軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX9-4 SPLUSH!!

フラムの家の前にあるポストにその手紙が入れられたのは、今日の朝のことだった。

とは言っても、郵便配達の人が入れたわけじゃない。

手紙だけが勝手に飛んできて、するりと中に入ったのである。

フラムはあえて意識せずとも、その鋭い感覚で、周囲で起きている出来事を感じ取れてしまう。

無論、意識すればもっと範囲を広げることが可能なのだが――寝ている間でも、異変を察知すれば反応してしまうのだ。

特に、今回の『配達人不在の手紙』のように、かつてチルドレンとやりあった時を思わせる方法を使われると、無視はできない。

手紙の差出人は“千草”と言った。

どうやら以前、ミルキットにアンズーのコスプレ衣装を渡した衣料品店の店主らしい。

曰く、『あなたに話したいことがあります』とのことだが――聞く限り、あの店には非常に怪しい点が多い。

店があると言われた場所に行っても、建物自体があったりなかったり。

スキャンを使っても店員のステータスが見られなかったり、と。

(ステータスを自分の意思でいじくれるやつにまともなのはいない……)

オリジンだったり、リートゥスだったり、大抵の場合、“理屈の外”にある力を扱う者ばかりだ。

つまりこの千草という少女も、そういった力を持っているということである。

ミルキットとともに店を訪れたフラムは、椅子に座り、店員らしき幼い少女にお茶を出されてもなお、警戒を続けていた。

そんなフラムを見て、黒髪の少女――千草は静かに笑う。

「はじめまして、だよね」

「ええ、ネイガスさんから話は聞いていますが……くすくす、そんなに緊張しないでください、取って食おうというわけではないのですから」

「そうはいかないでしょ。ミルキットも一緒に来るように指定しておいて」

「それは単純に、仲睦まじいお二人を見てみたかったからですよ。ご無沙汰しています、ミルキットさん。先日のコスチュームはいかがでしたか?」

「あ、はいっ、効果抜群でした! ありがとうございますっ」

「ふふ、それは何よりです」

ミルキットは千草を警戒していない。

フラムは少し不満だったが、それも仕方のないことだ。

千草から一切の敵意は感じられない。

むしろ好意すら持たれている節がある。

「フラムさん、あまり警戒なさらないでください。お二人には“愛”があります、私はそれをとても好ましく感じているのですから。確かに 私から見れば(・・・・・・) 未完成で不完全ではありますが、それは人の身では叶わぬものです」

「まるで人間じゃないみたいな言い草だね」

「貴女の前では誤魔化すのは無理だと思いました」

「……そう。確かに、あなたが人間じゃないってことはわかる」

「え、ええっ!? ご主人様、そうなんですか?」

ミルキットに気づけないのも仕方のないことだった。

見た目は普通の人間と何も違いがなく、強いて言えば少し肌が白いぐらい。

あと、少しだけ独特の“甘い香り”を漂わせていることを除けば、違いなどほとんどないのだから。

だからこそ、恐ろしい。

この人外たちは、いともたやすく人間の社会に忍び込むことができてしまう。

「でも“何か”までは読めないよ、どんなに感覚が優れててもね。私の知識にある中だと……サキュバスとかそういう類のやつ?」

「違う……いえ、遠くはないのでしょうか。 半吸血鬼(デミヴァンプ) といいます。少し不思議な力を使って、愛を伝えるために様々な世界を渡り歩いているのです」

フラムは眉をひそめる。

千草の、一切迷いのない、純粋な言葉――それはどこか、狂信という言葉を連想させる。

他者の思想を自らの思想で上書きし、埋め尽くしてしまうような危うさだ。

「ですが、この世界に来たときに驚きました。まさかここまで規格外の人間がいるなんて、と」

「自分の“力”に自信があったんだ、それまでは」

「それなりには。ですが、それが貴女のような愛を知る人でよかった。もし対立して、互いに傷つくようなことがあれば――愛する人が傷ついてしまうのは、私としても望むところではありませんから」

ピリピリと張り詰める空気。

それはフラムから一方的に放たれたものではあるが、それを真正面から受けながら微笑む千草が只者でないことは、ミルキットが見ても明らかだった。

「そういうわけで、この世界に私がいるのは、言ってしまえば“興味”です。今のところは手を出すつもりはありませんので、善良な一般市民と思って接してください」

「無理ってわかって言ってるでしょ、それ」

「嘘はついていませんから、そう言うしかありませんよ」

「はぁ……まあ、私も不要な争いは望むところじゃないから、特に何かするつもりはないけど。少なくともコンシリアで何かが起きたら、一瞬で察知できるからね」

フラムの感覚は、意識をすればコンシリア全体に広げることができる。

だが意識せずとも、“大きな力”が動けばさすがに気づく。

ここにいる限り、フラムから逃げられないことは千草にも理解できていた。

「だから、私の目が届くところで何かしたら――」

「大丈夫です。私も命は惜しいので、貴女の目が届かない場所でやりますから」

「……ぜんぜん安心できないんだけど」

「ふふふ、さすがに目が届かない場所での行動すら縛られるのなら、私たちも抵抗するしかありませんよ?」

「はぁ……わかった。いや、わかりたくないけど、目が届かない場所はどうしようもないから」

この 半吸血鬼(デミヴァンプ) を名乗る連中が何をしているのか、フラムは知らない。

ただ、フラムから見てろくでもないことなのは間違いない。

彼女はあまり深く考えないことにして、出されたお茶で口を潤すと、いよいよ本題に入った。

「それで、この手紙だけど。話したいことって何なの?」

「先ほども言いましたが、私たちは自由に世界を行き来することができます」

「さらっと言ってましたけど、それってどういうことなんです?」

「文字通りの意味ですよ。この世界には数多の異世界があり、異なる歴史を歩み、異なる命が営んでいる。フラムさんは知っているんじゃないですか?」

「ご主人様が……?」

確かに、フラムには一つだけ、そういうものに心当たりがあった。

「まさか、オリジン・ラーナーズをぶっ飛ばしたあの空間のこと……? でも何で知ってるの?」

「英雄フラムの物語なんて、知らない人のほうが少ないじゃないですか。オリジンと呼ばれるエネルギー生成システムの崩壊、その余波による時空の歪み……その結果、貴女は異世界に飛ばされた」

