軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

事件の行方

「申し訳ありません。本当に失礼な言動があったと思うのですが、あれでも僕の大事な先輩なんです。どうか僕に免じて、お許し頂けませんでしょうか」

怒りと困惑と戸惑いが入り交じるエリーゼに向かい、エインスは深々と頭を下げる。

王家に連なるものに対しありえぬ振る舞い。それはすでになされてしまった。

さりとて、その当人は紛れもなく彼の……エインスの恩師にほかならないのである。

いや、それどころか、普段はユイに対し反発を繰り返すリュートまでもが、「どうか」という小さい声を発し、エインスと同じように頭を下げた。

今回の同行者の中において最も信頼していた二人の反応。

それを前に、エリーゼはやや気まず気な表情を浮かべると、迷いながらもその口を開く。

「……あんな左遷者の言動なんて気にしません。私にはやらなければいけないことが山積みですから。それよりも、問題はこれね」

話を変える意味も含め、エリーゼはさきほどユイから放り投げられた紙束に再び視線を向ける。

「これが事実だとしたら、当事者達は一網打尽ね。でも……」

ユイの集めていた資料の詳細さとその分量に、おそらくその内容が事実であるとエリーゼは確信していた。

むしろよくもこれだけのものを集めていたものだと、感心さえ覚える。

しかしユイの先ほどの自分に対する態度もあり、彼女は素直にその内容を認めることができなくなっていた。

「それで……今後どうなされますか?」

彼女なりに隠そうとはしていたが、エリーゼの葛藤はリュートからすれば一目瞭然であった。

だが彼は警備主任としての立場から、ここで無為に時間を過ごすわけにもいかず今後の方針を問いただす。

「とりあえず、今日は一度カーリンへ戻ります。明日はクロセオン山脈へ向かう予定だったから、あそこにある魔石工房を視察することにしましょう。この資料を見る限りでは、その工房も彼らが一枚噛んでいるようですからね」

エリーゼの示した方針に対し、リュートは一度大きく頷く。

そしてわずかな躊躇の後に、彼女に向かって確認を行った。

「……それでは、あいつの書いた資料をお信じになられるということでいいですね?」

「現時点では、これが本当に信用に足りるかどうかはわからないわ。でも、明日の視察でこれが正しいのかどうかはっきりするでしょう。その上でこの内容が事実だとするなら、この資料を基にカーリンに巣食う下衆どもを中央の裁判所送りにします」

