軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11

「あ、あの……侯爵様たちと相談させてください……」

真っ赤になったクロエの返事に。

物語のヒロインであればこの場で即答で「喜んで」と手をとるだろうが、現実では無理だろう。

むしろ周囲はホッとしたし、貴族令嬢としてきちんと世話になっている寄親貴族に相談してからと返事をしたことでクロエ自身の株もますます上がった。

それに卒業のパーティを個人的なことで――と。

十分目立っていたが、これまでは皆様と同じくダンスしていただけである。個人的な問題は、ない。

文句は先んじて封じた。見越して王太子殿下の婚約者様を引き出した彼女らの勝ちだ。

その寄親貴族がエリオットの親であるから話は複雑なような――かえって手間が省けるような。

「はい、もちろん」

にっこりと満面の笑顔でうなずくエリオットに「あ、すでに手回ししてやがる」と周りにの皆様は察したり。

ある意味なんとも頼もしい未来の侯爵様だ。

クロエの婚約解消は一ヶ月で薄っすらと広まっていた。

爵位を継ぐ令嬢がフリーになったのだ。婚約者がいなくてざわめく者たちがいるのは当然のこと。

「でも背の高さがなぁ」

と、爵位は欲しいが二の足を踏んでいた次男三男の野郎どもは――つまり出遅れた。

今宵知ったクロエの姿。

成績の優秀さやその実力。実力はダンスの素晴らしさも。

そして告白されて真っ赤になっている顔の、年相応になんて可愛らしいのだろうか。美少年と美少女、両方の魅力を今宵彼女は周りに見せまくりだ。

背が高いのがなんだ。

むしろそれがクロエの魅力だと気がついた野郎どもは。

この舞踏会が終わったら直ぐに婚約の見合いなり、まずはデートなど、申し込みしようとしていたのに。

「……もっていかれた」

「……かないっこねぇ……」

この、衣装もだが可愛らしい少年に、すべてすべて、先を取られたと。

相手はクロエの為にその華やかな衣装も――女性パートも踊る覚悟を決めた男だ。見かけはまだ少年だが、しっかり覚悟した男の中の男だ。

一ヶ月間しかないなかで、怒涛の仮縫いに嫌な顔を一度もしないで。

「では三年後。僕の卒業式で、婚約者としてエスコートの同伴をしていただけるよう頑張りますね?」

三年後。

それまで決して心変わりしないと、この少年は誓った。

お前らとは違うのだと――真っ向から。

養い子の、そして寄り子貴族たちの来賓として招待されていたネージェン侯爵夫妻は「とうとう言いおった」とため息をついた。

彼らは息子の初恋がクロエだと知っていた。いや、気がついたと言うべきか。

はじめは両親を亡くして哀しむクロエに姉と同じく優しく寄り添っていたエリオットだったが。

やがて彼女が時で癒えると、クロエにちょっかいを出すようになった。

明らかに子供の。

好きな子に構ってほしい、あれだ。

クロエにはそれがセリーヌという姉を取られた焼き餅だろうなぁと誤解されているうちに。

ネージェン侯爵は考えた。

クロエは寄り子貴族だし、彼女自身が子爵家を継ぐと決意している。

ならば早々に失恋はかわいそうだとは思うがエリオットにはあきらめさせよう。

本音は亡き親友の忘れ形見を彼らの代わりにいつまでも手元で大切にしたいという気持ちもあったが。それに息子の初恋がかなうなら応援もしたい。三歳の年の差は許容範囲だろう。

