軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルムンドの戦いⅢ

「敵軍は予定地点へと到着いたしました。そしてノイン殿下はすでに他の魔法士隊へと指示を下し、集合魔法の準備が開始された模様」

駆け寄ってきた帝国軍兵士の精悍な声がユイの鼓膜をたたく。

その報告を受けて彼は二度頭を掻くと、密集隊形を取りつつあるフィラメント軍へと視線を移した。

「さすがノインと言うべきだろうね。数万単位の部隊を完璧に統率して、見事に総崩れを演出してみせた。さらに集合魔法の演出タイミングもこの上ない」

「ふふ、ようやく終わりの始まりだね。ここまでは全て君の計画通りといったところかな」

彼の右隣に立っていたアレックスは、狐目を細めながらユイに向かいそう問いかける。

一方、問いかけられた当人は、苦笑いを浮かべると、ゆっくりと首を左右に振った。

「いや、いくつか計算違いはあったよ。公国軍の魔法射程の長さとかね。でもここまでくれば、あとは最後の仕上げ次第かな」

「イスターツ……殿。この展開、この状況。ほぼあなたのお読みになられていた通りだ。謙遜されてはおりますが、この戦いの全ては貴方の手のひらの上にあったと、そういうことではないのですか?」

ユイの左隣に立ち、表向きこの独立魔法部隊の隊長を務めるロイスは、ゴクリとつばを飲み込みながら、隣の異国人に向かい恐る恐る問いかける。

「はは、先ほども言ったように計算違いはいくつかあったよ。別に私はなんでも予想できるわけではないからね。あの時も言ったと思うけど、敵は私達に気を使って行動してくれる訳じゃない。何時だって彼らは自由なんだから、敵の行動を絞り込んで予想を立てるのは愚劣さ。だからこそ、敵が取りえるあらゆる選択肢を考えるべきだと私は思う。もちろんその選択肢をなるべく減らしていくのが、戦略であり戦術ではあるとは思うんだけどね」

恥ずかしげに頭を掻きながらユイはそう告げると、その言葉を耳にしたロイスの背には一筋の冷たい汗がしたたり落ちる。そしてすぐさま彼は、先日のユイとノインの会話を脳裏によみがえらせた。

「それで、ユイ。条件の方はいいとして、具体的にどうやって奴らに勝つと言うんだ?」

「彼らに勝つ……ねぇ。それはもちろん、できるだけ彼らの力を発揮させず、こちらのいいところを引き出してかな?」

ノインの問いかけに対して、ユイは視線を宙に漂わせながら、そう答える。

「……何で疑問形なんだ?」

「いや、勝ち方というのはあくまで戦争の最終形であってさ、大事なのはそこまでの過程だと思ってね。何しろ敵の出方によっては、こっちの準備は全く役に立たないということも十分に考えられるんだから」

「おいおい、あれだけ大見得を切ったんだ。策がないなんて、今更言わせはしないぞ」

ノインは身を乗り出すようにやや前傾気味になると、ユイに向かって迫るように口を開く。

その焦りの感情が含まれた言葉を受けて、ユイは視線をノインへと向け直すと、彼はゆっくりと頭を掻いた。

「ああ、それは大丈夫。とりあえず、こちらの策が使えるところまでどうやって持っていくかが重要さ。そのためには、まず相手の策に備えなければならない。例えばそうだね、それぞれの軍の中身を入れ替える……とかさ」

「中身を入れ替える? どういうことだ?」

目の前の黒髪の男が突然口に出した言葉の意味が分からず、やや虚を突かれた表情になりながら、ノインはすぐさま意味を聞き返す。

「これはあくまで可能性の話だけど……えっと、彼等は今回の戦いにおいて珍しく指揮権を統一して戦いに挑んでいるらしいね。なのに、どうしてわざわざ各家の色を、自軍の装備に塗りたくって現れたのか、君は疑問に思ったことはないかい?」

「それは他家とはちがうと誇示するためだろう。あとは今まで使っていたものの色を変える時間がなかったとか、変える必要性を感じなかったからじゃないのか?」

「うん、当然それらはあるだろうね。でもさ、それにしてはリスクが大きいと思わないかい? だって彼らのうち、恐らく集合魔法に対抗手段を持つのは深緑の装備に身を固めたミラホフ家だけなんだ。だとしたら、帝国軍が死に物狂いでミラホフに打撃を与えることができれば、この戦いはどうなると思う?」

