軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

依頼受注

はぁ~

吐く息が真っ白に染まる。

大人達が防寒着を重ね着するこの季節に、園庭では子供たちが体操服だけで走り回っていた。

寒さに負けない子供の体はすごいな。

中身が大人な俺としては、暖房の効いた部屋でぬくぬく過ごしたいところだが、そうも言っていられない。

「1周したら先生の所に来てね。コラそこ、ちゃんと列に並んで~」

俺の通っている幼稚園では、冬季限定の体力向上イベントとして、登園から朝の会までマラソンが行われている。

小さな園庭をぐるりと周り、1周すると先生が手の甲にスタンプを押してくれるのだ。

「はいスタンプ。聖くん頑張ってるね!」

俺の手の甲には、既に40個のスタンプが押されている。

前世の体と比べて子供の手は小さく、スタンプを押す余白がほとんど残されていない。

身体強化常用者が本気で走っているのだから当然の結果といえよう。

「ひじりはえー!」

「また追いぬかれたぁ」

大人げないのは分かっている。

それでも、俺が走れば走るほど喜ぶ人がいるから、頑張らざるを得ないんだ。

集めたスタンプは集計され、100周単位で先生お手製のメダル(厚紙)が進呈される。

そのメダルを家に持ち帰ると、俺よりも両親が喜ぶ。

「運動会の徒競走でも1位でしたし、聖は走る才能がありそうですね」

「逃げ足の速さは生存率に関わる。良いことだ」

さらに、週1で開催されるビデオ通話にて、メダルを見た祖母がこう言ったのだ。

「まぁ! よく頑張りました。聖さんの将来が楽しみです。私も治療を頑張らなければなりませんね」

そんなこと言われたら俺も頑張るしかないじゃん!

前世で入院していた時、ふと思ったのだ。『俺は今何のために生きているのか』と。

親類縁者がいればその人たちのために。

生き甲斐があればそれを糧に。

本来人が生きるのに理由なんて必要ないが、病魔に蝕まれていると何か理由がなければ耐えられなくなってくる。

ちなみに俺は理由がなくて耐えられなかった。

逆に言えば、理由さえあれば病魔に打ち勝てたりする。

生存率の低い手術を乗り越えたり、リハビリで奇跡を起こしたり、そういう事例はテレビで特集されることも多い。

実際、俺より高齢で重篤な入院患者が「孫に会うんだ」と言って本当に回復していた。

俺のマラソンによって祖母の寿命が延びるなら、いくらでも走らせてもらう所存だ。

去年は3500周できたから、今年は5000周記念メダルを見せてあげたい。

1年で随分と歩幅も広がったし、この調子なら行けそうだな。

「そろそろかな」

両手の甲がスタンプでいっぱいになった頃。

お目当ての人物が園庭にやってきた。

「おはよう、真守君」

「おはよう……」

憂鬱そうな表情でマラソンに混ざってきた真守君と並走する。

運動が苦手な彼は冬になると登園時間が遅くなり、マラソンの時間を回避しようとする。

インドア派な俺としてはとても理解できる行動原理だ。

そんな彼のペースに合わせながら走り、息が上がってしまう前にさっそく本題に入る。

「今度、真守君の家に遊びに行ってもいい?」

「ダメ」

嘘だろ?

1年以上かけて育んだ友情は俺の一方通行だったのか?

なんて、そんなわけはないだろう。我が家と似たような理由でダメなのかもしれない。

……そうだよな?

「どうしてダメなの? お母さんがそう言ったのかな」

「うん。パパも」

両親揃ってダメということは、うちと同じく家の方針だろうな。

政治家の父親というと、書斎に機密文書でもあるのだろうか。

もしくは、政治家のイメージ戦略として付き合う相手を厳選しているとか。

俺が 庄司(まもるくんの) 家の事情を推測していると、脇腹を抑え始めた真守君が続けて話す。

「おはらいしなきゃダメだって、パパが」

お祓い――それは業務拡大した現代の陰陽師にとって、とても馴染み深い言葉である。

しかし、普通に生活している人にとっては縁遠いもの。せいぜい厄年に思い出すくらいだろう。

だから、まさか真守君がその言葉を口にするとは思いもしなかった。

これはもしかすると、もしかするんじゃないか?