しかし、だ。

預かったからには責任がある。

ネージェン侯爵は貴族としての役目を優先した。

クロエにテレンスという、寄り子貴族の中で評判の少年を婚約者として。

……今は 当時は(・・・) 評判の、と付くが。

エリオットはクロエに婚約者があてがわれたことで クロエ(初恋) をあきらめた。

彼はクロエの幸せを優先し、彼女に自分たち以外の家族ができるのだと喜ぶことにして初恋を封印したのだ。

それからは「クロエ姉様」と、彼女のことを姉として大切にしようと――なんて男前な、と。今宵寄り子貴族たちはエリオットに涙した。

旗頭がそのように心優しく、優秀な方が寄り子貴族たちもありがたい。

それが、一ヶ月前。

扉を蹴破る勢いで初恋の封印を解いたエリオットだ。

彼は自分がエスコートをすると名乗り出た。そして覚悟をみせられた。

そしてこの人目ありまくるところでやられた。やりおった。

これはもう、エリオットはむしろ親である自分たちにも引くに引けなくしてくれた。

もう、笑って認めて――祝福してやるしかない。

クロエがこんな息子を受け入れてくれるなら。そしてクロエの様子も満更嫌ではなさそうで。あの赤い顔は今は恥ずかしさもあるが嬉しさもあるとみた。

これから三年間、息子が頑張ってさらに口説くのを待たせてもらおう。

クロエが返事を引き延ばしたことに周囲はホッとしたのだが――これで初恋叶い、可愛らしく微笑ましいまま、 騒ぎにならずに済む(・・・・・・・・・) と。

「お、おかしいだろ……」

周りが時が止まったように静かで彼らのやりとりを微笑ましく――そう、微笑ましく見守っていたから、彼のつぶやきは小さくも誰もの耳に入ってしまった。

この感動的で幸福なやりとりに、まさか横槍を入れる存在が、と皆様の視線も集まった。

テレンスだ。

「ほら、クロエ嬢の婚約者だった……」と、誰かが知らなかったひとに説明する囁きが。

やがて皆は、彼が卒業一ヶ月前というありえない婚約解消した男だと。この卒業式に本来はするつもりだったと知ったらもっと軽蔑しただろう。

貴族として――いや、紳士としてありえない。

後にすぐに彼が卒業後は平民となるということも広まって皆様は安堵なさるが。こんな野郎が貴族なのは、同じ場にいるのは許しがたい。

テレンスはありえないと首を横に振っている。

「クロエが侯爵……婚約? はぁ!? 孤児のクロエが!?」

テレンスはきらびやかな彼に良く似合う、子爵家の次男がまとうには豪奢な服を着て。彼の瞳色である赤味あるオレンジのドレスをまとったマイン伯爵令嬢と腕を組みながら。

一ヶ月前に婚約解消したであろう男が、違う女性をエスコートしながら。

「……孤児?」

それに誰かが尋ねるように繰り返した。テレンスの近くに偶然居合わせた、その方が。

「それはどういう?」

「く、クロエは親がいなくて、親戚にも引き取りを拒否されて! あんな背ばかり高くてみっともない女だから! だから侯爵家の居候なんだ! 子爵家っていうが、親もいないんじゃ、そんな後ろ盾もないようなのを婚約者に望むだなんて、ネージェン侯爵子息は――あ」

テレンスはあまりのことにいつも心の中で思っていたことを思わずぶち撒けてしまった。

慌てて口を閉じたが……もう遅い。

周りは気がついてしまった。

テレンスがクロエを――婚約者をそのように下に見ていたことを。

彼自身が「自分が引き取ってやる」的なことさえ口にしていたことを。

彼のきらびやかな顔に惹かれて取り巻きだった女生徒たちこそが証人になるだろう。

確かにクロエには親はいない。不幸な事故で失った。

けれども身内がいないだなんてのは。

それはクロエが侯爵家に後見を受けて世話になっていることをきちんと理解していない者たちの誤解だ。

まさかその筆頭が、それが婚約者だったなんて。

ピートル子爵は次男にきちんと説明していないのかと、彼を甘やかして育てたことをここにきて明らかにされた。同じネージェン侯爵家の寄り子貴族たちの目が厳しく。

「クロエがみっともないですって……!?」

「なんて酷いことを言う方なの!?」

そしてテレンスの近くにいたその方々は。

「ロミエール伯爵夫人だ……」

「御息女も……ご無事に帰国なされたか……」

ざわめきにテレンスは、そしてメアリーは「?」と目を丸くする。

どうして見ず知らずの伯爵夫人とその娘が怒り出すのだろうか。

その謎は直ぐに。

「よくも私のかわいいクロエを、姪を! 妹の忘れ形見を侮辱したわね!」

ロミエール伯爵夫人が、姪と。

そうクロエの母の実家は、ロミエール伯爵家だったのだ。

クロエには親戚の引き取りはなかった。

けれどもそれは誤解だ。勝手に周りがそう勘違いしたのだ。

五年前。

本来ならばクロエは母の実家のロミエール伯爵家に引き取られる筈だった。家を継いだ母の姉のところへ。

けれどもその頃丁度、従姉妹のこのシャーリーが病弱で大変で。隣国の医療に強い国に母子で渡って治療をすることになっていた。幼いシャーリーを一人では行かせられるわけがなく、伯母が当然付き添いで。その間は婿入りした夫と息子が家を護ることになっていた。

