軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

研究者

三人は、背後から聞こえた怒声に慌てて振り返る。すると長い髭を生やし白衣を着た初老の男が、部屋の入り口で目を吊り上げて仁王立ちしていた。

「答えんか、お前らは何をしておるんじゃ」

「えっと、その」

エミリーは答えようとするが、その剣幕に思わず声をつまらせる。その白衣の男はエミリーを無視して、三人の前を通り過ぎると、部屋の一番奥に置かれた椅子に腰掛けた。

「す、すいません。先生に少しお話を聞かせてもらおうときたら、部屋が荒らされていたので、代わりに俺たちが片付けを――」

「嘘を付くな、嘘を。おそらくお前たちが入った状態が、いつものこの部屋だ。どうせ部屋の中に入ろうとして、その辺りの本や書類の山が崩れたんじゃろう? 付くならもう少しマシな嘘を付け」

レイスがとっさに思いついた言い訳を語り始めると、呆れたように白衣の男はレイスを黙らせた。

「すいません」

「ふん、見たところうちの学生か。この部屋を滅茶苦茶にしたんだ。貴様ら責任を持って元通りにしろ」

「いや、先生。最初の方が部屋の中は滅茶苦茶だったので、むしろ今のほうが片付いたと思うのですが……」

レイスがその男の命令に思わず反論するが、白衣の男は少し落ち着かせていた怒気を、再び滾らせた。

「馬鹿もん。お前たちが勝手に片付けても、わしがどこに何があるかわからんと、まったく意味がないじゃろうが。わしはここから指示するから、お前らはキビキビと働け」

白衣の男はそう言うと、それから容赦なく三人に指示を出していく。そうして最初の紙の樹海であった頃と異なり、部屋の中が見違えるほど整理整頓されたのは、もう夕方に差し掛かる頃であった。

明らかに以前とは異なる整頓された部屋の環境に、ようやく白衣の男は機嫌を直すと、最も身近に立っていたエミリーに話しかけた。

「それで、わしはアズウェル・フォン・セノークじゃが、お前らはわしに会いに来たのか?」

「は、はい。先生のお話を聞きたくて」

エミリーはアズウェルのその言葉に、緊張しながら慌てて返事をした。

「なんの話だ? 正直言って、勝手に部屋に入り込んで、部屋を荒らすような奴らに割く時間は、わしには無いんじゃ。まぁ、多少反省して、手伝ってくれたからのう。少しは話を聞いてやるがな」

エミリーは、アズウェルにぎろりと睨まれると、やや落ち着かない口ぶりで、自分たちがイスターツ校長のゼミに所属していること、最近魔法科の学生が誘拐されているという噂があること、そして学園の予算に不正の疑いがあることを話した。

「ふん。それでわしのところへ来たってことは、わしを疑っておったんじゃろう。ところでなぜお前たちは、わしが怪しいと考えた?」

アズウェルが三人を見回して、睨みつけるようにそう問いかけると、手元に予算案の写しを持っていたアンナが、三人を代表して答えた。

「それが、その……各教室の予算案のリストを手に入れまして。教授の教室の予算案が突出しているので、ちょっと環境を見せて貰いたいと思って」

「お前、ちょっとそのリストを見せてみろ」

アンナは判断に迷い、エミリーとレイスに視線を送ったが、ふたりとも仕方ないとばかりに一度頷く。その答えを確認して、アンナはそのリストをアズウェルに手渡した。

「お前たち……このリストを本気で信じたのか?」

予算案のリストをななめ読みしていったアズウェルは、リストから顔を上げると、三人に向かって問いかけた。

「いや、その、完全に信じたわけではないのですが、校長室に置かれていた資料でして、信憑性はあるかと思っていたのですが」

「校長室? ああ、イスターツの部屋か。なるほどな、大体話が見えてきた。あやつめ、また面倒事を……」

アズウェルが、リストを自らの机の上に投げ出して、ため息を一つつくと、レイスはその発言から、アズウェルとユイが知り合いであることに気づいた。

「あの、失礼ですが、教授はユイ先生を良く知っておられるのですか?」

レイスのその問いかけに、アズウェルはやや苦々しげな表情を浮かべると、その問いかけを肯定した。

「まぁな。あれでも、あいつはわしの教え子の一人じゃからな」

「……そうなんですか。そんなこと、初めて聞きました」

レイスのその返答に、アズウェルは鼻息を一つ鳴らすと、口を開いた。

「ふん、知っていた所で、別にどうということはないしな。さて、それより話を戻そうか。お前たちの行動じゃが、多少目に余るが、このリストを見て、お前たちが自分の目で、この内容を調べに来たのは良しとしよう。情報の真偽を探るのは探求者として当然のことじゃからな。だからお前たちに聞こう。この部屋に勝手に踏み込んで、この部屋を見た上で、今でもこのリストの内容を信じとるかね?」

アズウェルの問いかけに、エミリーはアズウェルを見つめ、はっきりと返答した。

「いいえ、この部屋には高価な魔術器具もありませんし、ほとんどがただ書類だけで、それだけの予算を費やしているとは思えません」

「そうか。ふむ、人生の先達としての意見じゃが、情報は正確にそして正しく解釈しなさい。それはお前たちが、あの馬鹿みたいに軍人になろうと、わしみたいに研究者になろうと必要なことだ」

