作品タイトル不明
07
卒業式。
この学園を卒業する生徒たちは、これより成人とみなされる。
自分のことに自分で責任を負うのだ。
送辞は今年からは王太子殿下が学園に入学していたために、在校生代表として彼が。いつもならばすでに選ばれている次の生徒会長が行うが、王族が在校している場合はこれも伝統である。数年前は同じく王太子殿下の姉姫がこうして送辞を述べていたのを覚えている教師たちも感慨深く懐かしんでいた。
ただでさえ次の生徒会長に選ばれたばかりで不慣れで忙しい卒業式の準備。王族が同時期にいる代の生徒会長は仕事を一つ、王族にお任せできる幸運な代でもある。
王族の御方は生まれながらにして人前に出ることに慣れていらっしゃるし。
答辞は卒業生代表として首席卒業生がつとめることも代々伝統だ。
卒業生は総合成績三位までここで最後に表彰される。同じく在学中に国のコンクールなどで賞をとったものも。
その三位に、先頃自分が婚約解消を継げたクロエが登壇したことにテレンスは驚いていた。
そうだ、彼女を気に入らなかったのはその頭の良さも。自分に任せられないとばかりに、彼女が特に首位を取ったのが領地管理科目だったことに歯ぎしりをした。自分ではあてにならないと言われているようで……だから当て付けるために自分は領地管理科目を――。
まぁ、結局は婚約を解消して自分は商人になるのだからこれで良かったのだと、テレンスは鼻を鳴らして笑った。
それを見ている者たちがいることを気が付かないで。
総合成績的には三位だがクロエはこれから先、自分が侯爵家に預かってもらっているグラフティー子爵家に責任持たねばときちんと頑張っていたことを。
こうして表彰されてある意味、皆の目に見えるように。解るように。
ネージェン侯爵家の寄り子貴族の関係者たちは親御さんを亡くしてもこうして頑張っていたクロエの姿に感動していた。
彼らは五年前を覚えている。
残された幼い少女の処遇を皆が話し合ったとき、当の本人はどうしたいのかを彼女に尋ねた。
まだ十二歳の幼さで。
まだだれかに守ってもらうのが当然の少女は。
「私が、グラフティー子爵家を継ぎます」
そのための時間を、学園の卒業まで待ってほしい。グラフティー子爵家を皆様よろしくお願いします――と。
そのために彼女は爵位を手離して守ってもらえるばかりの伯母のところには行かないで、より厳しい道を選んだ。
「必ず、皆様に認められるように……頑張ります!」
そして彼女は有言実行した。
いくつかの科目では首位を。しかも総合で三位だ。十分すぎるほどだ。
彼らは改めて彼女の頑張りを認めた。
それがわからない存在が、まさか自分たち同じ派閥貴族たちの中にいただなんて。
彼女を任せると三年前に選ばれた少年は。まさか彼の方から彼女を裏切るとは。
いや、考えようによってはテレンスが自らクロエから離れたことを――逆に考えたら喜ばしい。
クロエにテレンスといういらない重荷を押し付けることになるところであった。
テレンスはこれから先、貴族ではなくなると――商人となるそうだと、ひそかに囁かれていることを。気がつくがそれは、贔屓されるに違いないと、とてつもなく勘違いを。目がくらんだままに。
彼は今やメアリーしか侍っていないことすら、自分の次の婚約者が伯爵位で皆が遠慮しているからだと――孤児に近いクロエとはやはり違うと、鼻高々にしていた。
彼は貴族籍に再びつくことがどれほど大変かわかっていない。メアリーもまた、爵位を得ることの大変さを。己が苦労した実績でないことを。
若人の夢みることは自由であるが。
やがて式典が終わり、華やかな舞踏会へと移行する。
家が遠いものはあらかじめ学園で用意された着替え室にて。寮にいる者たちはそちらにて。
衣装が用意できないものは学園より貸し出しもされている。
それは普通は夏頃から準備をするもので――わずか一ヶ月で用意できるものではない。
首席卒業生が一番最後に入場が決まっている。そして三位はその前に。
その三位が。
皆から歓声と――主に女性陣から感嘆が混じる悲鳴をあげられた。
――――
「そうよ……卒業式まで一ヶ月しかないんだわ!?」
「そうか、クロエに恥をかかせたかったのね……なんて酷い……」
セリーヌとクラリスが気がついた。
一ヶ月では新しいパートナーとドレスの用意ができるはずがない。
いままではクロエといえばテレンスから紺色のドレスを贈られているのがお約束で。色合わせも何も相談がないことに慣れてしまっていた。
