軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

脅威度2

朝食を食べたところで、俺と親父は荷物を持って出かける。

まだ暗い早朝の住宅街を歩きながら、俺は背中のリュックを背負いなおした。

リュックの中には俺が普段使っている陰陽術道具が詰まっており、どんな場合にも対応できるよう備えてある。

失敗は許されない。

なにせ、これが俺の初仕事になるのだから。

「あまり浮かれないように」

スーツ姿の親父が釘を刺してくるも、俺の高揚する心を抑えるには至らない。

なにせ、散々練習してきた陰陽術を初めて実戦使用する機会が訪れたのだ。

陰陽師として依頼を受けるという、最高にファンタジックな体験を前にし、興奮しない男がいるだろうか、いや、いない。

思わず反語を使っちゃうくらい浮かれている俺を見て、親父は何度目か分からない確認を行う。

「あくまでも私の手伝いだ。私が危険だと判断したら、すぐに中止させる」

「そんなに心配しなくても分かってるよ」

親父はこう言うが、正直今回の仕事は失敗のしようがない。

ターゲットは真守君の絵に取り憑いた妖怪で、推定脅威度は2である。

関東陰陽師会刊行の指南書によると、脅威度2は微弱なポルターガイストを起こせるレベルであり、最悪の場合死者が出ることもあり得る。

とはいえ、今回のターゲットは脅威度2のなかでも低級な部類だろう。

物に取り憑く時点で『現世に存在するのが難しいから引き篭もっています』と自己紹介しているようなものだ。

おんみょーじチャンネルで見た鬼火よりも貧弱、そのうえ動けない妖怪が相手である。普通に準備をすれば負けようがない。

そんな弱い敵相手にも油断せず、親父の確認は続く。

「絵画に憑りついた妖怪の退治方法は」

「内向型の結界を張って、その中で焔之札による焼却。もしくは神の祝福による浄化」

「……正解」

ふん、こんな問題基本中の基本だ。

真守君から事情を聞いたその日にしっかり復習してある。

「今回注意すべき点は」

「念力すら使えない相手だから、怪我の心配はないはず。測定しないと分からないけど、多分穢れの拡散は軽微だと思う。護身用の御守りで十分かな。あとは、 止(とど) めを刺すときに油断しないことと、火事を起こさないこと」

「……よく勉強しているな」

社会人としての経験をもとに、どんな情報が現場で必要になるか常に意識しながら勉強している。

前世の学校では与えられる知識を漠然と暗記し、テスト期間の終わりと共に忘却の彼方送りである。そんな粗末な知識を活かせる機会が訪れるはずもなく……。

本当にもったいないことをしてしまった。

同じ轍は踏むまい!

俺はその後も親父の問いに即答してみせた。

「……油断だけはするな」

どうやら、親父の合格を得られたようだ。

お手伝いの許可を貰う時にも同じやり取りしたんだけどなぁ。

本番前の最終確認といったところか。

真守君の家は幼稚園や小学校を挟んで、ちょうど我が家の反対側に位置する。

普通の幼稚園児なら途中で疲れてしまうだろう距離も、マラソンで規格外の周回を誇る俺にとっては余裕だ。

閑静な住宅街をテクテク歩き、ようやく目的地に近づいてきた。

背が低い俺の目にも、とある住宅の門前で待つ2つの人影が見えてくる。

1人は真守君、もう1人は真守君ママだ。

親父が2人と会うのは去年のお遊戯会以来である。

「お久しぶりです。改めまして、聖の父、峡部家当主 強(つよし) と申します。本日は息子の無茶を聞き入れてくださり、誠にありがとうございます」

「いえ、ちょうど依頼を出すためにいろいろ調べていたところですから、むしろ助かりました」

「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、尽力いたします」

挨拶を終えたところで家の中へ向かうのかと思いきや、真守君たちが門を開けてくれない。

どうしたんだろう?

