作品タイトル不明
訪問者と侵入者
「旦那ぁ……三ヶ月前にお会いしたばかりでやすよ」
クレイリーは目の前に姿を現した男を目にするなり深い溜め息を吐き出すと、呆れたようにそう口にする。
するとアインは、苦笑いを浮かべながら、誤魔化すように頭を掻いた。
「そうだったっけ? はは、そういえばそうだった」
「まったく旦那は……まあ、いいでやす。それより頼まれていた今回の分はあっちに運ばせていただきやしたぜ」
「ああ、ありがとう。ちょうどこの間の分が無くなりそうだったからね。助かったよ」
クレイリーの運んできた荷が置かれている倉庫にちらりと視線を向け、アインは笑みを浮かべながら感謝を口にする。
一方、大量の荷物を持参してくる羽目になったクレイリーは、改めて目の前の男にその目的を問いただした。
「しっかし、魔石ばっかりこんなに使って、一体何をしようっていうんですか?」
「魔石の使い道かい? ほら、これなんか眺めているだけでも綺麗じゃないか」
そう口にすると、アインは胸元から真紅の結晶で構成された魔石のペンダントを取り出す。
まるで普通の宝石であるかのように、透き通った赤色の結晶を目にして、クレイリーは首を左右に振った。
「そんな観賞用に加工した魔石じゃないんでやすから、適当な事言わないでくださいや。今日持ってきたのは、ほとんど原石のままのやつでやすよ。さすがに加工したやつをちょろまかすとバレやすからね」
「まあ、そこは仕方ないね。本当は加工した奴がありがたいんだけどさ」
クレイリーの持ち出してきた魔石の出元をよく知るが故に、その事情を理解してはいたが、それでもなおアインは残念そうな声を上げる。
「だからそれは無理でやすって。こいつを抜いてくるだけでも、帳簿を結構いじって何とかやりくりしてるんでやすから」
「ああ、わかっているよ。いつも済まないね、クレイリー」
「へ……ま、まあ別に旦那のためなら、これくらいはいいんでやす。気にしないでくだせえ」
珍しく素直にアインが感謝を口にしたため、慌ててクレイリーは言葉を取り繕う。
「ふふ、まあいつまでもそこに突っ立っていても仕方ないだろ。中に入ろうか」
目の前の焦るクレイリーの姿を目にしたアインは、思わず苦笑すると、一歩後ろへと下がって道を開く。そして彼は混沌の支配する屋内へとクレイリーを案内した。
「こいつはまた……旦那ぁ、いつまでこんなところに一人で住んでいるつもりでやすか? いい加減、うちに帰るか、それがだめならラインドルの中にでも住みやしょうぜ」
目にした空間のあまりの惨状故に、クレイリーは思わず顔面を自らの手のひらで覆った。そして彼はすぐさま、最低限の生活さえできれば良いと考えていそうな目の前の男に向かいジト目を向ける。
「はは。それができれば楽でいいんだけど、今はここにいる方が気楽だからね。でも、一足早い隠居生活ってのも、悪くないものだよクレイリー。それにさ、たまにこうやって君も訪ねてきてくれるしね」
クレイリーの苦言を耳にしたアインは、ごまかすかのように笑いながら、彼に向かってそう告げる。
だが、今度はさすがにクレイリーも懐柔されること無く、あえて実現不可能な提案を口にした。
「誰かに来て欲しいんでしたら、あいつらにこの場所の話をすればいいですぜ。たぶん毎日のように、誰かがここに遊びに来ると思いやすがね」
「いや、さすがにそれは困るな。それじゃあ、騒がしくなってせっかくの隠居生活が台無しだ」
「しかし隠居生活ねぇ……どちらかと言うとここで住んでるなら、隠遁生活といったほうが正しい気がしやすが」
「ははは、なるほど。隠遁、隠遁ね。うん、それも悪くない」
アインは隠遁という言葉が気に入ったようで、何度も『隠遁』という言葉を繰り返す。
一方、彼のそんな姿を目にしたクレイリーは一度首を左右に振ると、話題の矛先を転じた。
「それで、旦那。たまにはクレハのやつは来てるんですかい?」
「いや、彼女にはちょっと面倒なことを頼んでいるところでね。本当に男一人、気楽な生活さ」
「はぁ……やっぱり。だからこんなに散らかっているんでやすね。ねぇ、旦那ぁ。だれでもいいでやすが、家政婦か何かを雇ったらいかがですかい」
