作品タイトル不明
第1話 人質の第六王女
「ふふふ。やっと攻略できましたわ!」
私は空井戸を装っている縦穴の縄梯子を使い地上に顔を出します。
太陽が目に染みますわ。
そして乾いた大地に降り立ちました。
砂ぼこりが風に舞い、私の髪に降り注ぎます。
どうせクモの巣がくっつき、怪しい胞子にまみれ、見るも無惨な状態になっていることでしょうから、構わないですわ。
しかし流石に一週間も地下にいると気が滅入ってしまいます。ですが、ここまで痕跡を残さずに移動できれば、きっと追ってもこないでしょう。
ええ、今は使われなくなった古代の地下道を使うなんて、誰も思わないでしょうから。
「これで私は……」
「このようなところにいたのですか」
「ひっ!」
背後からの声に思わず体が強張り悲鳴がでてしまいました。
「探しましたよ」
恐る恐る、私を探していたと言う人物を確認すべく振り返ります。
私の背後には銀髪の従者の格好をした二十代半ばの青年が立っていました。
いいえ、振り返らなくても声で分かってしまっていますが、本当に本人がこの場にいるのですか……。
「まぁ! これはレインアルド皇帝陛下。このようなところで、如何されたのでしょうか?」
ちっ! 本物でしたわ。
「勿論、貴女を迎えに来たのですよ」
皇帝自ら迎えに来なくてよろしいですわ。
その辺りに捨てておいてください。
そうなのです。貴人に仕える従者の姿をした人物は、ラスデニア帝国の皇帝なのです。
そして、その背後には同じく従者の姿をした金髪の目つきの悪い青年がいますが、それが皇帝の駄犬……失礼しました。皇帝の護衛です。
「戻りましょうか」
手を差し出してくる皇帝陛下に、ニコリと笑みを浮かべそのまま先ほど出てきた空井戸に飛び込み……飛び込めませんでした。
「困りましたね」
「陛下。その汚物はそのまま捨てておいてよろしいかと」
私は子猫のように首根っこを掴まれて、宙ぶらりんになっていました。
そうです。手を離してそのまま空井戸の中に落とせばいいのです。
あと、私は汚物ではありません。
クモの巣とか怪しい胞子にまみれているのは自覚しています。
この空井戸を上るときに途中で被ってしまったのです。
それまでは自分自身にクリーンをかけていたので、それ以外は汚れていません。
「姫様。やはり、このルートではなく、別ルートのほうが良かったのではないのでしょうか」
私と同じくクモの巣と胞子まみれになっているエプロンドレスを身に着けた侍女が、私の足元から縄梯子を上ってきていました。
「一番予想外のルートでしたのに、地下がだめなら空からにしましょうか?」
「落ちて潰れるのは嫌でございます」
空ルートは付き合ってくれないのですね。
こうはっきりと言われますと、いつも通りだと逆に安心します。
「侍女殿も出てこられましたので、戻りましょうか」
異様に丁寧な言葉遣いの皇帝が施行した転移によって、強制帰還させられてしまいました。
「それでセレスティア様は何がご不満で逃亡されたのですか?」
皇城にに連れ戻され、一週間の汚れを落として、あてがわれた部屋に戻ってみれば、レインアルド皇帝陛下と駄犬……クオンフェルト・ファスディール将軍が居座っているではないですか。
「あら? 私は人質なのでしょう? 逃亡だなんて、ただの散歩ですわ」
私はホホホホホと笑いながら向かい側のソファーに腰掛けます。
私にあてがわれた部屋は日当たりが良く、外から少し冷たい風が入ってきており、居心地がいい部屋です。
私の身分はテターニア王国の第六王女。
先の戦争で大敗を喫したテターニア王国は、多額のお金と共に、いてもいなくてもいい第六王女を帝国に差し出したのです。
まぁ、王族を差し出して自分たちは逆らわないと示したという建前ですわね。
ええ、建前です。事実は違います。
「本当のことを言わなければ、セレスティア様誘拐の主犯者として、その侍女を罰せなければなりませんね」
「まぁ? 私がそんな脅しに屈するとでも?」
「姫様に見捨てられるとは……所詮使用人など代わりなど、いくらでもいると言うことですね」
相変わらず歯に衣着せぬ物言いの侍女は、唯一王国から連れてきた侍女のライラです。
見捨てるぐらいなら、そもそも連れて来ていません。
「そのようにお思いなら、この場でその後ろの者に、私の侍女を斬るように命じればよろしいのです」
所詮私と侍女の命など皇帝の命一つでどうにでもなるのです。
脅し文句を言うのであれば、さっさと切り捨てればいいのです。
出来るのであれば、ですが。
「それを命じれば、どちらが命を落とすか確認をしてもよろしいですかね?」
「どちらでしょう?」
ニコリと笑みを浮かべ答えます。
別に侍女のライラが私の護衛ができるほど強いという意味ではありません。
彼女の得意分野は補助魔法なので、侍女としては最高ですね。
そのライラが私の前に黒い液体が入ったカップを置いてくれました。
香ばしい香りが漂ってきます。
「侍女殿。私にも淹れてもらえますか? そのコーヒーとやらは帝国にはありませんからね」
「姫様に感謝することですね」
ライラは皇帝に対する言葉ではないことを平気で言い、部屋を出ていっています。
それを皇帝の護衛のクオンが、無言で睨みつけながら見送っていました。
私はそれに関しては何も言わず、コーヒーを飲みます。この瞬間だけは癒されます。
本当にさっさと、この部屋から出て行って欲しいです。
「それで先ほどの質問に答えてもらっておりませんが、セレスティア様は何がご不満なのでしょうか?」
「では、いい加減にその敬語をやめていただけませんか? いろんな方々から、貴様は何様だという視線を受けるのですが?」
帝国の支配者であるレインアルド・リヒト・イングレアゼルが、普段敬語などつかうはずはないのです。
誰かにへりくだるなど、許されない立場なのです。
なのにです。この皇帝陛下は私に向って敬語を平然と使うのです。
するとそれを聞いた者が何を思うかなど簡単に想像できてしまうもの。
人質としてきたクセに何様だとか。
敗戦国の姫が皇帝を顎で使っているだとか。
何を偉そうにしているのかだとか。
私が悪い方に噂が広がって行くのです。
「おやおや、困りましたね。契約はまだ満了していないと記憶にありますが」
「契約が遂行不可だということが、この状況が示しておりますが? 口頭で契約解除をしたのに、書面でというから書面をだしましたのに、受け取ってくれず、代わりに皇妃となる契約書が送られてくれば、それは逃亡計画を練りますわよね」
「婚約届ですよ」
「同じです」
目の前にいるレインアルド皇帝陛下はそれはそれは多くの妃がいます。
その理由は属国や貴族から娘を人質……言い方が悪いですわね。妃に出して忠誠心というものを示すためですね。
帝国は大きくなりすぎたと私は思います。
そうしなければ、ならない理由もわかりますが、既に十五人の妃がいるにも関わらず、皇妃がいないのです。
そして、敗戦国のなにも取り柄がない第六王女を皇妃になど、私に針のむしろの上に座れというものです。
一番底辺の女妾がいいぐらいでしょう。
「皇妃は貴女しかいないと思っておりますよ。聖女セレスティア様」
聖女。それは私が自ら名乗ったものではありません。
つまらないことを理由にあげないでいただきたいものですわ。