軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

霊獣品評会2

詩織ちゃんと対面した晴明様は、片膝をついて彼女と目線を合わせた。

大きな体躯から感じる威圧的なオーラに対し、その行動は優しさに満ちている。

「其方の健勝な姿を見られてなによりだ」

詩織ちゃんに優しい視線を向けて、晴明様は語りかける。

日本最強の称号を持つ塩砂家の娘ともなれば、日本最高の権力者とも面識があって当然だろう。

しかし、今の詩織ちゃんは言葉が聞こえていない。

晴明様の言葉に答えるのはお世話係さんだ。

「安倍晴明様、ご無沙汰しております。主に代わりご挨拶を——」

「それならば、先ほど受け取った」

晴明様は詩織ちゃんの「こんにちは」をしっかり聞いていたようだ。

彼は改めて詩織ちゃんに向き直り、感心したように頷く。

「まさか短期間でこれほど成長するとは……子供の可能性には常に驚かされる」

「詩織様の努力はもちろんですが、峡部様のご助力あってのことです」

突然話題に巻き込まれた俺はとっさに頭を下げ、タイミングを失っていた挨拶をする。

「はじめまして。峡部家嫡男、峡部 聖と申します」

「……峡部家の嫡男か。其方の活躍は耳にしている。一度、直接会って話をしたいと思っていた」

えっ、安倍晴明が俺を認知している……だと?

一体どういうことだ?

そして思い出される、恵雲様の言葉。

「口聞きしてくれたのって、もしかして……」

その独り言を塗りつぶすように、とある少年の声がホールに鳴り響く。

「お前、聖だな!」

以前よりも少しだけ大人びた元気な声が、受付の方から響いてくる。

この聞き覚えのある声は、まさか。

「 晴空(せいくう) 様。お久しぶりです」

「久しぶりだな! 元気だったか?」

ニカっと笑う彼こそ、安倍家嫡男——安倍晴空である。

幼稚園入園前に出会ったきり、一度も顔を合わせていないのに……まさか俺のことを覚えているとは。

お互い成長して見た目もガラッと変わっている。

それでも名前を当ててくる辺り、人たらしの才能は健在か。

「僕のことを覚えていてくれて嬉しいです。晴空様の霊獣も品評会に参加するのですか?」

「いや、俺のはまだ生まれてないんだ……。ここの人たちは、大器晩成型って言ってたけど……」

晴空君は少しだけ不安げな表情を見せた。まぁ、それもしょうがない。

彼は今年で12歳になる。卵を与えられたのが生後数ヵ月だとすれば、孵化予定日から1年以上も遅れていることになる。

塩砂家みたいに腐っているはずもないから、本当に生まれるのが遅いだけなのだろう。

それでも、日々霊獣の誕生を待ちわびる者として、その不安は共感できる。卵の中で何をしているのやら。お互い、気長に待ちましょう。

晴空君は暗い顔を一瞬で吹き飛ばし、話題を変えた。

「そんなことより、“様”なんて他人行儀だな。一緒に遊んだ仲じゃないか」

距離の詰めかたが陽キャ。

一度遊んだことがあるくらいで友達認定とか、俺には真似できない。

しかし、子供である今のうちに仲良くなっておきたい俺にとってはありがたい申し出だ。

晴明様の前だけど、ご本人がこう言っているし、いいよね。

「それではお言葉に甘えて。晴空君の卵も孵化していないんですね。僕の卵もこの通りです」

「部屋に入った時から気になってたんだ。聖の卵デカイな! 何が生まれるんだ?」

さぁ? それは俺にも分かりません。

むしろ俺の方が知りたいです。

こいつと出会ってから9年と数ヵ月。およそ10年で生まれるという話が本当ならば、そろそろ生まれてきてもおかしくないはず。

一体何が生まれるのか、俺も親父も楽しみにしているのだ。

晴空君と歓談していると、不意に晴明様が口を開いた。

「その卵は大切にすると良い。君に対するご両親の想いが詰まっている」

「はい」

親父が卵を持ってきた日のことは、今でも覚えている。言われずとも、両親の想いは伝わっているさ。

でも、なぜだろう、当たり前のことでも晴明様が言うとすごくいい言葉に聞こえる。

これがカリスマか。いいなぁ、俺も欲しい。

はっ、いかんいかん。ここは俺からも話題を振って、より親密度を上げなければ!

