軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

武家見学9

その日も俺は内気の訓練を終え、大人達と食卓を囲んでいた。

貴重な情報が紛れ込む大人達の武勇伝に耳を傾け、子供特有のオーバーリアクションを見せて気持ちよく話してもらう。

とても楽しく、有意義な時間となる……はずだった。

ビー ビー ビー

宴会の騒がしい声に負けない不快な音が、突如あちこちから鳴り響く。音の発生源は会社支給のスマホだった。

気持ちよく笑っていた大人達の顔が、音を聞いた途端真剣なものに変わる。

俺は、隣に座っている親父のスマホを覗き込みながら、問いかける。

「何かあったの?」

「近くに妖怪が発生した。すぐに出動する」

スマホの画面にはどこかの地図と“推定脅威度5弱”の文字が映っていた。

気がつけば、親父以外は全員立ち上がり既に行動を起こしている。

「聖は子供達のところへ行きなさい。今日は母屋に泊めてもらう。卵のことも気にしなくてよい」

いや、卵のことはどうでもいいんだ。

あいつは1日2日霊力あげなくても後で注げば満足する。

それよりも、さっき見えた数字、あれはもしかして。

「脅威度5弱って、大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない。何度も戦っている」

余計不安になるような死亡フラグ立てないでほしい。

やはり、画面の中央に表示された5弱の文字は見間違いじゃなかった。

5弱というと、妖怪が存在するだけで周辺の人間が不調を感じ、地域の家が総動員して当たるような災害クラスの大妖怪。国家機関が介入することもあるという。

軍隊が動く強さの妖怪相手だ、死ぬ可能性も当然ある。

「心配するな。すぐに帰ってくる」

親父が話を通すまでもなく、子供達は皆んなまとめてお泊まりする流れになった。

武闘派な御剣家といえど、子供達だけで夜道を歩かせるようなことはしないらしい。

皆んな同じ部屋に布団を敷き、年少組は修学旅行のようにはしゃいでいた。

だが、日中の厳しい訓練で体力を使い果たしたせいか、思ったよりも早く眠りについた。

正直、今はそういう気分じゃなかったから助かる。

俺もタオルケットをお腹に掛け、目を閉じる。

……

…………

………………

胸がざわついて目が覚めてしまった。

幸子さんも「よくあることだから大丈夫よ」と言ってくれたし、俺が家でぐーたらしている間、親父達はこういう危険な戦いへ何度も赴いていたわけで……心配する必要はないはずなのだが……。

寝返りをうつと、開けっぱなしの襖から蚊帳越しに星空が見える。

星空を眺めて眠くなるのを待とうとしたが、虫達の合唱がやけにうるさい。こっちにきてからずっと聞いていたBGM。もう慣れたと思ったのに……。

「トイレにでもいこう」

タオルケットを脇に退け、静かに立ち上がる。

蚊帳をくぐり抜けて部屋を出ると、穏やかな風が火照った体から熱を奪う。

標高が高いおかげで気温が低く、日差しのない夜ならエアコンがなくても過ごしやすい。

勝手知ったる他人の家。月明かりに照らされた廊下を静かに進む。

その途中、曲がり角を超えた先に人の姿が見えた。

向こうも俺に気づいたようだ。

「眠れないのか?」

「はい」

そこにいたのは縁侍君だった。

本物の刀を肩に乗せ、引き締まった身体を惜しげもなく晒している。

彼は道着の上半身だけ脱ぎ、星明かりの下に立っていた。年下好きの女性が見たら興奮しそうな姿である。

もしかして、家族に秘密で自主練していたのだろうか。

彼は縁側に腰掛け、流れる汗をタオルで拭いながら手招きする。

俺が隣に腰掛けると、彼は呆れた様子で話しかけてくる。

「前から思ってたけど、そんな敬語とかいらないからな」

「でも、お世話になってるので」

「真面目というか、大人すぎるっていうか……あいつらと同じように、普通にしてていいから、普通に」

縁侍君はそう言って俺の頭をポンと叩く。

落ち着かない心を見抜かれてしまったようだ。

くっ、精神年齢3桁に近づこうとしている老人が、2桁になって間もない少年に慰められるとは……。

俺はほんのり屈辱感を覚えつつ、向こうから用意してくれた親密度アップの機会をありがたく受け取ることにした。

「縁侍君は不安じゃないの?」

「全然。爺ちゃんが死ぬところとか全く想像できない」

確かに、それは言えてる。

まだ1ヶ月も経っていないのに、あの人のパワフルさには敵う気がしない。

俺が御剣様の年齢だった頃には、もう既に膝の関節が擦り切れ、ちょっと走るだけで腰にも痛みが走ったものだ。

40を過ぎてから、デスクワークばかりで運動不足な生活をしていたツケがダイレクトアタックかましてくる。

その経験が、不毛かもしれない内気訓練を続けようと決めた理由の1つである。

今世は絶対に健康寿命伸ばしてやる!