グラフティー子爵家が事故に遭ったのも、シャーリーの見舞いとしばしの別れの挨拶に行くためだったのだ。

それが両親との永遠の別れとなり――。

それでもそんな大変なロミエール家に。治療の機会だって逃せるはずがないと、クロエは自分から寄親のネージェン侯爵家にお願いしたのだ。伯母にはシャーリーを優先してもらいたくて。

自分だってまだ幼いのに。

それを知る当時の皆様は涙した。

ピートル子爵は当時、確かに息子に話したはずだと、つい先日もネージェン侯爵の前で頭を下げたのに。

婚約者となり、グラフティー子爵位という人参をぶらさげられたテレンスの頭からはとんでしまったらしい。

次男であり、本来なら爵位もない自分に回ってきた幸運に。

それが三年で、不良品を押し付けられたと――彼が増長したのが、これよ。

隣国にて治療が成功し。妹の忘れ形見の卒業式に間に合うよう帰国したロミエール夫人は、そのかわいい姪が婚約解消されたことにまず怒りを。

しかもその相手はずっとクロエを侮っていたのだ。

「お待ちを。どうぞお怒りは……」

あまりの怒りにもっていた扇子で殴りかかろうとしたロミエール夫人を止めたのが王太子付きの近衛騎士の一人だったことに。

彼は騒ぎにいち早く気が付き、王太子に許可をもらい駆けつけたのだ。むしろ王太子から「行け」と命じられて。本当に周りをよく見ている王太子殿下だ。

今期は王太子殿下が入学されていたから近衛騎士も警護のために常在していた。彼は中でもよく王太子の近くにいるほど――つまりそれくらい実力があるのだろう。

「クレイヴ様よ……っ!」

「きゃあ! こんなお近くに!?」

周りで囁かれてるほどにその背の高い近衛騎士は人気があるのだろう。テレンスとは系統が違う美形だ。

そう、黒髪で、背が高い――。

彼は危なげなくテレンスと夫人の間に身体を入れ、夫人の手を止めていた。

テレンスは助かったと垂れ目の目をさらに情けなく下げた。

……が、彼はまだ甘かった。

「 母上(・・) 、あとは私が。シャーリーも落ちつきなさい」

「クレイヴ……」

「でもクロエお姉様を侮辱……はい、 お兄様(・・・) ……」

ロミエール伯爵家の二人が彼をみて親しげにしたことに。

テレンスは知らなかった。クロエの身内がロミエール伯爵家であったことを。

ロミエール伯爵家は武の家系だ。

先ほど扇でテレンスを打ち据えるつもりだった夫人も――そしてそれは姪であるクロエも。彼女のダンスを続けても切れない体力や、細剣の腕前も。

ならばその伯爵子息が近衛騎士であったことも。さらには王太子殿下付きに抜擢されている程の実力者なことも。

この一年、王太子殿下がご入学されてからは、 彼が(・・) 、 クロエの従兄弟が(・・・・・・・・) 側にいたことも。

まったく、知らなかったのである。

それくらい、彼は婚約者であるクロエを侮っていた。

ロミエール夫人と兄妹のその青味ある明るい緑の瞳がクロエと同じであることを。

いつしかクロエと目を合わせなくなった彼は最後まで気がつけなかった。

婚約者であるならば、そもそも男であるならば。

揶揄われたことを拗らせても――嫌って恨んでいても。

同い歳の少女を貶めようとしたことが、そもそも。

彼の自業自得。

「私がこの一年は、学園の中ではクロエを見守っていましたから。そう、いろいろと、ね……?」

つまりテレンスがクロエを蔑ろにしていることも――隣を歩くなとまで、言っていたことまで。

身寄りがいない、孤児だとまで、下に見ていた相手にはこんなにも近くに有力な保護者がいた。学園では仕事中だから話かけたりしなかったが、きちんと気にかけられていたとか……知らなかった。

しかも最大級の保護者は。侯爵家でも姉妹のように過ごしていたと後から聞いて。

学園でのセリーヌのあの冷たい瞳は本当に自分にばかり向けられていた。家の外にでたら公の場と、弁えていたってなんだ……。

はじめは卒業式で婚約破棄をして恥をかかせてやろうなんて笑っていたテレンスは、逆に自分が笑いものどころか周りより冷たい目で見られていたことをようやく知ったのだった。