俺は予想外の展開に胸を弾ませながら問いかける。

「その話、詳しく聞かせてくれない?」

~~~

帰る時間がやって来た。

昇降口には子供を迎えに来た母親たちが列を成しており、その近くで待機する園児は自分の母親が来たかどうかそわそわしながら待っている。

普段の俺なら保護者目線で『微笑ましいなぁ』と見守るのだが、今日の俺はそわそわ仲間に加わっていた。

おっ、さすがお母様、いつも通り早く迎えに来てくれている。

「今日も聖君はいい子でしたよ。お友達の面倒を見たり、マラソンを頑張っていました」

「それは良かったです。また明日もよろしくお願いしますね、先生」

俺が靴を履き替えている間に、大人達の間で報告が行われる。

いつものことだが、自分のことを目の前で話されるのはむず痒く感じる。

「優也は?」

「先にお迎えして、今は遊具で遊んでいますよ」

園庭の方を見れば、友達とジャングルジムで遊ぶ弟の姿が見えた。あれならしばらくは遊ぶのに夢中だろう。

俺の用事を済ませてから迎えに行けばちょうどいいはず。

お母様と一緒に辺りを見渡せば、目的の人物はすぐに見つかった。

お母様の挨拶に反応し、帰る気満々だった真守君 母子(おやこ) が立ち止まる。

「庄司さん、こんにちは」

「はい? あぁ、峡部さん。こんにちは」

真守君ママはハイスペックな夫を捕まえただけあって、器量が良い女性だ。もちろんお母様には及ばないが。

年齢も少し上で、先輩ママとしてためになる話を聞かせてくれたりする。真守君が母親似なせいか、なんとなく親しみを感じるママさんである。

この先の会話はあまり人様に聞かせられない。

比較的人の少ない門の前へ移動し、早速俺からお願いをする。

「真守君の家にお邪魔してもいいですか」

とは聞いたものの、真守君ママの返事は既に分かっている。

「家で遊ぶということ? しっかりとお願いができて立派ね。でもごめんなさい、今はダメなの」

真守君から事情は既に聞いている。予想通りの反応だ。

そしてこれは、話題を誘導するための前振りに過ぎない。

「お気になさらないでください。私たちの家も夫の意向でお友達を招待できないですから」

「いえ、そういうわけではないんです。1ヵ月後とかなら歓迎するんですけど……」

母親同士で会話が進んでいく。

何か不穏なものを感じ取ったお母様は、普段お世話になっている真守君ママの悩みを放置しておけなかったようだ。

俺が核心を突くまでもなく、上手いこと聞き出してくれた。

「ちょっと住宅トラブルがありまして。家が危険なので、今日はホテルに泊まっているんです」

「もしかして、水道管が破裂したとか? シロアリで柱がボロボロになっていたとか? それともご近所トラブルで脅迫文が届いたとか!」

お母様、それは昨日見たバラエティー番組の話でしょう。

そっちはそっちで怖いけど、今回のトラブルは我が家の領分ですよ。

「絵が動いた……ですよね」

俺が呟いた言葉を、真守君ママは聞き逃さなかった。

「真守、話しちゃったの?」

「うん……ごめんなさい」

母親の困ったような声に罪悪感を覚え、真守君は俯いてしまった。

いや、悪いのは強引に聞き出した俺だから。

真守君を怒らないであげて。

この空気を変えるため、俺は本題に入る。

「真守君のお母さんなら、陰陽庁をご存知ですよね。関東陰陽師会へ依頼を出す前に、峡部家のご利用はいかがでしょう」

「え?」

真守君ママは、聞いた言葉を理解するのにしばし時間を要した。

それもそうだろう、幼稚園児が突然セールスをかけてきたのだから。

俺が子供らしくない言動をしてまでセールスをかけたのには理由がある。

以前、ダメもとで『お父さんの職場で陰陽師の仕事を手伝いたい』とお願いした時、親父が言ったのだ。

『職場は無理だ。だが、近所で簡単な妖怪退治の依頼が出たとき、依頼主が許可すれば連れて行っても構わない』

この条件、緩いようで結構厳しい。

まず、近所に妖怪が発生しない。

智夫雄張之冨合様の奇跡によって、1学区くらいの範囲が聖域となっているようだ。

聖域内では妖怪発生の原因となる穢れが浄化されてしまう。

1年ほど、ご近所限定で依頼自体がなくなっている状況である。

次に、親父の休みが少ない。

平日は仕事があるうえ、土日も帰ってこないことがある。

人災の恐れがある妖怪退治は即解決が期待されるため、都合よく土日に依頼が舞い込むことを祈るしかない。

最後に、子供の同行許可を得られない。

依頼主は怪奇現象に怯えている。

そんなところへ幼稚園児を連れて行くと言われて、素直に許可を出す人間は少数である。

これらの前提条件を満たすには今回の案件がピッタリだ。

想定される妖怪は激弱で、知り合いなら依頼発行タイミングも操作可能。

俺の紹介で受注した仕事に俺がついて行くのは道理である。

転生してから今日まで、さんざん陰陽術の勉強をしてきた。

座学も大事だが、結局実戦が一番勉強になるのはトランプも仕事も一緒である。

いい加減実戦経験を積みたい。

……正直に言えば、親父の鬼退治を見て男の子の血が騒いだだけだったりする。

「陰陽庁や関東陰陽師会に依頼すると、妖怪発見時状況報告書や依頼発注届の提出に加えて、妖怪退治後にも報告書と誓約書を書かされます。 峡部家(うち) に依頼すれば、その他諸々の手続きを代行できますよ! しかも、父は国家から依頼を受けるチームに所属していて、その実力は折り紙付きです。ちょうど今度の土日が休みなので、すぐに悩みを解決できますよ。いかがでしょうか!」

全部言い切ってから気が付いた。

これこそ、自分の趣味を語るオタクが早口になる感覚なのだな、と。

やってしまったものはしょうがない。

依頼主の反応やいかに。

「それじゃあ、峡部さんの家にお願いしましょうか」

ちょっと苦笑いしながら、真守君ママはそう言った。熱意が伝わったようだ。

俺、陰陽師限定で営業職に向いているかもしれない。

こうして、陰陽師見習い 峡部 聖の初仕事が決まった。