ノインはミラホフ家をつぶした場合、その後の戦いがどうなるか脳内でシミュレートする。すると、あっさりとユイが意図する回答に行き当たった。

「再び集合魔法を使うことができる……か」

「そう、その通り。そしてフィラメントとしては、どうしてもそれだけは避けたいはずさ。そんな彼らが、色を誇示するリスクに気がつかないだろうか?」

「なるほど、一理あるな」

「ああ。そしてさらに考えれば、これを有効活用する策が見えてくるかもしれない。これは帝国を引っ掛けることができるんじゃないか……とね」

その言葉を耳にしたノインは、顎に手を当てた姿勢でしばらく石化したかのように固まる。そして一度大きく溜め息を吐き出すと、肩をすくめながらユイに向かい口を開いた。

「引っ掛けるか。ようやくおまえの言いたいことが読めてきた。つまり別の軍団、おそらく攻勢魔法を得意とするマイスムに、深緑の装備を着させるということだな」

「ああ、そのとおりさ。そしてのこのこと飛び込んできた帝国軍の部隊を一網打尽にすると。簡単だろ。そしてこの作戦のいいところは、彼ら自身にリスクがない。別に色を変えていることがバレたところで、何らデメリットは無いんだからね」

「確かに……考えたものだな」

ノインの言葉は明らかにフィラメント軍にだけ向けられたものではなかった。

そのことに気がついたユイは、頭を二度掻くと、目の前の皇太子に向かい再び口を開く。

「まあ、あくまで彼らがとり得る可能性を話しただけで、別にこんな策を弄してこないかもしれない。ただ、敵がこのような手段をとり得ると考えておくこと、そしてその対抗策を考えておくことは、決して無駄ではないと私は思う」

「対抗策か。ふむ、もし敵がその手で来たらどうするんだ? 普通に正面から戦うということなのか?」

「あのね、ノイン。さっき私が口にした策は、あくまでたくさんある可能性の内の一つだよ。他にもフィラメントの取りそうな策はあと山程あるんだ……まあ、いいか。取り敢えず先ほどのケースから説明するとしよう。商売人としては、ちょっとサービスが過剰な気もするけどね」

ユイはそう口にして、ニコリと笑みを浮かべる。

しかし彼の向かいの男は、そんな彼の笑みに対して笑い返すことはせず、まじめな表情を崩さなかった。

「安心しろ、かなりの額をお前たちに払うんだ。俺が満足するまでは、しっかりサービスをさせてやる。先ほどおまえが口にした残りの可能性も、後で全て聞いてやるから喜ぶんだな」

「……はぁ、やっぱり口にするんじゃなかったよ。まあいい、まず中身を入れ替わられた場合の対処だね。といっても、これを敵が行ってくれた場合、実は理想的な展開に持ち込みやすいと思っている」

「理想的な展開? 何が理想的なんだ? 先ほどおまえはフィラメント軍にとって、デメリットが無い策だと言ったばかりじゃないか」

「うん、表面上はデメリットはないよ。だけど彼らがこの策を取って、そして狙い通りに帝国軍が術中に嵌った場合、彼等はきっと足元が疎かになるだろう。そこに付け入るべき隙が生まれる」

「足元がおろそかに……か。それは油断するということか」

ユイの言葉を咀嚼したノインは、言葉を選んで彼に問い返す。

「いや、言葉通りの意味でもあるんだけど……まあ、その言い方でも間違いではないか。ノイン、敵の足下を掬うのはさ、敵が足下から視線を外した時であるべきと私は思うんだ」

「足下から視線を外したとき? どういうことだ?」

「例えばさ、三日三晩何も食べずに飢えていた場合、目の前に豪華な料理がいきなり現れたら、君は一体どうする?」

「そりゃあ、その料理に飛びつくだろうな。なるほど、その時に俺は足下なんか見ていないと……」

皇族である自分に対し、あまり適切なたとえであるとノインは思わなかったが、ユイの言いたいことは理解できたため納得したように頷く。

「ああ、そう言うことさ。そしてこのごちそうというのが――」

「フィラメントにとっては、自軍の勝利というわけだな」

ユイが言い切るより速く、待ちきれないとばかりに、ノインは続くであろう彼の言葉を口にする。

思わぬノインの反応に、ユイはわずかに苦笑しながらも、彼の見解を肯定した。

「その通り。彼らが私たちを罠にはめて勝ったと思った時、もしくは策は読み切ったと考えた時。そう考えた瞬間にこそ、私達は彼等の足下を掬ってやるべきさ。そう、文字通り彼らの足元を……ね」

ノインに向けてそう言いきったユイの表情は、教師に対していたずらを仕掛けようとする、問題児のまさにそれであった。

「ともかく、イスターツ殿。まさに敵は足元から視線を外しております。我が部隊は、いつでも準備をできておりますので、ご指示を!」

「ふふ、ロイス君もそろそろ待ちきれないようだ。ユイ、そろそろ始めるとしないかい?」

ロイスの声を耳にしたアレックスは、ニコリと笑みを浮かべると、隣に立つユイに向かい行動を促す。

すると、ユイは一度大きく体で伸びをした後、ロイスに向かって言葉を返した。

「ああ。では、始めるとしよう。ではロイスさん、魔法をお願いします」

「わかりました。皆の者、準備は良いか?」

ユイからの許可を取り付けたロイスは、すぐに後方に控える魔法士たちへと視線を走らせる。そしてその視線の先にいる者たちが力強く頷き返したことを目にして、彼は誇らしげな表情を浮かべると、そのまま魔法士隊長に声をかけた。

