作品タイトル不明
ep12 異文化交流1
「あー、あー。こんにちは。――っと、言葉は通じていますか?」
「……っ!?」
言語理解の魔道具を使うのは初めてのことだったので、ドキドキしながらお声がけ。
するとケモノさんは大きく目を見開いてから、困惑した様子で自らの耳を触った。自分の耳がおかしくなったのだと思ったのだろう。くしくし、って感じでとても可愛い。
「このチョーカーは言語理解の魔道具なのですが……伝わってますか?」
再度問いかけると、ケモノさんは顎に手を当てて納得したように首肯。
一歩二歩と近付いてくると、チョーカーを観察してから思い出したように口を開いて、言葉を紡いだ。
「わ、私は理解、できる。……こちらの言葉は理解できるか?」
「っ! えぇ! これでようやくお話しできますね!」
これまで意味不明な音の羅列だった彼女の声が、確かな意味を伴って耳朶を打つ。
言葉が通じない中での異種間コミュニケーションも楽しかったけれど、やはり話し合えるというのは素晴らしいことだ。
うんうん、と胸中で頷いていると、安堵したように胸をなでおろしたケモノさんが再度口を開く。
「それはよかった。……えっと、それじゃあ兎にも角にも現状について擦り合わせを行いたいのだが……構わないだろうか?」
「もちろんです。俺もそのつもりでしたし。……ただ、その前に一つだけ」
俺は声のトーンを落とすと、静かに彼女を観察しながら問いかけた。
「――貴女は俺の敵ですか?」
「っ!? なにを……」
困惑するケモノさんの一挙手一投足、視線の動き、呼吸のタイミング、重心の移動、もふもふのしっぽ、ぴくぴく動く耳、その全ての反応を見逃すまいと、俺は目を細める。
するとケモノさんはかすかに息を飲んでから、伏し目がちに話し始めた。
「……キミの敵か、と問われると、私はそれを否定することが出来ない。まず私はキミのことを何も知らないし――より正確には、私は私自身のことも何も知らない」
「……自分のことも?」
「そうだ。……気が付いたのは森の中だった。私は何かから逃げていて――否、それすらも確かなものではない。事実なのは、私は森の中を走っている最中に 気が付いた(・・・・・) 。そして、その先にあった遺跡で見つけた空間の裂け目に足を踏み入れたんだ」
「……」
「空間の裂け目の先にはモンスターが跋扈していた。私が到底敵うはずのない強力なモンスターばかりだ。だが、どういう訳か奴らは私に近寄らなかったから、私は強力なモンスターのいない方へ居ない方へと逃げた」
「……」
「しばらく逃げていると、モンスターが私を襲い始めた。何とか魔法を使って戦ったが、運悪くオーガの群れに遭遇。何匹か殺しながらも逃げ続け、もう駄目だと思い始めていたその時――」
ケモノさんは顔を上げ、俺をまっすぐに見つめながら告げた。
「私は、キミに出会ったのだ」
§
話を受け、俺は思考を巡らせる。
(まず、確かなことは分からないけど、彼女の言う『空間の裂け目』は 異世界側(・・・・) のダンジョンの入り口ってところだろう)
モンスターが近寄らなかったのは……時期を考慮すれば、ルナリアとテスタロッサが何かをした、と考えるのが妥当か。
そして、一番の問題である『走っている途中で気が付いた』という言葉。そこから察するに彼女の現状は——。
「……魔法の過剰使用による、記憶喪失」
「私も、おそらくそうだと考えている」
「なるほど。だから『敵ではないとは言い切れない』って……」
「そうだ。記憶を失っている以上、私は自分自身の素性を把握できていない。それ故に場合によってはキミに危害を加える目的で動いていたという可能性も捨てきれない」
「……別に、敵じゃないって言い切っても良かったと思うんですけど」
俺からすれば分かりようもないことだ。
記憶がない。
庇護が欲しい。
そんな状況下に置いて、相手にすり寄るのは間違った選択ではない。
そんな、言わなければ気付かない可能性を馬鹿正直に伝える必要などないはずなのだ。
しかしケモノさんは不快気に顔を歪め、吐き捨てる。
「そのような不誠実な態度をとれるわけがない。キミは私の恩人だ。キミがどう認識しているか知らないが、私は昨日のあの瞬間、キミに命を救われたと認識している。そんな相手に対し、隠し事や、その善意に付け込むような行動はとりたくない。そこまで落ちぶれていない」
