作品タイトル不明
第4話 神の力とうそぶく第六王女
「それが、なぜ戦わないということになるのかわかりかねます」
あら? 冷静に返されてしまいました。
まぁ、返答ではなかったわよね。
「そもそも私は後方支援をしにここにいるの。それに私に魔力がないことは有名でしょう? どうやって戦うっていうのかこちらが聞きたいわね」
「兵を動かせば、よろしいではないですか」
「兵法のなんたるかも知らない王女に従う兵がいるとでも?」
「あれだけの物資を運んできた方の言い分とは思えませんね」
「まぁ! 貴方は私の下について戦いたいとおっしゃっていると解釈していいのかしら?」
「姫君にその才はあるかと思いますが? 因みに私が戦うかどうかは別の話しです」
「金よ。金。出すものを出しておけば、文句は言われないわよ。だから、この契約にも金貨十枚の支払いを明記しているじゃない」
私は契約書を指で指し示しながら言います。
普通ならこんなにお金は出しません。
金を出すから文句を言わずに働けと示しているのです。
「不服なら、ここを立ち去りなさい」
そう言って、紙を手にとりビリっと破り捨てます。
私は立ち上がり、振り返れば大きな天幕が存在していました。私の仮の住処をライラが出してくれていたようです。
「邪魔者は不要です」
唖然としている茶髪の青年を睨みつけて、私は天幕の中に入って行ったのでした。
「コーヒーが飲みたいわ」
「かしこまりました」
コーヒーの豆をゴリゴリと引いている音を聞きながら私はソファーに倒れ込みます。
天幕の中は、地面に分厚い絨毯が敷かれ、部屋の区切りとしてカーテンの壁があります。
そしてリビング・キッチンと言っていい空間には簡易のキッチンが備え付けられ、ソファーとローテーブルが置かれています。
後方拠点とは言え、戦場では贅沢な室内です。
あと、簡易のバス・トイレと寝室の空間に分かれています。全てライラとの共有スペースなので、プライベートなどはないも同然です。
まぁ、ライラは私の侍女なので、私のプライベートがないだけなのですけど。
因みに排水は一箇所にまとめられて、魔石による分解処理が行われているそうです。
科学が進歩しなかったぶん、別の分野での発展がこの世界ではあるようですね。
「どうぞ」
「ありがとう」
私はコーヒーを飲み、ほっとため息をつきます。
コーヒーが美味しい。
「これであの二人は去るでしょうか?」
ライラが心配そうに聞いて来ましたが、どうでしょうね。
「茶髪のほうは何も反応を示さなかったのだけど、焦げ茶の髪の人は苛立っていたのよね。何か目的があるなら居座るのではないのかしら?」
「そうでございますか。因みにですが、姫様が戦場に出られた場合、何時間で戦争を終わらせられますか?」
「……それ、本気で聞いているの?」
「はい、少し気になりました」
私が戦場に出た場合ですか? そうですね。
「敵味方構わずでしたら、瞬殺ではないのかしら?」
「それを私に向けて使わないでください」
だから、私は戦わないと言っているではないですか。
「しかし、殿方というのは戦うことしか脳がないのですね。戦わない選択は存在しないのでしょうか」
「さぁ? 私は王でもないし、王太子でもないもの。この国の行く末が徐々に破滅に向かっているぐらいしかわからないわね」
「これだけ姫様が支援しても駄目なのですか?」
ただ、私は支援物資を運んできて、兵の治療を行っているだけよ。
「私は現状の改善をしているわけではないもの。第六王女として波風を立てないようにしているだけよ」
「かなり立っていると思いますが」
兄たちがピーピー言っているぶんには別にいいじゃない。私が王になるわけではないのに、ちょっと目立ったことをしたからと、グチグチと。
「戦況が芳しくないのは変わりはないわよ。西側は川という自然の防壁で隔てられているから、対岸でドンパチしているだけですんでいるけど、北側のギレイア共和国の戦況が芳しくないという情報も入ってきているから、そこが落ちて北側から攻められたら終わりね」