「事実だけど、あれからもう何も起きてないよ。あのオリジンが生きて元の状態に戻ることもない」

「問題はそこではないんです。強引に他の世界に繋がる穴が開かれたことにあります」

そう言って千草は人差し指を立てると――彼女の体を黒い何かが包み込み、一瞬で眼鏡をかけたスーツ姿に着替えた。

「うわっ!?」

驚くミルキット。

(何で今、その姿になる必要が……?)

訝しむフラム。

「ママかわいいー!」

そして奥にいた幼い少女が喜ぶ。

(ママ? あの子、娘なの? チグサ、私と同じぐらいの歳に見えるけど)

吸血鬼には見た目など関係ないのか。

はたまた、子供ができるメカニズムも違うのか。

気になることはあるが、フラムは特に知りたいとは思わなかった。

世の中には知らないほうがいいこともあるものである。

「オリジン破壊時に生じたエネルギーは、強引に異世界に通じる穴を開きました。その結果、他の世界とこの世界の境界線が緩んでいるのです」

「出入りしやすくなってるってこと?」

「その認識で構いません。『入ろう』という意思を持って近づく者にとっては入りやすい状態です。『どこでもいい』と思っている者も、引き寄せられやすい状態と言えるでしょう。この世界に縁のあるような人間は特に」

「だから、あなたたちもここに来たってこと?」

「それも理由の一つです。それに元々、私がいた世界と近い世界ではありましたから。こうして意識せずとも言葉は通じているわけですし」

「ふーん……忠告してくれてる、ってことか」

「ええ、心からの善意です」

「あえて言われると信用ならないけど――嘘ついてるって目でもなさそう」

「恐ろしいですね、貴女のその視線。全ての真実を見通しているようで」

「そんな大それたものじゃないよ」

謙遜するフラム。

だが、ミルキットとの出会いに始まり、これまで対峙してきた数多の“敵”の持つ悪意を見抜くにあたって、フラムのその“眼力”とも呼べる感覚は非常に役立っている。

「それに、純粋な人には通じないから」

「確かにそうですね。一番恐ろしいのは、悪意のない純粋な者なのかもしれません」

「他人事みたいに言って……」

「何かおっしゃいましたか?」

「いーや、なんにも」

フラムは投げやりにそう言うと、カップに入ったお茶を一気に飲み干した。

それを見たミルキットも、少し慌ててカップに口を付ける。

「おや、おかわりですか?」

「ミルキットが呑み終わったらもう帰るの」

「そうですか、残念です。もう少し話してみたかったんですが」

「疲れるから勘弁してよ」

「くすくす、なおさら残念です。私はこんなに楽しいのに。ああそうだ、せっかくですから、これを持っていってください」

千草は机の下でごそごそと手を動かすと、そこから箱を取り出し、フラムに渡す。

光沢のある包装紙で包まれたそれは、持ってみると軽い。

「東京に行ってきました……?」

「お土産です。未開封なので、怪しいものも入ってませんよ」

「……東京って」

フラムはその地名を知っている。

だがそれは、この世界には存在し得ないものであった。

「言ったはずです。私たちの世界とこの世界は近い位置に存在している、と」

千草の浮かべる微笑みは、向けられるだけで背筋が凍るような感覚がする。

彼女は別の世界からやってきたと言った。

そこにも“東京”は存在して、この世界にもかつて“東京”があった。

世界の仕組みなど、フラムにだってわからない。

漠然と、一般的なX軸、Y軸、Z軸とは異なる第四軸に存在する“膜”を破ると、異なる世界と繋がる。

せいぜいその程度の認識である。

「ご所望でしたら、ティーチャー千草の異世界講義を開いてもいいのですが」

「遠慮しとく。私は手元にある大切なものを守れれば十分だから」

そう言って、フラムはミルキットの手を握った。

ミルキットは伴侶の頼もしい瞳を見て、うっとりとした表情を浮かべる。

そんな二人のやり取りに、千草は満足げだった。

「愛、ですね」

「そこで喜ばれるの嫌なんだけど。とにかく、私たちはもう帰るから。えっと……おみやげ、ありがと」

「いえいえ。また機会があったら、今度は私のほうから持っていきますね」

あまり関係を深めるつもりはないフラムだったが、千草のほうは乗り気のようだ。

一体、自分のどこを千草は気に入ったのか――頬を引きつらせながらも、一応、愛想笑いは崩さないフラム。

そして二人はもらったお土産を入れた袋を手に、店を出た。

千草と、その傍らに立つ幼い少女は、フラムたちの後ろ姿を見送る。

「ママ、本当によかったの? どんな世界だって、ママの“愛”を待ち望んでるはずなのに」

「もちろん、私もそうしたいのはやまやまなのですが、そのために誰かが傷ついては意味がありませんから。幸い、世界は無数にあります。まずはそちらから染めてしまいましょう」