「……そう、ですか。何かかっこいいですね。尊敬します」
「……世辞は良い」
思ったままに呟くと、ケモノさんは「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。
しかし、ふわふわのしっぽが軽快に揺れている様子から察するに、悪い気分ではないのだろう。
「しかし、なるほど。これで合点がいきましたよ。だから出会ったばかりなのに色々言う事を聞いてくれたんですね」
ギルドや家に連れ帰る時も、ケモノさんは俺に対して協力的だった。
俺との実力差を理解し、逆らっても無駄だからと思っていたが、助けられた恩義があるからこそ、指示に従ってくれていたのだろう。
「……あー、いや。それももちろんあるのだが……」
「? 他にも理由が?」
「……まぁ、そうだ。その……だな……」
「言いにくい事なら別に言わなくても大丈夫ですよ」
「っ! いや、そうはいかない! 先ほど隠し事はあり得ないと言ったばかりだ! ……ただ、一つ前置きするとすれば……これは決して創を貶す意味ではないと伝えておきたい」
「は、はい」
なんだろう。
童貞臭いからついて行ってもなにもされないだろうと思った、とかだろうか?
確かにちょっと悲しい。
「私が創の言う事を聞いていたのは……キミから、争う意思が欠片も感じられなかったからだ」
「……ほう?」
「……す、すまない! 男児であるキミにこんなこと……っ!」
え、今怒るポイントあった?
まぁ、強いて言えば『腰抜け』を優しい言葉に言い換えられた、と捉えることも出来るけれど、別にそれで傷つくこともない。
「もしかして、ケモノさんの住んでる場所ではそうなんですか?」
「へ? あぁ……はっきりとした記憶は、ないが……それでも、男は武勇を求め、いついかなる状況でも争う気概を持たないと、玉なしと揶揄されていた」
マジかよ。
いや、まぁ住んでいる場所が違うというか、そもそも生物としての種類も異なるのだから文化も違っていて当然か。
これぞ異文化コミュニケーション。
カルチャーショックってやつだ。
「こっちの世界じゃ血の気の多い人は毛嫌いされますから、仕方ありませんね」
「そ、そうなのか? ……いや、それともまた違った気もしたが……」
そう呟いて顎に手を当てるケモノさん。
言葉の後半は音になるかならないかと言った小さな声だったので聞こえなかったが、それ即ち聞かせるつもりのない言葉だったという事。なら聞く必要はない。
俺は特段追及することなくスルーして、現状に関する擦り合わせを再開しようとして――。
「……ん? いや待て。今『こっちの世界』と言ったか? そ、それはどう言う意味だろうか? 『こっちの国』ではないのか? 何故世界規模の話をする?」
「へ?」
「そうだ。重要なことを忘れていた。そもそもここは何という国だろうか? 元々私の居たはずのファナトス大森林からは離れた土地だろうが、建物の構造や創の服装など、見たことがない。竜創国家デベレッタやシーフォース王国、剣武国家ヴィクターよりも技術レベルは高く思えるし……って、自分や家族のことは忘れているのに、こんなことは覚えているのか……」
苛立たし気に頭を振るケモノさん。
ただ、その気持ちは分かる。
俺だってくだらないことは覚えているのに父さんと母さんのことや、七規の両親のことを忘れていたし。
そしてナイトメアの軍勢と戦った際も、知識系の記憶は最後まで残っていた。
おそらく、魔法の過剰使用による記憶喪失で失われる記憶には 順番(・・) があるのだろう。
「仕方ありませんよ。魔法の過剰使用による記憶喪失は、自分ではどうにもできませんからね」
「だな……。それで、この国は何という名前だ?」
再度の問いかけに、俺は逡巡してから淡々と答えた。
「ここは日本という国の三船という地域です。そして、貴女が居た世界とは全く異なる異世界になります」
端的に結論を述べると、ケモノさんは真剣に言葉を受け止めて、考え込み――。
「……ほぇぇ~?」
意味が分からないと固まるのであった。
奇しくも彼女のしっぽが感情を代弁するように『?』の形に歪んでいた。
かわいい。
もふもふ。