「あの、家に入って大丈夫なんですか? 夫が『くれぐれも家には入るな』と注意していたもので」

「問題ありません。襲われた場合は私が対処します」

あぁ、なるほど。

自宅に妖怪が現れたのだ、知識のない人からしたらそりゃあ怖いよな。

政治家ともなると陰陽師界を知っている。それすなわち、妖怪が人間憎しで死や穢れをばら撒く存在だと知っているということ。

そんなものが家族の近くにいると聞いたら、全力で逃げるよう指示するだろう。

真守君パパの判断は正しい。

しかし、俺たち専門家は知っている。

今回の敵は恐れるに足らぬ相手だと。

真守君曰く、絵の妖怪が物を飛ばしてくることもなかったという。

脅威度2が人を殺す事例は、念力による飛来物の激突と、それに伴う転倒が死因となる場合が多い。

あまり現世に干渉できない妖怪は、間接的に人間を害すので限界なのだ。

絵は真守君の部屋にあるというし、リビングなら安全だろう。

真守君ママは専門家の落ち着いた態度を見て安心したのか、家の中へ案内してくれた。

リビングへと移動した俺達はソファーに座り、商談を始める。

「では、早速ですが契約内容のご確認をお願いいたします」

大人たちの間で話が進んでいく。

事前に電話で打ち合わせをしているため、今日は契約内容を確認し、判子を押してもらうだけで終わる。

契約書には、陰陽庁が頒布している 基本条項(テンプレート) や今回の依頼の詳細、依頼料などが記載されており、親父がワードで作っていた。

個人間で依頼を受ける際は、その他書類を含めて自分で作成する必要がある。

親父が仕事部屋でパソコン操作する姿を見て、久しぶりに社畜生活を思い出した。陰陽師になっても書類仕事からは逃れられないのか……と、現実を突きつけられた気分だ。

「はい、問題ありません。主人の同意も得ています」

「ご契約ありがとうございます。それでは、問題の絵画を拝見させていただきたく」

息子の友人相手に不義理なことをするはずもない。契約は滞りなく進んだ。

親父は署名捺印された契約書をリュックにしまい、絵画の場所を聞き出した。

いよいよ妖怪退治本番である。

一室を借りて狩衣に着替えた俺達親子は、妖怪が現れた真守君の部屋へ向かう。

万が一を考え、真守君たちにはリビングで待っていてもらうことにした。

階段を上ってすぐの部屋、そこが真守君の部屋である。

早速部屋に入る……その前に。

俺はリュックからとある道具を取り出す。

「それ何?」

「陰陽 均衡(きんこう) 測定器」

これは陰と陽のバランスを簡易的に測定できる装置であり、本来 平衡(へいこう) となるはずの陰と陽がどれだけ崩れているのか確認できる。

測定器なんて大層な名前だが、挟み込んだ札が陰気と反応して黒くなり、その色を見本と比較するというシンプルな道具だ。

って、あれ?

「真守君なんでここにいるの? 危ないからリビングで待っててよ」

どうやって母親の目を盗んだのか、真守君が俺の後ろにしゃがみ込んで測定器を見つめていた。

「母親を呼んでくる。ここから動かないように」

親父は子供を御する自信がなかったのか、階段を降りて真守君ママを呼びに行った。

2人きりになったところで、真守君が俺に問いかける。

「捨てちゃうの?」

捨てる?

もしかして、絵を燃やすことを言っているのかな。

「うん。絵に憑りついた妖怪を退治するにはそれしかないから」

「……」

真守君は黙り込んでしまった。

ここに来たからには何か理由があってのことだろう。

そして、その理由はここまでのやりとりで察することができる。

「やだな……」

2年近く付き合ってきた俺には分かる。

これは、自己主張が苦手な彼の、精一杯のお願いである。

燃やさずに妖怪だけを退治する。

それは……ちょっと難しい。

絵に憑りついた妖怪は、必ずと言っていいほど嫌がらせをしてくる。

奴らは例外なく退治される運命にあるが、倒される瞬間、憑りついた絵を道連れにするのだ。

滅ぼされるならせめて絵を燃やし、持ち主を悲しませてやろうという、低級妖怪のせめてもの嫌がらせである。

それを防ぐには神の祝福によって浄化するか、どこかにあるかもしれない秘術を探すしかない。

妖怪退治事例集にも載っていたし、親父もそう言っていた。

低級妖怪如きに神の奇跡を利用するには、“モナ・リザ”とか芸術的価値のある絵でなければ話にもならない。

要するに、俺達陰陽師の技術では絵を守れないのだ。

「ごめんね。前の絵は練習だと思って、もう一度新しいのを描いてくれる?」

「……うん」

そんなやり取りをしているうちに、真守君ママが連れ戻しにやって来た。

「聖君を応援するだけって言ったのに。危ないでしょう!」

「ごめんなさい……。でも、捨てちゃうって」

「残念だけど、諦めましょう。これからもっと良い絵が描けるから」

そう宥めつつ、真守君ママも絵が燃えてしまうことを悲しんでいるようだ。

絵画教室に通わせているくらいだし、子供が一生懸命描いた絵を大切にしているのだろう。

俺だって、出来ることなら絵を取り戻したい。でも、やり方が分からないからなぁ。

「お邪魔してすみません。ほら行きましょ」

真守君ママは息子を連れてリビングへ戻っていった。

戻って来た親父が、リュックから連結式の棒を取り出しつつ聞いてくる。

「均衡は?」

「あっ、えーと、6。異常なし」

5分間の測定時間は過ぎている。

灰色に変わったお 札(ふだ) を見本と照らし合わせた結果、ほぼ平衡であると判明した。

色の見本は1~10に分かれており、1なら陽、5〜6なら平衡、10なら陰に傾いていることを表す。一番良いのは5〜6の平衡だ。何事もバランスが大事だったりする。

極まれに 穢れ(けがれ) に特化した災害型が潜んでいたりするので、こうして突入前に調べるのだ。

「強い気配もない。ネズミに偵察させる」

「うん。……ねぇ、お父さん」

式神を召喚しようとする親父に、俺は問いかける。

「どうした」

「絵を燃やさないで妖怪を退治できないかな」

それができないことはとっくに確認している。人様の家で火を焚くのは危ないだろう、と。その答えが低級の悪あがきである。

だが、ダメもとで聞いてみた問いに、親父は意外な答えを返した。

「脅威度2なら、試してみるといい。お前ならできるかもしれない」

てっきり反対されるかと思っていた。

妖怪相手にセオリーから外れる行動は、危険を増やす可能性が高いのだから。

「だが、決して、油断するな。常に失敗したときの対策を考えろ」

「分かった」

親父の後押しを受け、俺は新たな課題に臨むのだった。

懐の御守りへ霊力を込めながら。