「はい」

エミリーのその返事に対して、アズウェルは満足したのか、やや表情を和らげた。

「じゃあ、部屋を片付けてくれた駄賃くらいはやるかのう。そこの眼鏡をかけた女、このリストの内容は覚えているか?」

「ええ。ここに来るまでに何度も見ましたから、だいたい覚えています」

大きく頷きながら、アンナがアズウェルの問いかけを肯定すると、アズウェルはニヤリと笑みを浮かべた。

「ならばこのリストのことを忘れて、これを知る前の気持ちで、わしの問いに答えてみろ。お前の目線でいい、わが校で、この数年の間に最も予算を使っている教室はどこだと思う?」

その問いかけに対して、アンナは慌てて考えこむ。そしてその脳内に様々な教室名を浮かべては、消していく。そうした中で、最近研究室まで建てられ、最新の魔法機器が導入された教室の名前が最後に残った。

「……ワルム教室、です!」

「そう、だが奴の教室の名前はこのリストにない。そしてわしの教室に過剰な予算が計上されている。つまりはそういうことだ。では、忠告じゃ。あやつはわしのように、寛大で器量の大きな男ではない。わしのところに来たみたいに、奴の所へ行くのなら、それなりに覚悟していくんじゃな」

アズウェルは三人に向かってそう話すと、三人は顔を見合わせた後に、アズウェルに頭を下げ、部屋から出ていった。

「ふん、ローリンの馬鹿者め。やるならもう少し上手くやれるだろうに。この程度だから学生ごときに気づかれるのだ。そうは思わないかね、イスターツ?」

三人がいなくなり静寂に包まれた部屋で、アズウェルの声が響いた。そして一呼吸置いて、入口のドアがそっと開けられると一人の男が室内に入ってきた。

「ははは、お見通しですか。どうもご無沙汰しています、アズウェル先生」

「ふん、やはりお前の差し金か」

ユイのその声に、アズウェルは呆れながらそう問いかけた。

「まぁ、あんなふうに先生の部屋へ侵入するとは思っていませんでしたが……うちの生徒たちがご迷惑をかけたみたいで申し訳ないです」

「どうせ迷惑をかけたなんて思ってないだろ、お前は。だいたいお前はちょっと小細工を弄しすぎる。その悪癖は昔からお前の欠点だが、まったく直っておらんようだな」

アズウェルが、ユイに対して苦言を呈すると、ユイは困ったように苦笑した。

「ははは、耳が痛いです。私も多少は成長したつもりですよ」

「ふん、救国の英雄、そして今ではうちの校長か。ラインバーグの奴も、一体何を考えているんだか」

ユイはそのアズウェルの言動に、手厳しいと思いながら、思わず頭を掻く。

「英雄なんてのは周りが勝手に呼んでいるだけですし、校長職もただのお飾りですよ」

「まぁ、お前がなにを企もうと関係ない。わしは研究に忙しいのでな。まったくお前といい、アーマッドのやつといい、あんまり俗世の些事にわしを巻き込むな」

アズウェルがため息混じりにそう言うと、ユイは弱りながら口を開いた。

「先生抜きに、この国の情報局は回りませんよ。しかし、先生は自分の名義で資金が流用されていることを、本当に今まで知らなかったんですか?」

「馬鹿者、この学校内の情報なんか興味ないわ。わしが相手しておるのは、この世界そのものじゃ。世界の本当の姿を調べるための情報、その使わない残りカスを貴様らが必要というのでくれてやってるにすぎん」

ユイは本当に自分の生活圏内の情報に興味の無さそうなアズウェルの発言に、思わず笑みを浮かべた。

「ははは、確かに。しかし、灯台下暗しというか、先生でさえ知らないことがあると聞いて安心しましたよ」

「ふん、しかしこの埋め合わせはしてくれるんだろうな?」

「まぁ、うちの子たちにアドバイスも頂いたみたいですしね。いいですよ、今度七年ぶりに研究のお手伝いをしますから、それで勘弁して下さい」

ユイの提案に対し、初めてアズウェルはニヤリと笑みを浮かべると、手元の引き出しから一枚の紙を取り出し、ユイに向けて机の上を滑らせた。

「いいだろう。では、契約金代わりにこれをやろう」

「なんですか、これ?」

疑問を浮かべながら、ユイはその紙を手に取ると、アズウェルが口を開いた。

「ワルムのやつが北へ流出させた、魔法技術の一覧だ。奴らを抑えるのに役立つだろうから持っていけ。どうせ、あの子たちを向かわせた後に、奴の所へ踏み込んで、現行犯で押さえようなどと考えていたんだろ?」

「バレバレですか……」

「あれほど口を酸っぱくして情報の重要性を教えたのに、成長のない奴だ。まったく、せっかくクレハのやつを付けてやっているのに、主がこれではほんと部下が可哀想じゃわい」

義理の娘の名前を出して非難するアズウェルの言葉に、ユイは弱り果てたように頭を二度掻く。

「ははは、クレハが私に過ぎた部下だというのは事実です。先生には感謝していますよ」

「まあいい。それはともかくあの子たちに何かあったらいかんだろ、そろそろ行ってやれ」

「はい、色々有り難うございます。では、またお手伝いに来ますので。それでは」

ユイがそう言い残して部屋から出て行くと、再び教室は静寂に包まれる。

そしてアズウェルは手元の資料を一つ取り出すと、何事もなかったかのように研究を再開した。