軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決別

視察二日目。

その日はカーリン市内の視察ということで、市内各所の案内と説明に一日忙殺されるも、トラブルらしいトラブルは何一つ生じなかった。

そう、問題が起こったのは、視察三日目の郊外視察の際である。

「これはどういうことなのかしら?」

エリーゼは租税代わりに収められる穀物庫内にて、管理担当官の前で冷たい笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。

予定外の場所、予定外の視察。

そう、王女一行は本来ならば今頃、郊外の農業現場を視察しているはずである。

しかし市内を抜けた途端、彼女は突如予定の変更を言い出し、その結果がこの穀物庫における租税の内部調査である。

「いや、これはたまたま記載の間違いでして」

穀物庫の担当官であるアスピール三等官は、王女の視線に耐えられず思わず下を向いて答える。

すると、ここぞとばかりに王女はアスピールに詰め寄る。

「そうですか。では、租税にて徴収された穀物が半分も貯蔵されていないことは、たまたまで済むことなのね」

「いえ、そうではありませんが……何分すぐに原因がわかりませんので」

担当官は予想外の王女の追求を前に、それ以上の言葉を発することができなくなってしまった。

事の初めは、彼が穀物庫の詰所に出勤し、いつもの様に同僚とチェスを嗜んでいた時のことである。

突然入口のドアが勢い良く開けられたかと思うと、王女を含む一行が事務所内に飛び込んで来たのであった。

「私も王家の一員としては、民の皆さんが納められたものを、実際にその目で確認してみたいの」

そう切り出したエリーゼは、急に護衛の近衛にアスピール達を拘束させると、侍従たちに納税記録書を探させ、本人はそのまま穀物庫内へと足を進めていく。

当初は何が起こったのかさえわからず呆然としてしまったアスピール達であるが、取り押さえられ納税記録書を探され始めた段階で、事の重大性に気づいた。

「お待ちください! この施設への訪問など私達にはなんの連絡もありません。これはどういう法的根拠を持っての訪問ですか?」

アスピールは王女たちの行動を止めようと、必死に喚き、暴れたが、近衛たちの強靭な力の前には、為す術がなかった。

そして侍従の一人がアスピールの机の引き出しから納税記録書を見つけた時点で、彼は自らの運命の終わりを悟る。

その後、記録書の内容と明らかに少ない穀物庫内の食料を照らし合わせ、エリーゼは笑みを浮かべながら彼を見下ろすように尋ねたのであった。

「エリーゼ様、一応記録書の内容と穀物の照会が全て終わりました。まぁ、見事に抜かれてますね、これ」

なぜか事務作業をやらされるはめになったエインスは、困惑気味の表情を浮かべながら王女のもとに歩み寄る。

「ご苦労様。じゃあ、リュートさん、彼らを拘束してサムエル伯のもとに帰りましょう」

「……しかし本当に構わないのですか? 私達はあくまで視察の名目で訪れたはずです。このようなことをしては、当地の行政担当者達が黙ってはいないと思いますが」

エリーゼは今回の視察に当たり、側近である侍従達にしかこの計画を話していない。

そのため隊長であるリュートさえも、このような状況に至ったことに戸惑いと動揺を隠せないでいた。

「それは多少反発もあるでしょう……ですが、それを気にしていては何もできません。これまでがそうであったようにです」

「……しかし」

リュートは生来真面目であり、これまでもすべての任務を規則どおり完璧に行なってきた。だからこそ、彼はここまで昇進し続けてきたのである。

その彼にとって、このような王家の力を背景とする超法規的な監査は、心理的に感情的にもなかなかに受け入れづらかった。

「では、当地の関係者に意見を聞いてみましょうか。だれか外で待機しているイスターツさん達をここに呼んで来てくれるかしら?」

王女の言葉を受けて、侍従の一人が慌てて建物外へと駆け出していく。

そして幾ばくかの時間の後に、外で待機させられていたユイが、部下たちを引き連れて中へと案内された。

「あらあら……これはまた派手にやりましたね」

ここへ案内させられた段階から、ユイはこのような結果となる予測を立ててはいた。

しかしここまで派手にやるとは思っておらず、苦笑いを浮かべると同時に、頭を二度掻く。

「あら? 貴方は私がこうするだろうと予想していたのですか?」

ユイの意外な反応から、エリーゼは彼の表情を伺いつつ、そう問いかける。

「予定を変更していきなり穀物庫の案内を命じられましたからね、うすうすは……なによりここがタリム派の草刈り場だということは有名ですので」

エリーゼの視線を躱すようわずかに視線をそらしながら、ユイは言葉を選んでそう答える。

「そうですか。そこまでわかっておきながら、あなた方は彼らを放置し続けていたのですね……まぁ、いいでしょう。それで現地の軍務省の人間として、この後始末をどうされるおつもりですか?」