クロエは卒業式後の舞踏会のドレスがぎりぎりまで贈られてこないのはいつもの通りだとのんびり構えていたのが。どうせいつものように紺色だろう、と……。
「むしろテレンスとドレスのことは仕方ないと、思っていて……その時間を別のことに、勉強とかに充ててましたから」
そういう切り替え思考は大切ではあるが。
だからドレスの打ち合わせなどもなかった――婚約解消の素振りを気にしていなくて。いや、気がついていなくて。
「いままでも、そうでしたから……」
ようやく気がついて愕然としているクロエに。
それはどうなの、聞いていない、と、セリーヌとクラリスが頭を抱えたほど。
けれどクロエが内心では放心しているのだと察してもあり。
さすがに三年も婚約していて、そしてこの不意打ちのような。
「……クロエ」
彼女の婚約はこの侯爵家がまとめたものだ。
それがまさか。
まぁ、平民になる決意でもって解消としたのは男としてその意気や良しなのだろうと、父があっさり認めたのをセリーヌは――逆になにか怖い気がしている。子として、侯爵令嬢として、そのあっさりが怖い。
「クロエ……あなた、もう少し怒っていいのよ……」
「いえでも、私みたいなのと結婚してくれるのだからと……ばかり……」
ああー……と、二人はまた違う意味で頭を抱えた。
クロエは背とともに、そうした気持ちまで育んでしまったのか。
そして 自信(・・) を育てられなかったのだろうか。
成績とそういう感情は別なものだ。頭と心は違うのだから。
むしろテレンスのその高い自尊心と足して割ったら――本当にちょうど良い夫婦となっただろうに。
そう。結局はテレンスによってクロエがこのような性格になったというのも許しがたい。
「……許しがたいわ」
自分が教えた勉学や礼儀作法を見事に吸収してくれたクロエに、このような要らない哀しみまで教えたテレンスたちに、クラリスは心底から怒りをもった。
マイン伯爵令嬢は勘違いをしていた。
ネージェン侯爵家との関係は。
決して借りなどは、ない。
むしろクラリスの母が頑張っているから伯爵位にあるというのに。
そう、クラリスの母はまだまだ現役でばりばり働いている。
サイモンを亡くしたあとはその哀しみを吹き飛ばすためによりいっそう商売に力を入れている。それがマイン家が爵位を上げることにもなった。
今は他国に販路を拡げるために旅に出ていて、帰宅は孫のセオドアの卒業式かな、なんて予定であった。
これは余談だが、セオドアがあのままバーディ家を――レティシアの婿になれと言われていたら、 コーデリア(祖母) の伝手で 逃亡(留学) しようとしていたのである。
マイン伯爵令嬢はその辺りをきちんと理解しているのだろうか。
探りを入れると彼女は祖父の姉がとんでもない人だとは聞いてはいたが、そのとんでもなさを理解していないと――解った。
確かにとんでもないコーデリアだ。
彼女がいるからマイン家の繁盛があると跡継ぎなどは解っているだろうが――商会が大きく成りすぎると、その恩恵を当然と思う世代が現れるわけだ。
自分ではなにもしていないのに、あるのが、与えられるのが、当然……と。
マイン家はこの一ヶ月でどう出てくるだろうか。
クラリスから連絡を受けたコーデリアは怒髪天で滞在している国での仕事を片付けているらしい。急ぎ帰国して実家の弟たちを叱るために。
大事な亡き旦那様のお身内に、大事な愛娘の教え子になんてことをしやがるのか、と。
ネージェン侯爵家はコーデリアの顔を立てるために、そこは待つことにした。
待つことにしたが――許しがたい。
「明らかにクロエに恥をかかせるのが目的よ……」
セリーヌにはそれが手に取るように解った。
だからこちらも――報復だ。
貴族とは舐められたら終いなのだ。
「私のウェディングドレスは後回しよ! 針子を総動員なさい! 臨時給金ははずむわ! これはネージェン侯爵家も虚仮にされているわ!」
許しがたい。
セリーヌは己の大切な妹を舐められたことが何より許せなかった。己のドレスよりも優先だ。
「ええ……私も許せません……!」
クラリスも続く。己の血族が世話になっているネージェン侯爵家に、そして大事な教え子になんてことを。
血族のやらかしだからこそ、クラリスも心底から腹が立った。
母はこんなことのために稼いでるんじゃあない。
そしてクラリスにはこういうことに何故か強い――義娘(予定)が。
「お任せください!」
彼女は話は聞いたとすぐさま来てくれた。
そしてもう一つ、扉を壊しかねないほどの勢いで同じく重なる声があった。
「お任せください!!」
若く勢いある、想いのこもった声が。