軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エゴイスト

「まだ死んではいないよね、ゼス」

そう口にしながら、黒髪の男はゆっくりと歩み寄る。

一切油断なく、一切の慢心無く。

そしてそうであることは、ゼスにはわかっていた。地面に蹲ったまま一瞥もすること無く。

「……何の確認ですか。死んだふりをするつもりなどはありませんよ。貴方にそんな油断が無いことはわかっていますから。だからさっさと殺しなさい。そして恨みを晴らせばいい」

痛む身体を、そして傷口を押さえながら、ゼスは諦めの表情を浮かべそう口にする。

だがそれに対し、彼を見下ろす形となった黒髪の男はゆっくりと小さく頭を振った。

「すまないけど、その選択肢を取るつもりはないよ」

「馬鹿な……では貴方は、両親を殺害したこの私を恨んでいないと?」

それは純粋な疑問であり疑念でもあった。

いや、当然調停者がセカイ側に立つこと自体は理解できる。しかしながら、その行動原理の一部には、間違いなく彼らの最初の因縁が存在すると彼は考えていたが故に。

「恨んではいるさ。親はどちらも変わり者ではあったけど、一応人の子ということになっているからね。ただそれでも、必要がないことはしない主義なんだ」

ユイの口から発せられた言葉は実に澄んだもので、そこに明らかな迷いの色は含まれていなかった。

そしてだからこそ、ゼスは憤りを見せる。

「必要がない? ……甘いですね。貴方の信念とはその程度のものなのですか?」

「信念? そうだね、信念か。別に好きでも嫌いでもないけど、無駄に自分を縛る言葉は好きじゃないな」

「意味がわからない。貴方にしてみれば、私はあのセカイでの重罪人のはずです。ええ、私にとって貴方が重罪人であるのと同様に」

それはゼスとしては当然の認識であった。

彼にとってこのセカイを崩壊させる存在は悪であり、そして神の作りし通りに動く者は善。

この極めてシンプルな二元論こそが自身の存在の根幹を成していた。

もちろん彼とて無知蒙昧では決して無い。

だからこそ、セカイを二元論で切り分ける困難さを……0と1だけで表しきれない複雑さは把握している。

それでもなお、ゼスには認めることのできぬ境界線が存在した。

一方、ユイはその問いかけに対し静かにうなずく。

そこには迷いではなく、明らかな悲しみが彼の表情には浮かんでいた。

「それには同意せざるを得ないかな。あのセカイにおいて君が裁かれるべき過ちを犯したことは事実さ。だけど今、そんなことに構うつもりはない。リカバリーシステムを使ってやり直しでもしない限り、過去なんて普通は変えることのできないものだからね」

「やはり貴方はこのセカイの構造を認識しているのですね」

事ここに至って、ゼスはその事実を受け入れざるを得なかった。

そしてユイは小さく首を縦に振り、その事を肯定する。

「まあ……ね。もっともそれに関する専門家が側にいたからだとも言えるけど」

「アズウェル・フォン・セノーク……か」

「御名答。先生がいなければ、いつだって真実にはたどり着けなかった。いや、おそらくあの人の存在こそが救済策なのかもしれないのけどね」

「救済策?」

思いがけぬ言葉に、ゼスは自らの身体の痛みも忘れて眉間にシワを寄せる。

すると、ユイは小さく首を左右に振り、自らの発言を静かに笑って見せた。

「いや、勝手な私の妄想さ。だけど現状を見る限り意外と間違ってはいないんじゃないかって思っている。ともあれ、君に少しばかり要求がしたい」

「断る。貴方に……そう、貴方のようなウイルスの代弁者に、決して組するつもりはない。たとえその為にこの命が失われるともね」

一変の妥協もありえぬという強い意志。

それが彼の言葉にははっきりと込められていた。

しかしながら、次に放たれたユイの言葉には、そんな彼の頑なな意思を揺るがすものが含まれていた。

「頑なだね。でもさ、私の要求がこのセカイのバグを修正する手伝いだとすればどうかな?」

「……バカな。そんなことができるわけない」

「どうしてそう思うんだい?」

「このセカイはあのお方が作られた。そう、貴方たちのセカイより遥かに進んだ叡智の時代。そこで天才と呼ばれた一人の男がその全てを費やしてだ。それをろくな知識も技術もない人間が、修正なんてできるわけがない!」

彼は知っていた。

自らの親を。

自らの神を。

自らが生み出された始まりを。

そして彼はすでに失われた。

人の身である以上、永遠は存在しないのだから。

そう、あちらの世界ではリカバリーも魔法も存在しないが故に。

一方、ユイは知らない。

このセカイの始まりの事を

神のことを。

つまり創造主のことを。

それでもなおわかることは存在する。

積み上げられた知識。

重ねられた検証。

その上に、彼の提案は存在する。

「ふむ、確かに基本的には不可能だろうね。そう、あくまで基本的にはだけど」

「基本的には……だと⁉︎」

「そう、基本的にはさ。この世界の人間がその一生の全てを費やしたとしても、おそらくは真理になどたどり着けない。それは事実だと思うよ。おそらく天才の中の天才であるアズウェルという変人が、ソースコードの存在にたどり着くのが関の山かな」