「……どうするかと言われましてもね」

弱ったように頭を掻きつつ言葉を濁すユイ。

そんな彼に対し、エリーゼは少しずつ失望を感じ始める。

そしてそれとともに、ユイへと向ける眼差しは、先日の晩餐会の時に貴族達を見つめた時のような冷えたものへと変わり始めた。

「なにをすべきかも、あなたにはわからないのですか? この人達を牢に入れることや、すぐに関係者を連行して調査を行うこと。やるべきことは色々あるじゃないですか!」

明らかに刺のある口調でエリーゼはユイへとそう告げる。

しかし当のユイは、そんな言動を気にする様子もなくただ苦笑いを浮かべるのみであった。

「そうですね……まあとりあえず、上官のエルンストに報告するところから始めましょうか」

「旦那はいつも報告せずに動きますからね。エルンストの親父さんも、ほんと苦労してるんですぜ」

隣に控えていたクレイリーにそう笑われると、ユイも曖昧な笑みを浮かべその指摘を肯定する。

そしてユイはのんびりとした口調でフートに指示を出すと、彼女は眠そうな顔で一礼し、そのまま外へと出て行った。

「……報告するだけなの?」

「ええ、取り敢えずはそうですが……なにか?」

それ以上まったく動く気配を見せないユイに対し、エリーゼはいよいよ苛立ちを隠せなくなり強い口調で彼へと迫る。

「いい? あなた達がそうやって型通りの仕事しかしないから、何時まで経ってもこの国は腐敗の温床なのよ!」

「そう言われましても、今回の私の仕事は案内と護衛ですから……では失礼を承知でお尋ねしますが、あなたはこの程度の証拠で、本当にタリム一派を罪に問えるとお考えですか? まぁ、正確なところは司法省の判断となりますが」

回答の所在さえ他へ転嫁するようなユイの態度を目の当たりにし、エリーゼは彼を見下すような表情を浮かべる。

「……所詮はお役所仕事しかしない左遷軍人の発想ね。この土地の腐敗した役人や下級貴族の綱紀を粛清する、まさに良い機会だとは思わないの?」

「このように正面から法を無視した上で、法を破る連中を捉えようとするのは如何なものでしょうか? ましてや現地の役人に対して、それを強要することもです。私たちの当地での仕事は、規則を守らせることであって、規則を破ることではないのですよ」

頭を掻きながらユイはそれだけを告げると、そのまま踵を返す。

そしてエリーゼたちに背を向け、そのまま建物の外へと歩き出した。

一方、王女である自らをコケにするようなユイの態度に、エリーゼは目を釣り上げて彼の背中を睨みつける。

そんなエリーゼの仕草をユイの後ろから眺めていたクレイリーは、彼女に向かってやや呆れ気味に口を開いた。

「無礼を承知で言いやすが、旦那が言われるとおりですぜ。まあ、王都のお偉いさん方は自分が法律だと思っていらっしゃるので、気にもされないんでしょうがね」

禿げた頭を撫でながらクレイリーがそう皮肉げに言うと、エリーゼの護衛を担当する近衛達は、目の前の無礼な男に跳びかかろうとする。

しかしその動きを感じ取ったエリーゼが片手で彼らを制し、彼女はそのままクレイリーに向かって言い返した。

「もともと法を破る者達を放置し続けていたあなた達が、単純に無能なんでしょ。だから私が自らこうして各地を回っているのよ。人のことをどうこう言う前に、自分も給料分くらいは働いたら如何かしら、王都の穀潰しさん」

ユイを馬鹿にする一言。

そのエリーゼの発言は、クレイリーばかりか普段温厚なカインスまでも王女に向かって反論を口にさせた。

「あのですね、オイラ達がこれまでどれだけ彼等の不正を報告しようとも、全てその証拠を握りつぶしていたのは王都のあなた方じゃないですか? だから隊長は覆しようもないほど、完璧に資料を整えるためにこれまで準備してきたっていうのに……王都から遊び気分でやってきた方達に、隊長の悪口を言って欲しくないです」

そう口にしながら、筋肉の塊のようなカインスが一歩前へ進み出ると、近衛たちはエリーゼの前に立ちふさがり、そのままカインスとクレイリーを半包囲する。

そんな一触即発の状況の中、エリーゼはやや表情を強ばらせると、自らの感情のままに口を開いた。

「なによこの田舎の山賊もどきと筋肉ダルマが! あんた達の隊長は王都でも役立たずで有名だったのよ。証拠なんて言うけど、どうせ大した証拠なんか持ってないんでしょ。ふん、もうあなた達なんかの案内はいらないわ。さっさとこの場を立ち去りなさい!」

クレイリー達に向かってエリーゼがそう言葉を投げつけた瞬間、背を向けて歩み去ろうとしていたユイはスッと王女達の方へ向き直る。

そして腰に備え付けていた筒を開けると、ユイは中に入っていた紙束を取り出し、それを王女に向かって放り投げた。

「そいつをあげますよ、王女さん。貴方が言うとおり大したものではないでしょうが、貴方の権力とそれがあれば、このカーリンで行うべき仕事は無いと思います。ですので、さっさと王都に帰り正義の政治家ごっこの続きでもしてください。というわけで、私たちはご指示通りこれにて失礼させて頂きます」

ユイはそれだけ言い放つと再び踵を返し、頭の上で右の掌をひらひらさせながら建物から出て行く。

すると、近衛に半包囲されていたクレイリーとカインスも慌てて彼の後に続いた。

ユイ達が立ち去り、その場に残された形となったエリーゼ。

彼女は軽く下唇を噛みしめながら、投げつけられた手元の紙面をその目で追う。

途端、彼女は思わず目を見開いた。

「そ、そんな……嘘でしょ」

彼女が目にした資料には、大量のタリム派の人間の名前とその金の流れから、物資の動き、市職員に関する採用での口利き等の詳細が、余すところなく一つ一つ事細かに記載されていたのであった。