「俺はもう少し特訓するから、聖は布団に戻れ」

「眠くないから、もうちょっと見ててもいい?」

「明日寝不足になっても知らないぞ」

それは縁侍君も同じだろう。

しばらくの間、俺は縁側で足をぶらぶらさせながら、縁侍君の特訓を見学していた。

大上段からの振り下ろし、袈裟斬り、逆袈裟、突き……あとは名前が分からない。多種多様な斬り方に、目が錯覚しそうになる足運び。何か技術を盗めないかと思ったが、俺が真似するには早すぎるようだ。

でも、そうか……縁侍君は寝る間も惜しんで訓練しているのか。

先生曰く、御剣家の血は代々“気”に対する適性が高いという。特に直系の血を継ぐ縁侍君は才能に溢れているそうだ。

そんな彼が訓練を重ねたのなら、強くなって当たり前である。

親父もまた、日々訓練やら夜勤やらに励み、今まさに妖怪と命を張って戦っている。

……俺も、そろそろ腹を括るべきか。

ずっと考えてはいた。

御剣様や先生の言っていたように、今世の俺には余裕がある。ハードな訓練だろうが、不意打ちされようが、心の奥底では本当の危機感を感じていなかった。

その理由は言うまでもなく身体強化だ。

なら、身体強化を解除すればいい、そんなことは自明である。

それでも実行に移せなかった。

何かと理由をつけて試そうとしなかった。

なんでだろうなぁ。

「ふっ、はっ!」

真剣を振る縁侍君の動きからは中学生離れした力強さを感じる。

普通とは違うその姿に、俺は憧れてしまう。

凡人のまま誰の記憶にも残らず死んだ前世の後悔は、今なお心の中で燻っている。

霊力や陰陽術で俺も特別な存在になれたが、それを実感できる場面はあまりない。

むしろ前世との違いを実感できるのは、学校で体を動かしている時だった。

子供達を圧倒して悦に入る趣味はないが、運動が得意になり、クラスの皆から尊敬される状況が嬉しくなかったといえば嘘になる。

そんな状況が御剣家に来て変わった。

身体強化してようやく追いつける武士の卵たちとの出会いにより、俺の特別性が1つ失われてしまった。

いま身体強化を解除したら、間違いなく落ちこぼれになってしまうだろう。

御剣家に招待された理由でもある身体能力が落ちたら、御剣家の期待を裏切ってしまうかもしれない。

だから、内気を効率よく習得する方法を実行できなかった。別に陰陽師として身につけた力がなくなるわけでもないのに。

俺は俺が思っていた以上に、身体強化に依存してしまっていたようだ。

……正直ここまで省察したのは初めてで、痛い思いをしたくないとか、呼吸するのと同じくらい無意識に発動していたからとか、なぁなぁでここまで来てしまった。

良くも悪くも、前世の自分はなかなか捨てきれない。

親父も頑張っているんだ、俺もちょっと頑張ろうかな。

どうせ眠れそうにないし、思い立ったが吉日、早速実行するとしよう。

身体強化を解除するには全身から重霊素を取り除く感じで……。

……

………

…………

あれ?

取り出せない?

嘘だろ、どうなってるんだ!

前はこんな感じで出来たはず。

そういえば、最後に身体強化を解除したのっていつだっけ?

霊素を重霊素に入れ替えた時も解除したわけではなかった。

身体強化の可能性についていろいろ試していた頃に数回だけだから……もう5年ちかく経ってるな。

まさか、体に馴染みすぎて解除できなくなった?

いや、重霊素に換えたのがまずかったか?

それとも体が成長したから?

真実は分からない。

でも、身体強化が俺の制御下を外れてしまったことだけは事実だ。

「これはまずいのではないか」と焦る気持ち半分、どこか安堵する気持ちがもう半分。

内気を感じ取る切り札と思っていたのに当てが外れた半面、晴れて俺は「解除できないのだから仕方ない」と自分自身に言い訳できるのだから。

見取り稽古のつもりが、身体強化について考えているうちに時が流れていた。

「おっ、帰ってきたみたいだ。俺は部屋に戻るから、聖も峡部のおじさんにおかえり言って早く寝ろよ」

そう言って縁侍君はそそくさと立ち去ってしまう。

俺にはまだ何も聞こえない。

それでも縁侍君の言う通り、親父達が帰ってくることに疑いはない。

内気は聴力すら上げると聞いているから。

ここで一緒に御剣様の帰りを待っていたらいいのに。

いや、男の子的に秘密の特訓がかっこいいと思うのはとても理解できる。

俺にバレるのはよくても、家族に見られるのは嫌なのだろう。

訓練が面倒なんじゃなくて、泥臭く頑張る姿を見られるのが嫌だったのか。

中学2年生男子の考えなどそんなものである。

既に月は大きく傾き、夜明けが近づいている。

静謐な御剣家の庭に虫達の合唱をかき消す一陣の風が吹く。

身体強化の問題は後回しで良いだろう。

「お出迎えしたら驚くだろうな」

やがて聞こえてきた賑やかな声に、俺は眠気を思い出すのだった。