作品タイトル不明
第10話 偽名の契約って
ふかふかの絨毯が敷かれた長い廊下を歩く私は、針のむしろの上を歩いている気分です。
先ほどから視線が痛いです。
なぜなら、私は皇帝陛下に手を繋がれて、皇城内を歩いているのです。
お前は誰だという視線を向けられたあと、私の横の人物に視線が行き、再び私に視線が向けられるのです。
何か凄く恐ろしいことが起きていると言わんばかりの視線をです。
私は何もしていませんよ。
「朝食後、城内の案内と城下の案内どちらがよろしいですか?」
「それはもちろん、どなたか使用人の方に案内を願えるということですよね?」
「もちろん、私が行いますよ。契約期間はまだ残っていますからね」
……だから口頭で契約解除を言い渡したではありませんか!
あと、前を歩いている護衛の人ですかね?
歩きながら凄くこっちをガン見してきていますよ。
皇帝自ら案内はありえないという顔です。
「契約は解除いたしましたよ」
「確か、口約束では契約としての効力がないでしたよね?」
……言いましたね。確かに私が言いました。
「では、後ほど書面で契約解除をさせていただきます」
それで、私はいったいどこに案内されているのでしょうか?
早くどこでもいいので、人の目がないところに行きたいです。
あと、この手……なんとかならないのでしょうか?
皇帝に手を繋がれている私って何様という感じなのですけど?
「あの……手を離してもらえないのでしょうか?」
「え? 私の特権を奪われるのですか?」
「……何も特権など発生していません」
手を繋ぐことが特権って意味がわかりません。
「それに、国が気になると言って、転移で戻られたら、私が寂しいではないですか」
……転移ですか。確かに帝都まで転移で連れてこられましたけど。
普通の人は転移が使えないと聞いたことがあります。そもそも魔力量が足りずに不発に終わるとか。
そうなると大気の魔素を使う私は使いたいほうだいと思われるでしょうが、とても残念なことが発生するのです。
「私が転移を使うと、巨大クレーターが転移地点に発生するので使えません」
そうなのです。転移を使えないことはないのです。しかし、転移の出現地点に半円状にえぐれた地面が出現するのです。
「姫様の神のお力は、細かいことには不向きなのです。今まで多くの魔道具が御臨終になられたほどです」
魔道具が壊れたと普通に言って欲しいわね。ライラ。
「それは……もし遠出する場合は、私が転移を使って出かけましょうね」
それは……の後に何が続くのでしょうか?
人の魔力と大気の魔素は違うと言いましたが、おそらく大気の魔素は増幅作用があると思うのです。
私しか使えないので、そう感じたという曖昧なところですね。
そして、どこをどう通ってきたのか既にわからなくなってきた頃に、一つの扉の前で立ち止まりました。
今までいくつもの扉を通り過ぎてきましたが、真っ白な扉はこの扉だけでした。
客室という意味で目立つ白い扉なのでしょうか?
「こちらの部屋を自由に使ってください」
皇帝にそう言われて通された部屋は、日当たりのいい明るい部屋というのが印象的です。
広い部屋ですが、長椅子とローテーブルがあるだけで、特に何もない部屋です。
「必要な物があれば、言ってくださいね。すぐに用意させますので」
……これは私が好きなように物が置けるように何もないということでしょうか? そして、扉がいくつか見られますので、寝室は別ということなのでしょう。
辺りを見渡しながら、入口の扉のほうに振り返れば……クオンがいるではないですか!
もしかして、私が滞在する部屋を用意するように命じられていたということなのですか?
「ああ、改めて紹介しておきますね。護衛のクオンフェルト・ファスディールで、将軍の地位にいる者です」
私がクオンに気がついたので、皇帝がフルネームを教えてくれましたが……あれ? あの契約書の名前と違います。
ということは、そもそも契約が発生しないのでは?
「偽名の契約は、そもそも意味をなさないですよね?」
「おや? 偽名というのは契約上問題にはなりませんよ?」
「マジ! ……あ、失礼しました」
素が出てしまいました。危ない危ない。
そうですよね。父王の署名もくっそ長い名前を全部書いていませんでした。
「相変わらず、王族とは思えない言葉ですね」
そう言いながらクオンが近づいてきました。その手には何やら書簡らしきものがあります。
「レインアルド皇帝陛下。テターニア王国を制圧したカイヴァザール将軍からです」
その言葉に私はピクリと身体を揺らしてしまいました。
その者が父王と王太子を殺したものですか。
別に殺された二人に家族的な感情はありませんが、何か複雑な気分です。
しかしこれで戦争が終わったと思えば、肩の荷が降りた気がしたのでした。