「そっか。わかった。ああ、そういえば――この前のあなうんさー? の人がママを呼んでたよ。『もう我慢できない』って」

「おや、それは――くすくす」

フラムの前では見せなかった、妖艶で冷たい笑みを見せる千草。

それを近くで見ていた娘はそんな彼女を、うっとりと見つめていた。

「早く戻ってあげましょう。私たちの愛で彼女を満たすために」

「うんっ」

そして二人は手を繋ぎ、突如として目の前に現れた“影”の中に消えていった。

◇◇◇

店から出たフラムは、路地から出る直前で足を止めた。

そして振り返る。

「ご主人様?」

訝しむミルキットも、少し遅れてその視線を追った。

「あれ……お店が、ない?」

ついさっきまでそこにあったはずの店が、建物ごと消失している。

まるで最初から存在しなかったかのようだ。

「……ミルキット、今度からあのお店に行くときは、私に必ず声をかけてね」

「あ、はい、わかりました。やっぱり、危険なんですか?」

「嘘は言ってないし、ネイガスさんと気が合ってるあたり、 悪人(・・) ではないんだけど――さっきも話してたように、悪意がないのが一番怖いの」

「あの千草さんは、そういう人なんですね」

「うん。どうやら人間ですらないみたいだけどね」

危険視はするし、注意もする。

しかしフラムは、千草を明確に敵だとは認識しない。

今日、ああして話した『異世界との境界線が揺らいでいる』という話も、おそらくは善意でフラムに話したものだろうから。

つまりこの場合、問題は千草ではなく、近々現れるかもしれない“異世界の存在”ということになるわけだ。

「また、コンシリアで戦いが起きるんでしょうか」

不安げにミルキットが言った。

フラムはそんな彼女の頬に手を当てると、まっすぐに目を見て告げる。

「私がいる限りは大丈夫。どんなやつが来たって、ミルキットには指一本触れさせないから」

「ご主人様……」

そんなことを至近距離で言われて、ミルキットがときめかないはずがない。

彼女が自然と目を閉じると、フラムは微笑み、唇を寄せた。

じきに重ねるだけでは足りなくなり、フラムはミルキットを抱き寄せる。

ミルキットも伴侶の背中にそっと手を回して、二人は体を密着させながら互いの唇を求めた。

路地に人の姿はないが、路地を出た先はそれなりに人通りが多い。

コンシリアに住む人々がフラムとミルキットの姿に気づかないわけもなく、目撃者たちは「おぉ」「あれが名物の……」「ありがたやー」などと反応しながら通り過ぎていった。

だが、今さら人だかりができるほどではない。

日常の一部だからだ。

なので、「また今日もやってるな」「何だかあれ見ると安心するわ」という反応を見せる住民も珍しくはなかった。

しかし何事にも例外はあるもので――

「ええぇぇぇええええっ!?」

立ち止まった男性は、思わず頬を引きつらせながらそう言った。

「お兄ちゃん、どうし……ふわああぁっ!?」

その妹もまた、似たような反応を見せる。

「うわ、大胆だな。さすが異世界」

後続の女は、二人とはまた違ったリアクションである。

だが、兄妹が見せた反応の類似は、決して血の繋がりが原因ではない。

男――曲斎はフラムとミルキットの顔をはっきりと知っており、また妹――結もまた、二人の顔をおぼろげながら 思い出して(・・・・・) いたからだ。

「あの頃からそんな雰囲気だとは思っていたけど、まさか街中で堂々とそんなことを……」

「私の記憶が正しければ、だけど――ここ、王都とか呼ばれてた場所だよね」

「そうなのか? つか何でんなこと知ってんだよ」

「今はコンシリアとか呼ばれてるらしいけども。にしても、途方も無い時間が流れてると思ったのになぁ」

曲斎はなかなか離れないフラムとミルキットを眺めながらそう言った。

耐性が無いのか、その顔は若干赤い。

結も似たようなもので、しかし兄と異なる点は、少しだけ“興味”がありそうな部分だ。

いつかは静留とあんなことを――なんて考えているのだろうか。

もっとも、そのためにはまず、彼女を救い出さなければならないのだが。

「ふは……」

「あ……ご主人様……」

ミルキットはぼーっとした瞳で、唇に指をあてながらフラムを見つめた。

フラムの胸が高鳴る。

こんなやり取り、もう何百回も何千回も繰り返してきたのに、何度見たって心臓は慣れてくれなかった。

感情はエスカレートする。

いっそこのまま、この場所で少し先まで進んでしまおうか。

いざとなれば、反転で光の反射を消して向こうから姿を見えなくしてしまえばいいのだから――上目遣いで瞳をうるませるミルキットと見つめ合いながらそんなことを考えていると、ふと自分に向けられた視線に気づく。