そう明言してエリーゼが方針を定めると、リュートは直ちに一礼しカーリンへ引き返すために指示を飛ばし始める。

「ユイ・イスターツ……か。ラインバーグはああ言っていたけど、貴方は本物? それとも……」

王女が漏らしたその呟きは、決して誰の鼓膜にも届くこと無く、そのまま虚空へと霧散していった。

「はは、やっちゃった」

戦略部の部屋にて頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、ユイは皆の前でそう第一声を発する。

すると、魔法戦士用の軽装に身を包んだ赤髪の長身女性が、間髪入れずにユイに向かって怒声を放った。

「このバカ上司が!」

「いや、はは……ごめん」

昨日の王女護衛にてユイがトラブルを引き起こしたと聞き、一人で待機任務をさせられていた戦略部所属の女魔法士であるナーニャ。

そんな彼女は、いまいち反省の乏しい彼の上官に対し、呆れるとともに苛立ちを隠せない。

「ナーニャ、落ち着けって。旦那も俺達の事を思ってだな――」

ナーニャは今にも掴みかからんばかりの勢いであったため、慌ててクレイリーが二人を取りなそうとする。

しかし彼のその行為は、ナーニャの怒りの矛先をカインスとクレイリーに向けるだけであった。

「あんたらもだよ、このハゲ腰巾着と無駄筋肉が!」

「「す、すいません」」

そのナーニャのあまりの剣幕を前に、まるで蛇に睨まれた蛙のようにカインスとクレイリーは異口同音に謝罪する。

「はぁ……しかしどうしたものかな。あんな偉そうなことを言って来ちゃったけど、やっぱり首……かな」

普段はユイ自身が罵倒されることがあっても、彼は決して怒ることはない。

しかし部下や仲間を罵倒されると、感情的になってしまう事があるのは彼の悪癖であった。

もっともクレイリー達にしてみれば、だからこそこの若い隊長を敬愛しているのだが、しかしながら結果として今回は最悪の事態を招くに至る。

「なあカインス、お前の家って確か商人だったよな? 店で賊が暴れてもすぐ取り押さえることができる、優秀な警備員を雇う気はないか?」

「兄貴……こんな厳つい警備員がいる店なんて、賊だけじゃなくて客自体がやって来なくなりますよ」

クレイリーの願望混じりの問いかけに対し、カインスは豪快に笑いながら却下する。

その答えを受けてクレイリーは思わず一つ唸ると、再度真剣に自分の将来設計を悩み始めた。

怒鳴りつけてもすぐに何事もなかったかのように話し始める二人。

そんな彼らを横目にし、ナーニャは彼らを相手にしていられないとばかりに、ユイの表情を覗きこんだ。

「隊長。こうなる前に、タリムの首根っこを押さえることはできなかったのかい?」

「……それは無理だね。確かに情況証拠やある程度の物証は押さえていたけど、実際王都の司直に根回しして初めて捕縛の辞令が出る。既に相当額の彼らの賄賂が王都に流れていることを考慮すると、もう少し必要な物証を抑えない限り、タリムに辿りつけない可能性があったからね」

三年前にユイがこの街に赴任して来てから、今日まで一貫して行なって来たのは、カーリン軍の内部調査であった。

もともと陸軍省の現地採用兵のみによる単独人事で運営されてきたカーリン軍であるが、その内部の規律は既に緩みきっており、腐敗の温床となっていた。

そこでカーリン軍のトップであるエルンストは、監査目的にカーリンへと派遣されてきたユイに内部調査の全てを任せている。

もちろん内部調査以外に様々なトラブルが重なったこともあり、少なからぬ時間はかかったものの、様々な筋から裏取りをしてタリム派の汚職の物証をまさに抑えている最中であった。

「しかし、これで全ては姫さんの手柄にされちまうよ。あたい達はともかく、隊長にとっては中央に帰るせっかくのチャンスだったっていうのに……」

ユイのことを思い、ナーニャは少し悲しげな表情を浮かべる。

流れ者として各地を流浪していた彼女は、数年前にこの街へとたどり着き、そして食い扶持を稼ぐために非合法な活動にその手を染めていた。

そんな彼女を拾ってくれたのが目の前にいる彼の隊長である。

やる気は欠片もないが、紛れもなく有能で恩人でもあるこの上官。そんな彼を、彼女はいつか中央へ帰してあげたいとずっと考えていた。

「ナーニャ……私はもう中央に戻る気はないよ。だから元々タリム達に関する資料は、私の名前を介さずに自然な形で司法省に渡るよう準備していたのだからね。だって私はこの街が好きだし、私がいないと誰が君達のような問題児の面倒を見るんだい?」

「揉め事を起こしてきたあんたが言うんじゃないよ」

先ほどのように上官を咎める言葉を発したが、ナーニャの表情には先ほどとやや異なり、穏やかな笑みが浮かんでいた。

その笑みを見て、ユイは思わず頭を掻く。

そして建前だけでも謝罪の言葉を口にしようかと彼が思ったタイミングで、急に部屋のドアが開けられた。

すると、開け放たれたドアからは、フートと伴にいつになく焦った表情を浮かべるエルンストがその姿を見せる。

「先に言っておくがイスターツ君、君の解任は無いよ。おそらく君のことだから、そんな話をしているところだったと思うがね。どちらにせよ、すぐにでも君達に一働きして貰わないといけなくなった」

「……何がありました?」

珍しく余裕のない表情を浮かべるエルンストを目の当たりにして、ユイはただならぬ事態が起こったことを理解する。

「タリムが私兵と傭兵を私邸に集めている……つまり反乱だよ」

エルンストの真剣な表情から、ユイはそれがジョークでないことを悟る。

そして当たらないでほしい予想ばかりが当たると、彼はその内心で深く深く神を呪った。