軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep11 ケモノさん

家に戻って来た俺は、未だ困惑した様子のケモノさんを連れて室内に連れ込んだ。

当初は警戒の色を見せていた彼女であるが、室内に誰も居ないことを確認するとどこか安堵したように息を吐く。

しかしながら、問題はここからである。

どうにかして意思疎通を図りたい。

だがおそらく彼女が話しているのは『異世界語』。

今まで出会ってきた異世界人は何故か日本語ペラペラだったしなぁ。

何故ケモノさんだけ……? いや、常識的に考えるのであればケモノさんが正常で、日本語を話せるというのがおかしいのか?

(何はともあれ、何とかして翻訳できればいいんだが……あ、そうだ)

そこまで考えて一つの答えに辿り着く。

しかしその方法を選ぶには時間が悪い。

俺は仕方がないとため息を吐いて……ふとケモノさんのお腹がぐぅと鳴った。

「……」

「……×××」

「確かに、俺も腹減ったな……」

何かなかったかなと冷蔵庫を漁るが、中にあるのは霜月さんが買い込んでいる食材ばかり。自炊できない身の上としてはどうしようもない。

うんうん頭を悩ませていると、食パンを発見。

オーブンで焼いてバター塗れば十分かと判断し、調理開始。

物の数分で完成したそれを皿に乗せて、テーブルに並べる。

飲み物は……ケモノさんって何飲むんだ? とりあえず水でいいか。

椅子に座ると、ケモノさんも俺に倣って対面に腰掛けた。

「いただきます」

ぱくっ、と一口。

うん、普通に美味しい。

いつも凝った料理ばかり作ってもらっていたから、こんなにシンプルなのも久し振りだ。

すると俺の食事風景を見ていたケモノさんは、徐に腰の双剣を外すと、静かに眼を瞑って頭を垂れてから、食パンに手を伸ばす。

(ケモノさんなりの『いただきます』なのだろうか?)

これが異文化交流という奴なのだろうか。

何だか楽しいぞ。

一人ウキウキする俺の眼前で、ケモノさんは食パンをパクリ。

瞬間、目を見開いて頬を緩める。

しっぽはぶんぶんと揺れ、非常に美味しそうだ。

なるほど、これが人に料理を振舞い喜ばれるという感情か。

食パン焼いただけで何様だと思わないでもないが。

ともあれ、喜んでもらえてよかった。

あっという間に完食してしまい、物足りなさそうなケモノさんを見て、俺は二枚目三枚目と、トーストを焼いていく。結局ケモノさんは家の食パンを完食してしまうのであった。

§

その後、ケモノさんが全身土や埃塗れだったので、シャワーを勧める。

蛇口をひねって水が出るという光景に心底驚いていたが、直ぐに使い方を覚え、俺は追い出されてしまった。

「シャワーは知らない人からすれば驚き以外の何物でもなさそうだが……まぁ、魔法なんてものがある世界から来たのなら、大概のことは納得してしまうのか」

ケモノさんがシャワーを浴びている間に着替えとタオルを準備。

もちろん女性用の着替えなどないので、俺の服だ。

ケモノさんの身長は精々百六十半ば。対する俺は身長百八十を超えており筋肉質。俺の服ならどれでも入るだろう。後はスウェットの下を準備するが……。

(う~ん、しっぽの部分に穴を開けといたほうがいいのだろうか?)

「……一応開けとくか」

ハサミでチョキチョキ。

不格好だが仕方がない。

俺は脱衣所に着替えとタオルを置いて、一人リビングのソファーへ。

義手を外してテーブルに置くと、一つ息を吐いた。

「はぁ……どうするか」

何はともあれ話を聞いてから、というのが結論であるが……問題は彼女のことを誰に話すべきか。

ダンジョン内で考えた通り、狸原さん、おじい様の二人はどう動くか分からないので現状却下。松本さんは……内緒にしてくれと頼めば一切他言はしないだろう。

しかし今後ケモノさんのことが明るみになった際、ギルド職員である彼女が『知っていたのに報告していなかった』として罰を与えられる可能性は十分にあり得る。

大人(・・) であり、 仕事(・・) をしている彼女には、それなりの責任があるのだ。

(となると……俺の生活を支えてくれてるという意味で霜月さん。それと、頭が切れてダンジョンやギルドとは全く関係ない友部さんあたりか? でも探索者とは無関係の二人を巻き込むのも、出来れば避けたい……)

何てひとり考えていると、がらっと脱衣所の扉が開く。

「はじめ、××××」

「あ、出ましたか」

視線を向けると、さっぱりした表情で俺の服に袖を通し、タオルで湿った髪を拭うケモノさんの姿があった。彼女はくるっと背中を向けると、しっぽの通ったズボンを指さしながら笑みを浮かべる。

「×××、××××!」

どうやら感謝してくれているらしい。

「いえいえ、大丈夫ですよ。それじゃあ次は俺がシャワー浴びるので、くつろいでいてください」

指さしジェスチャーで伝えると、彼女はこくこくと頷いてソファーに腰掛け……驚いた表情で立ち上がったかと思うと、そのふかふか具合を確かめるように、再度ゆっくり腰かける。

