になったはずだった。

「つまらない。気持ち悪い。死ねばいい。お前なんて、いないほうがいい」

だというのになぜ、この最高に気持ちいいタイミングで、冷水を浴びせるよな真似をするのか――

「つまらねぇのはてめえのほうだろうが、このクソアマがあぁぁぁぁああッ!」

感情のままに、静留を蹴り飛ばすデイン。

その小さな体は吹き飛び、横にあった民家に衝突し、壁を破壊した。

「きゃあぁぁぁああああっ!?」

通りがかった女性の叫び声が響く。

しかしお構いなしに、デインは瓦礫に埋もれる静留に近づくと、その胸ぐらを掴んだ。

「元はてめえが僕に逆らうからこうなっちまったんだよ。あのとき、変に正気を取り戻さなけりゃあよお、お前をここに連れてくる必要もなかったし、こんなイライラする必要もなかったァ!」

「……」

「黙ってんじゃねえよ」

「……」

「なんとか言えよぉぉおおおッ!」

掴んだまま、静留の体を壁に叩きつけるデイン。

何度も何度も、さすがに頑丈な精神体――いや、“魂”といえども、傷つき、頭から血が流れる。

「……」

だが結局、静留が言葉を発したのは一瞬のことだった。

おそらく、デインの発した言葉に対する“苛立ち”で、ほんの少しだけ正気を取り戻したのだろう。

だがそのあとはすぐに元通り。

どんなに痛めつけたところで、反応することはない。

「チッ、無駄な時間を使わせやがって」

悪態をつくデイン。

しかしその異常な風景と、響く怒号に、野次馬が集うのは当然のことであった。

「あの女の子は無事なのか?」

「こわいわねぇ……」

「あいつの顔、俺しってるぞ。昔、西区にいたデインとかいうやつだ」

「早く衛兵さんを呼ばなきゃ!」

デインを遠巻きに囲み、ざわつく民衆たち。

「……まるで死体にたかる蛆虫だな」

よもやその暴力性が、自分たちに向けられるとは思っていない、脳天気な野次馬。

その存在が、ただでさえ苛立っていた彼の逆鱗に触れた。

幸い、数は多いのでストレス解消にちょうどいい。

「僕を不快な気分にさせた罪だ。皆殺しにしてやるよォ!」

音もなく地面を蹴る。

瞬時に、最も近い野次馬の目の前まで移動。

腕を振り上げる。

拳を握り、エネルギーを集中。

弾ければ一帯を破壊しつくし、何十人もの人間をミンチに変えるだけの威力がある。

それを躊躇いもせず、脳天めがけて振り下ろす――が、

「いぎっ!?」

何者かが背後からその腕を掴むと、無造作にデインをぶん投げた。

「ぐおぉっ!?」

民家に衝突する寸前――バチィッ! と見えない何かにぶつかり、彼の背中が焼ける。

続けて、その体が着地するより前に、その顔面めがけて拳が繰り出される。

(何だこりゃあ、今の僕から見てもはえぇっ!)

もはや驚きの声をあげる暇すらなく、デインはその拳を避けるために首を傾けるので精一杯だった。

風圧が耳を消し飛ばす。

「づぅっ!?」

だがかろうじて直撃は免れた。

横を通り抜けた打撃は、透明の壁に叩きつけられ、それをパリィン――と粉々に砕く。

命からがら逃げ出したデインは、転がって謎の襲撃者から距離を取る。

だが今度は、砕けた破片が一斉に彼に殺到した。

「そううまくはいかねえんだなァ!」

デインが右手を前にかざすと、最初から存在しなかったかのように、破片はその場で消えてしまった。

両者は距離を取って向かい合う。

顔をあげ、相手の姿を見たデインは、今日一番の笑顔を見せた。

「へ……へへ……嬉しいねェ、熱烈歓迎がてめえとはよお。会いたかったぜェ、フラアァァァァァァムッ!」

「私は会いたくなかったけどね」

冷たく突き放すフラム。

彼女はうんざりした様子でデインを見た後、その背後にいるミュートの姿をした静留に視線を移した。

さすがにこの状況は、フラムでも何が何だかわからない。

千草曰く、襲ってくるのは“別世界の生命体”のはずだったのだが――何がどうなって、死んだはずの男と少女が立ちはだかっているのか。

「僕が死んでるうちに、随分とご活躍だったみてえじゃねえか」

「おかげさまでね」

「つれねえ反応だなァ。そうか、英雄サマになっちまって、僕の顔なんて忘れたんだなァ」

「死人は大人しく死んでればいいのにって思ったの……はぁ。みんな、そんな危ない場所で見てないで離れて! できるだけ遠くに! どこまで巻き込まれるかわからないから!」

フラムが騒然とする野次馬にそう呼びかけると、彼らは素直に散っていった。

その様子を見て、デインは「ヒュウ」と口笛を鳴らす。

「普通、こういうときって誰も言うことをきかねえもんだ。どうやら、お前への 信仰心(・・・) は大したもんらしいな」

「どうでもいいでしょ。で、くたばり損ないが何しにきたの?」

「んなもん決まってんだろ――」

デインは妙にかっこつけて、フラムを指差して言った。

「復讐だ」

フラムの頬がひくりと引きつる。

そんなことだろう、とは思っていたが、あまりにストレートすぎて嫌気がさす。

いや、屈折した感情を向けられても、それはそれで嫌なのだが。

しかし今のデインは、どうやら憎しみのあまり視野狭窄に陥っているようで。

言動が下品、かつ暴力的なのは、その影響なのだろう。

もっとも、心臓むき出しにされた挙げ句、その心臓を利用されて殺されたのでは、そうなっても仕方がないのかもしれないが――

「さっきから妙に冷静でムカつくな、お前」

「あんたを前に感情的になっても逆効果でしょ。そういうのにつけ込んでくる人間なんだから」

「ははっ、よくわかってんじゃねえか。なら、煽っても時間の無駄だな。早速始めるか」

素手のまま、構えを取るデイン。

フラムは両手を垂らした自然体で、そんな彼を睨みつけた。

「余裕、ってか? だがそれもいつまで続くかねえ」

「……」

「聞いて驚け。今の僕のステータスは、五十万――」

無駄に御託を並べるデインの胸に、黒い刃が突き刺さった。

「だから何?」

フラムの握る神喰らいだ。

トリックも反転も関係ない。

彼女はただ、一瞬でデインに接近し、刃を突き刺したのである。

「……へ?」

彼が間の抜けた声を出すと同時に、フラムは刃を引き抜く。

開いた傷口から大量の血液が噴き出し、地面を汚した。