軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 7

地下から湧く黒い泥(邪神復活の予兆)

その日の朝、カイト農場は不穏な地響きに包まれていた。

震源地は、地下ダンジョン『始まりの農場迷宮』の最深部。

庭師兼ダンジョンマスターの妖精キュルリンは、いつものようにツルハシ(魔法)を振るっていた。

「えっほ、えっほ! 目指せ地下1000階層!」

彼女は地下665階層を掘り抜き、さらに奥へと進んでいた。

カイトから「地下倉庫を広げておいて」と言われたのを、「もっと深く掘っていいよ!」とポジティブに解釈した結果である。

カキンッ。

ツルハシが、何か異様に硬い岩盤に当たった。

そこには、古びた石碑のようなものがあり、禍々しい鎖で封印されている。

「あれぇ? なにか埋まってる。……邪魔だなぁ」

キュルリンは首を傾げた。

普通なら「触れてはいけない封印」だと気づくところだが、彼女の辞書に「引き返す」という言葉はない。

「えいっ☆ 【 地形操作(デリート) 】!」

彼女は封印の 楔(くさび) ごと、岩盤を消滅させた。

パリーンッ……!

世界を縛っていた「 理(ことわり) 」の一つが砕け散る音がした。

直後、開いた大穴から、ドロドロとした漆黒の液体が噴き出した。

「わわっ!? 水漏れだぁ!」

キュルリンが慌てて上昇するのと同時に、黒い濁流は凄まじい勢いで階層を駆け上がり、地上へと向かった。

それはただの水ではない。

創世記に封印された邪神デュアダロスの怨念。触れるもの全てを腐らせ、狂わせる「死の泥」だった。

地上。

異変を最初に察知したのは、やはり最強の神々だった。

「――ッ!?」

屋台でスープの味見をしていた竜神デュークが、血相を変えて寸胴鍋をひっくり返しそうになった。

洗濯物を干していた不死鳥フレアが、青ざめてシーツを落とした。

昼寝をしていたポチ(始祖竜)が、カッと目を見開き、喉の奥で唸り声を上げた。

「この気配は……まさか!」

「嘘でしょ!? 封印はまだ保つはずじゃ……!」

彼らは知っている。この、鼻が曲がるような腐臭と、肌にまとわりつく不快な魔力。

数千年前、世界を滅亡の淵に追いやった宿敵の気配だ。

ズドオオオオオオオッ!!!!

納屋(ダンジョン入口)の屋根が吹き飛び、黒い水柱が天高く噴き上がった。

それは雨のように降り注ぎ、農場の一角を黒く染め上げていく。

「グルルァァァ!!(邪神だ! 総員戦闘配置!)」

ポチが咆哮した。

デュークが黄金のブレスを溜め、フレアが炎の翼を広げ、龍魔呂が店から飛び出してきて闘気を練る。

農場は一瞬にして、神話大戦の最終決戦場のような緊張感に包まれた。

「まずいぞ! あの泥に触れたら、精神汚染を受ける!」

「カイト様を守れ! 結界を張るのよ!」

神々がカイトを探して叫んだ、その時。

「うわぁ! なんだこれ、すごい勢いだ!」

カイトは、既に黒い泥の海のど真ん中に立っていた。

彼はタオルを片手に、噴き上がる黒い液体を見上げて目を輝かせている。

「カイト! 離れろ! それは……!」

デュークが制止しようとするが、遅かった。

カイトは屈み込み、その禍々しい黒い泥を、素手ですくい上げたのだ。

ジュッ……。

泥がカイトの手のひらで湯気を立てる。

本来なら、触れた瞬間に腕が腐り落ち、精神が崩壊するはずの猛毒。

だが、カイトは「あちちっ」と言って手を振っただけだった。

「熱っ! ……ん? この匂い……」

カイトは指についた黒い泥を鼻に近づけ、クンクンと嗅いだ。

漂ってくるのは、腐った卵のような強烈な刺激臭。

神々にとっては「死と腐敗の悪臭」だが、現代日本人のカイトにとっては、全く別の記憶を呼び覚ます香りだった。

「独特の硫黄の匂い……。黒く濁ったお湯……。そして、地下深くから湧き出る熱源……」

カイトの中で、点と点が線で繋がった。

「――間違いない!」

カイトはバッと振り返り、呆然とする神々に向かって満面の笑みで叫んだ。

「みんな! すごいぞ! 『温泉』が出た!!」

「……は?」

デューク、フレア、ラスティア、龍魔呂、フェンリル。

世界の頂点に立つ者たちの思考が、同時に停止した。

「お、おんせん……?」

「そうだよ! これ、『 黒湯(くろゆ) 』だよ! 日本でも珍しい泉質なんだ!」

カイトは興奮気味に説明を始めた。

「この硫黄の匂い! 肌にまとわりつくヌルヌル感! これは美肌効果抜群の証拠だよ! いやあ、まさかウチの地下に源泉があったなんて!」

カイトは再び泥をすくい、自分の腕に塗りたくった。

邪神の呪詛がたっぷり詰まった泥パックである。

「見てよこれ! ポカポカする! 肩こりに効きそうだなぁ!」

「カ、カイト様……? 精神は……大丈夫なのですか?」

フレアが恐る恐る尋ねる。

カイトは「え? 元気だよ?」とピンピンしている。

女神ルチアナから貰ったスキル【絶対飼育】の副作用か、あるいは彼の規格外の適応力か。彼は邪神の呪いを「 効能(ポカポカする) 」として処理してしまったのだ。

「よーし、決めた!」

カイトは拳を握りしめた。

「ここに『大露天風呂』を作ろう! みんなで仕事の疲れを癒やすんだ!」

その言葉に、地下の邪神(泥)がピクリと反応した気がした。

『我を……風呂にするだと……?』という困惑の波動が伝わってくる。

「さあ、みんな手伝って! まずはこの泥を貯める囲いを作るぞ!」

カイトが鍬を持って走り出す。

取り残された神々は、顔を見合わせた。

「……おい、どうする。あれは邪神の泥だぞ」

「でも、カイトが平気そうだし……」

「それに『美肌効果』って言ってたわよ? ちょっと気になるじゃない」

ラスティアがゴクリと喉を鳴らした。

ポチも「きゅぅ(風呂か。悪くない)」と尻尾を振っている。

こうして、世界を滅ぼす「邪神復活の危機」は、カイトの鶴の一声によって「温泉リゾート開発プロジェクト」へと変更された。

だが、泥はただの温泉ではない。

自我を持った邪神デュアダロスが、黙って風呂にされるはずがなかった。

「おのれ人間め……! 我を舐めるなよ……!」

黒い泥が盛り上がり、巨大な人の顔を形作り始める。

次なる戦いは、邪神VS天然エルフ(お掃除係)。

浄化と入浴の戦いが幕を開ける!