曲斎とフラムの目が合った。

「……あ、どうも」

彼は軽く会釈した。

「ご主人様」

ミルキットが、くいくいとフラムの襟を引っ張る。

フラムはまたミルキットと見つめ合い、曲斎を気にすることもなく唇を重ねた。

「まだ続けるのぉ!?」

「ふ、二人の世界ってやつだね……」

「別にあいつに用事があるわけでもないんだろ? だったら早く行こうぜ、邪魔になっちまう」

「そ、そうだねぇ……」

本当のことを言うと、用事がないわけではないのだが――『自分がやるべきは、可能な限りこの世界の人間たちを巻き込まないことだ』と曲斎は考える。

だからあえて話す必要もない、そう判断して、陸に勧められるがまま路地の前を通り過ぎる。

結は『本当にいいの?』と目で訴えかけたが、曲斎がうなずくと、あっさりと彼に従った。

友哉の おかげ(・・・) で、曖昧ながら記憶は戻った。

だがそれはただの“記憶”であって、何となく他人事めいているのだ。

もっとはっきり思い出せば変わるのかもしれないが、今のところ、その記憶が結の後ろ髪を引くことはなかった。

三人は立ち去る。

ほぼ同時に、フラムとミルキットが唇を離す。

するとミルキットがぷくっと頬を膨らました。

「ご主人様、他のこと考えてましたよね」

「ごめん、ちょっとあの三人が気になっちゃって」

「珍しい服装でしたね」

「うん。それに――」

フラムは目を細め、鋭い視線で彼らのいた場所を見つめる。

「私、あの人たちに会ったことがある気がする」

そして腕に付着した、“見えない”、“存在しない”、“あるはずのない何か”に指先で触れた。

◇◇◇

こころなしか早足の曲斎と結。

陸はそんな二人を呼び止める。

「なあ、さすがにそろそろ教えてくれないか? あたしだって命がけだし、何より 幼馴染(・・・) なんだ。聞く権利はあるはずだぜ」

彼女は不満げにそう言った。

「……どこまで信じてくれるか、僕にも自信がないんだよねぇ」

「私だって信じられないよ。陸のこともあって、頭が混乱してる」

「いや、そりゃこっちだってそうだっての。まさか結があの頃、あたしのこと男だと思ってたなんてよ」

唇を尖らせる陸。

同時に、彼女はここ数日で起きた出来事を思い出していた。

◆◆◆

――昨日、静留は友哉にさらわれ、そして重傷を負った結は病院に緊急搬送された。

陸は涙声の曲斎に呼び出され、手術室の前で彼と合流する。

「おい曲斎、結が大怪我したってどういうことだよ!」

「たぶん……あの友哉って男がやったんだ」

「この前言ってたあいつか。静留はどうなった?」

「さらわれた。探してくれ、って――結は救急車の中で、ずっとうわ言みたいに言ってた」

「クソッ!」

椅子を蹴りつけ、八つ当たりする陸。

そんなことをしても無駄だ。

だがやらずにはいられない。

せっかく再会した幼馴染たちが、こんな目に遭っているのだから。

「こんなことになるんなら、結にとっとと言っとくべきだった……!」

「変わんないよぉ。兄である僕にだって遠慮しちゃうんだから、結は」

「それでも……それでもって思わずにはいられねえんだよ! ちくしょう!」

陸と曲斎が 再会(・・) したのは、同じ大学に通っていたからだ。

互いに顔を見て気づき、すぐに連絡先を交換した。

そして、静留や結とも会うべく、予定を立てていた。

だがそんな中――共通の知り合い経由で、陸は結と偶然にも再会したのである。

互いに、ダイバーとして。

何となく、幼馴染とは言いづらかった。

というか、陸はすぐに結のことに気づいたのに、結はまったく気づかなかったのが、ちょっとショックだった。

だからちょっとした意地悪で、今日まで正体を明かさなかったのである。

静留に“ちゃん”付けをして、それとなく他人の演技をしてまで。

もちろん、曲斎や静留とは連絡を取り合っていたが。

「僕も、もう少し強引に止めておくべきだったんだろうけどねぇ」

「傷はどうなんだ」

「再生治療ですぐに治るって。でもさすがに今回は傷が大きいから、しばらく痛みは残るだろうって」

「そうか……命に別状はないんだな?」

「うん、そこは大丈夫だって」

「よかったぁ……」

陸は大きく息を吐くと、ベンチに腰掛ける曲斎の隣に座った。

そして背もたれに体重を預け、天井を見つめる。

しばしの沈黙ののち、彼女は低めの声で問いかけた。

「……今回の件とはあんま関係ないけどよぉ。なあ、曲斎」

「なぁに?」

曲斎も視線を合わせずに、ぼんやりと床を眺めながら答える。

「あいつの端末にハッキング……いや、物理的に触ってメッセージを書き残したの、お前だろ」

結は真っ先に犯人が曲斎である可能性を排除していた。

なぜなら、彼が勝手に自分の部屋に入らないことを知っているし、何より彼が機械にあまり強くないと思い込んでいるからだ。

「さすがに僕も、妹の部屋に勝手に忍び込んだりはしないよ」

「じゃあお前じゃないのか?」

「まあ、僕だけど」

「やっぱそうじゃねえか」

「同じ回線を使ってるし、入り込むのは簡単だった」

「なるほど……何もしらないフリをしてたってわけか。あの文書の内容からして、ダイヴについてもそれなりに詳しいらしいな。何でだ?」

「それは結に黙ってた理由? それとも、僕がダイヴについて調べた理由?」

「どっちもだ」

「……妹がやってるからって、興味を持って調べた。って言ったらさすがに気持ち悪いと思われるでしょ」

「それだけか?」

「それ以外に何があると思うの?」

陸は体を起こして、じっと曲斎を見つめた。

彼はいつもの頼りなさげな表情――さすがに今日は少しだけ険しいが――をしている。

その瞳から真意は読み取れない。

だが陸は何となく、彼が何かを隠しているような気がしていた。

そして同時に、この場でそれを聞き出すことはできないであろうことも理解する。

「わかったよ、納得する」

「納得していない人の言い方だよぉ? それって」

「納得させるだけの答えを言うつもりはなさそうだからな。でだ、静留に関してなんだが――」

「警察には言ってる」

「どこまで信用できる?」

「さすがに警察まで洗脳してるとは思えない」

「ああいう組織は、頭さえ抑えときゃどうにでもなるもんだ。アンドロイド絡みの組織を掌握してんだろ? お偉いさんのコネクションを使えば、接触は可能なはずだ」

「いくらなんでもそれは――」

曲斎の言葉をさえぎるように、彼の携帯端末が着信音を発した。

ポケットからそれを取り出すと、画面には静留の母親の名前が記されていた。

陸は顎で端末を指し、それに出るよう曲斎を促した。

「もしもし」

『ああ、曲斎くん? 静留がさらわれたって連絡が入っていたけど……』

「はい、友哉って男に」

『それは勘違いよ』

「え? いや、でもっ!」

『友哉くんは静留の恋人よ? 今日は泊まりにいくって言っていたの。さっき警察の人が来たんだけどね、そう話したらすぐに納得して、捜査はしないって言ってくれたわ。じゃあ、そういうわけだから』