「では、作戦を始める!」

「はっ、グレイツェン・クーゲル!」

今回帯同した魔法士隊の中で最重要任務を託された魔法士隊長は、全神経を集中させ、集合魔法の核を編み上げていく。そして次の瞬間、彼の部下たちの声が一斉にその場に鳴り響いた。

「「グレイツェン・クーゲル!」」

異口同音にその呪文が発せられるや否や、先ほどまで極小サイズであった光を放つ発熱体は、次第にその形状を大きくしていく。

もちろん参加している部隊の人数の関係もあり、普段の集合魔法よりはかなり小さなサイズであった。

しかしながら、通常扱う個人用の攻勢魔法とは比較にならない魔法力が込められており、彼らの頭上で魔法が完成を見るや否や、フィラメント軍に向けて迷うこと無く彼らはそれを解き放つ。

「イスターツ殿。あとを頼みます」

光の盾を全軍の周囲に張り巡らせ、集合魔法を迎え撃つ態勢を完全に整えたフィラメント軍を見つめながら、ロイスは隣に立つユイに向かいそう告げる。

そんなロイスの言葉を受けたユイは、一度大きく頷いた。そして彼は力ある言葉を口から発する。

「マジックコードアクセス」

その呪文がユイの口から発せられると、フィラメントめがけて単独で疾走している小型のグレイツェン・クーゲルが、ほんのわずかに輝きを増す。

そして集合魔法への干渉を終えたユイは、迷うことなく呪文のキーとなるコードを口にした。

「クラック!」

「敵軍の集合魔法ですが、何故か一発だけが単独で我軍へと向かってきます!」

幕僚の一人が疑問をその表情に現しながら、フィレオに向かって集合魔法の接近を告げた。

「単発……だと? 奴らはあれだけ大量に集合魔法を作り上げておきながら、どうして一発だけなのだ」

大量の小型集合魔法の内、一発だけが自軍に向けて放たれたという報告を受け、副官であるレメルアンは眉間にしわを寄せる。

そんな彼の呟きを耳にしたフィレオは、右の口角を吊り上げると持論を口にした。

「ふふ。おそらく敵の指揮官は同時に放つつもりであったのだろう。だが先走ったものがおると、そのあたりではないかな」

「なるほど……確かにその可能性は高いかもしれません。先ほどの奇襲部隊の失敗からみせた奴らの醜態。あれを見るに、敵軍の指揮官の統率力には疑問符がつきますからね」

自らが述べた見解に対しレメルアンが賛意を示すと、フィレオは満足気に一つ頷く。

「ああ。もしかすれば、様子見で一発だけ放ってみたという可能性もあるやもしれん。だが、いずれにせよ無駄なことだな」

「ですね。どちらにせよ、奴ら目掛けて跳ね返してやるだけですから。しかしそれもこれも、ウイッラ殿のあの素晴らしい魔法あってのことですな」

先ほど本陣へと足を運んできたウイッラを褒め称えるように、レメルアンはあえてその名前を口にする。

しかし名前を出された本人は、指をしゃぶった状態のまま、始めてみるような真剣な表情を浮かべ、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

「アレ、アレ、アレ。おかしいナ、おかしいヨ。あの魔法……変質した」

「変質? 一体、何を言われているのですか?」

先ほどまで指をしゃぶっていたのが嘘のように、ウイッラは次第に真顔となると、いつの間にか指しゃぶりをやめ、彼は眉間にしわを寄せる。

そんな彼の表情を初めて目にしたレメルアンは、恐る恐るその言葉の意味を問いかけた。

「魔法が変わった。魔法の質が、そして軌道が……軌道?」

自らの口にした言葉に、ハッした表情となると、ウイッラは理解できないという表情となる。

だが彼の視線の先にある集合魔法は、彼らのところまで届かないかの様な勢いで、まるで沈み込むように高度を低下させ始めていた。

「はは、確かにおかしな軌道をしていますな、ウイッラ殿。照準さえ満足に行えないとは、帝国の先走った馬鹿共は相当に焦っていたと見える。あのままでは、我らのところに辿り着くことさえできませんから、残念ながら貴公の魔法の出番さえなさそうですな」

