軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

霊獣品評会3

ピキ パキッ

「おぉ! 生まれるぞ!」

少し離れた人だかりの中心に、一抱えほどある赤い卵が鎮座していた。

そのすぐ傍に晴空君がいることから、彼の卵であるとわかる。

大器晩成型な卵には罅が入っており、それは刻一刻と大きくなっていく。

自然、周囲の大人たちも集まり、固唾を飲んで見守っている。

俺も霊獣誕生の瞬間に立ち会えるとあって、ワクワクしながらその光景を見つめていた。

「おぉ、割れていくぞ!」

最前列で観察している男性の声が会場に響く。

人の隙間がちょうど重なり、俺と詩織ちゃんがいる場所からは卵が見える。そのため、身じろぎせずに観察していたのだが……。

「……ん?」

俺のすぐそばで、何かが動いた。

半径一メートルの察知領域に引っ掛かった為、否が応でも意識を引っ張られる。

何より、その動くものが何の前触れもなく俺の背後に現れたのだから、驚きを隠せない。

詩織ちゃんやテンジクではない。何か、別のモノが……。

(何だ、これは!)

突如現れた背後の気配に俺は戦慄した。

どこぞの達人のように、接近物を感知できるようになって早数年。

俺は周囲に近づいてくるものに対して、心の準備をする時間が常に用意されていた。

それが今、侵された。

俺は慌てて前に跳び、背後へ向き直るも、背後には何もいない。

そして、謎の気配は先ほどと寸分違わず俺の背後にくっついていた。

(俺の動きについてくるだと? なんだこいつ。何が目的だ?)

再びその場を飛び退くも、結果は変わらず。攻撃してくるでもなく、ただ俺の背後を追いかけてくる。

敵か味方かもわからない。

(まさか、俺の卵を狙って? 何のために?)

突然発生した異常事態に混乱するばかり。

俺は慌てて札を取り出し、結界を張ろうとした。

そんな時、詩織ちゃんが俺の顔を指差す。

「こんにちは」

よくよく見てみれば、その指先は俺の頭より少し上を指している。

そしてここに至って初めて、俺は首だけで後ろを向いた。

「あっ……」

卵が、孵る。

突如現れた気配は、卵のものだった。

あー、うん、そりゃあ俺の背中から離れないわけだ。

卵の変化は刻一刻と進んでいく。

向こうから聞こえるような卵の割れる変化ではない。

——卵の殻そのものが変質していたのだ。

炭酸カルシウムを思わせる表面から一変し、オーロラを思わせる光の帯に包まれている。

その光の帯が少しずつ解けていき、宙に溶けて消える様は、とても神秘的である。

「あ、え? う〜!」

「峡部様、それはいったい……!」

俺はゆっくりと背中の卵を下ろし、床に置いた。

ナップザックを脱がせるように下ろすと、光の帯はさらに大きく解けていく。

目の前で起こる美しい光景に、俺たちは言葉を失った。

「「「――――!」」」

やがて、その帯に切間が見えた。

神秘的なショーは終わりを迎え、遂に霊獣が姿を現す。

「おぉ……これは……馬? に似てるけど、鹿と言われれば鹿のような? 何だろう」

ナップザックに寝そべるそれは、産まれたての仔馬のように立ち上がろうとしている。

先ほど話した参加者の話によると、通常、霊獣は既知の生物に似た姿をとることが多いらしい。

それは動物であったり、時に未確認生物であったり、極稀に神話の生物であったりするが、総じて人間がイメージできる範疇なのだとか。

しかし、孵化したばかりの霊獣はどの動物か断定できなかった。

「東部さんは何だと思いますか?」

「私には、モルモットに見えます」

…………え?

俺の聞き間違いかな?

蹄を持った四足獣であることは明らかで、微塵もモルモット要素はない。そもそもサイズ感からして違う。

「もう一度聞いてもいいですか?」

「モルモットですが?」

聞き間違いじゃないらしい。

どういうことだ。

三人揃って霊獣を観察していると、向こうから歓声が聞こえてくる。

向こうも孵化したらしい。

「ドラゴンだ! ドラゴンが生まれたぞ!」

「色合いからしてレッドドラゴンと名付けるべきでしょうか? あぁ、じっくり観察させて欲しい!」

「さすがは安倍家を継ぐお方。御父君と同じく、火の才をお持ちなのでしょう」

なんと、ドラゴンときたか。

ドラゴンの背に乗って戦うとか、完全に主人公じゃん。

羨ましい。

「……あれ?」

手前に視線を戻すと、あら不思議。

ナップザックの中でもがいていたはずのうちの子が、なんとドラゴンにフォルムチェンジしているではないか。

「いや、どういうことだ? ありえない。絶対におかしい」

ぎゅっと目を瞑り、再び目を開けると、そこにはもとの馬っぽい霊獣がいた。

なんだ、この現象は?