「待ってください、おばさんっ!?」

反論など聞くまでもなく、通話はぷつりと切れた。

呆然と端末の画面を見つめる曲斎。

陸は手で顔を覆うと、大きくため息をつく。

「ふぅ……だから言ったろ」

「あの男、そこまで……」

彼の表情から伺えるのは、強い絶望。

「他に静留を探す方法はないのかよ」

もちろん陸も、その方法が出てくるとは期待していなかった。

すると曲斎は唇を噛み、絞り出すように答える。

「静留ちゃんと連絡したとき、向こうの端末に……」

「おう」

「ウイルスを送り込んで、居場所をわかるようにしておいた」

「……」

「……」

「……いや、お前、ならさっきの絶望顔は何だったんだよ」

「警察まで使えないなんて、さすがにショックだからさぁ」

「いやいやいや、最初から警察とか信用してないじゃねえか!」

「してたよぉ。ただの保険だよぉ、いくら何でも静留ちゃんの様子がおかしかったからぁ」

「だからって、ウイルスってお前、めちゃくちゃだろ……やっぱ兄妹だわ、お前ら」

「えへへ」

「照れるんじゃねえシスコンストーカー野郎」

陸が曲斎のすねをつま先で小突くと、彼は大げさに痛がって見せた。

◇◇◇

それから結の処置が終わるまでの数時間、曲斎と陸は、静留の居場所を見ながら今後の計画を話し合った。

今のところ、友哉は静留を連れて街を彷徨っているようだ。

法則性はなく、どこかを目指している風でもない。

やはり、友哉の目的がわからなければ、先の動きを読むのは難しく――結局は結の処置が終わり、目をさますのを待つしかないようだ。

処置室から、ベッドに載せられて出てきた結は、包帯だらけの痛々しい姿だった。

医者曰く、麻酔が効いているので、起きるのは明日の朝以降になるだろうとのこと。

そして、その傷のほとんどが“自傷”によるものであることを、曲斎と陸は初めて知り、驚愕した。

その日、二人は病院で夜を過ごした。

早朝、まだ結は目を覚まさず。

しかし状態は安定してきたようなので、目覚めと同時に一般病棟に移されるとのこと。

午前十時、結が起床する。

午後十二時、一般病棟へベッドごと移動。

ここで初めて、曲斎たちは結と顔を合わせる。

「……お兄ちゃんに、陸」

「結ぃっ!」

生きてしゃべる結を前に、曲斎は感極まって、目に涙を浮かべながら抱きついた。

「あいたたたたっ!」

「うわあぁっ、ごめんっ!」

そして痛がる結の声を聞いて、すぐさま体を放す。

「何やってんだよバカ兄貴」

「だってぇ、無事だと思ったら安心しちゃってぇ……ぐすっ」

「相変わらず泣き虫だなー、お前」

最年長のくせに、曲斎は昔からこうなのだ。

だから陸が、まるで兄貴のようなポジションになっていた。

「よう、結。体の調子はどうだ?」

「痛い。でも生きてるだけマシだと思う」

「そりゃ何よりだ。じゃあ、話もできるな?」

うなずく結。

だがすぐに、微妙な表情になる。

友哉とのやり取りを、どこまで陸に話すべきか――彼女の反応からして、どうやら曲斎にある程度の事情は聞いていると察せられるが、それでも“前世”がどうとか言ったって、さらに混乱させるだけだろう。

困った末に、結はふと、曲斎のほうを見た。

(そういえば……私の端末に送られた、あのメッセージ。フウィス・トゥールって書いてあった)

かつて、ネクト・リンケイジだった結。

フウィス・トゥールは、その兄弟の名だ。

友哉は言った、『縁が魂を引き寄せる』と。

デイン・フィニアースという男とネクト・リンケイジの関係は、ほぼ覚えていないほど薄い。

それでもこんなに近くに魂が在ったというのならば、兄弟であるフウィス・トゥールはより近くにいるはず。

そして、誰よりも結に近い曲斎ならば、あのメッセージを自分の端末に仕込むことも可能だ――と、結は気づいた。

「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが、フウィス、なの?」

恐る恐る尋ねる結。

別にそれが明らかになったところで、曲斎がフウィスになるわけではない。

それでも怖いのだ。

結はあくまで結である。

たとえ過去が、前世がどうであれ、それはもう変わらない。

いや―― 変わらないでほしい(・・・・・・・・・) 。

そう願うからこその恐怖であった。

「そうだよぉ、僕がフウィス。でもねぇ、今の僕は曲斎だよ、結」

その不安を察してか、曲斎は優しい声でそう言った。

なら大丈夫だ。

きっと、そう思いやれること こそ(・・) が、曲斎が“結の兄としての”曲斎である証明なのだから。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして」