軽く顎に手を当てながら、ユイは基本的なゼスの見解に同意する。

それに対しゼスは、言いしれぬ違和感を感じ取った。

「そのとおりだ。人の身では……ん、待て。いま、なんと言った?」

「人の一生の全てを使う程度では、ソースコードの存在に気づく程度が限界といったのさ。それも 覗き見(ピーピング) に人生を捧げた選ばれた天才がね。でもその天才がより早い段階で、セカイの裏側に気づけば……いやそれどころか、リセットされるごとに研究の一部を引き継ぐことができればどうかな?」

前半生は東方の不可思議でわがままな剣士やその夫とともにあり、後半生は人生の大学の暗い部屋の片隅で無謀とも思える未知のコード解析に人生を費やしてきた男。

彼の人生は見る者によっては極めて高い評価をされるものであった。

先々代の魔法王であるカーラ・マイスム、最高の治癒師とされるフォックス・レオルガード、銃器という異物を創り上げたアンフィニ・フォーサイス。

常人とは決定的に異なる三奇人とともに大陸の危機を救い、大陸の四賢者と称賛されるだけの資格を彼は有していた。

しかし本人にとって、これまでの生は無駄であり続けた。

その全てはたった一つの目的のため。

その全ては真なるセカイの危機を救うため。

だからこそ彼は繰り返し続けた。

何度も大陸を救い、何度も別れを繰り返し、何度も手のかかる弟子を指導し……そして至った。

「如何に奴が天才で、何らかの知識を持ち越し周回を重ねていたとしてもたった一人では……いや、そうか、貴方か。よりによって、セカイに干渉しうる貴方が彼とつながっているのか。ならば……」

「そのとおり。手柄を奪うつもりはないさ。これから私が成すことは、あの人の……先生の積み上げた賜物。そう、今からプログラムの歪みを治す」

「本気なのか。人の身で神の領域に至るつもりなのか!?」

これまでならとても理解できなかった。

いや、恐れ多くて言葉にすることさえはばかりがあった。

それどころか発想すら思いつかなかった。

セカイに介入するのではなく、セカイの定義自体を書き換えるなどという暴挙は。

一方、そんな不敵極まることを口にした男は、あえて軽く苦笑を浮かべる。

「はは、そんなだいそれた事をするつもりはないさ。ただ困るんだよ、既に神様が……言うなれば親がいないからって、子供たちは野垂れ死にするわけにはいかない。だから自分たちでセカイを定義付け維持するしかないのさ」

「この場へ姿を現したのはソースコードにアクセスするため……いや、それ以前に私たちをあのセカイで追い詰めたのは、この場所へたどり着くためだったというわけか。だとすれば、ボクたちは最初から最後までタダの道化だ」

ゼスは自嘲気味に笑う。

胸の傷が痛もうとももう関係がない。

己の限界を、そして目の前の男の誇大妄想じみた手段を前に、笑わずにはいられなかった。

すると、ユイは真剣な面持ちのまま、さらなる衝撃の言葉をその口にする。

「キミには散々振り回され、しばしば私の方が道化だったよ。それに仮にキミが道化だとしても、最後まで道化でいてもらうつもりはない。何しろ今から行うのは、私だけでは完遂しきれない崩壊因子の除去が主目的だからね」

「崩壊因子除去だと……まさか魔法をなくすつもりか。魔法士を守らんとする貴様が!」

「残念ながら私が守りたいのは、現在魔法士と呼ばれる人間の生命であり、その存在さ。間違っても魔法自体じゃない」

ユイの言葉に迷いはなかった。

そしてだからこそ、本来ならばゼスの口から紡がれえぬ言葉が発せられる。

「魔法士にとって、魔法は己の存在証明。それを奪うことは、彼らにとって死と同義じゃないか!」

「君が魔法士を庇う側に立つのは違和感があるかな。ともあれ、私はエゴイスティックな人間だからね。歩みを止め、ただ循環するだけの現実こそ死と同義だと思う。それに上手く行ったとして、一方的な勝者の誕生は望ましくないから、足は引っ張っておいたから後顧の憂いもないしね」

「狂っている。貴様は狂っている。つまり全てその為だったというのか。魔法が失われた後を見越し、トルメニアを叩いたというのか。セカイ修正後の西方秩序を維持するために」

「仕掛けてきたのは君たちだったはずだよ。ただその考えがなかったとは言わないかな」

軽く肩をすくめながら、ユイは否定の言葉を口にはしない。

そんな彼を前に、ゼスは怒りと驚愕の入り混じったままに言葉を紡ぎ続ける。

「魔法が失われたのちを見越し、魔法消失後に国力を失う国々を糾合。そして銃火器に特化したトルメニアの頭を押さえておく……か。いや、それと同時に、我々からリカバリーの機会を奪い、たった一つの選択肢以外の全てを奪い去ったわけか。悪魔だな、貴様は」

「悪魔とは酷いな。でも、なんと呼んでくれてもいいよ、セカイを維持するために手伝ってくれるのならね。というわけで、始めさせてもらうよ」

そこまで口にしたところで、ユイは両の目を閉じる。

そしてゆっくりとその呪文を口にし始めた。

「ユニバーサルコードフルアクセス」

「待て、キミは本当に――」

ユイの呪文が編み上げられるや否や、ゼスは慌てて制止の声を吐き出す。

だが次の瞬間、ユイの口から力ある言葉は紡がれた。

「クラック!」