赤竜に群がっていた大人達は興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。

きっと、赤竜誕生の噂は一瞬にして広まるだろう。

すると、その中の一人が不意に俺達の方へやってきた。

「おや、聖君? 君の卵はどちらに? どこかに預けたなら、ちょっとだけ見せて欲しいのだが」

「今、生まれました」

「なんと! その様子を観察したかった!」

そういって頭を抱えているのは、卵に対してやたら熱意のある老齢の男性だ。ずっと観察したいと連呼する様から、研究者と呼ぶべきか。霊獣マニアさんと気が合いそう。

彼の雄叫びを聞いて他の人たちもやってきた。

ついさっきまで俺にアプローチを掛けていた人達である。

「こちらも生まれたって? 見せてくれ」

「な、なんだ、その霊獣は。生まれたばかりなのに大きすぎる」

「あら、それは龍かしら。なんて強そうなの」

「龍? 何を言っている。黒狼だろう?」

やはり、皆それぞれ異なる姿が見えている。

遅れて晴明様と恵雲様もやってきた。

「 亜竜(ワイバーン) か。頼もしい戦力となるだろう」

「立派なドラゴンだね。これは期待できる」

「「…………む?」」

御二方も気づいた様子。

同じものを見ているのに、見えている姿が違う。

俺の目に映るのは、白い仔馬のような体。

がっしりとした体躯は競走馬よりも道産子の方が近い。

全体的に流麗なフォルムで、頭には青い角がちょこんと生えている。

チャームポイントはロップイヤーのような垂れ耳。

ただし、固く閉ざされた目と全身の紋様からは、少し怪しい雰囲気が漂う。

戦えそうかと聞かれたら、よくわからない。

どちらかといえば、前衛よりも後衛に見える。

生まれたてなので、戦闘力についてはこれからといったところか。

俺が霊獣を観察していると、研究者さんが興味津々に尋ねてくる。

「聖君の目にはどう見えているのかな?」

「僕には……」

「まぁまぁ、待ちたまえ」

周囲の人々も興味津々に耳を傾けているなか、ストップをかけたのは恵雲様だった。

「この子は本来の姿を隠している。なら、その姿を暴こうとするのは可哀想じゃないですか」

「しかし、霊獣の力を解明することは——!」

食い下がる研究者さんに、恵雲様がアルカイックスマイルで語りかける。

「新たに加わった幼き同胞を相手に、野暮な真似は止しましょう。ねぇ、 円谷(えんや) 殿? ……ご理解いただけたようで何よりです」

その威圧感たるや、さすがは日本三大陰陽師の一角。

なぜかは知らないが、うちの子の見た目を公開したくないらしい。

「私が思うに、この子は“その者が見たいと思う姿”を見せてくれているのではないでしょうか。あの大きな卵から強い霊獣が生まれると期待した私達は、それぞれの思う最強の霊獣を幻視している。如何かな?」

言われてみれば、その通りかもしれない。

先ほど姿が変わった時、俺は「ドラゴンいいなぁ」と考えていた。

だとすれば、うちの子の能力は「読心」と「幻影」ということになる。

妖怪相手に効くかはわからないが、人間社会を生きる上ではチート級の能力では?

10年間超高級なご飯を用意し続けた甲斐があるというものだ。

「さて、本日は大変すばらしい慶事に恵まれた。新たな私たちの同胞に、祝福を!」

主催者である恵雲様の合図によって、霊獣に関する追及は止んだ。

その後は本来のメインイベントである霊獣品評会が開催された。

参加者は相棒を皆の前で自慢し、外見での審査や一芸を披露するのだ。

一位はレッドドラゴン、二位はうちの子である。

なんというか、露骨な接待プレイだった。

「名前、どうしようかな」

帰り道、俺は親父に霊獣の写真を送信しつつ、名付けに頭を捻るのだった。

————♪