軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 14

竜神のラーメン屋台、開業

夏の日差しが和らぎ、夕暮れの涼しい風が吹き始めた頃。

カイト農場に、暴力的なまでに食欲をそそる「匂い」が漂ってきた。

「くんくん……。なんだこの匂い?」

農作業を終えた俺、カイトは鼻をひくつかせた。

濃厚な豚骨スープの香り。焦がしネギの香ばしさ。そして、醤油ダレの芳醇な香り。

俺の記憶にある「日本の夜」を呼び覚ます、あの匂いだ。

「ラーメン……? まさかな」

異世界に来てから、パンやスープはあっても、本格的なラーメンにはお目にかかっていない。

俺は匂いの元を辿って、農場の入り口へと向かった。

そこに、「それ」はあった。

赤提灯に『龍神軒』の文字。

使い込まれた木造のリアカー。

湯気を上げる寸胴鍋。

紛れもなく、昭和の日本を彷彿とさせる「ラーメン屋台」が、俺の敷地内に勝手に店を広げていたのだ。

「い、いらっしゃい……?」

俺がおそるおそる声をかけると、 暖簾(のれん) の奥から低い声が響いた。

「おう。待っていたぞ、この土地の主よ」

ヌッと顔を出したのは、白髪混じりのダンディな男だった。

彫りの深い顔立ちに、鋭い眼光。口元には葉巻を咥えている。

だが、その頭には「ねじり鉢巻」、腰には油で汚れた「前掛け」を締めており、完全に「頑固なラーメン屋の親父」スタイルだ。

彼こそが、世界の調停者筆頭にして最強の竜神、デュークである。

「勝手に店を広げてすまんな。だが、我はどうしてもこの場所でなければならなかったのだ」

「はあ……。まあ、道端だし構いませんけど。どうしてまたウチの農場で?」

デュークは寸胴を巨大なレンゲで混ぜながら、ニヤリと笑った。

「匂いだよ。貴様が育てた『ネギ』と、裏の牧場にいる『オーク育ての豚』……。あの極上の素材の匂いが、空の上にいた我の鼻を貫いたのだ」

彼は寸胴を指差した。

「このスープを見ろ。数千年の時を経て完成させた、我の『黄金スープ』だ。だが、最後のピースが欠けていた。……それが、貴様のネギとチャーシューだ!」

熱い。この店主、ラーメンへの情熱が重すぎる。

だが、カイトは嫌いではなかった。職人気質の人間には敬意を払うのが農家の流儀だ。

「なるほど。俺の野菜を見込んでくれたってわけですね。いいですよ、ネギならいくらでも使ってください」

「うむ! 話が早くて助かる。ならば座れ! 一杯食わせてやる!」

俺は丸椅子に座った。

隣には、いつの間にかポチも座り、尻尾でリズムを取りながら丼を待っている。

さらに、匂いに釣られたフェンリル(番犬)とフレア(洗濯係)も並んでいた。

「へいお待ち! 『特製・竜神麺』だ!」

ドンッ!

置かれた丼の中身を見て、俺は息を呑んだ。

黄金色に輝くスープ。その上で、俺の育てたネギが宝石のように散りばめられ、分厚いチャーシューがトロトロに煮込まれている。

「いただきます!」

俺は麺を一気に啜った。

ズゾゾゾッ……!