クールさと可愛らしさが同居した、不思議な人物である。

苦笑を浮かべていると、見られていることに気付いたのかワタワタと慌てて、ソファーで大人しくなるケモノさん。

そんな様子に再度俺は笑みを浮かべつつ、シャワーを浴びに風呂場へ向かうのであった。

§

「……はっ!?」

目が覚めると窓の外からは朝陽が差し込んでいた。

じわじわと気温も上がり、全身から汗を拭きだしながらの起床である。

俺は即座にエアコンのスイッチを入れて周囲を見回し……そこで初めて膝の上に何かがあると気付く。視線を降ろせば、ふわふわなケモノさんがすやすやと眠っていた。

何故こんな状況になっているのか。

(確か昨日は風呂に入って、それで……そうだ。風呂から出てきたらケモノさんがソファーで寝ていて、俺も少し休憩しようと彼女の隣に座って……そのまま寝落ちした、と)

膝枕の現状は、ケモノさんが横に倒れてきた結果だろう。

しばらくするとエアコンが効いてきて、涼しい風が頬を撫でる。

が、それでもふわふわなケモノさんを膝に乗せているのははっきり言って暑い。とてつもなく暑い。

俺は身体強化で細心の注意を払いながらケモノさんの下から抜け出し、冷蔵庫を開けて麦茶をコップに注ぐ。

喉が渇いていたからかとても美味しい。

使ったコップを軽く洗った俺は、ポケットからスマホを取り出し時刻を確認。

朝の八時過ぎ。本日は霜月さんが来る日であり、時間的にも既にこんにちはしていてもおかしくないが、昨日の内に『野暮用があるので明日は休みでお願いします』とメールしておいたので問題はない。

(今はそれよりも……)

時間の確認を終えた俺は寝癖を整えてからサンダルを履き、外へ。

蒸し暑い夏の朝に出迎えられながら向かったのは道を挟んだ隣の家。

ピンポーンとインターホンを鳴らすと、姿を見せたのはシャルロッテさんだ。

「…… Einen(ちょっと) Moment(待って) 」

よく分からない言葉を残して家の中に戻ると、数秒としないうちにチョーカーを付けた彼女が戻って来た。

「唐突に来ないで、びっくりした」

「ごめんね。実はシャルロッテさんにお願いがあって……少しの間、その言語理解の魔道具を借りる事って出来ないかな?」

それこそ俺の思いついた策。

今まで出会った異世界組も、おそらく言語理解の魔道具を使って会話していたのだろう。

「これ? 何に使うの?」

「それは、その……事情は話せなくて申し訳ないんですけど、直ぐに入り用で……」

「……話せないのに貸して欲しい?」

「無理、かな?」

だとすると困る。

ケモノさんに関する何もかもが不明瞭な現状、不用意に彼女のことを伝えることは憚られる。いずれ話すにしても、今は無理だ。

そんな俺の感情を鋭敏に読み取ったのか、シャルロッテさんはジトっとした目でこちらを見つめた後、小さくため息。

「分かったわよ。引きこもって全然使ってないママのがあるから、取って来る」

「っ、ありがとう。今度何か礼をするよ」

「約束よ?」

そう言って魔道具を取りに行ったシャルロッテさんを玄関口で待つこと一分ほど。彼女の母親、クラウディアさんが以前付けていた魔道具を片手にして戻って来た。

「はい、失くさないでよ」

「もちろん。ありがとう、シャルロッテさん」

あらためて感謝を述べてから、俺は彼女の家を後にする。

思えば最近はシャルロッテさんとばかりはなして、クラウディアさんとはほとんど話していない。と言うか顔も見ていない。

今度霜月さんに頼んでお酒でも準備してもらって、差し入れでもしてみるかな。せっかく知り合ったのに、全然交流が無いのも寂しいし。

(ドイツって言えばビールだよな。日本のビールとドイツのビールで違いとかあるのか?)

そんなことを考えながら帰宅。

なるべく音を立てないように玄関を開閉したつもりであったが、廊下を抜けてリビングに入ると、耳と尻尾をピクピクさせてゆっくりと上半身を持ち上げるケモノさんの姿が目に入った。

「……? ×××?」

「おはようございます。何か飲みますか?」

「……」

ケモノさんはぼんやりとした表情で俺を見つめた後、数度まばたき。それから周囲をきょろきょろと見まわして状況を確認すると……。

「……っ!? ××!? ××××!?」

焦った様子でソファーからはね起きた。

見た目通りと言ってしまえば失礼に当たるのかもしれないが、獣のように俊敏な動きである。

「どうしましたか?」

「……ぁ、ぁー、は、じめ?」

「はい、創です」

「×××……?」

彼女が何を感じ、何を思い、何を考えているのかは皆目見当つかないけれど、しかし俺は特に気にすることなくキッチンに向かうと、コップに冷たい水を入れてテーブルに置いた。

「どうぞ」

「……×××××」

小さく呟いてコップを手にした彼女は、俺を一瞥してから中身を飲み干す。

その様子を横目に眺めながら、俺はシャルロッテさんからお借りした魔道具を自分の首に装着し、対話を試みるのであった。