軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アクロバット

春の暖かさに包まれる4月1日、俺は自宅の中庭に立っていた。

雲一つない空を見上げ、達成感に浸りながら汗を拭う。

「いい天気だなぁ」

美月さんの定期お祓いも完了し、これで気持ち良く新年度を迎えられる。

春休みに御剣様への報告も終え、仕事の成果にも満足してもらえた。

まだまだ未経験の業務も多いが、陰陽師として着実に経験を積んでいる。

そして今も、新しい技術を身につけたところだ。

「側転にもコツがあるのか。録画確認しよう」

昨年も訪れた御剣家では、空前のアクロバットブームが起こっていた。

小学5年生になる男子2人がYouT〇berの動画に影響されて練習を始めたのだ。

しかも、日々の訓練に加え、内気によって身体能力を強化している2人は、あっさり習得できてしまった。

「健太カッケー!」

「 仁(ひとし) のそれもいいじゃん!」

「「イェーイ」」

楽しそうに遊ぶ2人を見て、他の子供達も張り合うように練習し始める。

そしてついには、子供にかっこいいところを見せようと大人達まで参戦し……。

かくして、御剣家にてアクロバットブームが巻き起こった。

夏休みの1週間を御剣家で過ごした俺も、ヤンチャ坊主達の挑発に乗り、アクロバットの練習を始めた。

「アハハ、聖へたくそ!」

「下手くそ〜」

簡単に技を決める2人に対し、俺はなかなか上手くいかない。

練習量の違いではない。2人は初めて見た技も難なく習得してしまうのだ。

俺はまだ逆立ちすら手こずっているのに。

「練習したらできるぜ!」

「試したらできた」

2人は得意げな顔でそう宣う。

(試したら、か……)

前世でも一度試したことがある。

子供の頃、テレビを真似して逆立ちに挑戦し……そのまま背中を打った。そしてやめた。

誰もが一度は通る道だろう。

しかし、今生の肉体は一味違う。

背中を打ったところで痛くも痒くもない。

リスクがないならいくらでもチャレンジできる。

子供達が所用で集まらず、訓練が休みとなったある日、俺は御剣家の庭先で練習を開始した。

身体能力は十分、運動センスも前世と比べたら悪くない。

何度も挑戦すれば出来るだろう。

明日の朝、生意気なヤンチャ坊主達をあっと驚かせてやる。

そう思っていたのに、なかなかコツが掴めない。

何がいけないのか首を傾げていると、洗濯カゴを持った純恋ちゃんが駆け寄ってきた。

初めて会った時から既に3年経つが、彼女は純粋なままだった。

今も母親の手伝いをしているところだろう。

「ひじり君、えっとね、もっと腰をこうするんだよ。こうするとね、脚がこうなるから、こうなの!」

子供達の中で誰よりもアクロバットが上手な純恋ちゃんが、指示語多めな解説と共に何度も実演してくれた。

「こう?」

「違うよ、こうだよ!」

それでも上手くいかない。

なぜだろう、真似しているつもりなんだけど。

「わたしが教えてあげる!」

覚えの悪い教え子を相手に、純恋ちゃんは引かなかった。

時には脚を、時には腰を、全身をサポートしてもらい、俺はようやくコツを掴んだ。

「「できた!」」

2回目も3回目も再現できた。

これは習得したと言っても過言ではないだろう。

「やったね!」

「ありがとう、純恋ちゃんのおかげだよ」

飛び跳ねるほど喜ぶ純恋ちゃんが俺の手を取り、2人で感動を分かち合った。

前世で諦めた技術を習得できた事実は、想像していたよりも心に響いた。

俺に欠けていたのは重心移動の感覚だったようだ。

身体能力は十分足りているので、感覚さえ掴めばこちらのもの。

コツを掴んでからは他の技もサマになってきた。

「聖もできるようになったんだな! パルクールやろうぜ!」

「やろうやろう!」

「いや、森の中でやったらパルクールというよりターザン……まぁいいか」

その夏、俺は内気そっちのけでアクロバットの練習をした。

なお、洗濯物を干し忘れた純恋ちゃんについては、俺から奥様へ謝っておいた。

~~~

家に帰ってきてからも、アクロバットの練習は続けている。

現状、妖怪と対峙した時に、俺の取れる選択肢が少ないことに気づいたのだ。

走る、ジャンプする、しゃがむ。

一般人が何も考えずに実行できるのはこのくらいだろう。

しかし、アニメや漫画のバトル展開を思い出すと、それだけでは生き残れる気がしない。

事実、クラゲ妖怪との戦闘では何もできなかった。

もっと全身を駆使して大きく動き、敵の攻撃を華麗に避ける、そんな主人公達のポジションに立ちたい俺は、今まさに練習中である。

家の中庭で側転、バク転宙返り。

本当は地面を転がって緊急回避の練習もしたいのだが、服を汚したらお母様に迷惑をかけてしまう。流石に自重した。

(結構動けるようになってきたなぁ)

何事もそうだが、繰り返し練習することで初めて体に馴染み、とっさに動けるようになる。

アクロバットの練習を始めてから、体の動かし方のレパートリーが大幅に増えた。

できないと思い込んでいた動きも、試してみたら案外できるようになる。

片手でバク転や腕立て伏せができたときは自分自身驚いた。

自分の可能性がどんどん広がっていくような感覚だ。

「次は……これかな」

動画に出てくる動きは、俺が一度も試したことのないものばかり。

身体強化もなしに、よくこんな動きができるものだ。

人間の可能性とはかくも素晴らしい。

そうだ、壁を蹴って二段ジャンプとかできるんじゃないか?

「おぉ! できた!」

全力で跳び上がれば軒に手が届く。

前世ではこんなスタントマンみたいなことできなかった。

身体強化だけでなく、素の肉体性能も前世より鍛えられているからこそできた芸当だ。御剣家での訓練は無駄ではなかった。

調子に乗って何度も練習していると――。

「聖! お家の壁を蹴ってはいけません!」

いつの間にか来ていたお母様に叱られてしまった。

腰に手を当て、柳眉を吊りあげている。

あれ?

ここまでガッツリ怒られたのって、生まれて初めてでは?

いい歳した大人が一人ではしゃいで怒られるなんて……恥ずかしすぎる!

「何があった」

仕事部屋から親父まで出てきた。

頼むからこれ以上追及しないで。

「先ほどから物音がしていましたが、何をしているのですか?」

「体の動かし方を――」

「お兄ちゃん、何してるの?」

優也まで来てしまった。

お願いだから弟の前で恥ずかしい罪状を暴露させないで。

騒音を出す側は騒音に気付けない。

賃貸暮らしで嫌というほど知っていたはずなのに、やる時はやってしまう。

「ごめんなさい」

心からの反省と羞恥心の籠った謝罪によって、この場は許してもらうのだった。

幾つになっても、人は過ちを繰り返すものである。俺は前世含めて何度目か分からない気づきを得た。

「僕もやってみたい」

「やめておこうか。普通の人は失敗したらケガするし、家の中で暴れると家族に迷惑をかけちゃうから」

「えー」

俺が悪いことをすると優也も真似してしまうか。

次からはもっと人気のないところでこっそりやるとしよう。

〜〜〜

子供たちが寝静まった後の居間で、 強(つよし) と 麗華(れいか) は今日の出来事を話していた。

「聖があんなことをするとは」

「良い子すぎるくらい良い子ですから、たまにはやんちゃしてくれた方が安心ですね」

「それもどうなんだ」

「うふふ、聖も優也も、元気でいてくれれば、私はそれで十分です」

「……そうだな」

穏やかに語らいながら、夜は深まっていく。