軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 19

正歴史の語り部と、勘違い

スタンピード(という名の大収穫祭)が終わり、カイト農場には静かな夜が訪れていた。

戦いの後の心地よい疲労感と、満腹感。

そして、夜風に乗って漂うのは、屋台『龍神軒』から香る豚骨スープの匂いだ。

「へいお待ち。戦いの後のラーメンは格別だぞ」

ねじり鉢巻姿の竜神デュークが、湯切りをした麺を丼に放り込む。

今日の具材は特別製だ。昼間に倒した「カトブレパスのチャーシュー」と、カイトが育てた「聖なる白ネギ」が山盛りになっている。

「いただきまーす!」

カイト、ラスティア、フレア、フェンリル、ルチアナ、そしてドラグラス。

世界の支配者たちが、屋台の長椅子に肩を並べて座り、ズルズルと麺を啜っている。

「ん~っ! このスープ、深みが違うわね!」

「魔獣の骨髄まで煮込んだからな。コラーゲンたっぷりで肌に良さそうだ」

神々が舌鼓を打つ中、店主のデュークは葉巻をふかし、遠い目をして夜空を見上げた。

「……ふむ。こうして皆で飯を食っていると、昔を思い出すな」

「昔?」

カイトがレンゲを止めて尋ねると、デュークはニヤリと笑った。

「ああ。貴様ら人間が生まれるずっと前、神話の時代の話だ」

デュークは語り始めた。

それは、今の平和な農場からは想像もつかない、血塗られた『正歴史』だった。

「創世の昔、我ら調停者は女神ルチアナと共に、邪神デュアダロスと戦った。まあ、あの時は大変だったが……それ以上に厄介だったのが、その後の『古代大戦』だ」

デュークの視線が、カイトの膝の上で丸くなっているポチ(始祖竜)に向けられる。

「天使、魔族、竜人族が覇権を争っていた時代。竜人族の中に、とんでもない『暴れん坊』が現れてな。そいつは時を操り、万物を消し飛ばすブレスを吐き、世界をあと一歩で征服するところだった」

デュークはポチの鼻先を指で小突いた。

「なぁ? そこのチビ助」

「……え?」

カイトは目を丸くした。

チビ助って、ポチのことか?

「ポチが……世界征服?」

「そうだ。我とフレア、フェンリル、それに当時の天使と魔族が手を組んで、ようやく止めたんだ。いやぁ、あの時のこやつの暴れっぷりは凄まじかったぞ。大陸を二つほど海に沈めおったからな」

デュークは「懐かしい武勇伝」のように笑って話した。

だが、それを聞いたカイトの脳内変換は、全く別の方向へ作動していた。

(なるほど……。ポチにも『やんちゃな時期』があったんだな)

カイトは納得した。

犬や猫にも、家の柱をかじったり、障子を破ったりする時期がある。

体が大きくて力のあるポチの場合、それがちょっと「大陸規模」だっただけなのだろう。

「そっかぁ。ポチ、お前も昔はワルだったんだな」

カイトはポチの頭を優しく撫でた。

「でも、今はこんなに大人しいもんな。きっと、若気の至りってやつだろ?」

「きゅぅ……(昔の話は時効だ)」

ポチはバツが悪そうに顔を背け、カイトの服に顔を埋めた。

その仕草は、昔の悪行をバラされて恥ずかしがる子供そのものだ。

「ははは! 反省してるみたいだし、許してやってよデュークさん」

カイトが笑うと、デュークも肩をすくめた。

「まあな。今は貴様の作ったネギを美味そうに食っておる。牙が抜けた……いや、丸くなったと言うべきか」

和やかな空気が流れる。

かつて殺し合った仇敵同士が、一つの屋台で、同じラーメンを食べて笑い合っている。

その光景を見て、震えている男が一人いた。

竜王ドラグラスである。

「う……うぅ……っ」

彼は丼を抱えたまま、ボロボロと大粒の涙を流していた。

「ど、どうしたのドラグラスさん!? ネギが辛かった!?」

カイトが驚いて背中をさする。

ドラグラスは首を振った。違うのだ。

彼は、竜人族の長として、一族の悲しい歴史を背負ってきた。

覇権争いに敗れ、世界中から憎まれ、辺境に追いやられた竜人族。

「いつか復讐を」「覇権を取り戻せ」と叫ぶ保守派の声に、ずっと心を痛めてきた。

だが今、目の前にあるのは何か。

かつて一族を倒した宿敵(調停者デューク)と、一族が崇めた 始祖(ポチ) が、憎しみを乗り越えて並んでいる。

そこには、復讐も差別もない。あるのは、美味いラーメンと、カイトという青年の屈託のない笑顔だけだ。

「……長かった……。本当に、長かった……」

ドラグラスは男泣きした。

この一杯のラーメンが、数千年の怨恨を溶かしていく気がした。

「こんな日が来るとは……。竜人族の未来は、ここにあったのだな……」

「ドラグラスさん……?」

カイトは困惑した。

やっぱり仕事(中間管理職)が辛いんだろうか。酔って昔を思い出して泣き上戸になるおじさんは、日本にもよくいた。

「よし、分かった。ドラグラスさん、これ持って帰んな」

カイトはタッパーに、余ったチャーシューと煮玉子をたっぷり詰めて渡した。

「家に帰って、息子さんたちと一緒に食べるといいよ。美味いもん食えば、悩みなんて吹っ飛ぶからさ」

「カイト殿……!」

ドラグラスはタッパーを聖杯のように掲げ持った。

これだ。これを里の若者たちに食わせよう。

「世界征服」などという虚しい夢よりも、もっと素晴らしい「幸せ」がここにあると教えるために。

「ありがとう……! いただきますッ!!」

ドラグラスはスープまで飲み干し、深々と頭を下げた。

その夜。

竜人族の里では、族長が持ち帰った「伝説のチャーシュー」を巡り、保守派も若者も一緒になって舌鼓を打ち、「人間界にはこんなに凄い宝があるのか!」と大騒ぎになったという。

カイトは知らない。

自分の作った煮玉子が、大陸最強の戦闘種族を「親人間派(ラーメン派)」に転向させ、新たな世界平和の礎となったことを。