だが、それはそれとして――友哉が静留をさらった理由は、静留が“ミュート”であり、結が“ネクト”だからである。

「おいそこのシスコンブラコン兄妹、あたしを差し置いて二人でわかり合うんじゃねえ」

「……あ。ごめんねぇ、陸。悪気はないんだよぉ」

「悪気はどうでもいいから、早く話してくれよ。あの屋上で何があったのか、そして友哉ってやつは何で静留をさらったのか」

結は前世の話をひとまず隠して、陸に昨日の出来事を話した。

「あの男は、私を恨んでるの。ひょっとすると静留のこともね。だから、私を破滅させたくて、静留に暗示をかけた」

「最初から狙いは結だったってことか」

「でもうまくいかなかったの。私が自分で指を切ったりお腹に突き刺したりしてたら、静留が正気に戻ってね」

「……無茶するなぁ、いくら静留ちゃんのためとはいえ」

「いや、無茶ってレベルじゃねえよ。頭おかしいだろこいつ」

「それぐらい静留のことが好きなの」

「ヤンデレだヤンデレ」

「ヤンデレ言うな! とにかく、それであの男の計画は破綻して、破れかぶれで静留をさらって逃げたってわけ」

「結、本当にそれって破れかぶれなのかなぁ」

「何だよ曲斎、心当たりでもあんのか?」

「まあ、ねぇ」

曲斎は、結よりも前世の出来事をはっきりと覚えている。

だから友哉の正体が誰なのか、ある程度は目星がついていた。

「僕の読みが正しいならぁ、友哉くんの 本命(・・) は結じゃないはずだ」

「うん……私もその可能性は考えてた」

「どういうことだ?」

「より強い恨みを抱く相手を、僕は知ってるんだぁ。でもその子に会うためには、ダイヴする必要がある」

「……? 何だよ、それ。要するに、下位世界の相手に友哉ってやつは復讐しようとしてんのか? 確かに、元々はゲームの中にいたから、ありえない話でも……いや、やっぱりありえねえだろそれ。どういうことだよ」

困惑する陸に、しかし曲斎は苦笑いを浮かべて、のらりくらりと話をぼかすばかりだ。

「とにかく、そういうことなんだよぉ。だから、おそらく友哉の目的地はダイバーズベースだ」

「曲斎、結、あたしがわかんない部分も、あとでちゃんと説明しろよ?」

「わかった」

「約束するよぉ」

「オーケー、今は納得する。で、あたしらのいた場所――を使うわけはねえから、他のダイバーズベースを目指してるところを、とっ捕まえるってわけか」

「たぶん私たちだけで捕まえるのは無理だと思う」

「何でそうなる」

「あいつ、アンドロイドのくせに、制限を無視して身体能力を引き上げてるの。静留を抱えたまま、学校から軽々飛び降りるぐらいにね」

かつての自分ならともかく、今の結はごく普通の女子高生だ。

下位世界にでもいない限り、超人的な動きなどできるはずもない。

「化物じゃねえかそれ。生身で相手するのは無謀ってことか……」

「それにさぁ、これも陸に話したけどぉ、向こうは人数でも僕らに勝ってるんだよぉ? もしアンドロイド関連組織の人間が友哉くんの逃走を手伝ってたら、それを捕まえることは難しいよぉ」

「じゃあどうすんだよ! 警察だって使えねえんだぞ?」

「だから、ダイヴ先で決着を付けるんだよぉ」

「ダイヴ先で……!?」

それはあまりに馬鹿げた案だった。

まず、ダイヴ先の下位世界で、ダイバー同士が戦った例など存在しないからだ。

もっとも、それを先に試す人間が存在していれば、もっと早くに“ダイヴ”という行為、そしてワールドクリエイション社が騙る“精神体”という言葉の嘘に気づけたのかもしれないが。

「要するに、曲斎も結も、友哉がどこにダイヴするのか目星が付いてるってことか」

「うん、一箇所しかないねぇ」

「そこで、あたしらが友哉と戦って――」

陸は、その先の言葉を言いよどむ。

だが結ははっきりと言い切った。

「殺す」

強い決意と殺意の篭もったその言葉に、陸はぞくりと寒気を感じた。

「っ……結、マジで、言ってんだな?」

「半端じゃ意味がない。あいつはアンドロイドだから、人間以上に体は飾りだし、また逃げられたら追いかける方法がない。だから、殺すしかない」

「曲斎はそれでいいのか」

「僕もそれ以外に方法はないと思うよ。たぶん友哉くんも、そのつもりで仕掛けてくるだろうから」

この戦いは命がけだ。

その事実を噛み締め、拳を強く握る陸。

そして意を決して立ち上がり、決意を固める。

「よっしゃ! 結、あたしもその戦い、参加させてもらうからな」

「陸、これは命がけなんだよ。冗談とかじゃなく、本気で誰かが死ぬ可能性だってある」

「ああ知ってるさ。でも、ここで引いたら幼馴染の名がすたるってもんだ!」

熱く言い放つ陸。

だがそれを聞いて、結はこてんと首をかしげた。

「幼馴染……?」

「ああ、そうだ」

「誰と、誰が?」

「あたしと二人がだよ。つか静留だって幼馴染だ!」

「……え?」

「お、お前なぁ、ここまで言っても思い出さないのかよ! あたしだよ、陸だ! 昔、よく遊んでたろ!?」

「リクは……男だよ?」

ガクッと崩れる陸。

その横で、曲斎は肩を小刻みに震わせ、声を押し殺して笑っていた。

「マジか……え? あたし、男だと思われてた……?」

「も、もしかして陸って……あの頃から女だったの?」

「当たり前だろうが、あたしはいつだって女だー!」

「でも髪短かったし! ズボンだったし! オレって言ってたし!」

「だとしても普通わかるだろ!?」

「いやわかんなかった。ずっと男だと思ってた……そっかぁ、だからあんな親身に……」

「ようやくネタバラシなのに、何であたしのほうがショック受けてるんだ……?」

「ふ、くくっ……」

「曲斎、笑うんじゃねえー!」

「無理だよぉ……あはははっ!」

病室に、ついに抑えきれなくなった曲斎の笑い声が響く――

◆◆◆

それから、結の体が動けるようになるのを待って、三人はこの世界にダイヴした。

そして今に至る、というわけである。

「あれから何度も考えたけど、やっぱり陸は男だよ」

「だから女だって言ってんだろ!?」

カフェの椅子に腰掛けながら、陸は突っ込んだ。

「まあまあ、落ち着きなってぇ」

三人が座ると、店員がメニューを運んでくる。

それを開いた結は、目に飛び込んできた『大人気! 勇者キリルの手作り勇者ケーキ』の文字を見つけて思わず「んふっ」と吹き出した。

「……結?」

「い、いや、何でもない」

「まあいいや。曲斎、お前は逆に落ち着きすぎだ。あたしらがダイヴする前の時点で、友哉はすでにダイバーズベースに到着してた。すでにこの世界に来てる可能性が高いんだろ?」

