軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 9

【就職】今日から私が、この学校の『理事長』です!

役人の馬車が地平線の彼方へ消えていくのを、三人は並んで見送っていた。

カイト農場を揺るがした「立ち退き騒動」は、リベラの手腕により、わずか数分で完全鎮火した。

「……信じられん」

事務長ルーベンスが、眼鏡のズレを直しながら呟いた。

彼の手は、まだ少し震えている。

「あのガイウス局長は、王都でも有名な『粘着質の蛇』だ。一度食らいついたら、相手が破産するまで離さない男だぞ。それを、あそこまで完全に論破して追い返すとは……」

「ふふん。蛇ごときが、ゴルド商会の 鷲(わし) に勝てると思いまして?」

リベラは優雅に髪をかき上げた。

その姿は自信に満ち溢れているが、決して傲慢ではない。大切なものを守りきった、気高い騎士のような風格があった。

「しかし、カイト様。これではっきりしましたわ」

リベラはカイトに向き直り、真剣な眼差しを向けた。

「この農場(および学校)は、物理的には最強です。神もドラゴンもいますから、戦争になれば負けないでしょう。……ですが」

彼女はビシッと指摘する。

「『社会的防御力』がゼロですわ! 法律、税金、近隣トラブル、権利関係……このままでは、遠からずこの楽園は、書類と判子の力によって潰されます」

「うーん……難しいことはよく分からないけど、リベラちゃんがいるから大丈夫じゃない?」

カイトがあっけらかんと笑う。

その無防備すぎる信頼に、リベラは頬を染めつつ、大きく溜息をついた。

「はぁ……貴方という人は。本当に放っておけませんわね」

彼女は懐から、羊皮紙の束を取り出した。

どうやら、昨晩徹夜で作った書類のようだ。

「ですので、決めました。……私が就職して差し上げます」

「え? 就職?」

「ええ。顧問弁護士という肩書きだけでは、迅速な意思決定ができません。よって――」

リベラはペンを取り出し、サイン欄にサラサラと署名した。

「本日より、私がこの『カイト分校』の理事長に就任いたします! 学校の経営、対外折衝、コンプライアンス管理は全て私が握ります。……文句はおありで?」

「理事長!?」

カイトが目を丸くする。

だが、すぐにパッと顔を輝かせた。

「すごい! よく分からないけど、リベラちゃんが仲間になってくれるってことだよね? もちろん大歓迎だよ!」

「ふふ、交渉成立ですわね」

リベラがニッコリと微笑んだ、その時だった。

ガシッ!!

「ぬわっ!?」

リベラの手を、誰かが両手で強く握りしめた。

ルーベンスだ。

魔族の宰相である彼が、目から大粒の涙を流しながら、リベラの手をブンブンと振っていた。

「リベラ殿ぉぉぉッ!!」

「き、気安いですわよルーベンス殿! 手が痛いですわ!」

「待っていた……! 私はずっと待っていたのだ!!」

ルーベンスは嗚咽混じりに叫んだ。

「この農場に来てからというもの、周りは非常識な神、脳筋のドラゴン、天然の災害(カイト殿)ばかり! 『予算』の話をすれば『魔法で出せ』と言われ、『法律』の話をすれば『燃やせばいい』と言われ……!」

彼の悲痛な叫びがこだまする。

「会話が……! 『 論理(ロジック) 』と『常識』が通じる相手が、貴女しかいないのだぁぁぁッ!!」

「ル、ルーベンス殿……」

リベラは少し引いていたが、彼の手から伝わる「胃痛の歴史」を感じ取り、やがて優しく握り返した。

「……苦労なさいましたのね」

「うっ、うぐっ……! やっと、まともな事務処理ができる……!」

男泣きする宰相と、それを慈愛(同情)の目で見つめる令嬢。

ここに、カイト農場最強の事務方タッグ、『リベラ&ルーベンス』が結成された瞬間であった。

「よし! これで学校運営も安泰だね!」

カイトが空気を読まずに拍手する。

「それじゃあ、リベラ理事長の就任祝いをしようか! 龍魔呂さんに頼んで、特大ケーキを作ってもらおう!」

「あら、それは素敵ですわね。……ですがカイト様?」

リベラは眼鏡をキラリと光らせた。

「お祝いの前に、いくつかサインしていただく書類がございます。……あと、ルチアナ校長の『経費使い込み』の件、理事長として徹底的に追求しますので、ご協力くださいね?」

「えっ……ルチアナ、また怒られるの?」

遠くの校舎から、「ヒィィィッ! 悪寒がするぅぅ!」という女神の悲鳴が聞こえた気がした。

最強の武力を持つカイト。

最強の法力を持つリベラ。

そして、最強の胃薬(?)を持つルーベンス。

役者は揃った。

こうして、カイト分校は名実ともに、世界で最も安全で、最も高度で、最もカオスな教育機関として歩み始めたのである。