ただ、この情報が去年の夏なのよね。それから冬を挟んでいるので、情報が滞っているのか、もしくは既に落ちて情報操作されていたら、本当に終わり。
西側はかなり深い川で川幅もあるので、互いに攻めあぐねているというのが現状だけど、どこかに巨大な橋でも作られていたら、これも戦況が一気に変わってしまう。
「あの? もし、八年前に姫様に指揮権を渡されていたら、この戦争は終わっていましたか?」
「あら? 八年前に言った私の戯言を気にしているの?」
はぁ、あれは本当に戯言よ。
簡単には物事は運ばないに決まっているじゃない。
「無理よ。あの時は現皇帝が皇太子だったじゃない。彼が戦場に立つと、一気に戦況が悪化していたもの。戦線を押し上げられているのは、先代の皇帝が体調を崩して皇太子が戦場に立たなくなったからよ」
それに、今回の南方支援への道中、一見何事もないように見えていますが、何度か襲撃されかけています。全て未遂で済ませていますがね。
私は一気にコーヒーを飲み干して立ち上がりました。
「さて、働きますか」
「私は怪しい宗教の勧誘を背後でしておけばよろしいでしょうか?」
「しなくていいわよ」
そして私は血と膿と排泄物の匂いが充満する天幕にやってきました。
けが人を収容しているところです。
治療ではなく収容。
それは戦地ではけが人の治療に限界があるからです。
私が足を向けたところは、死を待つばかりの兵が集められたところです。
「私が来るまでよく頑張りましたね。貴方に神の奇跡を与えましょう」
「ああ……痛みが消えた……足が! なくなったはずの足が!」
「貴方の頑張りで、この国の人達の平穏が保たれているのです。ありがとう」
「……ああ、聖女様」
……私は一言も聖女だとは名乗っていませんよ。
「また、信者が増えましたね。姫様」
ライラ。怪しい宗教を作らないでください。
この方はもう大丈夫なので、次です。
あら? 酷い火傷ですわ。
私は、全身焼けただれている人の周りに魔素を集めて、皮膚を構築していきます。
なんということでしょう! 傷一つない綺麗な皮膚が作られたではありませんか!
大気の魔素を消費して患部の治療を行っているのです。
しかし、私に魔力がないのは国中に広まっているほど知れ渡っています。
なので、神の奇跡とうそぶいて治療を行っているのでした。
これが何故か受け入れられているのです。
謎ですわ。
太陽が沈む頃には、重症患者の治療を終えたのでした。
「本当に神の奇跡を使えるのですね」
最後の患者の治療が終わり、兵士に感謝されている背後から声をかけられました。
神の奇跡など使えませんけど。
そう思いながら振り向きます。
「まだ、いらしたのですか」
私の背後には茶髪の青年が立っていました。
「前金をいただきましたので、その分は働かないと、王族に施されて喜んでいる者たちと一緒にされるのは、嫌ですからね」
「そうですか」
私は今日やるべきことは終わったので、自分の天幕に戻ろうとすると、行く手を阻まれてしまいました。
「何ですか?」
「契約書が破かれてしまいましたので、代わりのものを用意していただけませんか?」
「……契約する気がない方に、どうしてださなければならないのですか?」
「しないとは言っていません。契約に記載されていないことが多いのではという指摘をしただけのことです」
そんなに、がんじがらめな契約がお好みなのかしら?
確かに保証の記載や休養に関してもないわね。
あとは、何?
「はぁ、要望はなにかしら?」
「命の保証でしょうか」
「は?」
「あの文言ですと、姫君が死ねと命じると、私は死ななければなりませんよね」
誰が高い金を出して雇った者を殺すという発想が……あ、残りの金額を払いたくなくて始末する的な?
私がそんな 狡(こす) い女に見えると。
心外ですわ。
「わかりましたわ。口だけの働かない者には自死を命じることができると付け加えておきます」
「姫様のそういう思考性が尊敬できます」
しなくていいですわよ。ライラ。