軌道と言う単語を耳にしたフィレオは、今にも大地に接触しようかとする集合魔法を目にして、笑みを浮かべる。

しかしウイッラは首を左右に振ると、すぐさまフィレオに向かって口を開いた。

「違う。最初は照準は合っていたんだ。それが急に変化した。そんなことができるのは……フィレオ、軍を下げるんだ!」

フィレオに向かい、ウイッラは突然後退を叫んだ。

しかしフィレオは、先程から様子や口調のおかしいウイッラが、また違う意味で狂ったのかとそう解釈する。そして彼は、光の盾に接触する直前に地面へ沈み込み始めた集合魔法を指さすと、窘めるように口を開いた。

「ウイッラ殿、少しは落ち着き給え。あの通り奴らの魔法は、我らに届きさえしないのですぞ」

ウイッラの変人ぶりにも困ったものだと考えながら、フィレオはやれやれとばかりに首を左右にふる。

しかしそんな言葉を耳にしても、大地に半分以上沈み込みその姿を消そうとする集合魔法に、ウイッラの視線は釘付けであった。

「わからないか、フィレオ! 先程から何かに共鳴するように、この周辺に魔力が溢れ出している。この大地が脈動するかのような魔力の鳴動……下。そう下だ!」

「下? 何も――」

意味のわからないウイッラの発言を耳にして、仕方ないとばかりにフィレオは足下へと視線を落とした。

そして彼が視線を大地へと向けたまさにそのタイミングで、足元から急速に眩いばかりの光が漏れ出す。

次の瞬間、地響きとともに火山が噴火するかのような無数の爆発が大地から生みだされると、フィラメント軍の足下の大地は激しく鳴動した。

「フィラメント軍の足元より爆発多数!」

「殿下!」

部下の報告を受けた副長官のホプカインは、彼らの命令者へ指示を促す叫び声をあげる。

途端にノインは表情を引き締め直すと、最後の確認だとばかりに、目にして理解していることをあえて口にした。

「奴らを守る光の盾はどうなっている?」

「全ての消失を確認しました。いけます!」

ホプカインの力強い返答。それが現在の帝国軍の一兵卒に至るまでの心境を物語っていた。

そしてその声に後押しされるようにノインは一つ頷くと、彼らが求める命令を言葉にする。

「よし。混乱の最中、もはや奴らに魔法構築を行う集中など不可能だ。ならば、最終段階としよう。今こそ我らがグレイツェン・クーゲルの力を、奴らへ教えてやれ!」

そのノインの指示が発せられるやいなや、今か今かと指示を待ちわびていた魔法士たちは、混乱の最中にあるフィラメント軍を睨みつける。そして編み上げていた集合魔法を一斉に解き放った。

三つ、四つ、五つと、次々に彼らのグレイツェン・クーゲルは、密集した上に混乱の最中にあるフィラメント軍へと疾走を開始する。

そして両の手では数えきれぬ光の弾丸がフィラメント軍の中央部に到達するとその瞬間、世界全体を白で埋め尽くしそうなほどの光が発生し、それぞれが共鳴したかのような大爆発が発生した。

大地は揺らぎ、風は吹き荒れ、そして爆音が轟く。

「……フィ、フィラメント軍、壊滅した模様。彼らが居た場所には、もはや何一つ存在しません」

爆発の瞬間に目を瞑り、耳を両手で覆っていたものの、それでもなお未だ鳴り止まぬ耳鳴りに苦しみながら、ノインの部下は大声でそう報告する。

「これがグレイツェン・クーゲル……これまで演習で何度も目にしたが、我らが魔法とはいえなんたる威力か……」

ノインもゆっくりと瞑っていた目を開いてゆき、視線の先に広がる惨状を目にして、それ以上言葉を口にすることができなかった。

「報告です。フィラメント軍ですが、後衛で補給を担っていた一部部隊のみ、グレイツェン・クーゲルの直撃を受けなかったため残存している模様。おそらくはディオラム軍の一部です」

「殿下。どういたしましょうか? もしよろしければ、私が掃討作戦を指揮いたしますが」

部下の報告を受けて、ホプカインは自らの耳を押さえながら、ノインに向かってそう提案する。

しかしノインは、その提案を耳にするや否や、すぐに首を左右に振った。

「ならん」

「は?」

予期せぬノインの言葉に、思わずホプカインは虚を突かれた表情となる。

「掃討作戦は認めん。もちろん残った連中がまっすぐ刃向かってくるようなら相手して構わんが、基本的に交渉や降伏を求めるようなら、それを全て受け入れろ」

「で、ですが……」

ホプカインは既に完勝を確信していたものの、画竜点睛を欠くのではないかと、ノインに食い下がる。

しかし副長官のそんな心境を理解しながらも、ノインは再度首を左右に振った。

「これはあらかじめ決めていた作戦の一環だ。あいつは私に対する約束を守った。だから今度は、私があいつの約束を守る番だ」