「――ッ!? う、美味い!!」

衝撃が脳天を突き抜けた。

濃厚なのに後味はスッキリとした豚骨醤油。麺はコシがあり、スープを完璧に持ち上げる。

何より、俺のネギの辛味と甘味が、スープの旨味を極限まで引き立てている。

「なんだこれ、店で食べるレベルじゃないぞ! 神の食べ物だ!」

「フハハハ! そうだろうそうだろう! ルチアナ(女神)から製法を聞き出し、我が独自に昇華させた至高の一杯だ!」

デュークは高笑いした。

ポチも「きゅるっ!(替え玉!)」と丼を突き出し、フェンリルに至っては「うめぇ! これなら一生ここで番犬やるわ!」と涙を流している。

まさに、大盛況。

カイト農場に、新たな名物スポットが誕生した瞬間だった。

――悲劇が起きたのは、その数分後だった。

上空から、疲れ切ったドラゴンが降りてきた。

竜王ドラグラスである。

彼は今日も、一族のゴタゴタで胃に穴が空きそうになり、カイトのキャベツを求めてやってきたのだ。

「はぁ……。今日も若者たちが『俺TUEEEしたい』と言って里を出ていった……。カイト殿、 胃薬(キャベツ) をくれ……」

フラフラと歩くドラグラスの目に、見慣れない赤提灯が飛び込んできた。

そして、そこから漂う暴力的なまでに美味そうな匂い。

「む? 屋台か? カイト殿が新商売でも始めたのか?」

ドラグラスは何気なく屋台に近づき、そして中の店主と目が合った。

「……あ?」

時が止まった。

ねじり鉢巻をした、渋いイケオジ。

間違いない。一族の祭壇に祀られている 御神体(ごしんたい) 。

竜人族が崇拝してやまない、偉大なる竜神デューク様その人ではないか。

(な、ななな、なぜ竜神様がここに!? しかも屋台!? 前掛け!?)

ドラグラスの脳が処理落ちする。

さらに、彼の視界に信じられない光景が飛び込んできた。

竜神デュークが、「ほらよ、お待ち!」と言ってラーメンを出した相手。

それは、竜人族にとっての禁忌であり始祖である、あのポチ様だった。

【竜神様(神)が、ラーメンを作って、始祖様(王)に給仕している】

ドラグラスの世界観が崩壊した。

あまりのショックに、胃の痛みなど彼方へ吹き飛んだ。

「あ、あわわ……か、神よ……始祖よ……」

ドラグラスが白目を剥いて震えていると、デュークが面倒くさそうに顔をしかめた。

「あ? なんだその貧相なツラは。……チッ、ドラグラスか。邪魔だぞ、湯切りのしぶきがかかる」

神様からの第一声が「邪魔だ」だった。

「ひぃっ!? も、申し訳ございませんッ!!」

ドラグラスはその場にジャンピング土下座をした。

地面に額がめり込む。

「カイト殿ぉぉ! これは一体どういう状況なのですかぁぁ!?」

ドラグラスの絶叫に、カイトは呑気にラーメンを啜りながら答えた。

「ああ、ドラグラスさん。いらっしゃい。この屋台の親父さん、すっげー腕がいいんだよ。知り合い?」

「し、知り合いどころか……!」

崇拝対象です。と言おうとしたが、デュークが鋭い視線で「余計なことを言ったらスープの出汁にするぞ」と牽制してきたため、言葉を飲み込んだ。

「……へ、ヘイ。私の……遠い親戚の叔父のような方でして……」

「へえ、親戚だったのか! 通りで威厳があると思ったよ。じゃあドラグラスさんも一杯どう? おごるよ」

カイトに勧められ、ドラグラスは震える手で丼を受け取った。

神が作り、カイト(規格外)の素材が入り、始祖竜と並んで食べるラーメン。

一口食べた瞬間、ドラグラスはあまりの尊さと美味さに、静かに意識を失った。

翌日。

農場の片隅に、屋台「龍神軒」が正式オープンした。

店主:頑固親父(竜神デューク)

常連客:黒いトカゲ、不死鳥、狼男、胃痛持ちの中年(竜王)。

カイトは満足げに看板を眺めていた。

「うん、農作業の後のラーメンは最高だな。いい店が入ってくれたよ」

一方、デュークは寸胴をかき混ぜながら、空を見上げてニヤリと笑った。

「ここには極上の豚とネギ、そして面白い連中がいる。……世界管理の仕事など、フレアに任せておけばよいわ」

遠くの空で、仕事を丸投げされたフレア(本体は屋敷で掃除中)がくしゃみをしたような気がしたが、誰も気にしなかった。

こうして、カイト農場の「カロリー」と「戦力」は、また一つ跳ね上がったのである。