軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小学校入学

死に際の俺は、もっと陰鬱とした性格をしていた。明日に希望が持てず、死に向かってノロノロ歩むような気持ちだった。

それがどうしたことか、転生してからは随分明るくなった。死に際の決意を胸に刻んでいることや、陰陽師になるという目標を見つけたことも要因の1つだが、それよりもやはり、未来への光明があることが一番の理由だろう。

若いというのはそれだけでチートだ。

明日になれば少し背が伸び、ちょっとだけ遠くを見渡せる。

明日になれば新しいことを覚えて、訳知り顔で小さな世界を楽しめる。

明日になれば楽しいイベントが待っていて、新しい体験に飛び込むことができる。

そしてなにより、明日が来ることを信じて疑わない無邪気さこそ、最高の宝である。

そんな若さが、何者かに盗まれている気がする。

だっておかしいだろう。子供の頃の体感ってもっと長くなかったっけ。

1年間がものすごく長くて、誕生日が来るのが待ち遠しかったはず。

そのはずなのに……。

小学校1年生の入学式。

俺が転生してからあっという間に6年の月日が流れた。

流れてしまった……。

早い!

早すぎる!

ついこの間お母様の産道から「こんにちは」したばかりなのに、もうランドセル背負ってるんですけど!

陰陽術に没頭するのが楽しいからこそ、あっという間に時間が流れていると言われれば納得できてしまう。

でもやっぱり嫌だ!

