軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

踏み出す一歩

「昨日、美月が外に出たのよ」

玄関を開けて早々、嬉しそうに報告してくれたのは美月さんの母親だ。

「少し散歩したいって、私と外を歩いたの!」

感極まったのか、その目には涙さえ浮かんでいる。

ポッと出の俺と違い、母親は事件直後から美月さんを支えているのだ。

娘が部屋に閉じこもり、先行きが全く見えなくなった母親の心労は、察するに余りある。

「あなたのおかげよ。ありがとう!」

そう言って俺の手を取った母親は、大袈裟なくらい上下に振る。

分かりました、感謝の気持ちは伝わりましたから、そろそろ手を離して。

ひとしきり感謝された後、美月さんの部屋へお邪魔して、いつも通りお祓いをする。

先月測定したときは7.8だった。

8から抜け出したことで、ここからは改善も早くなるだろう。

美月さんが心を開いてくれたのを実感しつつ、いつものトークタイムへ。

今日のおやつはケーキである。

母親からの感謝の気持ちが込められた、大変美味しい逸品です。

ケーキに舌鼓を打ちつつ、美月さんと会話する。

話題はもちろん、外へ出たきっかけだ。

「聖君が小説を読みたいって言ってくれたから。中学生の頃、どうやってお話を思いついたのか、私思い出したの。下校中に見かけた古いお家に、どんな人が住んでいるか想像したのがきっかけだった。そこから物語が広がって……。だから、外に出たくなったの。聖君にとっては普通のことだと思うけど」

「ううん、美月お姉さんが頑張ったこと、僕は知ってるよ。よく頑張りました」

よく一歩を踏み出したね。偉い。長く生きたからこそ、俺はその難しさを知っている。

無邪気な子供を演じて、俺は美月さんの頭を撫でた。

美月さんはこそばゆい顔で、されるがままである。

「聖君、ありがとうね」

俺も、親父も、美月さんのご両親も、美月さんの外出を喜んだ。

しかし、これは俺たちのエゴかもしれない。

辛い経験をしたばかりなのに、外に旅立たせるのは酷な仕打ちとも言える。

それでも、必要なことだったと思う。

美月さんのご両親だって、いつまでも娘を守ってあげられるわけではない。

妖怪や陰気のせいにして、いつまでも引きこもっているわけにはいかない。

厳しい社会を生き抜くには、誰しも戦わなければならない世の中だ。

そして、彼女の身の周りにはまだまだ危険が潜んでいる。

7.8だと理不尽な不幸に見舞われる可能性がある。

不慮の事故、病気、盗難など、様々な不幸が起こり得るのだ。

ゆえに、俺からこれを贈ろう。

今回はサービスだ。

「頑張った美月お姉さんにはこれをあげる」

「御守り? ありがとうね」

いざという時、この御守りを強く握り潰すように伝えた。

外に出る時は必ず身につけるように、とも。

美月さんもただの御守りではないと察したのだろう、真剣な表情で頷いた。

「美月お姉さんがピンチの時は、必ず僕が助けに行くから」

~~~

美月さんのお祓いが終わった次の日曜日。

すくすく成長する俺の体は、今朝も一歩大人へ近づいた。

「「「「ごちそうさまでした」」」」

「あっ、お父さん、ちょっと待って」

朝食を食べ終え、ダイニングから出ようとした親父を引き留める。

口内を舌で探り、これまでの経験からイケると判断した陥落寸前の乳歯に、最後のダメ押し。

「やっぱり抜けた」

「2回目の召喚か」

さて、今回は俺と親父のどちらが召喚するのか。

俺としては第陸精錬霊素による召喚を試してみたいところだが、前回約束を破ってしまったからなぁ。

親父としてはやらせたくないだろう。

親父も召喚したいだろうし。

「お父さん、木箱取って」

「ああ」

本来は当主が召喚する慣わしなので、ここは譲るべきだ。

あまり何度も我が儘を言っては“我儘の効果”が下がってしまう。

それに、俺の乳歯はまだ3回分残っている。

もう1回くらいやらせてくれれば十分だ。

お母様が心配そうな声音で俺に話しかける。

「最近お仕事をしたばかりじゃないですか。辛かったら素直に言ってください。危ないことを何度もさせるのは、お母さんとしては心配です」

ん?

お母様は俺が召喚すると思ってるのかな?

「前回は問題なかった。今回は念入りに準備をする。金は掛かるが――」

「お金の心配はしていません。まだ幼い子供に戦いをさせるのが心配なのです」

んん?

親父の発言に違和感を覚える。

まるで、俺に召喚させるのが決定しているかのような口ぶりだ。

むしろ、その先を考えているまである。

「何事も暴力で解決できると学んだらどうするのですか?」

「聖に限ってそんなことはない」

「子供の頃の経験は人格に大きな影響を与えます。小学生のうちから危険なことばかりさせたら、どんな影響がでるか……」

ごめんなさい、もう既に凝り固まっています。

ろくでもない経験で汚れ切った人格なので今さらです。

「大人と比べても遜色ない仕事ぶりだ。幼くとも、確固たる意志を持っている」

へぇ、親父からの高評価とは。これは珍しい。

ちょくちょく褒められはするが、口下手な親父がこうもストレートに褒めてくることは少ない。

「だからといって、怪我をする危険性はなくなりません」

「聖は強い。私よりもだ。怪我をする危険性は低い」

「危険なものは危険です。前回は経験を積ませると言っていましたが、召喚は2度目でしょう? もう少し大きくなってからでも良いのでは?」

こういうやり取りはたまに発生するが、子供の前ということもあってすぐに切り上げることが多い。

しかし、いつもならそろそろ終わるタイミングなのに、今日はまだ続いている。

「貴方の言うことも分かりますが――」

「聖の将来を考えれば――」

あれ?

俺は、親父が式神を召喚して戦うところが見られたらそれで十分だったんだけど、どうしてこうなった。

やめて、俺のために争わないで。

「何れは通る道だ。聖の才能を鑑みれば、少しでも多く経験を積ませた方が良い」

「見取り稽古というものもあります。この間お話したときも思いましたが、あまりに駆け足すぎでは?」

駆け足であることは間違いない。

俺が次々新しい知識を欲しがるものだから、ついに教えられることがなくなったそうだ。

しかしながら、お母様の懸念はそこではないだろう。

俺がどのようなことをしているのか、詳しく知らないから不安になるのだ。

だったらいっそ、見せてあげたらよい。

「お母さんも一緒に行ってみない?」

親父に視線で問いかけると、渋々と言った様子で頷いた。このままでは話し合いが平行線を辿ると気づいているのだろう。

優也も両親の不穏な空気に涙を浮かべ始めている。

家族会議はここらでお開きだ。

「行くとは、どこへですか?」

可愛らしく小首を傾げるお母様に、俺は告げる。

「峡部家の訓練場だよ」