「僕は晴明様の霊獣が気になります。お名前は何というのですか?」

晴明様の肩に乗っている、黒い鳥。部屋に入った時から気になっていたのだ。

ただの鳥ならカラスと大差ないが、そこはやはり日本の総大将のパートナーだけあって特別だ。

なんせ、全身が燃え上がっている、火の鳥なのだから。

「私はこれをヨゲンと呼んでいる」

あ、フェニックスじゃないんだ。

「預言之鳥だからな」

晴空君が由来まで教えてくれた。

後から調べてみれば、大昔の記録にヨゲンノトリと呼ばれる鳥の姿があるらしい。

記録によると、江戸時代末期、日本で猛威を振るうことになるコレラの流行を、その鳥は預言したのだという。そしてその鳥は『自らに信仰を捧げるのであれば災禍を逃れられるだろう』と言い残したそうだ。

霊獣品評会の参加者曰く、その鳥の正体は霊獣とのこと。

その霊獣のおかげで流行病を事前に察知でき、最悪の事態を免れたという。信仰云々は『陰陽師の言うことを信じて対策しろ』と命じた御上の言葉が歪曲して伝わったのではないか、と考えられている。

晴明様の霊獣はその再来なのだ。

「顔のすぐそばで燃えてますが、熱くないのですか?」

「ヨゲンの半身である私を、その炎が傷つけることはない。しかし、他の者が触れれば火傷する」

「なるほど。気を付けます」

晴明様、思っていたよりもとっつきやすい人柄だな。

やたら威圧的オーラを放っているが、言葉の端々から子供に対する優しさがにじみ出ている。

立場さえ違っていれば、籾さんのように優しいおじさんとして付き合う世界もあったのかもしれない。

俺がそんな印象を抱いていると、再び受付の方から聞き覚えのある声が響く。

「これはこれは、晴明殿。挨拶が遅くなり申し訳ありません」

「いやなに、先ほど着いたばかりだ。恵雲殿もご壮健で何より」

一時的に席を外していたのであろう、主催者である恵雲様が会場へやって来た。

ここからは大人たちの時間である。

邪魔にならないよう、子供である俺たちはその場を退避した。

「晴空様、こちらの方が霊獣の孵化について詳しいそうです」

「本当か!」

丁度移動を始めたタイミングで、一人の男の子が晴空君を呼ぶ。

あの顔は確か、神楽家の嫡男だ。名前は……えーと…………スマホにメモしてたはず。

彼の呼びかけに嬉々として向かう晴空君を見るに、孵化が遅い件で相談したいのだろう。

走りゆく彼の後を追う。

その途中で、さっきまで晴明様を囲んでいた大人の集団が近づいてくることに気が付いた。

その中でも中心的人物と見受けられる老齢の男性が俺に問いかける。

「その卵、かなり大きいね。何か秘訣が?」

「いえ、特に何も。少し霊力を多めに与えていたくらいでしょうか」

なるほど、と頷く彼に続き、周囲の大人たちが声をかけてくる。

半包囲された俺はそれらに対応することになった。

「さぞや強い霊獣が生まれるだろう。今から誕生が楽しみだ」

「よければ、誕生の折に連絡をくれないかな。祝いの品を贈ろう」

「誕生の瞬間を記録したいな。どうだい、協力してくれないかな」

口々に話しかけてくる参加者達。

霊獣のイベントに参加するだけあって、霊獣への好奇心が強い。

やはり卵を持ってきて正解だった。それに……東部家からもらう報酬を考えたら、こうして箔を付けるのも戦略のうちである。

「君は峡部家の子だったね。これから仲良くしてくれると嬉しいよ」

「お父さんはどこかな。是非挨拶させてほしい」

「もう仕事を手伝っているのかい? それはすごいな」

上流階級の人々と談笑していたその時、ふと視界に詩織ちゃんが映る。

初めて自分の意思で行きたい場所を示し、お出かけした彼女は、しかし、とても退屈そうにしていた。

霊獣を驚かさないようにゆっくり近づくも、彼らは機敏に察知して逃げていく。

なんならパートナーをその場から遠ざけようとまでしている。

詩織ちゃんの精神年齢は幼稚園レベルだが、霊獣たちに避けられていることは当然わかる。

