軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

美月再起録 春 side:美月

事件の後、私はすぐに動物病院へと駆けこんだ。

幸い、ヨンキは軽い打身と診断されて、翌日には元気に走り回っていた。

この子が無事で、本当に良かった。

「ワン!」

私も大きな怪我はなく、すぐに日常へ戻ることができた。

むしろ、時折フラッシュバックしていたあの日の記憶も、今ではまったく見なくなった。

ただその代わりに、違う光景が……。

『美月さんが助けを呼んだら、僕が必ず助けに来るって、約束したじゃないですか』

『大丈夫ですか、お姉さん』

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

私は1人ベッドで身悶える。

両手で覆っている顔は火照っていて、リンゴのように赤く染まっていた。

私……私……聖君のことを……好きになってしまったみたい。

「何を考えているの私! 聖君はまだ9歳なのよ!」

そんなの、ショタコンと言われてもしょうがないじゃない!

どう考えても犯罪よ!

私とは10歳以上歳が離れている。

歳差婚なんて無理に決まって……あっ、芸能人だと結構いるんだ……。

えっ、20歳以上がアリなら――

「って、そうじゃないでしょ!」

お母さんに聞かれないように、声を潜めながら叫ぶ。

布団をかぶると、またあの時の光景が。

普段は「美月お姉さん」なのに、あの時だけ「美月さん」だったっけ。

その時の表情も、なんだか大人っぽくて……。

「ぅぅぅぅ」

身悶えしたせいでベッドが軋んだ。

「誰にも相談できない!」

もしもお母さんに相談したら、ただでさえ心労をかけているのに、さらに余計な心配をかけてしまう。

パタリと倒れるお母さんの姿が目に浮かぶ。

お父さんは泣きながら怒るかな。

そして、家族の理解を得られなかった私達は駆け落ちするの。

追手の来ない田舎で静かに暮らし、3人の子供に恵まれて……。

って、私、何を想像しているの!?

ダメ! これ以上考えちゃダメ!

ベッドに居たら変な事ばっかり考えちゃう。

私は気持ちを切り替えるため、ベッドから跳び起きた。

「さっきからうろうろして、落ち着きないわねぇ。どうかしたの?」

「ううん。何でもないよ」

リビングを周回する私に、お母さんが迷惑そうに尋ねる。

お風呂に入って、クローゼットからお気に入りの服を引っ張り出して、バッチリメイクまでしちゃったけど、何もない。

これから聖君がお祓いに来ることも関係ない。

全部終わってから「私は何してるんだろう」と自己嫌悪に陥ったのだって、何にも関係ないから。

ピンポーン

来た!

