軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変わる才媛 side:雫

これは、夢でしょうか。

小学校低学年の頃、お母様主催で開かれた源家懇親会にいるようです。

『私の好きな人は〜神楽君!』

『わかる〜』

『私だけ言わせるのズルい! みんなも教えてよ』

『私はやっぱり安倍君かな〜』

『王道だよね』

派閥の子達が集まり、他愛無いお喋りに興じています。

仮にも派閥の中心人物ということもあり、私も会話に混ざっていました。

相変わらず私の求める大人の会話が成り立つことはありませんが、そういうものだと理解していれば、話を合わせることも可能です。

『源さんはだれが好き?』

好きな人。

そんなもの、考えるだけ無意味でしょう。

私達の結婚相手は家長が決めるものです。

婚姻とは、家と家の繋がりを強化するための契約なのですから。

しかし、ここで正論を言っても意味がないことは知っています。

なので、模範解答を用意しておきました。

この手の話題は何度も繰り返されるので。

『尊敬できる人です』

お母様がそうおっしゃっていました。

尊敬できる人と結婚できれば、夫婦生活は幸せなものになると。

お母様にとってはお父様が尊敬できる人物のようです。

『やっぱり安倍君が好きってこと?』

『もっと年上の人ってことじゃない?』

確かに、同年代の男の子に魅力は感じませんね。

晴空さんは比較的理知的ですが、尊敬できるほどではありません。

そもそも、結婚自体が契約でしかないのですから、好きという感情にいったいなんの価値があるのでしょうか。

〜〜〜

昨晩こんな夢を見たのは、今日のお茶会に集まる相手が奇しくも同じ方々だからでしょう。

皆さん一度お母様から離れた出戻り組です。

峡部さんの宣言を受け、フラフラと派閥を変えにきました。

お母様は『来るもの拒まず』の方針としているので、私も感情は別として受け入れることに。

今は私のご機嫌を取ろうと、彼女たちが必死に話題を繋げています。

もうそろそろ反応してあげましょうか。

「やっぱり、晴空様みたいに明るい人が好きかなぁ」

「私は神楽君みたいな王子様に守ってもらいたい!」

昨夜見たのは予知夢だったのでしょうか。

またこの話題になるとは。

「雫さんは誰か好きな人はいますか?」

「尊敬できる人です」

答えは変わりません。

最も無難で、本心に近い答えです。

歳を重ねた今なら、お母様の仰っていた意味が理解できます。

「誰だろう」

「晴空様かな」

誰かを指しているわけではありません。

源家の長女の発言は政治的な意味を持ってしまいますから。

そんなことを考えることなく、彼女たちは嬉々として議論します。

好きにさせましょう。

「やっぱり峡部君とか?」

……っ!

「陰陽術すごいもんね」

「勉強も何気にすごいよ。1年生の時は掲示板に名前載ってたし」

「OFUDAにいっつも討伐実績出てるよね」

……そうですね。

ですが、彼の尊敬すべきところはそこではありません。

たくさん、たくさんあるのです。

〜〜〜

私は幼い頃、鬱屈とした感情を抱えていました。

今だからこそ分かるのは、あれは孤独感によるものだった、ということです。

同年代の子供達と会話が成立せず、無意識にストレスを感じていたのでしょう。

人間は仲間と群れて生きる、社会的動物と言われています。

分かり合えない子供がいると理性では理解できても、本能がそれをよしとしなかった。

だからこそ、峡部さんとの出会いは私にとって救いでもありました。

『おかしいのはどちらかというと私たちの方ですよ。だから、気にする必要はないかと』

『私たち』という言葉によって、孤独感を埋めてもらったのだと、今なら分かります。

それからも、峡部さんは私に新しいものの見方を教えてくれました。

──運動会でも。

『学校での思い出は、大人になって集まった時の定番の話題の一つです。ここには安倍家から末端の陰陽師まで全員揃っているから、話題に困った時は最強のカードになりますよ』

遥か未来を見据える考え方は、私にはないものでした。

──神社巡りでも。

『相手に興味を持った方がいいということですよ。義務だから会いにきた人間よりも、あなたに興味があります、好きですって思っている人間の方が、神様も好感を抱きやすいとは思いませんか?』

超常の存在を人の思考に当てはめる。

始めはナンセンスかと思いましたが、超常の力を持つ峡部さんが言うなら信憑性があります。

対象が人間に好意的な神であれば、理解できる話でした。

──仕事でも。

『他人に任せて何か危険なサインを見逃してしまったら、完璧な仕事とはいえないでしょう。最後まで責任を持ってやりたいです。もちろん、時間がない時はその限りじゃないですけど』

学園での行動を見ていると、峡部さんは私と同じくらい効率を重視しているはずです。

ですが、丁寧な仕事ぶりや依頼者へ寄り添う姿勢は、効率とはかけ離れていました。

思い出されるのは、いつかお父様が仰っていた、陰陽師のあるべき姿。妖怪を倒すだけでなく、人々の悩みを解決する。それができて初めて一人前なのだと、そう仰っていました。

