作品タイトル不明
アズウェル
三人がアズウェルについて調べることを約束した翌日の昼、レイスは陸軍科の通常講義が長引き、昼休みの半ばを過ぎて、やっとゼミ室に到着した。
「遅いわよ、レイス!」
昼休みの初めから、ゼミ室でずっと待っていたエミリーは、遅れてレイスが入ってくると、彼を睨みつけた。
「ああ、ごめんごめん。授業が遅れた上に、購買が混んでいて、パンひとつ買うのにすごく並ぶ羽目になってね。それでお前たちは、もう飯食ったのか?」
「とっくにね。貴方が遅いだけよ。最近、ちょっとユイ先生に似てきたんじゃないの?」
エミリーの指摘に、レイスは思わず苦笑いを浮かべる。ユイは赴任してから、ほとんどの講義に遅刻してくるため、既に学生の中では救国の英雄ではなく、遅刻の英雄という呼称が静かに広まりつつあった。
「そこは似たくはないんだけどなぁ……ユイ先生はルーズだから」
「……まあ時間がないから、本来の目的に移りましょう」
エミリーは、ユイの遅刻癖をこれ以上話しても仕方がないと思い、一呼吸置いた後に、本題を切り出した。
「ああ、済まない。じゃあ、エミリーから始めてくれ」
「わかったわ。アズウェル教授のことだけど、最近は存在自体が知られていないけど、少し前までは、幽霊教授として学生たちに知られていたみたいね」
「幽霊教授?」
聞きなれない呼び名を耳にし、レイスは眉間に皺を寄せると、エミリーに聞き返した。
「ええ、アズウェル教授の呼び名よ。以前は極たまに学生の指導も行なっていたみたいで、めったに姿を表さないことからそう呼ばれていたみたいよ。もっとも最近は、学生の指導はまったく行なっていないみたいでね、ひたすら部屋にこもって研究だけしているらしいわ。それに教授会や、それ以外の予算会議なんかにも一切出ていないみたい」
「へぇ、じゃあ、ひきこもり教授といったほうが似合いそうだが」
レイスが半笑いを浮かべながらそう茶化すと、アンナはそんな呼び名になど興味無いような素振りで、呆れながら疑問を口にした。
「そんな呼び名なんかはどうでもいいけど……ただ、そんなに引きこもっているのに、それでも首になっていないのよね。ちょっと変じゃない?」
アンナがそう疑問を呈すと、確かにと思い、エミリーも思わず同意する。
「たしかに変ね。それだけの価値がある研究をしているということかしら?」
「研究といっても、実際に軍ですぐに使えるようなものじゃないらしいぜ。俺が聞いてきた話だと、なんかこの世界の成り立ちや、それと魔法との関わりなんかを調べているみたいでさ、いわゆる基礎研究ってやつらしい。でも、そんなものが役に立つのかねぇ? なんていうか地味だしさ、もっと研究者にはこうバーンというか、ドカーンといった研究をして欲しいもんだけどな」
「……貴方最近、頭の中まで筋肉になってきたんじゃないの?」
エミリーがレイスにそう突っ込むと、レイスは「最近叩かれているからなぁ……」と頭を擦り、嫌な表情を浮かべた。その姿を見て、アンナは呆れて溜息を吐くと、次は自分の番だとばかりに口を開いた。
「じゃあ、次は私ね。私の聞き込みだと、アズウェル教授は五十代の男の方みたいでね、いつも白衣を着たまま、研究室に寝泊まりしているみたい。そしてここからが気になった内容なんだけど、実は七年くらい前までは、アズウェル教授の所にもゼミ生がいたそうなの。でも、ある日から、突然ゼミ生がいなくなったみたいで、その後は誰一人も教え子がいないそうよ」
「えっ、ちょっと待って……突然いなくなったの?」
エミリーは今回の事件にどこか類似するアンナの話に驚き、思わず身を乗り出して聞き返した。
「そう、所属していたゼミ生が、急にいなくなったらしいの。何か今回の話に似ているでしょ?」
「確かに、怪しいわね……」
エミリーは七年前のゼミ生がいなくなった話と、今回の誘拐事件が繋がる可能性を疑い、その場で考えこむ。
「それで、これからどうするの? アズウェル教授が人前に出ていたのは、かなり昔の話だから、もしもっと詳しい話を聞きに行くとしたら、昔からここにいる古株の先生のところに行くしかないわよね。でも、もともとかなり他人と接点を持たない人みたいだし、誰に聞けばいいのか……」
アンナは次の一手に悩み、だんだん語尾が弱くなると、レイスが閃いたようにその場で立ち上がった。
「そうだ! ユイ先生は、昔ここの学生だったじゃないか。ユイ先生に尋ねてみないか?」
「馬鹿言わないでよ。そんなことしたら、私たちが調査している意味がわからなくなるじゃない。それになぜアズウェル教授に目をつけたのかって言われたら、貴方はどう答える気なの?」