私は寝室に移動して、お母さんが聖君を連れて来るのを待つ。

すぐに寝室のドアがノックされ、私は彼を迎え入れた。

「美月お姉さん、こんにちは。もう大丈夫なの?」

「…………」

「美月お姉さん?」

「う、うん、大丈夫。座って」

聖君の顔を見た途端、胸が高鳴った。

これは……かなり重症かも。

「美月お姉さん、陰気はほとんど払ったけど、悪いことが起こらないわけじゃないから、お仕事とかは休んでもいいからね」

あぁ、聖君が私を心配してくれてる。

「大丈夫。聖君がいれば、私なんでもできる気がする」

「そ、そう? 無理しないでね」

聖君は私の奇行を気にした様子もなく、いつも通りお祓いをして、少しお話しして、帰って行った。

1人残された部屋で、私は言葉を漏らす。

「寂しい……って思っちゃってる」

口に出したら余計に寂しくなってきた。

ベッドに潜り込み、目を瞑る――少し前まで、これは嫌なことを思い出しての逃避行動だった。

まさか、いけない思いを抱えてベッドに逃げ込むことになるなんて、思いもよらなかった。

でも、これくらい許してほしい。

こんなに人を好きになったのなんて、初恋以来なんだから。

それからまた月日が流れて、私はようやく落ち着きを取り戻した。

今日も聖君の顔を見て胸が高鳴るけれど、初恋のような暴走はしない。

ただ、一緒にいると、 熾火(おきび) のようにジワリジワリと胸を温めてくれる。

むしろ重症化したかもしれないけれど、少なくとも現実は見えてきた。

「先月から変わってない。4のまま安定してる」

慣れた手つきで器具を扱う聖君が呟く。

可愛くて、頭が良くて、優しくて、仕事熱心で、光り輝いている。

まだ子供なのに、どんな男性よりも頼りになる人。

きっと将来、聖君は凄い人になる。

私なんかじゃ手の届かないくらい、凄い人に。

「うん、美月お姉さん。もう大丈夫だよ。おめでとう」

「ありがとう」

両想いになるとか、お付き合いするとか、結婚するなんて夢は見ない。

ただ、この子を支えられる人間になれたら、それは素敵なことだと思う。

もしもこの先で機会があったなら、恩返ししたい。

たくさんの勇気をくれた君に、いつか、必ず。

「聖君のおかげよ。本当にありがとう。……本当に、ありがとう」

ただ、この想いが消えるわけじゃない。

聖君とのお別れを済ませた私は、寝室で1人、彼が信仰する女神様に祈った。

「 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様、愚かな私をお許しください」

~~~

聖君のおかげで人間不信はかなり緩和したけれど、人と接触しない方が安心するのは変わらなかった。

それは、私の人生経験から得た生存本能のようなもの。

ストーカーの男が私に目を付けたきっかけが、落としたスマホを拾って渡してあげた時だと知って、なおのこと人との関わりを厳選するようになった。

だからかな、外出する時にマスクを着けると安心するのは。

顔を隠すと、他人の視線から守られているような気がする。

お母さんの提案でつけ始めた結果、こうしてヨンキの散歩をするのも気が楽になった。

それに、メイクの時間が短くなるのも良い。

「ワン!」

ヨンキも早く外に出られて嬉しそう。

いつものお散歩コースを歩いていると、私は向かいから見知った顔の女性が歩いてくることに気が付いた。

その女性は私に気付くも、会釈して通り過ぎようとする。

私が人を避けていると知っている、命の恩人さんだから。

「あの!」

「……何か?」

思わず呼び止めてしまった。

ここからどうすべきか、私は決めかねている。

「この間はお礼も言えずに、失礼しました。改めて、あの時は通報してくださって、本当にありがとうございました」

「気にしないで。貴女の元気な姿を見られて良かったわ」

恩人の女性はそれだけ返して歩き出す。

私がどこか無理をしていることに気づかれたのかも。

でも、もしもここで立ち止まったら、聖君に合わす顔がない。

「……あの!」

「ん?」

どこかの喫茶店で奢らせてくださいとか、お食事しましょうとか、以前なら言えた言葉が、まだすんなり出てこない。

何かお礼をしたいと伝えることすらできない私に、女性は優しい笑みを向けた。

「息子の習い事が終わるから、その迎えにいくところなの。良かったら途中まで、話し相手になってくれない?」

「はい!」

結局、また厚意に甘えてしまった。

そんな自分に自己嫌悪しそうになる。

でも、聖君が言っていた。

『そんなに自分を嫌いにならないで。自分のことを褒めてあげると、悪いものも寄ってこないから。……ってお父さん言ってた』

だから、一歩踏み出すことはできなくても、一歩も引かなかった自分を褒めてみようと思う。

私は意を決して尋ねた。

きっとこの繋がりは、悪いものではないから。

「お子さんはどんな習い事を?」

「絵を習っているの」

「絵が描けるんですね。すごいです」

絵画教室の前まで、私たちはしばらくお話しすることができた。

恩人の女性の名前は秋子さんと言って、息子さんと同じく絵を描くのが趣味だそう。

ジャンルは違うけれど、創作活動をしている私たちは不思議と話が合った。

「……ありがとう」

「いま何か言った?」

「いえ、何も。実は私も小説を――」

新しい出会いと共に、私は新しい人生を歩み始める。

聖君から 定期購入契約した(もらった) 御守りを胸に。