軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六章 月兎の初陣と、鬼神の深夜食堂

【手合わせ】音速の蹴り vs 鬼神の受け

カイト農場の裏手にある、広大な空き地。

早朝の冷たい空気が張り詰める中、二人の影が対峙していた。

「……行きますよ、龍魔呂さん」

月兎族のキャルルが、愛用の『鉄芯入り安全靴』の紐をギュッと締め直す。

彼女の表情は真剣そのものだ。

対するは、腕組みをして仁王立ちする鬼神・龍魔呂。

「ああ。……来い」

龍魔呂の声は低く、そして重い。

構えすら取っていない。ただ立っているだけだ。

だが、その姿はまるで巨大な岩山のように、つけ入る隙がなかった。

(すごい……! どこから攻めても弾き返されそう……!)

キャルルはゴクリと唾を飲み込んだ。

だが、彼女にも元近衛騎士候補としてのプライドがある。

(スピードなら……私だって負けません!)

キャルルが重心を低く落とす。

彼女の脚力は、通常時でも100mを5秒で駆け抜ける。

もしこれが満月の夜ならばマッハを超えるが、今は昼間だ。それでも、人間には視認できない速度が出る。

「――ッ!!」

キャルルの姿がブレた。

ゼロ・トゥ・ハンドレッド(0→100)。

静止状態から一瞬でトップスピードに乗せる、月兎族特有の爆発的な加速。

瞬きの間に龍魔呂の懐へ潜り込む。

キャルルは遠心力を乗せ、右足の安全靴を振り抜いた。

「月影流・鐘打ち(かねうち)ッ!!」

金属バットのような重低音と共に、鉄芯入りの回し蹴りが龍魔呂の首筋を襲う。

岩をも砕く必殺の一撃。

だが。

バシィッ!!

乾いた音が響いた。

キャルルの足は、龍魔呂の首に届く寸前で止まっていた。

龍魔呂が、左手一本でその蹴りを受け止めていたのだ。

「なっ……!?」

「いきなり大技を出すな」

龍魔呂は眉一つ動かさず、淡々と言った。

「威力は悪くない。……だが、殺気が先行しすぎだ」

「そ、そんな!? 私の安全靴を片手で!?」

キャルルは驚愕し、バックステップで距離を取った。

(びくともしない! 鉄柱を蹴ったみたいに私の足が痛い!)

「なら……これならどうですかッ!」

キャルルは再び加速した。

今度は直進ではない。

周囲の木々を蹴り、三次元的な機動で龍魔呂を撹乱する。

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

ピンク色の残像が、木々の間を乱反射するように飛び交う。

「ここだぁぁぁっ!」

キャルルは最高高度から、重力と加速を乗せて急降下した。

狙うは龍魔呂の脳天。

「月影流・ 流星脚(メテオ・ストライク) ッ!!」

全体重と闘気を乗せた飛び蹴りが、隕石となって降り注ぐ。

「……ふむ」

龍魔呂は空を見上げ、わずかに身体を半身に開いた。

そして、衝突の瞬間に、キャルルの足首に手を添える。

「ぬん」

ヒュンッ。

「えっ? あれっ?」

受け止められた衝撃が来ない。

龍魔呂は蹴りの威力を真正面から受けず、柳のように柔らかく軌道を逸らしたのだ。

いわゆる「いなし」。

「わ、わわわっ!?」

勢いを殺されず、方向だけを変えられたキャルルは、きりもみ回転しながら地面へ向かっていく。

だが、そこは身軽な月兎族。

空中で体勢を立て直し、スタッと華麗に着地した。

「……完敗です」

キャルルは肩を落とした。

蹴り技のスペシャリストとして自信があったが、手も足も出なかった。

龍魔呂がゆっくりと歩み寄ってくる。

(怒られるかな……生意気だって……)

キャルルが身構えた時、大きな手が彼女の頭にポンと置かれた。

「――中々、筋が良いぞ」

「えっ?」

キャルルが顔を上げる。

龍魔呂は、わずかに口元を緩めていた。

「重心移動に迷いがない。今の『流星脚』も、あわや直撃コースだった。……磨けば光る」

ポンポン、と頭を撫でられる。

その手は大きく、温かかった。

「あ……」

トゥンク……♡

キャルルの胸の奥で、何かが跳ねた。

強くて、クールで、でも優しい。

(か、かっこいい……!)

「ありがとうございます! 龍魔呂さん!」

キャルルの顔がカッと赤くなる。

うさ耳が嬉しさでピョコピョコと動く。

「うむ。……その脚力、期待しているぞ」

「はいっ! 任せてください!」

「じゃあ、農場の警備を頼む。俺はこれから仕込み(料理)がある」

龍魔呂はそう言い残して、厨房へと去っていった。

残されたキャルルは、頬を押さえてニマニマしていた。

「警備……! 龍魔呂さんに頼まれちゃった……! 期待されちゃった!」

恋する 乙女(チョロい) の誕生である。

彼女はこの日以降、安全靴をピカピカに磨き上げ、過剰なまでの情熱で農場警備に励むことになるのだった。