作品タイトル不明
先制攻撃
明里が神楽への気持ちに気づいたのは、陰陽師学園へ来た時である。
しかし、既に親の決めた婚約者がいる。
彼女はこの気持ちを表に出すべきではないと判断した。
そんな彼女の転換点は、神楽が奉納舞で現世から去りかけた時である。
中等部1年の時は早々に戻ってこれた。
だが、中等部2年の時はそうはいかなかった。
消失寸前までいったのだ。
晴空が起こした奇跡でなんとか戻ってこられたが、来年はきっと、戻ってこられない。
そんな確信があった。
大切な彼が消える可能性に直面し、明里の感情が大きく揺れ動く。
失いたくない、側にいたい、そんな強い気持ちが芽生えたのだ。
若き少女の純情に、九尾之狐は漬け込む。
明里の思考にどこからか声が響く。
『学園祭くらい、好きにすれば良い。想い人と過ごしたって許されるはずだ。一時だけ、私に任せてみろ。全てうまくいく』
本来、責任感の強い明里が選ぶはずのない衝動的な行動。
しかし、明里はこれを受け入れた。
『少々体調が悪いので、部屋で休みます』
実演会の後、そう言って秘書の目から逃れた。
獣の如き隠密性で裏口から抜け出した明里は、神楽を見つけて腕を組んだ。
『一緒に学園祭を回りましょ』
『明里、どうしてここに。……俺に構うな。俺にはもう先がない。明里は明里の未来を生きるんだ』
『そんなの知らない』
『おいっ』
渋る神楽を連れて、明里は学園祭を回った。
それは短く、とても学園を回りきることなどできないわずかな時間。
しかし、明里は幸せだった。
我慢していた欲求を解放することの心地よさを知った。
知ってしまった。
『どうすれば、しー君を助けられる? どうすれば、この時間を続けられるの?』
強靭な肉体と精神を持つ明里の、致命的な弱点が生まれてしまった。
九尾之狐は甘い言葉を囁く。
『婚約者なら、お前の為に尽くすのが当然だろう。お前が望めば、あの男の命を助けてくれるはずだ。助けてくれないのなら──それはお前を蔑ろにしているということだ』
その他にも九尾之狐に都合の良い言葉を流し込む。
それらはまともな人間ならば受け付けないような考えでしかない。
しかし、既に心を侵食されていたことで、明里は九尾之狐の言葉を自分のアイデアとして受け入れた。
「そっか、そうすればいいんだ」
長きに渡る下準備により、いまや夜の眠っている時間を狙う必要すらない。
こうして、九尾之狐の準備は整った。
〜〜〜
そうしてやってきた中等部2年のクリスマス。
沿岸沿いの公園に来た明里は、今日もまた聖の腕をとって歩いていた。
自分がそうすべきと 考えて(・・・) いるから。
そして、自ら思い付いた案に従って、聖に問いかける。
「ねぇ、聖さん。私の友達を助けてくれない?」
「友達? 妖怪退治なら力になれると思うよ。誰を助ければいいの?」
明里は首を振る。
相手は妖怪なんてチャチなものではない。
「神様に連れ去られそうなの。どうにかできない?」
「神楽君のことか……」
去年は聖も参加していた為、誰の話かすぐに見当がついた。
しばらく目を瞑って思案した聖は、大きくため息をついて答える。
「神様からお気に入りを奪い取るってことだよね。ごめん、さすがに神様相手に戦うことはできない。勝ち目がないから」
「聖さんなら、神様と交渉することもできるんじゃない?」
「神様に仕事を依頼されたことはあるけど、こっちから指図することはできないよ」
聖に断られたその時、明里の頭に声が響く。
『やはりお前は蔑ろにされている。この男の強さなら神とだって交渉できるはずなのに、嘘をついた。このままではお前の大切な想い人は消えてしまうぞ』
『それは嫌! どうすればいいの!?』
『神に願うならば代価を支払わなければならない。この男の肉体であれば十分な対価となろう。私に任せろ。体を委ねろ。学園祭の時もそうすれば上手くいっただろう?』
『そっか、こうすればいいんだ』
成功体験を思い出した明里は、自らの内なる声に従った。
精神を守る最後の防壁を取り払い、その身を委ねる。
もう既に何度も操っているため、九尾之狐は容易くコントロールを奪取できる。
しかし今回はいつもと違う。
明里の意識を限りなく沈め、その体を完全に支配する。
『ねぇ、聖さん。あっちに面白いものが!』
「面白いもの?」
聖が明後日の方向へ意識を向けたその瞬間、九尾之狐は仕掛ける。
明里のバッグに忍ばせた呪われしダガーを掴み、怨敵の腹に突き立てた。
親しき者を利用した九尾之狐の一撃は、現代の敵にも通じたのだった。