「そうだねぇ。そして逆に向こうは、僕らが追いかけてきてることを知らない可能性が高い」

「気づかれる前に情報がほしいね」

「そのためにも、まずはあたしに情報をくれ。つか何で昨日からずっと話すのを渋ってんだよ」

「……じゃあ聞くけどぉ、陸って魂とか信じるぅ?」

曲斎の問いに、陸は真面目に答える。

「ああ、信じるようになった。つい最近な」

意外な答えに、曲斎は軽く驚く。

「アレン事件もそうだし、他にもいくつかそういう事例を見たが――あたしらはずっと、ワールドクリエイション社が公表してる情報を鵜呑みにして、“精神体”を下位世界に飛ばしてると思い込んでいた。でも、ただの精神体がダメージを受けたからって、肉体にまでその影響が及ぶはずがねえ。だからあたしはこう思ったんだ。ダイヴの際、下位世界に飛ばしてんのは精神体ではなく――“魂”なんじゃねえかってな」

結と曲斎は沈黙した。

すると陸はちょっと不機嫌そうに、

「もっと驚くとか、笑うとか、リアクション見せろよぉ」

そう言って唇を尖らせる。

「ごめん。あまりに私と考えてることが同じだったから、ちょっと驚いた」

「僕も一緒だよぉ」

「そうだったのか?」

もっとも、結と曲斎の場合は、その考えに至るアプローチが異なるが。

「でもよ、それだと矛盾が生じるんだ。友哉はアンドロイドだ。アンドロイドは人に生み出されたものだ。もし友哉がダイヴできるってんなら、あれに魂が宿ってるってことになる」

「それは僕も頭を悩ませたんだよねぇ。どう考えたって仮説にしかなりようがないし。ただ、現状ではっきりしていることは、友哉にも間違いなく“魂”があるってこと。だから彼にもダイヴは可能だ」

「どうして言い切れる」

「輪廻転生――友哉という男の前世を、僕と結は知ってるからだよ」

陸は曲斎を見つめたまま固まった。

そこに、店員が運んできたお冷がコトンと置かれる。

陸の視線がゆっくりとお冷の入ったグラスに移り、錆びついたブリキ人形のような動きでそれを手に取ると、一口飲み込み、体を冷やした。

「すまん、あたしの頭が追いついてない。前世? 輪廻転生? いつからそんなスピリチュアルな話になった?」

「魂が実在するなら、そういうシステムがあってもおかしくないからねぇ。同時にこれは、僕らの“上位世界”や“下位世界”なんて概念とは別に、さらに上の――輪廻転生というシステムを作った、まさに“神”とも呼ぶべき存在を示唆することにもなる。まあ、下位世界の存在が僕らに傷つけられる以上、“上位”と“下位”なんてカテゴライズすら無意味なものなのかもしれないけどねぇ。僕らは神なんかじゃない、“上”や“下”って概念はただの座標上の話に過ぎないのさぁ」

すらすらと長台詞を吐く曲斎に、陸は手を前に突き出してストップをかける。

「待て待て待て、まずあたしは輪廻転生に納得してねえぞ! 友哉ってやつの前世を知ってるってことはだぞ、お前らも前世の記憶とか持ってるってことか?」

「そうだよ」

「そうなのかよ!?」

さすがにこれには驚きを隠せない陸。

その間に、結は店員を呼んで、興味本位で勇者ケーキを頼んでいた。

「前世で僕は、フウィス・トゥールという名前で生きていた」

「それって……結に送られたメッセージの?」

「結はネクト・リンケイジ、静留はミュート・アンデシタンド」

「な……あの二人も、前世で……?」

「そして、陸はルーク・フーループ」

畳み掛けるように叩きつけられる驚愕の事実の連続に、陸は「は?」と声を出したまま、再び固まった。

「僕ら四人は“ 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) と呼ばれ、この世界で、義理の兄妹として過ごしていたんだよ」

「あ……あ……あたしらが兄妹で、この世界の住人だったぁ!?」

思わず立ち上がり、大声を上げる陸。

集中する客の視線。

それに気づいた彼女は、恥じらいながらゆっくりと座り直した。

「だから私たちは陸に話したくなかったの」

注文後もメニューを見つめながら、結は言った。

「兄妹はもう一人、インク・リースクラフトって子もいたんだけど、その子だけは生き残ったんだぁ。今もここにいるかはわからないけどねぇ」

「聞いても全然思い出せねえ……」

「仕方ないよぉ、こればっかりは個人差だからぁ」

「私は聞いたら思い出した。静留は全然、って感じかな。思い入れとかじゃなくて、体質みたいなものだと思う」

「じゃあ、あたしらが幼馴染だったのは……偶然じゃなかったんだな」

「ひょっとすると、とんでもない偶然の積み重ねなのかもしれない。今のところ、誰にもわからないよぉ」

「ただ厄介なのは、あの男はそう思い込んで、復讐を果たそうとしてるってこと」

「そういや、復讐相手がいるっていってたな。誰なんだ?」

「フラム・アプリコット。友哉の前世、デイン・フィニアースを殺した本人だよぉ」

「さっき女の子にキスしてた子ね」

「……は? 曲斎お前、さっきあの子に用事はないって言ってただろ!」

「安心して、位置情報は取得してる。あんまり話してると気づかれそうだったから」

「気づくって……」

「僕らに向けてた視線がね。どうも訝しんでたみたいだから、長居はしたくなかったんだ」

「あのフラムって子も、友哉の敵なんだろ? なら協力するべきじゃねえのか」

「……」

暗い表情で俯く曲斎。

陸は少し苛立たしげに聞いた。

「何だよその顔、まだ事情があんのか?」

「私たち、この街で大量虐殺した挙げ句、あのおねーさんの仲間と戦って死んだの」

「僕はその前にリタイアだけどねぇ」

「マ、マジかよ。 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) ってやけにかっこつけた名前だと思ったら……じゃあ、あいつらにとってあたしらは敵なのか?」