散乱しきったその空間をぐるりと見回し、クレイリーは溜め息混じりにそう提案する。
「家政婦? おいおい、クレイリー。そんな知りもしない人を雇ったら気を使って仕方ないだろ。この優雅な隠居、いや隠遁生活が台無しだよ」
「別にわざわざ言い換えなくてもいいでやすよ。それにそんなに気を使うのが嫌なら、気を使わない人を招けばいいでやしょ。クレハがだめだと言うんなら、うちのセシルさんはいかがでやすか」
少し意味ありげな視線を向けつつ、クレイリーはアインにそう問いかける。
一方、その人名を耳にしたアインは、やや弱った表情を浮かべると二度頭を掻いた。
「セシル……か。うん、そうだね。彼女がいたらとても助かるだろうね。だけど……多分彼女に頼り切りになるだろうから、それもダメさ。私はまだ自分の足で歩けるのだからね」
「はぁ……この部屋をしてその言い草はどうかと思いやすがね。まあ、旦那にその気がないっていうんなら構わないんでやすが」
「はは、さしあたっては……ね。あ、でも週に一度だけ滞在するラインドルの宿舎には、部屋の清掃してくれるかわいいお嬢さんがいるんだよ。最近料理まで上達してきてね。本当に目に入れても痛くないくらい可愛いものさ」
分の悪い会話だと悟ったアインは、苦笑いを浮かべつつ、話題の矛先をわずかにずらす。
すると、まったく予期せぬ事実に、クレイリーは目を見開いた。
「へ! ま、まさか旦那にそんな人が……ん、お嬢さん……それってもしかしてリナのことでやすか?」
期待したあっしが馬鹿だったとでも言いたげな表情を浮かべながら、クレイリーはある程度の確信を持ってそう問いかける。そして予想通り、目の前の男が力強く首を縦に振るのを、彼はその目にした。
「ああ、そのとおりさ。おっと、ダメだよクレイリー。君が独身だからって、うちのリナは君にはあげないからね」
「なんであっしに火の粉が飛んでくるんでやすか……あっしに幼女趣味はないでやすよ」
アインの発言を耳にしたクレイリーはげっそりとした表情を浮かべる。そしてその意味の分からぬ発言を否定した。
すると、アインはとたんに目を見開き、クレイリーに向かって抗議を口にする。
「ちょっと待ってくれ、クレイリー。まさかうちのリナに魅力が足りないと、もしかして君はそう言っているのかい?」
「はぁ……旦那の親馬鹿も困ったものでやすね。それはいいでやすから、それより、さっきから旦那が見ているその鈴はなんですかい?」
クレイリーは呆れたように額を抑えながら、先程から部屋の中で鳴り続けている鈴を見つめるアインへ尋ねる。
「ああ、これかい? これはちょっとした仕掛け……かな」
「仕掛け? 一体、何のでやすか?」
アインの言っていることの意味がわからなかったクレイリーは、首を傾げながらそう問いただす。
一方、アインはニコリとした笑みを浮かべ、やや誇らしげに口を開いた。
「ほら、君にはここに来るとき、正しい道筋を教えただろ。覚えているかい?」
「ええ、今日もその通りに来やしたが、それが何か?」
「もしその通りに来ない場合、森の仕掛けが作動してね、こいつが動くようになっているのさ。さてさて、一体どんなお客さんなのかなと……ああ、なるほど。そう来たか」
窓の外へと視線を転じたアインは、おそるおそるこの建物に近づきつつあるその人物たちを目にして、ニンマリとした笑みを浮かべる。
「侵入者……でやすか? もしかして、あっしも戦った方がいいでやすか?」
「ううん、かわいいお客さんだから別に……いや、待てよ。うん、クレイリー。今、君はとても良いことを言ったよ」
「は?」
思わぬアインの言葉に、クレイリーは虚を突かれたような表情を浮かべる。
「だからさ、君のさっきの提案は実に素晴らしい。うん、まさにグッドなアイデアさ。ふふ、ではちょっと耳を貸してくれるかな?」
言い様もないほど底意地の悪そうな笑みを浮かべたアインは、クレイリーに向かってある仕事を口にする。
その予期せぬ頼みを耳にしたクレイリーは、来るんじゃなかったとばかりにげっそりとした表情を浮かべると、肩を落としながら深い溜め息を吐き出した。