軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ぷちん

亮哉が戻る前。

部屋に一人でいる真白は留守番を頑張っていた。

義理の姉、尾羽莉菜の部屋を通ってベランダに行って洗濯物を取り込み、たたんでいく。

真白の正体は白蛇である。

人型になる時は自然と巫女衣装になってしまうが、これは霊力がそう見えているだけの仮初の物体であるので、洗濯の必要はない。

だから、本来なら真白の洗濯物はそんなにないはずなのだが、ここには大量の真白の衣服がある。

亮哉の服の方が少ないぐらいだ。

真白の洗濯物は母、堂城香澄が亮哉に押し付けたものだ。

「まったく、母様は……」

ぶつぶつと言いながらたたんでいく。

母の深い愛情はありがたい……特にスマホはありがたい……が、夫である亮哉と比較すると自分はすごく贅沢しているなと思ってしまう。

亮哉が気にしていないからまだいいけれど、なんとなく申し訳ない気持ちになる。

ここは公営団地で、家賃は収入によって上下するようになっている。

昭和のバブル期に建設されたこの団地は頑丈な作りではあるが、築年数は余裕で半世紀を超えている。

そのため、最低額はとても安い。

尾羽家が支払っている家賃は最低額だ。

そして、尾羽家の家長である母親は、内縁の妻のような立場で男の家に転がり込んでいる。

家賃や生活費は男の金を使って送ってきてはいるが、それ以上の干渉はしてこない。

というのは母が調査させて出てきた情報だ。

その後、亮哉自身からも聞いている。

自分の母の深い愛を知っている真白としては信じられない所業だが、母の母……祖母もまた自分の生活のために娘を手放すような人間であると聞いている。

そして、その祖母がこの団地のどこかに住んでいるとも。

だが、詳しい部屋番号などは聞かされていない。

直接見ることができれば、あるいは母と似た面影などからわかるかもしれないが……。

気にはなるけど、自分から探してまでとなると……気持ちが萎える。

母に似た顔で、母とは似ても似つかないようなことを言われては怖い。

「……はっ!」

いつの間にか思考が自分の祖母のことになっていて、真白は首を振った。

いまは、亮哉との差について考えていたのだ。

真白はすでに尾羽亮哉の妻なのだ。

ならば亮哉の生活レベルに合わせるべきではないのか?

しかし、高校生である亮哉に自分の生活費を負担させるのは心苦しい。

そして、いまの自分の霊力によってもたらされる幸運や家運が、亮哉の母に影響を与えるだろうことにも複雑な気持ちになる。

リアルな収入の問題となるとどうしてもそちらの縁を無視することはできないので、亮哉を金銭的に楽にしようと思えば母親側も幸運にしないといけない。

それが、どうにも腹立たしく、心苦しい。

家運という名の霊力の縁続きができているので、真白も亮哉母のことをある程度把握できているのだが……おそらくどれだけ収入が良くなろうとも、息子の亮哉を見ることはないだろう。

