作品タイトル不明
エルムンドの戦いⅡ
「しかしミラホフを潰しに来たつもりの帝国軍は、その思い込みを後悔しておるでしょうな」
「うむ。しかし全くもって予測通りというやつだ。敵が集合魔法を使うためには、ミラホフを潰すしかない。だから敵軍は、ミラホフに対して奇襲か突撃かを選択する……か。案外、敵軍にも知恵の足りぬものが多いようだ、それが一番警戒されることは自明であろうに」
ミラホフ家のカラーである深緑の武装を着させたマイスムの一団は、攻勢魔法を次々と編み上げていくと、奇襲を仕掛けてきた騎馬部隊目掛けて、次々に解き放っていく。
「いや、警戒されるのをわかっていながらも、他に選択肢がなかったということでしょう。そう考えると哀れでもありますが……もっとも、わざわざ品のない深緑色の一団になりすましたのですから、これくらいの被害は受けてもらいませんとな」
「ふふ、全くだ」
副官の皮肉げな笑みを目にしたフィレオは、釣られるように歪んだ笑みを浮かべると、目の前で狼狽する騎馬部隊を鼻で笑う。
「報告します。敵軍は我らの攻勢魔法に怯み、慌てて本陣に向けて転走!」
「ふふ、見ろ。帝国兵など所詮はこの程度のものだ。これで万策尽きたというものだろう。恐らくあれが奴らの切り札だったのだろうからな。さて……となれば、今こそ攻勢に出る好機だな。全軍、敵本陣に向かい魔法を集中させる。全軍前進の準備を。ここで一気に勝敗を決めるぞ!」
伝令の報告を耳にしたフィレオはニヤリと笑みを浮かべると、目の前の帝国軍を指差して、そう指示を下した。
森に潜ませておいた帝国軍の伏兵である騎兵部隊。
モルフィ団長率いる彼らは、フィラメント軍からの猛烈な攻勢魔法にさらされ、慌てて自軍に向かい転進する。
そんな彼らの動きを最初に確認したノインの幕僚は、本陣内で大きな声を上げた。
「モルフィ殿の騎馬部隊が、敵前旋回。本陣目掛けて移動を開始しました!」
「ふむ……あのモルフィ達を狙う攻勢魔法は、明らかに先ほどのものより威力が上か」
幕僚の報告を受けたノインは、目の前で次々と展開される攻勢魔法を目にし、一つ舌打ちする。
「しかし、あれはミラホフの一団です。ミラホフの方がマイスムより優れた攻勢魔法士を抱えている……ということは、おそらく無いでしょうな」
今回の帝国軍の参謀長を務めるラーマン将軍が、目の前で繰り広げられる光景に驚愕しつつそう口にする。
「ああ、ありえんだろうな。明らかに先ほどまでの魔法よりも、威力、速度共に一周り上だ。まあ、可能性としては二つだな。先ほどの本陣めがけて撃ってきた攻勢魔法が、露骨に手を抜かれていた可能性。そしてもう一つは……」
「モルフィ達を狙っている一団こそが、本当のマイスムの軍団と言う可能性ですか……そう、あの男の予想通りに」
ノインがタメを作って口を閉じたタイミングで、彼の言葉を引き取るように、脇に控えていたホプカイン副長官が後を続ける。
「ふふ、ホプカイン。その通りだ」
「では、やはり敵軍は武装の色を取り替えていたと……つまりそういうことですか?」
予め可能性として考慮されていた目の前の光景に、ラーマンはやや複雑な表情でそう述べる。
「ああ。『集合魔法を使うためには、ミラホフを潰さなければならない』と我らが考える……と、奴らは思っているだろう。だからこそ、我らがその選択肢を選んだ場合、それを逆手に取って、我らを嵌めに来る可能性がある……か」
現在の帝国の状況を踏まえ、魔法公国が取りうる作戦を数十パターンに分類し、可能性の高いものから順に対応策を提示してきた黒髪の男を脳裏に浮かべながら、ノインは呆れたように首を左右にふる。
そんな彼の心境を、その場に居合わせた幕僚の誰もが痛いほど理解していた。それ故に、その場はほんの一瞬だけ沈黙が訪れる。
そんな静寂を破りノインに対し次の一手を促したのは、感傷に浸りそうになる心境に鞭を打ったホプカインであった。
「殿下。敵が入れ替え策を選択し、全面攻勢へと移り始めております。ならば、我らは作戦プランDに移行すると、そう言うことでよろしいでしょうか?」
「ああ。できることなら、奇襲部隊の成功から、混戦状態を作り上げるプランAで進めたかったものだがな。残念ながら、やはりあいつの策を使わねばならないか」
「やはり恐るべき男ですな、ユイ・イスターツは。私などはこの光景を目にして、ようやく殿下たちのお気持ちの一端が、わかるようになった気がします」