あっさりエミリーにダメ出しをされると、立ち上がった勢いが嘘かのように、そっと椅子に腰掛け、両肘を机につけると頭を抱えた。
「それは……そうだな。だとしたら、リュート先生やアレックス師匠もダメだよな……」
「当たり前よ。あの人達に頼らずに、自分たちでこの事件を解決することを目的に、調査を始めたんじゃない……そうね、この際だし正面突破よ! 直接、アズウェル教授の所に行ってみましょう」
エミリーの予想だにしない突然の提案に、アンナもレイスも驚きを隠せなかった。
「ええ! マジかよ?」
「本気よ。じゃあ、何か他に方法が思いつくの?」
レイスは、エミリーにそう言われると、代替の提案が思いつかず、スッと視線を逸らした。
「いや、それは無いけどさ……」
「だったら、行ってみるまでよ。困ったときはまず行動、これしかないわ」
「はぁ、いいわ。付き合いましょう。他にいい案が思いつかないしね。それに万が一、アズウェル教授が何か企んでいたとしても、三人でいけば多分安全でしょ」
アンナが呆れながらも、エミリーの提案に賛同すると、エミリーは満面の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。
「では、善は急げよ。早速向かいましょう!」
三人はゼミ室を出て、校舎の別棟の外れに向かった。そこには普段人が立ち寄らない部屋があり、噂ではそれがアズウェルの研究室と言われていた。
三人は幾ばくかの時間をかけて、校舎別棟の外れにたどり着くと、その右手に人気のない薄暗い部屋があり、三人とも噂の部屋はこの部屋であると確信した。
「ここだよな……それで、どうする?」
先頭を歩いていたレイスが振り返り、やや自信無さげにそう尋ねると、エミリーは呆れたように、レイスに答えた。
「どうするって言っても、普通にお話きかせてくださいって言えばいいじゃない」
「そうだけどさ、なんて切り出したらいいのか……」
だんだん口調が弱くなっていくレイスに対し、エミリーは呆れた視線を送ると、最近のレイスに対して厳しい指摘を行った。
「なんか、最近レイスって中年恐怖症になってるんじゃないの? 前だったらそんなことお構いなく、堂々と中に乗り込んでいたでしょ?」
「中年恐怖症って言うな。師匠たちはまだ二十代だ。というか、中年なんて言ってるのがバレたら……ううっ……」
レイスにはなにか自分の不幸な未来が見えたのか、突然頭を抱えると、震えはじめた。残りの二人は、呆れた表情を浮かべると、エミリーが覚悟を決めて口を開いた。
「とりあえず、レイスは使いものにならないから、私が行くわ。私が言い出したんだしね」
エミリーはそう言うと、その教室のドアを三回ノックして、室内に向けて声を上げた。
「すいません、アズウェル教授はいらっしゃいますでしょうか?」
幾ばくかの沈黙の後に、何も返答が帰ってこないことを三人が確認すると、お互いに顔を見合わせる。
「返事ないね……」
「やっぱり帰ろうぜ、今日はきっと留守なんだよ。出直したらいいじゃないか」
「いいえ、逆ね。もし留守だとしたら、これはチャンスよ!」
エミリーは、強い気持ちでそう断言すると、部屋のドアに手をかけて、そのまま開け放った。
「お、おいエミリー、待てって!」
慌てて、レイスがエミリーに声をかけるが、エミリーはその声を無視して、部屋の中に入っていく。そして十数秒の後に、再び入口のドアから顔を出すと、二人に呼びかけた。
「入って来なさい。中は誰もいないわ」
アンナとレイスはお互い顔を見合わせると、仕方ないと覚悟を決め、周囲を用心深く見回した後に、部屋の中へと足を踏み入れた。
「なんじゃこりゃ。うわぁ、ひっでぇなぁ」
部屋に足を踏み入れた瞬間、部屋中に本や書類が溢れかえっており、まさに足の踏み場もない状況であった。
「ほんとね。アズウェル教授が使っているのは、本当にこの部屋なのかしら? これを見る限り、本や書類をおいているだけの倉庫で、とても人が使ってる部屋とは思えないけど……」
アンナは、足元の本を少しずつどかしながら、部屋の中央へ向かって、少しずつ足を進める。しかし、一歩歩けば、隣にそびえる本の山が崩れ、二歩進めば、目の前の書類の束が、ばら撒かれるといった有様であり、気がつくと三人は、部屋の本と書類の海の中で、身動きが取れなくなっていた。
三人はこのままではどうしようもないと考え、仕方なく散乱してしまった本や書類の山を少しずつ端に寄せて片付けていく。その作業を始めて間もないタイミングで、急に入口のドアが開けられると、突然の怒声がその場に響いた。
「お前たち、なにをやっている!」