楽しい子供時代をせっかくやり直せるというのに、この調子では気が付いたら成人式に参加しているぞ。

誰か! 誰か俺の時間を止めてくれーー!

~~~

俺の中では、入学式といえば桜のイメージがあった。

新たな門出を祝うように、桜の花びらが校門を彩っているイメージだ。

「もうほとんど散ってるね」

「この間お花見した時には散り始めてましたから。聖は桜が好きなのですか?」

入学式当日、峡部家勢揃いで近所の小学校を訪れていた。

「そこまで好きじゃないよ。普通かな」

俺は桜に対して特別な感情を持っていない。

ただ、葉桜となった校門周辺の光景は、俺の持っていた入学式のイメージから外れていて、少し期待はずれだっただけのこと。

観光名所の写真に感動して現地へ訪れて見たら、写真ほど華やかではなかったような、そんな気分だ。

「うふふ、普通ですか」

「うん、普通」

何が可笑しかったのか、お母様が安堵したように笑った。

俺と握っている手を小さく揺らし、いつもの穏やかな表情に戻る。

「初めての学校で緊張するのではないかと心配していましたが、杞憂でしたね」

お母様ったら心配症だなぁ。

と、笑い飛ばしたいところだが、前世の小学校時代では人見知りを発揮していたので、その心配は間違っていない。

さすがお母様、俺の性格をよく理解していらっしゃる。

ただ、人生2度目の俺には緊張する要素など1つもない。

どのイベントも経験済みなので未知への不安は皆無だし、幼稚園時代の顔馴染みが多数いるから孤独の心配もない。

やはり、知識や経験こそ、何よりも頼もしいアドバンテージとなる。

「おにいちゃんいーなー。ゆーやもそれ欲しい」

そう言って弟が指差すのは、俺の背負っているランドセルだ。

優也はちょうど兄弟の所有物が欲しくなる年頃らしく、自分の持っていないものを見ると、何でも「いーなー」と言う。

俺と同じくピカピカのランドセルを背負った子供たちを見て、余計に所有欲を刺激されたのだろう。

弟に駄々甘な俺ではあるが、今回ばかりはどうしようもない。

「お兄ちゃんを困らせてはダメですよ。優也も来年になったら、ランドセルを買ってあげますからね」

「おとーさん本当にかってくれる?」

「良い子にしていればな」

親父と手を繋ぐ優也は、腕をぶんぶん振って喜びを表している。

別に良い子にしていなくても買ってもらえるんだけど、可愛らしいから良しとしよう。

「おとーさん、あのね、このあいだヤス君がね!」

「うむ」

普段、陰陽術の指導で俺が親父を独占しているせいだろう。優也は家族でお出かけする時、親父に甘えることが多い。

俺は前世を含めて十分に親の愛情を受け取ったので、弟には存分に甘えていただきたい。

校門で家族写真を撮った俺たちは、受付のある昇降口へと向かう。

受付に並ぶ子ども達は全員、俺の同級生ということになる。

ピカピカのランドセルとキラキラした瞳が眩しい。

「ほら、私の言った通りでした。みんな好きな色を選んでいるでしょう」

「うん。でも、僕はこれが気に入ったから」

ランドセルを買いに行って驚いた。

俺が小学生の時は赤と黒の2色しかなかったのに、今ではカラフルなランドセルが棚を埋め尽くし、百貨店の一角を占領しているではないか。

存在こそ知っていたものの、これほどバリエーションが多いとは予想外だった。

サイズや収納の造りだけを選べば良いと思っていた俺は、あまりの選択肢の多さに度肝を抜かれた。

「聖は青が好きだと思っていたのですが……」

百貨店で真っ先に青いランドセルを勧めてきたお母様は、そう言って意外そうな顔をしていた。

なんでも、ランドセル購入に向けて、小学生の登校風景を調査してきてくれたらしい。

地域によってはランドセルの色に風潮があり、1人だけ色が違って浮いてしまうことがある。俺が小学校で仲間はずれにされないよう、好きな色を選んでも問題ないか確認してくれたのだ。

お母様の調査結果では、この学区だと皆好きな色を選ぶようで、登下校時にはカラフルな光景が見られるという。

そのうえで、俺の好きな色を知っているお母様は、青いランドセルを勧めてきたのだ。

就学前の子供を持つ母親がこんなことまでしているとは知らなかった。深い愛情を感じる。

前世の記憶がなかったら、勧められるがままに青いランドセルを買っていたことだろう。

まぁ、結局俺は黒を選んだのだが。

やっぱり無難というか、慣れ親しんだ黒いランドセルが1番しっくりきた。

好きでもない黒をなぜ選ぶのか、お母様的には理解できなかったらしく、俺が「周りから浮くのを恐れているのでは?」と考えたようで……。

それが先ほどのやりとりに繋がる。

今世の両親は前世の両親より心配性のようだ。

俺が幼稚園でもうまくやってるのは知っているだろうに。

「おはようございます。就学通知書をお持ちですか?」

受付の女性はお母様から通知書を受け取り、名簿を確認する。

「峡部 聖くんね……はい、確認しました。入学おめでとうございます。聖くんはこのお兄ちゃんと手を繋いで、お友達のところに行こうね。保護者の方は体育館でお待ちください」

「聖、私たちは後ろから見ていますね」

「お兄ちゃんどこ行くの?」

「またすぐに会える。……お前の心配は……必要なさそうだな」

とか言いつつソワソワしている親父。

俺は家族に手を振り、エスコートしてくれる上級生の列に近づく。

6年生と思しき男の子が俺の服に名札をつけ、教室まで案内してくれた。

教室内は思っていた以上に静かだった。

みんな初めての小学校に緊張しているようだ。

慣れない晴れ着に身を包み、ソワソワ辺りを見渡しているところが可愛らしい。

1人大人の余裕を見せる俺は、暇つぶしに霊力の精錬を始めるのだった。

……

…………

周囲のざわめきを耳にし、俺はいつの間にか閉じていた目を開ける。入場の時間が来たようだ。

先生の指示に従い、上級生と手を繋いで体育館へと向かう。

小学校の入学式ってこんな感じだったっけ。

この頃の記憶はあまり残ってないなぁ。

流れに乗って体育館へと入場すると、盛大な拍手で迎えられた。

俺は早速、保護者席の両親を探す。

記念すべき入学式だ、両親へ手を振るくらいのサービスはするべきだろう。

おっ、いたいた。

保護者席の真ん中らへん、お母様が手を振り返してくれる横で、親父がスマホを構えている。

少し離れた場所に殿部一家も見えた。

加奈ちゃんは俺の後ろにいるようだ。

席に着いた俺は案内役の上級生にお礼を言い、ほどなくして人生2度目の入学式が始まった。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます! 私はこの 学舎(まなびや) で校長を務める阿部と申します。春のうららかな日差しの中、希望に満ちた――」

(なるほど、校長先生のお話は子供というより保護者に向けた内容なのか)

学校行事名物、校長先生のお話。

長くて退屈な話をされた記憶しかない。

だが、数十年ぶりに聞く校長先生のお話は、俺が思っていたよりも興味深い内容だった。

「友達を大切に」とか「無限の未来が待っている」とか「今しかできないこと」とか。

最近のマセてる子供が聴いたら「そんなの当たり前じゃん」と言いそうなお話も、人生一周すると言葉の重みが違ってくる。

当たり前を当たり前にすることこそ最も難しいと学ぶ頃には、全て手遅れになっているものだ。

校長先生のお話には、そんな幼子たちに伝えておくべき先人の知恵が詰まっていた。

まぁ、この年齢で忠告されたところで、理解できるはずもないのだが。

周囲の子供たちは早くもつまらなそうな様子。

やっぱり、俺とは時間の流れが違うのだろう。

「たくさんのお友達を作り、お互いに助け合い、皆んなで仲良く、学校生活を楽しんでください。この学び舎で、子供達にとって一生の宝になるような思い出を作れるよう、私たち教員一同尽力して参ります。つきましては、保護者の皆様にもご理解ご協力のほど、よろしくお願いいたします」

「校長先生、ありがとうございました。続きまして――」

そうだな、校長先生の 仰(おっしゃ) る通りだ。

今世では親友だけを作るんじゃなく、上辺だけの友達もキープしておこう。

老後になったら思い出話に花を咲かせられるように、大して交流がない相手でも連絡先だけ残しておこう。

前世の数少ない親友の1人とは小学校で出会った。

この中にいる誰かとそうなる可能性もゼロじゃない。

これからさらに積極的に交流しようかな。何が切っ掛けで仲良くなるかなんて、誰にも分からないし。

最後に新一年生の集合写真を撮って入学式は終わり、加奈ちゃんたち殿部家と一緒に帰路へ着いた。

「ひじり、明日いっしょにがっこう行こうね。ぜったいだよ」

「うん、いいよ」

前世ではあまり楽しめなかった学校生活。

社会人になって何度もやり直したいと後悔した学校生活。

だからこそ、やりたいことがたくさん浮かんでくる。

今度こそ悔いのない学生生活を送ってみせよう。

こうして、俺にとって2回目の小学校生活が始まった。