「それは実に重畳。しかし今はそのことは置いておこうか。それよりも、あの光景からわかることは、先ほどの本陣への攻撃はミラホフによるほぼ単独のものだったということだ。そして次からは敵軍が全軍で迫り来るということは、奴らの火力はなお増してくる事を意味する。プランDを発動させるためにも、出来る限り被害を最小限にせねばならん。敵軍の攻撃を殺到させるために、全力で後退するとしようか」
「では、いよいよ!」
「ああ、魔法士達に準備を開始するよう連絡せよ。そして、我らは訓練通りに後退を行う。出来る限り騒然と、可能な限り慌てふためき、そしてあたかも総崩れである様に……な」
ノインは傍に控える幕僚全員に向けて、はっきりとした声でそう指示を告げる。すると次の瞬間、彼の幕僚達は一斉にその指示を実行するために、その場から動き出した。
「フィレオ様。敵軍は奇襲部隊のみならず、本隊も我らの魔法に恐れをなしたのか、慌てて後退しつつあります」
レメルアンの報告を受けて、フィレオは薄く笑う。そしてゆっくりと顎に手をやると、そのまま口を開いた。
「ふふ、しかし滑稽なものだな。魔法で少し頭をなでてやっただけというのに、あの醜態。いっそ狂騒と呼ぶべきでしょうな。部隊の統制さえ取ることが叶わず、なんと無様なものか」
「まったくですな。まあ、頼みの綱であった奇襲部隊が失敗し、奴らは集合魔法を使える可能性を失ったわけです。気持ちは分からないでもないですが」
「まあな。さて、こうなったからには、奴らは籠城戦を考えて、できる限りの戦力を温存したいところだろう。だが、我らがそれを見逃してやる理由はないな」
既にこの戦いの勝利を確信したフィレオは、バラバラに戦場から逃げ出していく帝国軍を眺めやり、右の口角をわずかに吊り上げる。
するとそのタイミングで、突然フィラメント軍の中央部に設置された本陣に、甲高い引き笑いが響き渡った。
「ヒャッヒャッヒャ、ご機嫌だねフィレオ君。どうやら君の計画通りにうまくいったようだね」
「おお、ウイッラ殿か」
自らの胸を両腕で抱えながら、引き笑いをしつつ姿を現したウイッラを目にして、フィレオは笑みを浮かべる。
「ヒッヒッヒ、わざわざボクのモルモット君達を、特別に君に預けてあげたかいがあったようだネ」
ウイッラは満足げにそう口にすると、啜るような音を立てながら指をしゃぶり始める。
この帝国進行中に何度も目にしたその癖を目の当たりにして、フィレオは生理的嫌悪感をどうにか抑えこむと、そのことには触れずに語り始める。
「あ……ああ。ウイッラ殿のおかげだ。これから後退する敵の追撃に移る予定だが、ご協力願えますかな?」
「フフ、もちろんだヨ。今回の指揮官はキミ……つまりボクはキミの言うことを聞いてあげるヨ」
「ならば、この好機を逃す手はないですな。ではレメルアン、追撃戦だ。先ほどの指示通り、全軍前進。敵軍を魔法の射程内に再び捉えよ!」
「はっ、直ちに」
そのフィレオの指示を耳にして、レメルアンはすぐさま近くの部下へとその指示を伝達する。
そして瞬く間にフィラメント軍は、逃走する帝国軍を追いかけるように前進を開始した。
「ヒャヒャ、もう少しだネ」
最初に帝国軍が陣取っていた付近にまで軍を進めたところで、フィラメント軍はようやく帝国軍をその射程内へと捕らえかける。
「ああ、当然のことだが、転進して後退するよりも、単純に前へと進む方が早い。奴らの逃げる判断こそ早かったが、そろそろといったところかな。全軍、攻勢魔法の用意を……む、待て!」
ウイッラの言葉に首を縦に振り、一度はフィレオも全軍に再攻撃を指示しかけた。
しかし、彼は帝国軍の後方ではっきりとした一つの煌めきが生まれたことを、その目に捉える。
「どうしたのですか、フィレオ様?」
「今、奴らの後方に光が生まれなかったか?」
不審げな表情で問いかけてきたレメルアンに対し、フィレオは厳しい表情で逆に問い返す。
しかし問われたレメルアンよりも早く、側にいたウイッラが彼に向かって返答した。
「ヒッヒッヒ、あれは魔法の煌めき。そう、魔法の叫び。はは、来るよ、来るよ。あの魔法が。あの汚らわしい魔法が」
「集合魔法……か。しかし、なぜ今頃? 我らに通じないことはわかっているだろうに」