「どうだろうねぇ」

「私は優しくて、お人好しで、でも芯の強い子だった、って記憶してるけど」

「結の話だけじゃ何とも言えねえな。クソッ、ひとまず自分たちだけでどうにかするしかないってことかよ……」

クールダウンのため、再び水を飲む陸。

すると、結が頼んでいた勇者ケーキが運ばれてくる。

それと同時に、そう離れていない席に、二人組の少女が座った。

曲斎と結に緊張が走る。

「……インクおねえちゃん」

「おい曲斎、インクって……」

三人は顔を近づけ、小声で話す。

「僕らの姉、だねぇ」

「成長してる。というか、目がある……」

「義眼なのかもねぇ。僕らがいないうちに、医療も進歩してるみたいだ」

「一緒にいるのはエターナ・リンバウなの?」

「変わってないからそうだと思う」

「エタ……? 誰だよそれ」

「さっき言ってたフラム・アプリコットの仲間の一人だよぉ」

「つまり、あたしらと敵対してた相手ってことか」

もっとも、顔が見られても、彼らがチルドレンとわかるはずもないのだが。

それでも警戒して、出来る限り顔を見せないようにする怪しげな三人。

一方でインクは、エターナに夢中で周囲のことなどまったく見えていなかった。

二人は腕を絡めて入店し、カフェテラスに座る。

そしてインクはわざわざ椅子を動かしてエターナの横にぴたりとくっつくと、再び腕を絡めた。

「んふふー」

「インク、やけに上機嫌」

「そういうエターナも楽しそうだよぉ?」

「まあ、色々と想像してしまった」

「あたしもあたしもー!」

どうやらインクとエターナはどこかに寄ってきた帰りらしく、冊子のようなものの入った紙袋を手に下げている。

「あの二人、仲いいな」

「おね……インクは心臓に問題があったんだ」

「別に言い直さなくていいだろ」

「恥ずかしいんだよぉ……」

「ふふっ、いや面白いからおねえちゃんで行こうぜ?」

「呼び捨てでいいってばぁ。で、インクの心臓を治したのがエターナ・リンバウだったはずだよぉ」

「命の恩人ってわけか」

「それにしても距離が近いように感じるけどね」

「うん。インクも大きくなってるし、保護者として一緒に暮らすうちに仲が良くなったんだと思う……世界も平和になったみたいだしねぇ」

曲斎は少し寂しげにいった。

ここに来る前、彼はフラムをモデルにした銅像らしきものを見た。

その讃えられ方からして、彼女がオリジンを撃破し、世界を救ったであろうことは想像に難くない。

人類は勝利したのだ。

今さら、オリジンを“パパ”と呼ぶつもりはないが――少なくとも彼が生きてきた面影は、もはや残ってはいない。

「あたしね、最近幸せで幸せでしょうがないんだ」

「わたしも」

「うん、エターナが幸せだから幸せは二倍! そろそろ溢れちゃいそう」

「誰かにおすそ分けでもする?」

「そう思ってね、この前、みんなのお墓にいってきたんだ。報告もしなくちゃと思って」

「チルドレンの……」

「ネクトにも、ミュートにも、ルークにも、そしてフウィスにも。あたしは幸せだよ、そっちは幸せでやってるー? って。みんな、ちょっといじわるだったけど、いい子たちだったからさ。きっと今度は幸せにやってると思うんだ。本来は、幸せになれる子たちだったんだから」

街並みにも、記録にも、おそらく彼は残っていない。

――しかし、覚えている人間はいる。

「……っ」

思わず口元を抑え、涙ぐむ曲斎。

結も、何だか胸がじんわりと暖かくなるのを感じていた。

「すっげーいい子だな、あのインクって子」

「そうだねぇ。今も覚えてるなんて」

「あたしらはその子に対していじわるだったのか」

「まあ……仲がいいと胸を張って言える関係ではなかったかもねぇ」

「性格悪いな」

「陸、さっきから他人事みたいに言ってるけど、私たちだけじゃないからね? あんたもだからね?」

「くっ……」

「前世のことを悔いても仕方ないよぉ。今の僕らにできることをしないと」

「……そうだな、あの子の話から情報を得られるかもしれねえ」

「その前に、水でも飲んで気持ちを落ち着けたほうがいいと思う」

結に言われるがまま、水を口に含む三人。

その間も、インクとエターナの会話は盛り上がっていく。

「今度は試着したときの写真でも持っていこうかなー」

「気が早すぎる。まだ完成まで時間がかかる」

「そっか。そうなんだよね。一年以上前なんて早すぎると思ったのに、半年以上かかるなんて驚いちゃった」

「イーラに話したら、やけに気合を入れて作ってくれることになったから。その代わり、とんでもないものができる」

「うんうん、絶対にすごいよ。あたしとエターナの結婚式で着る、ウェディングドレス!」

その瞬間、結と曲斎に衝撃が走り――

『ぶっふぉっ!』

二人は同時に口に含んだ水を噴き出した。