お目当ての霊獣が目の前にたくさんいるのに、どの霊獣も逃げてしまい、触れ合うことができない。

大人も子供も楽しそうにお喋りしているのに、自分だけ何もできずにいる。

彼女の思い描く理想のお出かけが、ぼろぼろと崩れ落ちていくようだ。

「すみません、ちょっと失礼します」

詩織ちゃんになんとか楽しんでもらいたい。

しかし、こうも警戒されていてはふれあいなど出来るはずもなく……。

うーむ、こうなったら仕方ない。代替物で我慢してもらおう。

俺は人気のない場所に隠れ、式神を召喚した。

「テンジク、これから会う女の子に媚を売れ。美月さんの時と同じ感じで頼む」

霊獣がダメなら式神をモフればいいじゃない。

期待していたものとは違うかもしれないが、少しでも気が晴れるなら万々歳だ。

「よし、行け!」

俺は物陰に隠れたまま、成り行きを見守る。

任務を開始したテンジクは自然な感じで歩みを進め、詩織ちゃんの前に姿を現した。

「……!」

詩織ちゃんがテンジクを発見した。

しかし、動かない。

どうしたのかと心配していると、お世話係さんの方を窺っている。

「大丈夫そうですよ」

お世話係さんが大きく頷いて見せた。

すると、彼女は恐る恐るテンジクへ近づいていく。

当然、テンジクは逃げない。たとえ恐ろしかろうと、俺の命令を破ることはない。

「……!」

ついに、詩織ちゃんはモフモフをタッチした。

自分が恐れられていないかジッと観察しながら、ゆっくりとテンジクの体を撫でている。まずは人差し指。次は指二本で、もっと大胆に。

艶々の毛並みは指先だけでも気持ちいい。つまり、手のひら全体で触れたらもっと気持ちいい。

「……!!」

「よかったですね。詩織様」

あぁ、その笑顔が見られただけで行動した甲斐があるよ。

俺もシレッと二人のもとへ向かった。

「峡部様、ありがとうございます」

「よくわかりましたね」

「見ていましたから」

お世話係さんにはすべてバレていたらしい。

褒めてほしくてやったわけではないが、見てくれている人がいたら嬉しいのもまた事実である。

「ん……。ん……」

「私もですか?」

「僕も?」

詩織ちゃんは自分だけでモフモフを独占するより、周りの人にもおすそ分けしたくなったようだ。

その優しさに触れたお世話係さんが涙ぐんでいる。

それじゃあ、俺もお言葉に甘えて。

3人でテンジクの体を撫でていると、突然会場が騒然とする。

「何かあったのでしょうか?」

「晴明様のいるあたりで、何か燃えてるような?」

遠目に見えたその火元は、予想通り霊獣ヨゲンであった。

しかし、その燃え方が先ほどまでと大きく異なる。

天井まで届く大きな炎が一瞬伸びると、その直後に鎮火した。

何があったのか目を凝らしてみれば——。

「ヨゲンの頭が二つあるように見えますね。僕の見間違いでしょうか」

「いえ、あれは預言之鳥が預言を告げるときの姿です」

お世話係さん曰く、預言之鳥は2つの頭を持つらしい。元々ある黒い頭に、白い頭が1つ追加されるのだとか。先ほどの大炎上によって元の黒い頭が灰になり、その根元から新しい頭が生えてきたようだ。ちなみに、真っ白な灰となった頭は預言を残した後に崩れ落ちるそうだ。

とんでもない生態である。霊獣って本当に何なんだろうな。

皆が霊獣による預言を静かに待ち望む。

「ピピ-ピピ ピピ ピピ- -ピピ ピピ- ピ-ピピ ピピ ピピ- -ピピ- --- -ピ--ピ --ピ-ピ ピピピ- --ピピ ピピピ- ピ---ピ -- 」

会場内にヨゲンの鳴き声が響き渡る。

あっ、そういう感じなんだ。

てっきり日本語で話しかけてくるのかとばかり。

「晴明殿、今の預言はなんと?」

すぐ側にいた恵雲様が尋ねる。

しかし、その答えを聞く前に、また別の場所が騒然とする。

なんだなんだ、連続イベント発生か?

俺が警戒しながら様子を窺っていると、騒然としている集団の中で一人の男性が声を上げる。

「おっ、おいっ、今、卵から音がしたぞ!」

ピキ パキッ