半信半疑の表情でウイッラの回答を耳にしたフィレオは、訝しげな表情で、そう口にする。
「ンン? ああ、そうダ。やっぱりそうダ。フフ、あのゴミカス共も多少は頭を使ったみたいだネ」
ウイッラは何か急にうれしそうに笑い声を立てると、その場に腹を抱えながらうずくまる。
その突然の行動に、既に意味を求めることを諦めたフィレオは、声色を変えることなく、頭の中にある疑問だけを彼に問いただした。
「どうされたというのかな、ウイッラ殿。やっぱりとはどう言うことだ?」
「フフ、よく見てみなヨ。彼らの後ろをサ。魔法の煌めきはいくつある? 一つじゃない、無数の煌めきがそこに生まれているはずサ」
「むぅぅ、これは……」
ウイッラの言葉に従いフィレオは敵軍の後方をぐるりと見渡す。
すると、バラバラに逃走していたはずの帝国軍は、いつの間にかゆるやかに半月陣を形成していた。そして彼らは、先ほどフィレオが目にした魔法の煌めきを、一つだけではなく無数に生み出し、帝国軍の様々な場所で光が放たれ始める。
「ワカラナイかい! あれは全て集合魔法だヨ」
「ば、バカな! 集合魔法がそう何発も同時に扱えてたまるものか」
フィレオは眼前の事象を目にした瞬間から、その可能性を脳の片隅で考えてはいた。しかしながら、彼の中の常識が彼にその考えを進めることを躊躇させ、ウイッラの言葉を否定する。
「フフフ、そりゃあこの前彼らが使ったような威力なら……ネ。だけど、もっと小規模のものだったらどうカナ?」
「なに?」
想像さえしていなかったウイッラの言葉に、フィレオはまばたきをするのも忘れて、彼をまっすぐに見つめ返す。
「奴らはボクらの光の盾を破るために、きっと様々な角度から小型の集合魔法を放つつもりなのサ」
「……なるほど。大部隊で集合魔法を扱うのではなく、小部隊をいくつか編成し、光の盾の死角から我が軍を狙うつもりか!」
唇をわずかに咬み、フィレオは眉間にしわを寄せる。
険しい表情となった彼の下に、幕僚の一人が前線からの報告を携えて駆け込んできた。
「フィレオ様、た、大変です! 敵軍に次々と光る球体が出現しつつあります。その数、三、四、五……まだまだ増えて行きます」
「キッキッキ、ほらネ。やはりそういうことサ。と言っても、まあそう来るだろうと思ってネ、準備はして置いたヨ」
「なに? 準備……だと。ウイッラ殿、どういうことだ?」
「大きいのが効かないのなら、小分けにしてぶつければイイ。ふふ、帝国の能なしのゴミ共が考えそうなことサ。まさかフィレオ君、君はその可能性を考えていなかったわけではないよネ? ……ああ、怒らない。そんな顔でボクを見つめないでくれヨ。どちらにせよ、対策はしてあげているんだからサ」
まったく目の前の状況に動じることなく、ウイッラは引き笑いをしながらそう答える。
一方、目の前の事態の可能性を考えておきながら、指揮官である自分に対し、一切の相談をされていなかったフィレオは、苛立ちを隠せなかった。
「しかしどうするのだ、あんな様々な角度から集合魔法を撃たれては、防ぎようがないぞ!」
「ヒッヒッヒ、落ち着きなよ、フィレオ君。いいかい、光の盾の使い手はこのボクたちだヨ。当然、光の盾の弱点は、彼らよりもはるかにボクたちの方が知っていル。大丈夫さ、ボクとボクのモルモット君たちを信じて見たまえ。敵がさ、大きいものを小分けにするんだったらサ、こっちも小分けにしてあげればいいだけサ」
先ほどまでしゃぶっていた指で、宙になにやら絵を描きながら、ウイッラはフィレオに向かいそう説明する。
その説明が進むに連れて、フィレオの瞳には理解の色が浮かび始め、そして数度首を縦に振った。
「……なるほど。ようやく貴公の狙いがわかった」
「ああ、キミが想像した通りサ。光の盾を小型の盾にして、我が軍の周囲に張り巡らせるヨ。ただね、フィレオ君。流石にあれだけ大量の集合魔法を隙間なく盾で防ぐのは、骨が折れる。そしてボクのモルモット君たちを無駄に死なせるなんて、ボクの望むところじゃナイ。守りやすいように少し軍を集めてくれないカナ?」
「あ、ああ。すぐに手配する。全軍、密集隊形をとれ!」
ウイッラの頼みという名の指示を受けて、すぐさまフィレオは部下に命令を下していく。
そしてフィレオは思考を切り替えた。
集合魔法を跳ね返したあと、魔力切れの帝国軍に対して、どうやってとどめを刺してやるかについてである。