そういう人間なのだ。

そんな人間の運を良くしてやらなければならないのが、むかつく。

「しかしそれも、旦那様が独り立ちするまでのこと」

独り立ちして自らの家庭を意識してくれれば、家運という括りは亮哉が起点となり、母親やその男との繋がりは切れるだろう。

「その時は……どうしてくれよう」

洗濯物をたたみながら、亮哉には決して見せない黒い笑みを浮かべていた時だ。

「はっ!」

危険な気配の接近に気付いた。

この気配には覚えがある。

「あの時のナメクジ!」

モールでこちらを襲撃してきた乱暴者のナメクジだ。

「まさか、攻めてきた?」

気配は明らかにこちらに近付いてきている。

車移動の途中というようなものではない。

徒歩で、明確に標的を定めた方向性を持って、こちらに近付いている。

真白は慌てて玄関の鍵を確認し、ベランダなどの戸締りをした。

その上で結界を張る。

誰もこの中には入らせない。鉄壁の意思を持って玄関に立ち、ドアの前に立った者と対峙する。

ノブが回転した。

「おやぁ?」

ドア越しのくぐもった声は、やはりあの時のナメクジ、虹色美少年のものだ。

「開かないぞぅ?」

そう言いながらノブを回し続ける。

「開けろよ、ヘビぃ。いるのはわかってんだぞぅ」

「……」

ねばつくような声がドアを通り越して真白ににじり寄ってくる。

いまの真白は自身に有利な土地にいるため、苦手なナメクジを前にしても金縛りになるようなことはない。

しかし、逆を言えば、自身に不利な土地にいてもなお、真白を圧倒しようとする妖力をこのナメクジは持っているということになる。

「あの時ぃ、ボクをぶん殴ってくれた奴はここに住んでるんだろぅ? 逃げられないようにお前を人質にしてやるからぁ。開けろぅ」

「そんなことを言われて、開けるはずがないでしょう」

慌てるな。

桐郎市内の神社は全て蛇神信仰だ。

ナメクジの接近と攻撃はすぐにそこで察知され、タチキの堂城家にも知らせが届くはず。

援軍は来る。

真白はただ、ここで耐えていればいいだけだ。

「ふうんぅ」

ドアを開けない真白に苛立ったのか、虹色美少年が別の手段を講じてきた。

全身にのしかかる妖力の圧が増す。

「この建物全体にぃ、ボクの結界を張ったぁ。このままじゃあ、みんな死ぬなぁ」

モールで使った虹色美少年の妖術のことを言っているのだ。

あの時は亮哉だけを対象にしていたが、それを団地のこの部屋がある号棟全体にしたというのだ。

それだけでも虹色美少年の恐ろしさがわかる。

だが、それ以上に……。

「あなたは! そんなことをしたら……」

妖怪の物理的干渉を知られれば、それを退治するための人間の組織が動き出す。

「知ったことかぁ」

虹色美少年はドアの向こうで吐き捨てた。

「こんな、ただ数だけの人間の影に隠れるような生き方にはうんざりしてるんだぁ。死ねばいいよぅ。死ね死ねぇ」

「……」

その言葉に真白は冷や汗が浮かんだ。

だが、真白は結界を緩めることはできなかった。

虹色美少年は真白を人質にすると言った。

それはつまり、亮哉に迷惑をかけるということだ。

そんなことは、妻としてできない。

「ふうんぅ」

じっと耐える選択をすると、虹色美少年はそう漏らした。

「まだ耐えるかぁ? でもいいのかぁ?」

「なに?」

相手の言葉に乗るのは悪手だとわかっていながら、その粘着質な問いを無視することができなかった。

「 玖賀理姫命(くがりひめのみこと) ぅ」

「っ!」

それは母親が継承した名前だ。

父の人間として名前は清十郎だけれど、神としての名前は 龗賀大神(おかみよろのおおかみ) 。

その妻の名前は代々、玖賀理姫命となる。

「今代の玖賀理姫命のぅ、母親がここにいるのは知ってるんだぜぇ。死ぬなぁ。お前が見殺しにするのかぁ?」

なぜ、そのことを知られているのか?

「神様ぶった断鬼の連中をぶっ潰す計画はいつだって企んでるんだよぅ。敵を知るのは当然だろうがぁ」

「…………」

真白は悩んだ。

祖母……会ったこともない人物。

孫である真白たちどころか、娘である堂城香澄の様子を見にくることさえもないような人物。

そんな人間が死のうが生きようが、知ったことではない。

知ったことではない……はずだけれど。

真白は結界を解除した。

玄関の鍵が勝手に開き、ドアが開く。

ネチャリとした笑みの虹色美少年がそこにいた。

「はは、神様は人間を見捨てられないかぁ? 不便だなぁ?」

「妖に堕ちたお前たちにはわからないことです」

「ははっ、言ってろぅ」

虹色美少年の手が真白に伸びた。

部屋に真白がいない。

ただ、床にメモが落ちていて、そこに『次の連絡を待て』と書いてあった。

「待て?」

はは。

「冗談じゃない」

頭の中で「ぷちん」という音が聞こえた気がした。

誰が……僕の家庭を壊そうとしている?

ダウジングアイをかけて「真白」と呟く。

しっかりとした太い線が遠くに伸びていった。

「待てるわけがない」

僕は、アイテムボックスに向かった。