作品タイトル不明
EP 7
【過去】リベラ・ゴルドの信念。「罪を憎んで人を憎まず」
「くそぉ……! なんで私が! 創造神の私が、便器の裏まで磨かなきゃいけないのよぉ!」
放課後のカイト分校。
男子トイレから、ルチアナの怨嗟の声が響いていた。
ジャージの裾をまくり、デッキブラシを握る彼女の背中には、哀愁と洗剤の泡が漂っている。
「ちゃんと汚れは落ちていますか? 抜き打ちチェックしますわよ」
純白のスーツに身を包んだリベラが、腕を組んで監視していた。
先ほどの法廷バトルの勝者。
彼女のスキル【天上天下唯我独尊】による判決は絶対だ。神だろうが魔王だろうが、刑期を終えるまでは決して逃げられない。
「うぅ……リベラちゃんの鬼ぃ……」
「鬼ではありません。法治国家の番人ですわ」
リベラはフンと鼻を鳴らし、踵を返した。
(さて、次は校庭の監査ですわね)
彼女が廊下を歩いていると、窓の外から子供たちの楽しげな声が聞こえてきた。
「わーい! 龍魔呂おじちゃん、また遊んでー!」
「こら、ぶら下がるな。重いぞ」
校庭のベンチ。
そこに座っていたのは、鬼神・龍魔呂だった。
かつて地下格闘技場で「DEATH4」と呼ばれ、数多の命を奪った伝説の処刑人。リベラも彼の資料を見たことがある。冷酷無比な殺人マシーンだと。
だが、今の彼はどうだ。
背中には魔族の子供が飛び乗り、膝の上ではアレンが眠り、両腕には獣人の女の子たちがしがみついている。
「……信じられませんわ」
リベラは思わず呟いた。
龍魔呂の顔には、殺気など微塵もない。あるのは、どこか困ったような、しかし子供たちを慈しむような、穏やかな「父性」だけだった。
「ほら、お前ら。練習で疲れただろ。……食え」
龍魔呂がポケットから取り出したのは、キラキラと光る角砂糖や、手作りの飴玉だった。
子供たちは「わーい!」と受け取り、幸せそうに頬張る。
「ありがとう、おじちゃん!」
「へへ、おじちゃん大好き!」
「……フン。歯ぁ磨けよ」
龍魔呂は照れくさそうに顔を背けたが、その耳は赤かった。
「…………」
リベラの視界が、不意に滲んだ。
彼女の脳裏に、前世(日本)での記憶が蘇る。
弁護士時代。
彼女は多くの「罪人」を弁護した。世間から悪魔と罵られるような被告人にも、必ず更生の可能性があると信じて寄り添った。
『罪を憎んで人を憎まず』。
それが彼女の信念だった。
だが、現実は残酷だ。出所した彼らを待っているのは、冷たい差別と貧困。再び罪を犯し、戻ってくる者も少なくなかった。
(私は……無力でした。誰も、本当の意味で救えなかった……)
けれど、ここはどうだ。
元・処刑人が子供に飴を配り、元・ 魔人(サルバロス) が楽しそうに石垣を直し、元・勇者がパチンコの話で盛り上がっている。
罪を犯した者も、道を踏み外した者も、ここでは「役割」を持ち、誰かに感謝され、笑っている。
「……あいつ、いい奴だろ?」
「ひゃっ!?」
背後から声をかけられ、リベラは飛び上がった。
いつの間にか、カイトが立っていた。手には二つのプリンを持っている。
「カ、カイト様……」
「龍魔呂さんね、昔はいろいろあったみたいだけど。今は最高の料理人だよ。子供たちも、みんな彼が大好きなんだ」
カイトは窓の外の龍魔呂を、優しく見つめた。
「過去は変えられないけど、今は変えられるからね」
その言葉は、リベラがずっと追い求めていた「理想」そのものだった。
法の力でも、金の力でもない。
この農場にある、圧倒的な「許し」と「肯定」の空気。それが、どんな凶悪犯さえも更生させてしまうのだ。
「……すごいですわ、貴方は」
リベラは眼鏡を外し、涙を拭った。
「私が六法全書で殴っても成し遂げられなかった『更生』を、貴方は美味しいご飯と、居場所だけで実現してしまうのですから……」
「ん? よくわかんないけど、褒められた?」
「ええ。最大限の賛辞ですわ」
リベラは微笑んだ。法廷で見せる攻撃的な笑みではなく、年相応の柔らかな笑顔だった。
「はい、これ。龍魔呂さんの特製プリン。リベラちゃんも疲れてるでしょ?」
カイトが差し出したプリン。
リベラはそれを受け取り、一口食べた。
濃厚な卵の風味と、ほろ苦いカラメル。甘くて、優しい味がした。
「……美味しい。……本当に、甘くて……」
「でしょ? おかわりあるよ」
「……ふふ。頂きますわ」
リベラ・ゴルド。
ゴルド商会の令嬢にして、無敗の弁護士。
彼女がカイト農場という「無法地帯」の軍門に下り、最強の「顧問弁護士(兼・理事長)」となることを決意したのは、この夕暮れ時のことだった。
「カイト様。私、決めましたわ」
リベラはプリンのカップを握りしめ、力強く宣言した。
「この学校の理事長、私が引き受けます! 法律の盾となって、この『優しい世界』を全力で守ってみせますわ!」
「えっ、本当!? やったぁ、ルーベンスさんが喜ぶよ!」
カイトが無邪気に喜ぶ。
その裏で、トイレ掃除を終えたルチアナが「私もプリン食べたいぃぃ!」と窓ガラスに張り付いていたが、二人は気づかずに笑い合った。