依頼後の評価も最高評価が多く、結果として効率も良くなっています。

そして思い出されるのは、昨日の出来事。

身内の不始末を任せきりにするわけにはいかないため、私は密かに会場へ向かいました。

お母様が嫡男派閥へ潜入させている者に手引きさせ、懇意にしているホテルの一室から会場の様子も監視できます。

いざという時は、緊急の妖怪討伐という名目で峡部さんを連れ出す手筈です。

これは彼には伝えていません。

『せっかくです。ひとつ余興なんていかがでしょう』

会場では計画通りにことが運びました。

やはり第二夫人の思考は読みやすいですね。自らの権力にのみ固執し、性急に結果を求める。

だから、根回しもそこそこにこのような問い掛けをしてしまうのでしょう。

『うちの子こそ、源家の次期当主に相応しいと思うでしょう? ねぇ、聖君?』

とはいえ、今回の計画は全て峡部さんの気持ち次第で変わります。

私から見ても、嫡男派閥からの提案は魅力的に見えました。

私達を見捨てて鞍替えしてもおかしくないくらいに。

峡部さんはどう答えるか……。

『さぁ? それを判断するのは源家当主です。僕ではありません』

「っ! ふぅ……」

峡部さんは、本当に私達の味方でいてくれました。

言葉だけならなんとでも言えます。

以前聞いた『味方ですよ』という言葉も、いつか反故にされる可能性があると考えていました。

しかし、お母様が劣勢の時でも、どれだけ第二夫人に優遇されようとも、峡部さんは裏切らなかった。

彼は行動で示してくれました。

けれど、これだけで第二夫人が諦めるとは思えません。

むしろ、峡部家も攻撃対象に加えてくるはずです。

お父様にも相談すべきでしょう。

そう思っていましたが、峡部さんは自分で解決してしまいました。

『源さん……雫さんは、俺にとって大切な幼馴染です。戦場では盟友として力を合わせていくことになるでしょう。俺のパートナーの平穏を脅かすということは、俺の平穏を脅かすことと同義です』

そ、そこまで言っていただけるとは……。

第二夫人が追い縋るのも予想外でしたが、峡部さんの言葉はさらに予想外でした。

そして、その後のパフォーマンスも。

『誰の機嫌を損ねるべきでないかくらい、貴女にも理解できましたよね』

いつでも殺せるという明確な脅し。

対象にされていない私ですら恐怖を覚えました。

厚顔無恥な第二夫人でも、これは堪えたようです。

画面越しですが、ここまで血の気が引いた顔を見たことがありません。

これならば、峡部家に手を出すことはないでしょう。

峡部さんの目的は達成されました。

後はこの場を去るのみです。

なので、この後に続く言葉は全くの予想外でした。

『雫さんは早熟なので忘れがちですが、彼女はまだ中等部2年の少女です。人から害意を向けられれば相応に傷つきます。大人の諍いに巻き込むのはやめてください。それでは、失礼します』

彼に弱っている姿を見せたつもりはありませんでした。

大切にしていた楽器を壊された日も、第二夫人の悪行を伝える時も、顔に出さなかったはずなのに。

なぜ、わかったのですか?

「峡部さん……」

彼はお父様と私の命を救い、お母様に平穏をもたらしてくれました。

私の大切に思う人達を、守ってくれました。

私自身も……。

〜〜〜

【side:聖】

恵杜さんとの一件からしばらく。

あれからお母様の方に勧誘が来ることもなくなり、九尾之狐討伐メンバーも粛々と仕事をこなしてくれている。

源さんの派閥は勢いを取り戻したようで、母親の家中での発言権が戻ったと感謝された。

母子揃って長い付き合いだ。笑顔で過ごしてもらえるならなによりである。

俺はいつも通りの日常へと戻った。

今日も秘術の授業を受け、後は家に帰るだけ。

一般生徒たちにとっても放課後の時間であり、ピアノの音や部活の掛け声が遠くに聞こえる。

そんな時、珍しいことに源さんからお誘いがあった。

「峡部さん、一曲聞いていただけませんか」

「秘術の練習ですか? いいですよ」

秘術習得に必要とかで、源さんからよく分からない音色を聞かされたことがある。

龍笛を持っているから今日もその続きかと思ったら、違った。

「いえ、練習ではありません」

「秘術を習得したということですか?」

「いえ、そういうわけでもありません。ただ……」

彼女は言葉を探すように瞳を揺らす。

「ただ、貴方に聴いてほしいと……。そう、思ったのだと……思います」

珍しい。

源さんがここまで口籠るなんて。

彼女の脳みそは高速回転しているから、あやふやな言葉を滅多に使わないのに。

何があったのかわからないけれど、生演奏を聴かせてくれるというのだから断る理由などない。

「源さんの演奏を通して聴くのは初めてですね。楽しみです」

「ご期待に添えるよう頑張ります」

「そこまで気負わなくても」

そうして始まった源さんの龍笛コンサート。

その音色は、聴いているだけで心が動かされる不思議なものだった。

走り出したくなるような、胸が苦しくなるような、そんな不思議で心地よい音。

さて、どんな感想を伝えるかしっかり考えないと。

俺は芸術的感性が乏しいから。

でも、今は、この音色に集中したいな。