軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

姉とアイテムボックスと僕

去年の師走に姉がいなくなった。

家庭的に問題だらけの我が家が嫌になっていなくなったというのはわからない話でもないと周囲は思ったのかもしれない。

慌て、荒れ果てる僕に対して周囲は多少の同情的な視線と、不幸話なんてそこら中にあるという顔で数日見られた後は、いつも通りの日々となった。

そして春。

僕は高校二年になり、新学期一日目を終えて一人になった我が家に戻ると……我が家はアイテムボックスになっていた。

なにを言っているのか……僕にもわからなかった。

玄関を開けるとすぐにキッチンになっていて、そこから風呂とトイレ、三つの和室につながっている。

そんな古い団地に僕は住んでいる。

親?

父親は知らないし、母親は男のところにいる。

生活費を送ってくる程度の責任感は持ち合わせているので、児童相談所には駆け込んでいないぐらいの関係だ。

姉がいなくなったと連絡した時には、まず「それなら生活費は減らしてもいいわね?」と言ってきたぐらいなのでなにも期待はしていない。

まぁ、親のことはいいんだ。

いまさら愚痴ることでもない。

僕が成人してここを出ることになったら、連絡先は絶対に教えないようにして消えていくだけだ。

それよりも……。

学校から帰って、靴を脱ぎ、自室にしている部屋の襖を開けると、そこにある六畳間が拡大されていた。

机とベッドと本棚が置かれた部屋。

その部屋の、いま僕が立っているキッチンに繋がる襖と姉の部屋につながる左の襖がある側以外の二方向の壁がなくなり、空間が広がっていた。

目に優しい薄い緑の壁と床。光源は見当たらないのに際限のなさそうな空間はどこまでも見渡すことができる。

「……は?」

と言うしかできない。

いや、他にどうしろと?

どういう感想を抱くことが正解なのか?

なにもわからないまま立ち尽くしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「成功かなぁ?」

「は?」

女性の声。

いや、同年代ぐらいの少女の声?

それより、その声には覚えがあるような気がした。

「んん? 空間拡大はできているみたいだけど……うん、成功しているみたいだ。なら実験だ。てぇい!」

そんな声の後に、なにもなかった空間にパサりと置かれたのは……服だった。

あまり見ないデザインのシャツと……下着。

女性用の下着だ。

そのしわくちゃっぷりからして、洗濯後でないことは明白というか、明らかに洗濯前の物。

使用後ともいう。

そんなものがなにもなかった空間にポツンと置かれ、奇妙な自己主張をしていた。

「うん、よし! 成功! 空間無限! 時間停止! その他オプション多数のアイテムボックスの完成だ! さすが私! 天才!」

そんな声が響く。

やはり、その声には覚えがある。

「ようし! これで全部入るね。引っ越しできる! さらばクソッタレ魔道学園! 私は自由と冒険の旅に出るのだ!」

聞き覚えのある声は次にそう言うと、空間に次々と物体が現れた。

まずは服。

どこかの学校の制服らしきもの、普段着、それから杖? 盾? 理科の実験道具のようなものに、大量の本に、謎の葉っぱの束とか……。

「いや、汚い!」

「へ? うえぇぇ?」

「なんで汚れ物と洗濯してある服が一緒に入ってくる? 本がぐちゃぐちゃになっている? 物の整理ができていない!」

「え? なんで? え?」

「前から言ってるだろう! ちゃんと順序立てて物を並べないと、あるものとないものがはっきりしないって! 整理しろって!」

「その声は? え? 嘘でしょ?」

「わかってんのか、姉ちゃん!」

「お、弟ぉ! 亮哉(アキヤ) なの⁉︎」

「そうだよ」

この声の主、絶対に僕の姉、 尾羽莉菜(おばねりな) だ。

ちなみに、僕の名前は 尾羽亮哉(おばねあきや) だ。

「お、弟の声のナビゲーション機能なんて、付けてないんだけど?」

「僕だって、自分の部屋を広げてくれなんて頼んでないけど?」

それから僕たちは話し合ったというか、事実確認をした。

つまり、姉は失踪したと思われたあの日に死亡して、そして異世界転生をした。

どこかのファンタジーな世界で村人Aとして暮らしていたら、魔法の才能を見出されて魔道学園に入学して魔法使いになるための勉強をしていたのだという。

そして今日、そちらのファンタジー世界にはなかったアイテムボックスの開発に成功するという偉業を成し遂げたのだそうだ。

「で、これから夜逃げしようと思っていたら、なぜかアイテムボックスから弟の声がするというホラー展開に。アキヤ、『異世界転生したらアイテムボックスだった件』なの?」

「違うよ。殺すな!」

「じゃあ、本当にアキヤの部屋に繋がったのか。どういう理屈? いや、そうね……」

「なにさ?」

「作ってる時に……こうやって仮想の空間でトンネルを作ったら、アキヤを迎えに行けるかなって考えてから、それが作用したのかも?」

「どういう理屈だよ」

「ええとね、魔法ってけっこう使用者の精神状態で振り幅があったりするから」

「そういうもんなの?」

「そういうもんなのです。精神も関係する理系みたいな?」

さすが魔法。

アバウトだ。

「……アキヤは元気だった?」

「まぁ、それなりに、ていうか俺まだ高二になったばっかなんだけど?」

「え? こっちはもう十六年過ぎてるけど?」

「時間の流れが謎すぎる」

「まぁ、魔法だからねぇ。異世界も間に入っているし、時間の流れが同じになるとは限らないよね」

となると、僕は未来の姉と会話しているということになるのか?

いや、まぁ……わからん。

「それで……そういえば夜逃げとか不穏ワードが聞こえたような」

「あ、そうなのよ。これから逃げるのよ」

「なんで?」

「いや、それがなんでか知らないけど学園にいる王子様に「おもしれぇ女」扱いで気に入られて、婚約者捨てるから結婚しようとかわけわかんないこと言い出して」

「乙女ゲーかよ。悪役令嬢に逆襲されてしまえ」

「そう! 悪役令嬢が主役なのがむしろいまは本流でしょ? だからそうなりたくないから逃げ出すの。というわけで、お姉ちゃんはこれから忙しくなるので、また後で!」

「あ、おい」

「ついでに荷物の整理しといてくれると、お姉ちゃんたすかる〜」

そう言った後に、さらに怒涛の勢いで荷物が放り込まれていった。

「これを……整理するのか」

ぐしゃっと山になった荷物を見て、僕はため息を吐いた。

長い戦いが始まりそうだ。