軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.祖父母登場です(第二話)

午後になると先々代の公爵夫妻を迎える最終調整に入り、緊張感漂う公爵邸。

リデラインはベティや他の侍女の手で紫を基調としたワンピースを着せられ、髪もセットされ、準備万端で待機していた。祖父母の到着までには少し時間があるので、自室で本を読んで暇を潰している。

いつもならすぐ本に没頭してしまうのに、今日は内容が頭に入ってこない。ただ文字を追っているだけの作業となっていて、リデラインはため息を吐いた。

「お嬢様、ジュースをどうぞ」

「ありがとう」

ベティから渡されたグラスに入っているりんごジュースをちびちび飲んでいると、ジャレッドがやってきた。

部屋に入ったジャレッドは、グラスをテーブルに置いて椅子から降りたリデラインの姿を確認する。

「準備は済んでるな」

「うん。かわいい?」

「あー、可愛い可愛い」

「てきとう」

投げやりな肯定にリデラインがぶすっとして不満を述べるも、ジャレッドはどこ吹く風である。

ジャレッド本人からの希望もあって、リデラインはジャレッドに対する敬語をやめた。それだけでうんと距離が縮まったように感じるのだから、人との関係性において口調が一定の役割を持つことを強く実感した。

身体年齢に多少引っ張られていることはよくあるものの、リデラインの中身は一応、十四歳である。十歳のジャレッドは年下なので、敬語ではないほうが話しやすい。

貴族は兄弟や親子の間柄であっても敬語を使うのは珍しくないし、そちらが割合としては高いだろう。ジャレッドがそれを嫌うのは、単純に堅苦しいのが苦手だからだという。ジャレッドは昔から邸の外で領民の子供たちと遊ぶことも多かったので、納得の感覚だ。

「そろそろ時間だぞ」

「わざわざ教えに来てくれたの? ありがと、お兄さま」

へらりと笑顔でお礼を言うと、ジャレッドは「まあな」と告げた。

敬語をやめたことで、ジャレッドに対するリデラインの言動が、前世で弟に接していたようなものに近くなっているという自覚がある。構ってほしい欲があるのだ。ローレンスを前にする時のような不意に襲ってくる気恥ずかしさがないのも増長の一因になっている気がする。

悪く言うとしつこいというか図々しいので、自重するように心がけてはいるけれど、ジャレッドも存外、リデラインがくっついても本気で嫌そうには見えないのが救いだ。

(甘えたかったんだろうなぁ、私)

最近、理解したのだ。

瑠璃は自身が家族の邪魔になっているような気がして、甘えることを控えるようになった。嫌われようと決意してからはわがままで振り回したけれど、それは『甘える』とは決定的に違っていた。

本当は、もっと普通の家族らしくありたかったのだ。そしてそれは、瑠璃が遠慮などしていなければ、おそらく叶っていたことだった。

リデラインも、最初こそ人見知りもあって甘えるのが苦手だったけれど、常にリデラインを気にかけて構ってくれる公爵家の者たちに、特に兄たちに、ようやく甘えられるようになっていた。自分が養子であることも成長とともに忘れて、本当の家族のようになって――それが壊れて一年が経過し、関係が修復できたことで、我慢していた欲が解放されたのだろう。

と、自己分析をして、リデラインは自分がまだまだ子供だと思い知る。

そして、今度こそ子供らしく好きに過ごしたいと改めて思う。大好きな兄たちと、大好きな公爵家。この場所でずっと――嫌でも結婚の話を考えなければいけない年齢になるまで。

ジャレッドとベティと邸の外に出ると、すでに両親や他の使用人がいた。使用人たちは綺麗に整列している。

ヘンリエッタの隣にジャレッドが、その隣にリデラインが立って、馬車の到着を待つ。予定ではあと数分のはずだ。

「緊張してんのか?」

「……うん」

ジャレッドに声をかけられて、リデラインは頷いた。その緊張の原因をジャレッドは察しているようだ。

「まあ、お祖父様はとっつきにくいっていうか、なんか怖いもんな」

「お兄さまも苦手でしょ?」

「……」

否定はせず、ジャレッドは無言で門のほうへと視線を向けた。

ほどなくして、邸の門が開くのが遠くに見える。敷地内に入ってきた馬車はスピードを落とし、リデラインたちの五、六メートルほど前で止まった。

御者がドアを開けるとまず馬車の中から降りてきたのは、白髪交じりの紺色の髪の男性だった。彼が差し出した手に手をのせて、灰色の髪に青い瞳の女性も地に降りる。しわのある肌は二人の大体の年齢を教えてくれる。

「お久しぶりです、父上、母上」

デイヴィッドが代表してまず挨拶をすると、老齢の夫婦も口を開く。

「ああ」

「久しぶりね、デイヴィッド。ヘンリエッタさん、ジャレッド、リデライン、みんなも」

フロスト一家だけではなく他にもいる使用人たちとも目を合わせ、祖母パトリシアは柔和な笑みを浮かべた。使用人たちは頭を下げることで応える。

「道中、何かお困りだったことはありませんか?」

「この年になると移動は疲れるものよ。ねえ、あなた」

「そうだな」

パトリシアに同意を示した祖父オーガスタスは、銀色の双眸でリデラインを捉えた。肩を揺らし、リデラインは隣のジャレッドの後ろに少し身を隠す。

祖父は切れ長の目で、目つきが怖い。睨まれているわけではないことは雰囲気からわかるけれど、睨まれているようにしか見えないのだ。

怯えているに近い状態になっているリデラインに、ジャレッドが気遣わしげにちらりと視線を向ける。

「大丈夫か?」

「たぶん」

リデラインは一年、わがままな振る舞いを続けていた。その間、祖父母と顔を合わせる機会は何度かあったけれど、距離を置かれていたし、叱られることは一度もなかった。そこは両親や兄たちが教育すべきことだと割り切っていたのかもしれない。

叱られはしなかったけれど決して良い顔をされていたわけでもなかったため、リデラインは祖父母に近づこうとしなかった。養子のリデラインを祖父母は認めていないために干渉してこなかったのだろうと決めつけていた。

良くも悪くも、リデラインが変わる前と後で、祖父母の態度そのものに大きな変化はなかったように思う。元から少なかった接触が更に減っただけで。

そんな祖父が、リデラインを凝視している。

目を逸らすと、祖父がリデラインとジャレッドの前に来て立ち止まった。

「二人とも、元気そうで何よりだ」

「はい」

返事をしたのはジャレッドだ。リデラインも恐る恐る祖父を見上げると、その視線はやはりリデラインに向けられていてびくりとなる。

「リデライン」

「……はい」

祖父の声が意外にも柔らかい音で、リデラインの緊張がわずかに解れる。

「私の判断が甘かったばかりに、ヨランダのことで苦労を強いてしまった。すまない」

突然その話になるとは思っていなかった。

「いえ……お祖父さまのせいではありませんので」

「私があれの本質を見抜くことができずフロストに置いていたことが、あのような事態を招いたのだ。申し訳ないことをした」

真摯に謝罪の言葉を伝えてくる祖父にリデラインは目を瞬かせる。言葉を紡げずにいるリデラインに、祖父は訊ねた。

「何かほしいものはないか」

「……特には」

「そうか。何か思いついたらすぐに言いなさい」

無表情だけれど、祖父からは確かに心からの気遣いが感じられた。